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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第七十七話 昔と今と




 白い部屋があった。

 四方を白い壁で囲まれた、窓のない空間。

 内側からでは開かない扉だけが、重々しい金属の光沢を示している。

 色彩のない純白が住人に齎すのは、膨張色ゆえの息が詰まりそうな圧迫感。

 閉塞した個室は、病室よりも箱の中と表現した方が相応しい。

 出られない扉に区切られた、そこは牢屋に違いなかった。


「……兄貴」


 その部屋のベッドの上で、座りながらぼうっとしている男。

 特に何をするでもなく、糸の切れた操り人形の如く手足をシーツの上に投げ出して、時折うわ言のように兄を呼ぶ。

 そんな彼の、虚空を彷徨う視線の先に、大きなウィンドウが開かれた。


「やぁ、久し振りだね清丸くん。

 覚えているかな、枢義八(くるるぎや)だよ」


 片眼鏡の男への返答はなかった。

 澄原清丸の眼中にはなく、ただ兄の事を考えている。

 ここに囚われて七年以上。

 その大半を共に過ごした半身の喪失から、彼は未だ立ち直れないでいた。


「……大吾(だいご)くんの事は残念だった。

 岳人の暴走の責を問われて、戻れないでいる間に好き勝手されてしまった」

「…………」

「同僚ながら悪知恵ばかり働く、理性の欠如した連中だよ。

 君たちを盾に岳人を死地へ向かわせて、ここを我が物顔で私物化して……。

 ボクも、改竄されていない情報を先程得られたばかりでね。

 まさかこの数ヶ月で、貴重な適合者の大半を使い潰していたとは」


 共生派の研究員である枢義八から見ても、言葉を発する敵性存在が確認されてからの共生派は冷静さを欠いていた。

 国家方針でもあった徹底抗戦の姿勢から揺れる世論に潮目を見た彼らは、今こそ好機と見込んで、内に外にと活動の過激さを増した。

 使節団の旗手として敵陣に追い遣られた岳人も。

 人命を顧みない人体実験の果てに死んだ清丸の兄も。

 その暴走に巻き込まれた被害者だと言える。


「自制の利かない大人は要らない。

 君の溜飲が下がる事もないだろうが、落とし前はつけさせよう」

「……どうやって?」


 初めての『会話』は、清丸の冷笑と共に成立した。

 これまで黙っていた彼が口を開いたのは、枢義八の軽薄な言葉に僅かながら憤りを覚えたからだ。


 落とし前。

 内部告発でもするというのか。

 まさか、そんな訳がない。

 今を台頭の機会と見る共生派に、自ら泥を被る気概など持ち合わせる筈もない。


「終わらない戦争に疲れた世間を、肌触りの良い言葉で惑わすしか能のない。

 お前を含めていい顔しいの集まりに過ぎない癖してよ。

 笑わせるな、共生派に自浄作用なんてあるもんか」

「その通り、ボクらに自らを正すなんてできやしない」

「……?」


 理想の味に酔ってここまできた共生派だ。

 今更ただの水で節制できる訳がない。

 それを痛感している枢義八の発言に、清丸は怪訝な顔を浮かべるが。


「正せないのなら、正して貰うまでだよ。

 やり方が分からないのなら、他所から教えを請うしかないからね」

「……何をしたいのか分からねぇよ」


 それっきりそっぽを向いて寝転がる。

 枢義八が一旦遠回しな言い方をした時は、それからどれだけ説明を求めようとも、決して直截には述べられない。

 つまり、これ以上の会話は無意味だ。

 態度で話を打ち切った清丸の背中に、しかし一方的な言葉が投げられた。


「ここは恐らくもう駄目だろう。

 ボクの権限が戻らない内に、連中は掃除という名の口封じを画策している」

「…………」

「だが少なくともボクは、こんな結末の為に君達を造ったんじゃない。

 だから敢えて見逃すよ、岳人が遺した最後の一手を」






「口封じ、か……」


 ベッドの上で一人。

 枢義八が漏らした言葉を振り返るが、清丸に特別な感情は湧かない。

 それは強がりではなくて。

 心の支えを失った人間の、未来への失望から至ったものだ。

 別に今更死んだところで。

 兄の下に行くだけなのだから。


 それが気に入らない様子の枢義八も、精々勝手にすれば良い。

 落とし前だの大層な言い方をしていたが、つまりは岳人が生前に立てた計画を黙認するだけの他人任せに過ぎないのだろう。

 その内容は知らないし興味もない。

 成功も失敗もどうでも良い。


 たとえ生き長らえても、この檻が壊れたとしても。

