第七十八話 拡張専用武装『|祝呪詛福《ヒューマニズム》』
「――ならお前は、衛守に稽古つけて貰ったこと無いのか?」
茶菓子を弄びながらの甲斐の言葉に、雄二は素直に頷いた。
少年の態度に壁はない。
打ち解けてくれたのだろう、こうなると二人の会話は加速する。
その内容は専ら共有できる話題、衛守哲人の事ばかりだ。
「全く無い訳じゃないんですが、僕は精太がやられるのを見てばかりですね」
「ヤマト級の操縦系統には明るくないが、四肢の駆動はメインパイロットの仕事だからな。見稽古の類じゃなく、お前の役割は別にあるとアイツは踏んでいる訳か」
「そう……だったらいいんですけど」
役割。
現在ハガネマルの搭乗員以上の仕事がない雄二にとっては、不安の煽られる言葉だった。
稽古も実戦も、ただ見ているだけ。それしかできないし、していない。
そんな人間に今後与えられる役割など果たしてあるのだろうか?
「素人意見でいい、見た内容はどうだった?」
「……ウォーキャリア同士の勝負では、一方的なものでした。
教官の攻撃は殆どが一撃必殺で、精太が重ねる手数を掻い潜って、さっさと決めてしまう感じの」
見ているだけ、だからこそ、見てきたものは把握しておきたい。
しかしそれを口で説明しようとすると、想像以上に情報に乏しい事に気付く。
あの二人の間には、もっと沢山のやり取りがあった筈なのに。
理解できなかったし整理もしていない、そんな自分に恥ずかしくなる。
それを誤魔化すかのように少しでも情報を出力しようと、無意識にボディランゲージを交えている自分に雄二は気付いていなかった。
「一撃必殺というからには、急所を狙ったもんか」
「ですね、首を斬ったり頭を叩き割ったり、心臓、コクピット部分をこう」
手元のペンで一突きする仕草を見せる、すると甲斐の目の色が変わった。
不安を隠して雄二は尋ねた。
「僕、変な事をいいましたか?」
「こう……首をすぱーんといったり?」
「はい、すぱーんと」
「そりゃガチってねぇな」
甲斐の気付きが自身の浅学で無かった事に安堵を覚えつつも。
ここでも怠慢を晒すまいと、続く甲斐の言葉に傾注する。
「教え子にも手の内は見せてねぇか。
ま、正解だわ、今の状況でオレが悪人なら、秘伝流出の危機だもんな」
「稽古ではないんですが、円備無刀流、教官の剣術の説明は受けました。
ただ……僕程度では、手品の講座にしか聞こえなくて」
「なら知るのはまだ早いってこった。
オレもアイツの流派は調べているんだが、まだ分からない事だらけだよ」
まだ早い。
そう言われて、あの時一人反応の違った須崎碧を思い出す。
つまり彼女は分かったのだろうか。
僕たちよりも早く、教官の剣を構築する術理を。
しかしそんな内々に思いを馳せる間にも、甲斐の話は続いていた。
「つまりアイツは技、実戦で活用できる体捌きを教えたいんじゃないんだろう。
精太少年の被弾箇所については、念波動の損失部位に掛かる生躰変の適応を利用した、身体の重要器官の強化を目論んでってところか。
早い話が防御力の上昇に的を絞ってるみたいだな」
そういう作用は知っている。
生躰変は無意識に生命維持を行う念波動の現れだ。
命が脅かされる状況に晒されれば、その環境に順応する。
電子模擬戦で臨死体験を積み、傷を受けた部位を強固にしていく。
こう考えるとスパルタなやり口だが、戦場で生死を賭す教え子には価値のある修練だと踏んだのだろう。
そう、あれはあくまで修練なのだ。
ガチではないと甲斐が言った通りに。
実戦ではない場面で、否、剣技が必要ではない場面で、哲人は自身の全てを、修めた技を見せたりはしていない。
「それはお前らを見縊っているんじゃないんだろう、元同僚のオレでもな、アイツの奥の手なんざ知らないからな。
ゲーム的に言うなら、衛守哲人はオーバーキルをしない。
雑魚に超必は撃たない、これは単純な攻撃力の話じゃないぞ。
技、術理――つまり情報を無闇矢鱈にばら撒く事を良しとしないがゆえだ」
「技術が詳らかになると模倣や攻略に繋がるという、古武術あるあるですね」
「口伝ってやつだな――――よし」
ぱんっと。
テーブルの上で、甲斐は両手を大袈裟に叩き合わせる。
雄二の注目に、にかっと笑ってこう返した。
「それなら、同僚に先んじてお前が見ろ。
教え子の一人として、マジモンの衛守哲人ってやつを」
「土下座、土下座ねぇ。
そりゃ的外れな指示だぜ、教官殿」
ナイツライズに合わせるように、レギオンレイヴも片手に剣を握った。
柄を見れば共に同型の念波動発振剣だが、形成される刃の形は違う。
本物の刃物と見紛う哲人のそれに対して、甲斐は溢れんばかりの光を滾らせる。
この差異こそ、両者の念波動の質と量を如実に表すものだった。
「なにせオレと雄二は既にマブダチだからな。
何時までも保護者気取りじゃあ、ガキのスピードに置いていかれる――ぜ!」
