第28話 知らないんだからね
白石玲奈は困っていた。
いや。
困ってはいない。
たぶん。
きっと。
「レナ?」
「ん?」
友人に呼ばれて顔を上げる。
「聞いてる?」
「聞いてる」
聞いていなかった。
正確には。
別のことを考えていた。
最近。
少しだけ。
気になることがある。
東條直人。
幼稚園からの知り合い。
昔から真面目で。
優しくて。
不器用な人。
その認識だった。
今もそうだ。
たぶん。
きっと。
でも。
「せーんぱい!」
大学の中庭。
遠くから声が聞こえた。
反射的に視線を向ける。
そこにいたのは。
東條直人。
そして。
知らない女の子。
「先輩ー!」
女の子が笑顔で駆け寄る。
そして。
自然に腕を組んだ。
「えっ」
思わず声が出た。
誰にも聞こえないくらい小さな声。
だけど。
確かに出た。
東條も慌てていた。
何か言っている。
女の子は笑っている。
周囲も笑っている。
意味が分からない。
「レナ?」
「ん?」
「どうしたの?」
「別に」
即答だった。
友人は少しだけ笑う。
何が面白いのだろう。
全然分からない。
昼休み。
学食。
トレーを持って歩いていると。
「あ」
また見つけた。
東條だった。
今度は。
朝比奈葵と話している。
楽しそうだった。
普通に。
本当に普通に。
友達同士みたいに。
笑っている。
「ふーん」
小さく呟く。
別に。
何とも思わない。
友達なんだから。
そのくらい普通だ。
たぶん。
きっと。
さらに数日後。
大学帰り。
駅前。
今度は別の女の子だった。
見覚えがある。
藤宮陽菜。
最近名前を聞く。
二人で歩いていた。
楽しそうだった。
普通に。
いや。
かなり楽しそうだった。
「……」
足が止まる。
数秒。
見てしまった。
そして。
我に返る。
「何やってるんだろ」
小さく呟く。
意味が分からない。
本当に。
意味が分からない。
その日の夜。
ベッドに寝転ぶ。
スマホを見る。
連絡先一覧。
東條直人。
昔から登録されている名前。
指が止まる。
別に連絡する用事なんてない。
だから閉じる。
数秒後。
また開く。
「……」
自分でも意味が分からない。
そして。
勢いよくスマホを置いた。
「知らないんだからね」
誰もいない部屋。
誰に言うわけでもなく。
そう呟いた。
東條くんが誰と話していても。
誰と仲良くしていても。
誰と遊んでいても。
関係ない。
だって。
友達なんだから。
幼なじみなんだから。
それ以上でも。
それ以下でもない。
だから。
「……」
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の奥がモヤモヤする理由だけは。
分からなかった。




