第七十九話 似非の超機獣
「でえええぇぇぇっ!?」
呆気に取られて、巨人が腕を振り上げていた事に気付いた時。
哲人は慌てて回避行動をとった。
武を嗜む人間らしからぬ無様な動きだったが。
それまで居た場所が、空間を歪ませる程の衝撃でひしゃげてしまえば、
これが特別な攻撃でもない、ただ腕を振っただけの現象であるという事実も踏まえれば、多少は同情の余地もあるだろう。
今は観測者に過ぎないが、ハガネマルのパイロットである雄二も断言できる。
あれは何度も戦った、超機獣の攻撃と何ら遜色のないものであると。
「嘘だろおい、直撃したら即死だったぞ!」
「死なねぇよ、お前なら――――な!」
「ひっ、俺の解像度低すぎだろ元同僚ぉ!?」
追撃の足を掻い潜りながら、ほうほうの体で距離を取る。
技を用いて受ける、流すという攻防の成立する状況でないのは一目瞭然。
これまで最小限の動きに終始していたナイツライズは、羽蟲のせわしなさで嵐から逃げ惑う他ないでいる。
「馬鹿っ、天羽の馬鹿っ!
十八番の情報収集に不備とか、この五年間何してたんだ!」
「そう責めてやるな、近年の発想と努力の結果さ。
この基地の用意然り、オレ達も日の目を逃れながらコツコツ頑張ってたんだ」
レギオンレイヴ――いや、その全体像は最早そう呼べない。
超機獣然とした四肢の中心で、念波動の流体に沈み込んだ鳥は、巨人の肉体を振り回してナイツライズを追い掛ける。
「遠慮無く暴れ回れるのはオレも今日が初めてなんだ。
さて、この体で色々やってみたかったんだよなぁ」
騎士の背中に巨大な掌をかざすと、もう片方の手で指を引っ掛けて後ろに引く。
いわゆるデコピンの姿勢で、引き絞った四本指の中間に哲人を据えて。
「背中の傷は何とやら、恥をかいても知らないぜっ――と」
解き放つ。
飛ぶ指、それは文字通り、指先から別れ放たれた流体の欠片。
故意が偶然か、スラスタ駆動の急上昇で射線を逃れた哲人の目下で。
四つの指先は、進路上の基地の壁を尽く吹き飛ばした。
何も言えない雄二の前で、複眼の如きモニターの幾つかが光を失う。
「風通しが良くなった。
いや、ヤマト級も使える施設って触れ込みだったけど、いざその視線に立つと天井も近くて息苦しいんだよなぁ、月だけに」
よし。
そう呟くと、甲斐は何気ない仕草で指弾の矛先を上に向けた。
「ばっ――――」
制止しようとした哲人の声も聞かずに。
次の瞬間には天井が全て吹き飛び、真っ暗な空が露わになった。
「……破壊力に対する反動が、ウォーキャリア以上にちゃちいんだよなぁ。
ってそもそも念波動に科学的検証はナンセンスか、超能力なんだし。
雄二、外に戦場を移すから、こっからは外周モニタをチェックしてくれ」
そして穴から巨人は跳んで、その場から姿を消した。
登場から僅かな時間でやりたい放題だ。
哲人は雄二の居る区画を見遣ると。
「このまま連れて帰りてぇ……」
ぼやきながらも視線を戻し、巨人の後を追う。
雄二同伴で人機間念・波動接合の出来ない帰り道を考えて、道中の傀機獣を蹴散らしてきたというのに、この騒ぎでは再び集まってくるのは明白だ。
甲斐は派手に動き過ぎた。
あの空に向けた指弾など、花火に群がる人の如く敵性存在を呼び込むだろう。
似非超機獣と傀機獣の群れから、戦闘不可の単純機動で逃げ切る自信は無い。
「出て来たな。
あー、一度この月面で気兼ね無く暴れたかったんだよなぁ」
月領制圧派遣団での窮屈な生活を思い返し、肩を鳴らして甲斐は笑う。
その気楽な様子を咎めるように、哲人は嘆息一つで言い返す。
「調子に乗るのもいい加減にしとけよ。
罪状が増える程頭下げる時間も延びるんだぞ」
「調子に乗る……?
