第26話 知り合いの知り合い
金曜日。
BAR Moonlight。
「東條」
店長が予約表を見る。
「はい」
「今日は個室担当な」
「分かりました」
最近は少し慣れてきた。
最初の頃ほど緊張しない。
それでも女性グループは苦手だ。
何を話せばいいか分からない。
午後八時。
予約客が来店した。
女性五名。
大学生くらいだろうか。
「いらっしゃいませ」
個室へ案内する。
注文を取りながら何となく会話が耳に入る。
「葵さー」
「それでさー」
「今度の大会どうする?」
葵。
どこかで聞いた名前だった。
だが深く考えなかった。
飲み物を運ぶため再び個室へ向かう。
ドアを開けた瞬間だった。
「あれ?」
一人の女性が固まった。
「え?」
別の女性も固まる。
全員の視線が俺に集まった。
「東條くん!?」
思わず立ち止まる。
「え?」
「東條くんだ!」
「なんで!?」
意味が分からない。
だが。
ようやく気付いた。
学食で見たことがある。
朝比奈葵の友達だ。
「ああ」
納得する。
「朝比奈の友達?」
「そうだけど!」
「なんでここで働いてるの!?」
「バイトだから」
当たり前の答えだった。
だが。
なぜか全員笑った。
「知らなかった」
「私も」
「葵も知らないと思う」
嫌な予感がした。
「呼ぼうよ」
一人がスマホを取り出す。
「呼ぼう呼ぼう」
「どうせ暇でしょ」
やめた方がいいと思う。
だが。
もう遅かった。
数十分後。
個室のドアが開く。
「遅れてごめーん」
聞き慣れた声だった。
朝比奈葵。
俺は飲み物を運ぶため個室へ向かう。
ドアを開ける。
「失礼します」
おしぼりを置く。
飲み物を置く。
そして。
「ありがとうございま――」
葵が固まった。
「えっ?」
俺も固まる。
「朝比奈?」
「東條くん!?」
数秒。
沈黙。
その後。
個室が爆笑に包まれた。
「引っかかった!」
「大成功!」
「面白すぎる!」
友達達だけが楽しそうだった。
「バーで働いてたの?」
葵が聞く。
「最近な」
「知らなかった」
「聞かれてないから」
すると。
また笑いが起きる。
「確かに」
「それはそう」
葵も笑った。
その後も仕事は続く。
飲み物を運ぶ。
注文を聞く。
そして。
少し落ち着いた頃だった。
葵がじっと俺を見ていた。
「何?」
思わず聞く。
「いや」
葵は少し考えて。
それから笑った。
「結構似合ってるよね」
「何が?」
「制服」
一瞬意味が分からなかった。
だが。
自分の服を見る。
バーの制服だった。
「そうか?」
「うん」
葵は頷く。
「普通に格好いいと思う」
その瞬間。
友達達の視線が変わった。
なぜか全員がニヤニヤしている。
嫌な予感しかしない。
「いつもジャージだから」
葵が付け加える。
個室が再び爆笑に包まれた。
「確かに!」
「朝はジャージしか見たことない!」
「レアだ!」
笑われる理由が分からない。
だが。
葵も楽しそうに笑っていた。
それだけで。
少しだけ救われた気がした。
仕事を終えた帰り際。
「東條くん」
葵が呼び止める。
「ん?」
「今度ちゃんと飲みに来る」
「未成年だろ」
「二十歳です」
「あ」
そうだった。
同い年だった。
葵は笑う。
「その時はおすすめ作ってよ」
「俺はまだ作れない」
「じゃあ覚えてから」
そう言って手を振る。
「また明日」
「ああ」
明日の朝も走る。
それが当たり前になっていることに。
その時の俺はまだ気付いていなかった。




