第40話 思ったより楽しかった
水族館は思ったより広かった。
「クラゲだ」
陽菜が立ち止まる。
青い光。
ゆっくり漂うクラゲ。
確かに綺麗だった。
「好きなのか?」
「うん」
陽菜は頷く。
「何も考えずに見てられるから」
「そんなもんか」
「そんなもん」
二人でしばらく眺める。
不思議と退屈しなかった。
その後も。
ペンギン。
アザラシ。
イルカ。
順番に見て回る。
気付けば。
かなりの時間が経っていた。
「結構歩いたな」
「ね」
陽菜が笑う。
「東條くん」
「ん?」
「来てよかった?」
どこか不安そうだった。
少し考える。
そして。
「思ったより楽しかった」
正直な感想だった。
陽菜が笑う。
「それならよかった」
本当に嬉しそうだった。
そして。
気付けば夕方。
館内アナウンスが流れていた。
「もうこんな時間か」
「早かったね」
二人で出口へ向かう。
すると。
陽菜が立ち止まった。
「お腹空いた」
「俺も」
「ご飯食べて帰ろうか」
自然だった。
あまりにも自然だった。
「そうだな」
断る理由もなかった。
駅前を歩く。
店を探す。
「ここどう?」
陽菜が指差した。
イタリアンだった。
「いいんじゃないか」
店へ入る。
窓際の席。
注文を済ませる。
料理を待つ。
少しだけ静かになる。
だが。
気まずくはなかった。
「東條くん」
「ん?」
「最近楽しそうだね」
突然だった。
「そうか?」
「うん」
陽菜は頷く。
「最初会った時よりよく笑う」
「気のせいじゃないか」
「気のせいじゃないよ」
即答だった。
料理が運ばれてくる。
二人で食べる。
普通の会話。
普通の食事。
なのに。
なぜか居心地が良かった。
食事が終わる頃。
陽菜がメニューを見る。
「飲む?」
「え?」
「カクテル」
直人は少し考える。
「強くないぞ」
「私も」
陽菜が笑う。
「一杯だけ」
結局。
断れなかった。
数分後。
カクテルが運ばれてくる。
「乾杯」
「乾杯」
グラスが軽く触れ合う。
一口。
思ったより飲みやすかった。
「美味しいな」
「でしょ?」
陽菜は嬉しそうだった。
そして。
少しだけ真面目な顔になる。
「東條くん」
「ん?」
「変わったよね」
「またそれか」
「うん」
陽菜は笑う。
「前より自信ありそう」
「そんなことない」
「あるよ」
即答だった。
「少なくとも」
陽菜は続ける。
「前よりずっと格好良くなった」
直人は固まった。
「……」
「何その顔」
「いや」
言葉が出ない。
そういうことを。
さらっと言うタイプだとは思わなかった。
「事実だし」
陽菜は平然としている。
直人はグラスを持つ。
少しだけ。
顔が熱かった。
気付かれたくなくて。
カクテルを飲む。
陽菜が笑った。
「照れてる?」
「照れてない」
「照れてる」
「照れてない」
絶対に認めなかった。
店を出る頃には。
すっかり夜になっていた。
「送るよ」
「大丈夫だよ?」
「いや送る」
陽菜が少し驚いた顔をする。
それから。
嬉しそうに笑った。
「ありがと」
二人で歩く。
夜風は少し涼しかった。
話しながら歩いているうちに。
マンションへ到着する。
「ここ」
「へぇ」
思ったより綺麗だった。
オートロック。
駅も近い。
「じゃあ」
直人が言いかけた時だった。
「コーヒー飲む?」
「え?」
「お礼」
陽菜は笑う。
「送ってくれたし」
直人は固まる。
人生で。
女の子の部屋に入ったことはない。
「嫌?」
「嫌じゃない」
「じゃあ決まり」
またそれだった。
数分後。
陽菜の部屋。
「どうぞ」
「お、おう」
緊張した。
本当に。
緊張した。
部屋は綺麗だった。
本棚。
観葉植物。
ソファ。
柔らかそうなクッション。
どこを見ても。
女子の部屋だった。
「そんなに見る?」
陽菜が笑う。
「見てない」
「見てたよ」
見ていた。
否定できない。
コーヒーが運ばれてくる。
「はい」
「ありがとう」
少し飲む。
落ち着く味だった。
「美味しいな」
「よかった」
二人で話す。
大学のこと。
バイトのこと。
好きな食べ物。
本当に他愛もない話。
だが。
時間はあっという間だった。
時計を見る。
もう十時だった。
「そろそろ帰る」
「うん」
陽菜は頷く。
玄関まで見送ってくれる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「楽しかった」
「そうだな」
陽菜は笑う。
そして。
「またどこか行こうね」
その言葉が。
あまりにも自然だった。
だから。
直人も自然に答える。
「ああ」
マンションを出る。
夜道を歩く。
そして。
一人になった瞬間。
「女の子の部屋入った……」
立ち止まった。
今更だった。
水族館。
食事。
カクテル。
そして。
部屋。
「いや……」
空を見上げる。
「これ普通か?」
誰も答えてくれなかった。