ならお前こそ、ビビりの真似はそろそろ止めろよ」
巨体がウォーキャリアに飛び掛かる。
相変わらず大袈裟に回避する哲人を、指弾で追い撃ちながら。
「雄二にな、お前の本当の姿を見せてやるって言ったんだ。
それを猿も騙せない道化の演技始めやがって。
二ヶ月前の新型超機獣との立ち回りは耳に入っているんだぜ」
「はぁ? ならちゃんと見てねぇだろ。
斬り掛かって捕まって、ハガネマルに助けられてんだよこっちは」
「電子模擬戦で培った対超機獣戦術資料、だっけ。
剣と違って汎用性のある立ち回りはしっかり周りに広めようとすんの、流石『霞履き』の創出者だけあって真面目だねぇ」
哲人のスラスタ頼りの大雑把な動きから進行方向を予測し、巨人が先回りをする。
レギオンレイヴと比べると飛行能力を失った上、巨体ゆえに鈍重に見えるが、大きくなったからこそ移動速度は上がっている。
「この五年間、電子模擬戦に籠もりながらお前が邁進した三つの鍛錬の一つ。
その埃を被った成果物の、数少ない閲覧者の一人がオレだ。嬉しいか?」
「……ああ嬉しくて涙が出るね。
追記ばかりの死蔵していた電子媒体だ、塵を払ってくれてありがとよ」
「まったく、読んだ時は悲しかったぜ。
この超機獣フォームは、お前に打ち勝つオレのとっておきだったのによぉ。
五年は克服するに十分だったか、とっくに攻略法を作ってたんだからな」
巨人の腕が手刀の形で振り下ろされ、軌道に沿って空間が歪んだ。
騎士は間際で逃れたが、その遠い向こう側で、青い光が小さく渦を巻く。
発射前に潰された投擲槍の痕跡。
歪みの余波で散った同族を乗り越えて、傀機獣が大挙で押し寄せて来ていた。
「お前が今更超機獣程度に怯えるタマだとは思ってねぇんだよ」
近付いてくる敵性存在の大群に、しかし二人は反応しない。
どちらも相手の出方を警戒している――そう、どちらも。
雄二も気付いていた、それまで精彩を欠いていたナイツライズの、しかし手刀を避ける動きが、少年の良く知る教官の動きに近かった事に。
「……俺に勝ちたい、だったか」
それまでの慌てた声色から一転、哲人は刃物のように冷たい声で聞く。
「お前が雄二をぞんざいに扱っていないのは分かった。
ならどうして雄二を攫った。
俺と勝負がしたいのなら、そんな事をしなくても受けて立った。
逃げるものか。応えたさ。本気のそれを望むなら」
命を賭けた、真剣勝負だとしても――
哲人の問い掛けに、巨人は無造作に腕を振るう。
また流体の一部でも飛ばしたのか、その先で傀機獣の声無き断末魔が響いた。
「学校の屋上で、お前は恐れていたな。
オレが共生派への恨みを募らせて、遂に親族相手まで狙い出した可能性を」
「『そこまで見境のないやつじゃない』
なんて希望的観測に、教え子の命は預けられないからな」
「共生派、恨んではいるさ、今でもな。
でも青海岳人は違う。
知らなかったんだろうが、お前がオレを救助した件は、その人の遠回しな差金だったんだよ。情報提供者の正体さ」
それを聞いて、哲人の緊張が多少緩和する。
そのタイミングは偶然だったのだろうが、到来した傀機獣が数体、ナイツライズに取り付いた。
取り付いた、ように見えた。
近寄った勢いのまま、それらはバラバラに落ちていく。
ゆっくりとした落下の中で、流体魄気を霧散させて空中で溶け消える残骸。
獣の群れは次々と、月の地に沈むことなく姿形を消していく。
相手になっていなかった。
「自身は共生派の旗印として敵性存在との対話に赴く。
その行動でオレたち兄弟の延命まで図った、恩人とも言える人物だ」
「それなら尚の事だ、どうして大事な学校行事中にその息子を――」
「だから、青海雄二は『四如の旗』で預かる」
その一言で、徐々に変わりつつあった空気が一気に激変した。
巨人は両腕を左右に突き出すと、その関節を失った。
念波動の流体で彩られた筋肉の塊二本は、その場でぐるぐると回転を始める。
精太もハガネマルの四肢に宿らせた回転する斥力場。
それが元々腕だった二本の得物に宿り、回転する毎に力を増していく。
「言っている意味が分からない」
対する騎士は、空中に静止したまま。
見守る、巨人の動向を。
鎧の中身の、底冷えする声だけを相手に届けながら。
「おいおい、これで繋がっただろう。
だから、つまりだな。
保護者のお前を倒して、この先はより強いオレが雄二を守るって言ってんだよ」
嘘偽り無い決意を、元同僚にはっきりと告げて。
左右の竜巻が、挟み込むように哲人へと向けられた。
ハガネマルのそれと同じ原理の技は、攻撃力も同等の脅威の嵐。
これ以上棒立ちを続けていれば、ウォーキャリアなど一瞬で藻屑と化す。
だから騎士は当然回避を選択する、筈だったが。
何を思ったのか、ナイツライズは意気地の鞘を盾の如く構えると、自ら巨人の右腕に向けて突撃した。
掛かる力は片腕のみとはいえ、巻き起こる渦の中に身を投げればどうなるか。
結果、騎士は渦潮の中心に飛び込む愚か者が如く、斥力の地獄に呑み込まれた。
回転し弾かれる力と内側に引き込まれる力の間で引き千切られようとする鎧を、何より頑丈な鞘を繋ぎに耐える。
いや、一秒とて耐えられる訳がないのだが。
ナイツライズは敢えて、自ら腕に突進、内側への流れに助力し身を任せた。
そして自ら近寄ったのだから必然、一瞬で眼前に迫った巨大な拳に、組まれた三本の鞘の隙間から大太刀を突き入れたのだ。
大太刀はそのまま手の甲を滑り、握る騎士ごと腕を一気に駆ける。
腕に取り付いたのだから当然自身も回転に巻き込まれる中で、流れるように刃を通し、遠心力の咆哮を浴びながらも前を見失わずに。
肩口まで抜けて――――巨人の背中に躍り出ると。
十メートルを優に超えるその刃物で、正確にレギオンレイヴの位置を射貫いた。
「――――俺が超機獣を恐れたのは、最強の攻撃力と防御力の両立。
力は申し分なかったが、お前は刃を弾き、撃ちを止める防御力――――
僵尸装甲を持っていない」
途端、それまで超機獣の形を保っていた流体が、張力を失い流れ落ちる。
支えを失い落下したレギオンレイヴに、剣を構えたまま哲人は続けた。
「それが分かれば図体も、寄せてるだけの張りぼてだ。
動きを読み切ればお仕舞い、戦術に頼るまでもない」
聞きながら、甲斐は笑っていた。
哲人の突きつける切っ先を感じる。
尽きること無い敵意を感じる。
ばれている。
自分の闘志が尽きていない事を。
この戦いが、終わっていない事を。
「お前にくれてやるものか、雄二は俺の教え子だ」