 それを喜び合える人間は、もう。

 兄も岳人も、この世にはいないのだから。


「好きにしろ。

 滅んじまえよ、なにもかも」


 そう呟いて、ベッドに身を任せていると。

 扉から開く前兆の音がした。

 今日は実験等の予定はない筈だが。

 そう思いながら目だけをそちらに向けて、怠惰に訪問者を出迎える。


 果たして現れたのは、見に覚えのない少年だった。

 歳は自分と変わらないように見える。

 ただその装備は、正規軍隊のウォーキャリアのパイロットスーツで。

 何より初めて見る、手に持った光の剣が、異様に目に焼き付いた。


「……特徴と合致。

 情報提供のあった要救助者だと思われます」


 冷たい声で。

 少年は何処かに連絡すると、清丸に向かって語る。


「吟じてるとこに水を差すが、ここから出るぞ澄原清丸」

「誰だお前は」


 そう返されて、少年は無表情で答えた。


「人攫いだよ」











 哲人を待ちながら、甲斐は十三年前を思い出す。

 当時あいつは十六歳、身長こそ低かったが、その存在感は大きかった。

 自分と兄が手も足も出なかった監獄に乗り込んで、何ということもなく解体した年下の少年に、思うところが無い訳もない。

 あの時感じた強さを思うと、手が震えそうになる。

 劣等感から対峙を怖れ、この期に及んで逃げ出したくもなる。

 自ら挑発し招き入れながら、情けないものだ。


 だから頭上で見守る青海雄二を思う。

 彼に叩いた大口を思い返して、自らを奮い立たせる。

 岳人への恩を返す為に、それに相応しい男になる為に。

 男は、かつての友を、強者の指標を、今日乗り越えなくてはならない。


 ―――― そして使者は現れた。

 初めて会った日のように、剣呑な雰囲気を漂わせて。


「……本当に指示した通り、道なりにきてくれるとはな。

 罠の可能性は考えなかったのか?」


 同フロアに侵入してきたナイツライズと相対しながら。

 甲斐のレギオンレイヴのカメラアイが、睨みつけるように光を灯した。

 フェイスプットで話し掛けながらも、その様は喧嘩上等を物語っている。

 だが哲人の方はといえば。


「雄二は何処だ」


 最大の懸念が解消されるまで、耳を貸す気は無いようだ。

 甲斐の失笑と共に、レギオンレイヴの腕がその所在を示す。


「あの壁を挟んだ向こう側さ。

 管制室でな、お前の活躍を見届けて貰った。

 この会話も聞こえているよ、あっちの声は届かないがな」


 哲人は何も言わない。

 ただ雄二の念波動を精査して、その無事を確認するのに忙しいのだろう。

 そして少年の健在を把握すると、一旦顔を伏せてから。


「っはあああぁぁぁぁぁぁ……!」


 溜息、と言うよりも、長く詰まっていた気管が漸く開いたかのように。

 大きく、ただただ大きく息を吐いて。

 再び上げた顔からは、いや全身から、先程までの険が取れていた。


「雄二、昨今では貴重な月の小旅行はどうだった!?

 文化祭台無しにされたんだ、見聞広めて元取っておかないとな!

 楽しかったか、それとも半グレに囲まれて楽しめなかったか、

 帰り道で尋ねるから感想を纏めておいてくれよ!」


 もう少しの辛抱だ。

 最後に小さく呟いて、ナイツライズが剣を構える。


「おいおい、涙がちょちょぎれる旧友との対決を前座扱いか?」

「……罠がどうとか、下らない話の入り方しやがって。

 そもそも俺たちの手合わせなんぞ、昔にどれだけしたと思ってる。

 そんなどうでもいい話よりもなぁ」


 変わらないな。

 長い付き合いだった戦友の態度に、甲斐は今度こそはっきりと笑う。

 容赦の無さも、冷酷な一面も、そうでない部分も、男はよく知っている。


「『四如の旗』の悪ガキ共、

 お前らにはこれからやる事がある、土下座を二回だ」


 しかし全く、水を得た魚じゃないか。

 ただ、青海雄二が手の届く場所まで来ただけだというのに。

 安否を知れた、その程度のことで。

 今の哲人は活力に満ちていた。

 ああ、アイツは、長雨太助はそういう奴だったと、甲斐は思い返す。

 子中のボウズにも、獅童の娘に対しても。

 自分で口にはしなかったが。

 この態度を見れば、お前はどう考えたって。


「雄二の関係者を含めて、騒がせに騒がせた世間様にまず一度。

 そして何より困らせた雄二本人に、平身低頭謝罪するんだよ」


 子どもたちが可愛くて可愛くて、仕方のない質なのだと。




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