第七十三話 拡張専用武装『沼の寝床』
バッハランの荷電粒子砲。
射撃後の痕跡を眺めながら、ソリストは冷や汗と共に口にする。
「いつ見ても、ヤマト級と競い合った超兵器なだけあるね。
圧巻の破壊力だよ……」
有力なパイロットの希望を拾い上げて骨子とし設計された拡張専用武装。
しかし『咆哮口』は、バッハラン個人の意を汲んだ追加武装ではない。
拡張専用武装の体で、十五年戦争以前からの軍人である彼に預けられた立派な戦術兵器である。
一介のウォーキャリアが持つには過剰な火力にも理由があった。
その開発目的は、超機獣の討伐。
軍部主導の設計製造を経て完成した対超機獣用兵器なのだ。
(ま、俺たちに追手が掛かる理由でもあるんだけど)
愛機のウォーキャリアごと拡張専用武装に偽装した戦術兵器の持ち逃げだ。
作戦行動中での戦死でないのならどの様に死のうが寛容な月領制圧派遣団であろうとも、傀機獣に掃除を任せるには厄介の種が大き過ぎる。
こんな代物を月面の何処に捨て置かれるのはお偉い方々も恐ろしいだろう。
「……ウォーキャリアが消し飛ぶのは当然として、
コクピットも見当たりませんが……まさか」
「避けられた」
バッハランの言葉に、ソリストは慌てて無線誘導統制装置に意識を埋没する。
フロア内に四如の旗以外の反応はない。
まさか探知範囲外まで逃げたというのか、あの一瞬で……?
そこで、ナイツライズを最後に確認した場所から真上に飛び出す物体があった。
高速の飛来物に、自然と四人の目が追うと。
天井に突き刺さったのは、手裏剣状に重ねられた三本の棒――鞘だった。
それが視線誘導だと気付いた時には、
鞘の真下で、無傷のナイツライズが立っていた。
「え、なに、手品?」
「今まで何処に居たの……?」
「瞬間移動ではないですよね」
疑問を次々口にする仲間たちに、バッハランが推論を述べる。
「こちらの得ている『硝子の星屑』のデータでは成し得ない回避。
どうやら特殊な装備を持っているようだな」
「それって」
「拡張専用武装『沼の寝床』――天羽治郎のだな」
突然フェイスプットに割り込んできた甲斐が答えた。
旧い『星辰の尾』のメンバー、天羽治郎。
そういうことかとバッハランは相槌を打った。
「これまでにもちらちらと影は見えていたが。
『硝子の星屑』を刺客に仕立て上げたのなら、それくらいの助力はするか」
思い返せば、事前情報にあった哲人の武具である『意気地の鞘』の姿形がこれまで窺えなかった理由にも、この武装が関与しているのだろう。
何らかの形で携帯しているだろうとは思っていたが、頭上のあれが『意気地の鞘』ならば、『沼の寝床』の機能にもある程度の見当が付く。
「先生、その武装の能力は」
「オレも名前しか聞いてないが、例に漏れず体を表したもんだろうよ」
「『沼の寝床』……この場からの消失と再出現を考慮すると、
緊急避難先として活用できる異空間の形成、いや。
あの鞘を仕舞っていた事から、維持された固有の位相空間に出入りする機能か」
するとソリストは信じられないと言わんばかりに顔を歪めた。
「固有の位相空間って、ヤマト級の増幅器に専用パイロットの念波動が組んで漸く可能と言われる『魔法』や『奇跡』の領域じゃないか!