レギオンレイヴは、空いた手のひらをナイツライズに向ける。
光が奔り、雄二は目を見張った。
念波動弾を、甲斐は念波動弾形成銃無しに放ったのだ。
(そういう真似が可能な人もいるっていうのは専門誌で知ってるけど。
精太の肘ビームだって、ヤマト級という超念波動増幅装置があってこそだ。
それをウォーキャリア単体で軽々と実戦運用できるなんて……)
そして触れた、甲斐の頭の角を思い出す。
雄二は今、敵性存在との合成人間が持つ念波動量の底知れなさ、その一端を垣間見ているのだと自覚する。
そしてここでは、その妙技も牽制以上に成り得ないのだと。
確かに音速を超える弾丸を間近で見送りながら、
哲人はレギオンレイヴから目を逸らさない。
「いっつもいつも、当たり前に避けやがって、化け物め!」
吶喊、鳥と騎士が一瞬で肉薄し、そして離れる。
刹那の展開は、勢いに乗じて刀身を打ちつけあったのではない。
互いの刃は触れて、擦れて、流れるように去っていく。
二度、三度と繰り返されるそのいずれにも、重さから生じる激しさがない。
「避けて間に合うか、最初から狙いに、居ねぇんだよ!」
只々疾く、軽く、柔らかい。
それは力の入り込む余地の無い、そうして隙を殺した攻防。
衝突、激突、力の拮抗、停滞による硬直を、己の死と捉える二人だからこそ完成した武の舞だった。
「銃に剣で勝つんじゃねぇ、時代に逆行してるんだお前はぁ!」
甲斐は哲人に近付きながら念弾を三射、その弾に混じって刺突を行う。
後継機のメルトレイヴ宛らの超加速に、ナイツライズの合いの手が重なって。
再び両者が離れた時、鳥の持つ柄は砕かれて、光の刀身は消え去った。
「自分の弾丸で逃げ道狭めてどうすんだ」
「……っ!」
哲人は三つの弾丸を気にも留めず、きっちりと刀身を交わして流しながら、肘の先を柄の進路上に据えていたのだ。
それは僅かな接触に過ぎなかったものの、武器と四肢の強度差、相対速度も相俟って、甲斐の得物は耐えられなかった。
哲人の言う逃げ道とは、物理的な意味だけの話ではない。
弾の軌道に意識を削いだ、甲斐の集中力の空白に突っ込んだ話でもある。
嘴を失った鳥は騎士に向き直りながら、しかし一旦翼を止めた。
「……本当、嫌味なくらい強いなお前は」
「おいおい、喧嘩売ってきた口で褒め殺しか?
らしくないな、気持ち悪いぞ」
「素直に言わせろって。タイマンならお前が最強だよ」
「…………で?
俺は車に轢かれて退場なんてしねぇぞ。
諦めたんなら雄二を返して謝罪の台詞考えてろよ」
言葉に反して、哲人は警戒を止めなかった。
彼の知る甲斐という男は、自分が発端の事態を途中で投げ出したりはしない。
とことん諦めの悪い奴なのだ。
「ああ、お前は強い」
そしてその通りに、甲斐は不敵に笑うと。
「だからオレは、ここでお前に勝たなくちゃいけないんだ」
レギオンレイヴの胸部に鉄の手を添えた。
それを見た哲人が、其処にあったのかと呟く。
「拡張専用武装――――『祝呪詛福』
当然それも天羽から聞いてるぜ」
胸から、念波動が溢れ出た。
その力は、半透明な波の姿を象り、海のように尽きることなく流出する。
知識のない雄二でも察せられた。
その現象こそ、甲斐の所持する拡張専用武装が作用した結果なのだと。
「実体を伴わない素体拡張型。
増幅された念波動を追加装甲、いや、新たな外骨格として装着する。
燃料であるお前自身の念波動が持つ限り、硬さも速さも上げ放題の強化機構。
さてと、なら俺の方も用意させて貰うとするか」
哲人も『沼の寝床』を展開すると、そこから『意気地の鞘』を取り出した。
ここからは各々の望んだ武装を用いての戦いになる。
先んじて哲人は、自身の得物を見せつけるように突き出した。
「どうだこれ、名前は『意気地の鞘』ってんだ。
前々からお前らにも絵で見せるレベルで欲しかったやつを、要望に忠実に造って貰えたんだぞ。
本当はもっと早く自慢したかったんだが、戦後だと実物を見せる機会がそもそも無いことを、内心ずっと悔やんでいてだな」
自慢気に語る。
甲斐は何も言わない。
雄二は絶句する。
哲人は続ける。
「封印した時は、忘れなくちゃと思っていたんだ。
でも久し振りに使って再確認したよ、
やっぱりこの硬度と靱性の調和からは逃げられないって。
新型超機獣の攻撃も耐えてくれたんだ、そりゃ足向けて寝られないってもんだろうよ。
なぁ、お前の方は愛着とかあんの……」
哲人は語りながら甲斐の方を見て……漸くその異変に、言葉を失った。
でかい。
見上げるほどにでかい。
何時の間にかレギオンレイヴは、敵性存在の流体魄気に似た青い流体を纏った、巨人になっていた。
なんだこれは。
勿論こんな機能、哲人は天羽から聞いていない、というかこれは。
「オレは、お前に勝ちたい。
これがその、答えの一つだよ」
はっきり言うと。
その姿形も大きさも、超機獣そのままだった。




