第36話 偶然です
第36話 偶然です
カラオケは続いていた。
結衣は楽しそうだった。
葵も意外と乗り気だった。
陽菜は笑いながら見ていた。
俺だけ疲れていた。
「先輩!」
「何だ」
「もう一曲!」
「嫌だ」
「歌ってください!」
「嫌だ」
終わらない。
本当に終わらない。
その時だった。
コンコン。
個室のドアが鳴る。
「ん?」
誰だろう。
店員か。
そう思った。
だが。
誰も入ってこない。
「どうぞ」
葵が言う。
返事はない。
「店員さんかな?」
陽菜が首を傾げる。
俺はドアを見る。
数秒。
沈黙。
そして。
少しだけ。
本当に少しだけ。
ドアが開いた。
隙間。
三センチくらい。
「……」
黒髪。
本。
見覚えがあった。
「雨宮さん?」
バタン。
閉まった。
全員が固まる。
「え?」
葵が言う。
「今」
陽菜も言う。
「いたよね?」
いた。
間違いなくいた。
俺は立ち上がる。
そしてドアを開けた。
廊下。
そこには。
雨宮栞が立っていた。
本を抱えて。
固まっていた。
「何してる」
栞はスマホを取り出した。
数秒後。
俺のスマホが鳴る。
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『偶然です』
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「嘘だろ」
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『近くの本屋に来ました』
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「本屋駅前だぞ」
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『偶然見つけました』
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「覗いてたよな?」
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『覗いてません』
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「目が合ったぞ」
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『気のせいです』
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無理があった。
本当に無理があった。
その時だった。
「栞さん!」
結衣だった。
逃げ道が塞がれる。
「入ってください!」
栞が固まる。
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『帰ります』
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「ダメです!」
結衣が即答した。
「栞さん!」
「……」
「先輩の知り合いだったんですか!?」
結衣が聞く。
「まあ」
「いつからですか!?」
「少し前」
すると。
栞のスマホが鳴る。
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『図書館です』
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「図書館!?」
結衣が驚く。
「図書館で知り合うことあるんですね!」
「あるだろ」
「ないです!」
即答だった。
その横で。
陽菜が笑う。
「本当に本好きなんだね」
葵も頷く。
「何か納得」
栞は少しだけ困った顔をしていた。
だが。
帰りたそうでもなかった。
数秒後。
スマホを取り出す。
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『少しだけ』
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そして。
個室へ入った。
まるで小動物だった。
警戒している。
だが。
逃げない。
結衣が隣へ座る。
栞が固まる。
陽菜が笑う。
葵も笑う。
俺は少しだけ安心した。
その時だった。
「栞さん!」
嫌な予感。
「歌いましょう!」
結衣だった。
栞がフリーズする。
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『無理です』
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「歌いましょう!」
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『無理です』
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「歌いましょう!」
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『無理です』
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スマホ越しに全力拒否だった。
だが。
結衣は諦めない。
「一曲だけ!」
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『無理です』
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「一曲だけ!」
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『無理です』
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終わらない。
本当に終わらない。
陽菜が吹き出した。
葵も笑っている。
そして。
俺も笑ってしまった。
栞は少し驚いた顔をした。
俺を見る。
それから。
みんなを見る。
そして。
本当に少しだけ。
口元が緩んだ。
「……ふふ」
小さな声だった。
一瞬だった。
だが。
確かに笑った。
「喋った!」
結衣が叫ぶ。
栞は慌ててスマホを取り出した。
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『喋ってません』
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「今喋りました!」
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『気のせいです』
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「気のせいじゃないです!」
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『気のせいです』
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絶対に認めなかった。
だが。
その日の栞は。
少しだけ楽しそうだった。




