第18話 BAR Moonlight
初出勤の日。
俺は緊張していた。
引越し屋の初日より緊張している。
冷蔵庫を運ぶ方が気楽だった。
「おはようございます」
店の扉を開ける。
「おはよう」
店長が軽く手を上げた。
本名は神代誠。
三十五歳。
既婚。
そして異様に格好いい。
男の俺でもそう思う。
「まずは店を案内する」
「お願いします」
◇◇◇
「ここがカウンター」
落ち着いた雰囲気だった。
照明も少し暗い。
大人の店。
そんな感じだ。
「そして奥」
店長が扉を開く。
「個室だ」
思ったより広かった。
ソファ。
テーブル。
大型モニター。
「カラオケ?」
「そう」
店長が頷く。
「女子会も多いし、二次会利用もある」
「なるほど」
さらに奥。
二部屋。
三部屋。
合計三室。
「結構広いですね」
「個室の方が人気だからな」
◇◇◇
夜。
営業開始。
最初はグラス洗い。
片付け。
注文運び。
雑用ばかりだった。
だが。
それで十分だった。
「東條くん?」
女性客だった。
二十代後半くらい。
「はい」
「大学生なんだって?」
「そうです」
「若いねー」
なぜか笑われた。
「ありがとうございます?」
正解が分からない。
◇◇◇
「東條」
店長が呼ぶ。
「はい」
「飲むなよ」
「え?」
「客に勧められても飲むな」
「はぁ」
よく分からない。
だが。
数分後。
理解した。
「東條くんも飲もうよ」
「一杯だけー」
「若いんだからー」
三人。
囲まれていた。
「えっと」
助けを求める。
店長を見る。
「飲むな」
即答だった。
「はい」
◇◇◇
その後。
閉店まで働いた。
疲れた。
だが。
嫌な疲れじゃない。
むしろ新鮮だった。
「どうだった?」
帰り際。
店長が聞いてくる。
「楽しかったです」
「そうか」
店長は少し笑った。
「東條」
「はい」
「接客で一番大事なことは何だと思う?」
考える。
分からない。
「話術ですか?」
「違う」
「知識ですか?」
「違う」
「じゃあ何ですか?」
店長はグラスを拭きながら言った。
「聞くことだ」
「聞く?」
「人は話したい生き物だからな」
そう言って笑った。
その言葉は。
少しだけ心に残った。
◇◇◇
帰宅後。
ラブステータスを開く。
━━━━━━━━━━━━
東條直人
総合ランク:D
━━━━━━━━━━━━
運動能力 C
頭脳 C
センス E
ルックス C
経済力 E
━━━━━━━━━━━━
変化なし。
だが。
通知が表示された。
『新しい経験を確認しました』
『継続を推奨します』
思わず笑う。
最近のラブステータスは応援団みたいだ。
そして。
その時。
新しい通知が届く。
BAR Moonlight。
スタッフ用グループチャットだった。
『金曜日、個室予約あり』
『女子大生グループ八名』
「八名?」
思わず呟く。
嫌な予感しかしなかった。