でも衛守哲人の念波動は一般人以下って話じゃ……!」
「ああ、その通りだぜソリスト。
アイツどころか元の持ち主でも無理だな。
つまり……『龍』の拵えた魔法の道具ってやつだ」
『龍』
その名前にレオルたちは息を呑んだ。
甲斐に存在を教えられるまで知らなかった世界の破壊者。
あの武装には、我が物顔で物理法則を弄ぶ怪物が関わっているという。
とんだビッグネームの登場だ。
それが本当なら『咆哮口』さえ霞む超兵器の類ではないのか。
「天羽は『龍』のご機嫌取りやらされてたからな、ご褒美でも貰ったのか」
「……他人事のように語るがな、甲斐よ。
俺たちの次はお前だぞ。
それとも最初から全滅するつもりで喧嘩を売ったのか?」
「まさか」
笑う甲斐の目は、相手を観察し真相に切り込む鋭さを宿している。
立ったまま動かない哲人に何を見たのだろうか。
「お前らがどれだけ想像を膨らませているのか知らんが落ち着けよ。
オレたちの知らない武装ってのは、初使用の際にアドバンテージが生まれる。
情報がない以上、こっちは対策無しで乗り切らなければならないからな。
ここまでは分かるだろう、レオル」
「……そうですね。
彼の立場になって考えるなら、初見殺しに持ち込みたくなるでしょう」
「それを踏まえて今の状況を見てみろよ。
最初の一撃を攻撃に用いるどころか、防御で披露してきたという事は、だ」
「戦闘に応用の利く武装では無い……」
信頼する男の言葉から力を得たように。
『四如の旗』から動揺が消えた。
そう考えると、『沼の寝床』を回避手段として見せつけてきた事実も、未知の武装の情報をこちらに与える事で戦術方針の混乱を招くのが目的という可能性が高まる。
それは逆に、戦闘中の情報の開示こそ、この秘匿情報を最も有効に扱えると、哲人が選んだ手段なのではと推察できる。
「ま、全部外れて次の瞬間攻撃に転用されるかもだがな!」
ここで梯子を外すように巫山戯る甲斐に、しかしバッハランは。
「……いや、おそらくお前は正しいぞ、甲斐。
相手は騙し討ちの玄人だ。
やれるのならもっとスマートに――今頃俺たち全員を地に付させているだろう」
教え子を攫われてお怒りの『硝子の星屑』が、
相手を騙す為だけに、必要以上の時間を甲斐の部下に費やすとは思えない。
兵法家の合理性を信じるのなら――――
「『沼の寝床』は混乱の元だ、恐れる必要はない。
目を曇らせるな。
真に恐るべきは変わらない、この二十年を戦い抜いたやつの経験そのものだ。
こちらの作戦目的も依然同じ、次こそやつの剣を封じるぞ」
その言葉に応えるように。
『四如の旗』は衛守哲人の再攻略に乗り出した。
その様子を見届けて甲斐の顔が消えても、誰も追い縋りはしない。
彼らは自身の力と連携で、『硝子の星屑』を討つ覚悟を決めていた。
『四如の旗』は哲人のナイツライズの性質を理解している。
その有効な攻撃手段の全てに、念波動発振剣が必要であることを。
人型である以上殴る蹴る、体当てまでも当然できる。
しかしかつて余弦に加えたそれも、致命に至る有効打には成り得なかった。
同じウォーキャリアを黙らせるのに、哲人にとって刀剣は必須の器械である。
一機のウォーキャリアを荷電粒子砲という超兵器で撃った理由。
それはそもそも、直撃を狙ったものではない。
本体よりも脆いそれ、剣の発振基部こそが標的。
ナイツライズ自体に当てられずとも。
強大な火力の余波にて、両手の武装破壊を図ったものだった。
これこそ『硝子の星屑』を無力化する最善手である。
(だが先程の射撃は避けられた、その事実を次に活かさなければ)
バッハランは荷電粒子砲発射の瞬間を回想する。
彼が好機と見たのは、レオルの回避を受けて、哲人が着地を試みる瞬間。
その意思が地面を受け入れる刹那、意識の硬直を狙い撃ったものだったのだが。
『沼の寝床』という横槍があったとはいえ、対応されてしまったのは事実だ。
(後の先という技法の延長にある体捌きか。
やつの硬直は極めて小さく、俺たちに刺せるものではないと見切るべきだ)
つまり最初から突けもしない隙を探すべきではない。
切り替えた脳裏に浮かぶのは、レオルの蝿喰らいを解き刺突を仕掛けた姿。
あそこだ。
『硝子の星屑』が防御に徹する限り、こちらの攻撃は通じない。
ならばやつが攻撃に転じた時こそ、こちらの攻撃もまた通る時なのだ。
だがカウンター合戦では相手に理があるのは明白である。
手が読まれれば裏をかかれる、同じ土俵は避けるべきだ。
ではこちらの打つ手は――――決まった。
「次で決めるぞ」
バッハランの言葉に頷く他三人。
奇しくもそれは、会話を隔てた哲人も同意見だった。
相手の思惑を知らぬまま、共に決着に臨む両者。
――そして二人の傍観者にも、終わりの予感は齎されていた。




