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第29話 目の前にいるのに

 その日の夜。


 ラブステータスを開く。


 最近は以前ほど見なくなった。


 それでも。


 新しい出会いがあるかもしれない。


 そう思ってしまう。


『新しいマッチング候補が表示されました』


 通知を開く。


━━━━━━━━━━━━


雨宮栞


総合ランク:B


相性:95%


━━━━━━━━━━━━


「B?」


 思わず声が出た。


 今までで一番高い。


 プロフィールを見る。


 趣味。


 本。


 読書。


 図書館。


 本屋巡り。


「本しかないな」


 思わず笑った。


 だが。


 嫌いじゃない。


 むしろ話は合いそうだった。


 気付けばメッセージを送っていた。


『初めまして』


 数分後。


 返信が来る。


『初めまして』


 普通だった。


『本好きなんですね』


『好きです』


『何を読みますか?』


 そこからだった。


 会話が止まらない。


 好きな作家。


 好きな小説。


 好きな漫画。


 気付けば二時間経っていた。


『楽しかったです』


 最後にそう送られてくる。


 俺も同じだった。


 不思議なほど話しやすかった。


 文章だけなら。


 数日後。


 約束した店へ向かう。


 駅前のカフェ。


 窓際の席。


 そこに。


 一人の女性が座っていた。


 黒髪。


 ロング。


 本を読んでいる。


 たぶん。


 あの人だ。


「雨宮さん?」


 女性が顔を上げる。


 そして。


 固まった。


「東條です」


 さらに固まる。


「雨宮さん?」


 コクコク。


 頷いた。


 声は出ないらしい。


 とりあえず座る。


 沈黙。


 五分。


 沈黙。


 十分。


 沈黙。


「……」


「……」


 気まずい。


 かなり気まずい。


 だが。


 その時だった。


 ピコン。


 スマホが鳴る。


 画面を見る。


━━━━━━━━━━━━


『緊張してます』


━━━━━━━━━━━━


 送信者。


 雨宮栞。


 目の前にいる。


「え?」


 思わず顔を上げる。


 栞は顔を真っ赤にしていた。


 そして。


 再びスマホが鳴る。


━━━━━━━━━━━━


『人と話すの苦手です』


━━━━━━━━━━━━


 目の前にいる。


 本当に目の前にいる。


「そうなんだ」


 俺も返信する。


 ピコン。


━━━━━━━━━━━━


『ごめんなさい』


━━━━━━━━━━━━


『謝らなくていいよ』


━━━━━━━━━━━━


 栞がスマホを見る。


 少しだけ。


 表情が柔らかくなった。


 そして。


 またメッセージ。


━━━━━━━━━━━━


『本当はもっと話したいです』


━━━━━━━━━━━━


 思わず笑う。


 目の前にいるのに。


 チャットしている。


 変な光景だった。


 だが。


 嫌じゃなかった。


 むしろ面白い。


━━━━━━━━━━━━


『この店好きです』


━━━━━━━━━━━━


 栞が送る。


『よく来るの?』


━━━━━━━━━━━━


『週一くらい』


━━━━━━━━━━━━


 普通に会話できている。


 スマホ越しなら。


 その後も。


 二人ともほとんど喋らなかった。


 だが。


 スマホはずっと鳴っていた。


 帰り道。


━━━━━━━━━━━━


『今日は楽しかったです』


━━━━━━━━━━━━


 栞から届く。


 数秒後。


 さらにメッセージ。


━━━━━━━━━━━━


『実際に会うと上手く話せません』


『でも』


『また会いたいです』


━━━━━━━━━━━━


 思わず立ち止まる。


 そして。


 少しだけ笑った。


『俺も』


 送信する。


 すぐに既読が付いた。


 その直後。


━━━━━━━━━━━━


『よかったです』


━━━━━━━━━━━━


 その一文だけだった。


 だが。


 なぜだろう。


 少しだけ嬉しそうな顔が目に浮かんだ。

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