第七十二話 林火山の戦い 前編
「バッハラン、もしかして寝てる?」
半ば呆れたようなソリストの声。
いつかの酒盛りから意識を戻して、フェイスプットから仲間たちの顔を見る。
「この状況で豪胆だねぇ」
「すまん、なんとなく昔を思い出していた」
「走馬灯の予兆みたいで笑えない……」
そう呟くショッドが搭乗するのは、複数のハウンドを侍らせたウォーキャリア。
名をガウンズゥ――ナイツライズを素体とする、ハウンド運用仕様機である。
無線誘導飛翔兵器とは、小型の無人機動砲台。
念波動を用いた遠隔操作で、操者の視界内を縦横無尽に動き回り射撃を行う。
使用に際し特殊な適性を必要とする武器で、実戦運用が可能なレベルの適性者は非常に貴重である。
これをショッドは、弟の手を借りることでより効果的に利用できる。
ソリストのウォーキャリア、ガウンレヴ。
搭載する無線誘導統制装置から射撃統制補助を受けて、複数のハウンドによる高度な三次元機動射撃を実現する。
その様はさながら兄弟間の完全な調和。
二人分の念奏者の能力を、余す所なく一つの目的遂行に費やす。
そこらの組み合わせでは不可能な、互いの絆を兵器転用したものである。
「負けるつもりで挑む気はない、最初から十二基全て飛ばすよ」
「気に入らないけど、先生もあいつらと手を切るつもりはないみたいだし。
カネジのウォーキャリアも合わせて、壊された分は補給して貰おう」
「そうですね、前向きに考えるなら金払いだけは良いですから」
ソリストに同調するレオルだが、彼女に該当するウォーキャリアは三人の近くに見当たらない。
それもその筈、彼女の搭乗機は彼らと同じ地平に居ないのだから。
「……レオル、フェイスプットまで逆さまに映るのは止めて欲しいんだけど」
「だけど雰囲気出るでしょう?」
「僕たちが話し辛いだけだよぅ」
彼らの会話を聞きながら、バッハランも自身のウォーキャリアに意識を巡らす。
愛機のゴルオノティガに念波動関連の不調はない。
当然そうだろう、打ち捨てられた基地での整備であろうとも、この日の為に調整は欠かさなかったのだから。
なのにこの期に及んで再確認するのは、つまり怯えからの現実逃避である。
程なくして、その原因が彼らの待つ一室に現れた。
何ら独自の改修も施されていない、素体そのままのナイツライズ。
ただその手に持つ剣だけが、念波動発振剣らしからぬ鋭さで輝く。
それは本物の白刃の如く。
衛守哲人の来訪に、四如の旗の空気も凍えた。
「二人とも、拡張専用武装は本調子だよね?」
「勿論だとも」
「今の私の姿が見えないんですか?」
そんな話の間にも、ナイツライズは歩いて来る。
スラスターを吹かせる高速機動ではないが、一歩一歩の確かな足取りは逆に強者の趣と映り、ショッドは我知らず顔を引き攣らせた。
それを察知してか、レオルは語気を強めに。
「では手筈通りに、前衛を担当します」
その言葉に、ソリストたちも頷いてナイツライズを睨む。
泣いても笑っても開戦だ。
フロアを照らすバックライトに陰が踊った。
――ナイツライズの目の前に、巨大な蜘蛛が着地する。
ナイツライズの上半身に、巨大な下部の八本足。
『九十九敷』――素体拡張型のレオル用拡張専用武装である。
「触肢展開
――蝿喰らい」
九十九敷の前部位からケーブル状の念波動光が二本発振された。
ケーブルの発振基部が駆動すると、それに従い光は鞭のように振るわれる。
それを事も無げに打ち払うと、ナイツライズも左手を腰に、二本目の刀を持つ。
静止する二体。
きっかり一秒後、二人の間に嵐が生まれた。
光の鞭が、虚空を疾走り襲い掛かる。
とても目に追い切れぬ連打が騎士の甲冑を引き裂かんと、間髪入れずに殺到するそれは、怒涛の如くナイツライズを後ろに押しやる。
その余波だけであっという間にズタズタになった床を見れば、目に見えぬ攻撃の苛烈さが幾許か窺い知れるというものだ。
しかし、しかし騎士はその場を退かず、身体に傷らしい傷も加えられない。
ソリストは唾を飲む。
信じられない、だが。
漏れのない迎撃は、レオルの猛攻を悉く凌ぎ往なしている何よりの証左だ。
ショッドもまた、弟と同様の悪寒を感じていた。
上手くいかないかもしれない、という不安ではなく。
上手くいく未来が見えない、絶望と隣り合わせのビジョン。
だが賽は投げられたのだ、こちらも動くしかない。
ナイツライズの後方から、ハウンドが一斉に襲来した。
そのサイズから小回りの利く機動を活かしての流動的な全方位展開。
ほぼ全てが死角からの射撃となる。
レオルに抑えられた哲人には、避ける事も叶うまい。
ショッド子飼いの十二本の牙が、獲物に向けて飛び掛かる――
だが射撃の瞬間、哲人は上に跳んだ。
射線にレオルを置いていたハウンドを急停止させたのは、観測手ソリストの敵機追尾をショッドがすぐさま把握したからだろう。
そしてこの状況をレオルも読んでいなかった訳ではない。
偏差射撃の要領でナイツライズの移動先から、刀身の位置に鞭を走らせる。
そのまま絡みつくと、光鞭の発振基部を上半身ごと前に倒す勢いで下に、捕らえた獲物を床に叩きつけようとする。
得物の奪取、破壊、あわよくば本体ごとという狙いだったが。
これは虚しく空振った。
光鞭が巻き付いた段階で、刀身をかき消したのだ。
念波動発振剣だからこその芸当であるが、この一瞬前まで無数の攻防を繰り広げていた武器にして盾を、片方とはいえ瞬時に手放すその判断に、レオルは甲斐と同じ歴戦の武士を見た。
だがレオルも甲斐に薫陶を受けている『四如の旗』の一人である。
上から刺突を仕掛ける哲人を、崩れた前傾姿勢から回避する。
瞬間移動のような早さで、その場から消え去って。
これが九十九敷の真骨頂。
多脚による全方位への瞬間駆動、人間の構造では到底不可能な機動性である。
そう、人体の殆どを機械に置き換えた、人の身に縛られないレオルだからこそ十全に扱える彼女だけの拡張専用武装。
その八本足は内一本あれば身体を支え、二本だけで高速移動を可能にする。
これが常に八方に向けられている構造上、後退も横っ飛びもレオルにとっては前進と変わらない。
形状だけではなく動作も含めて、レオル機が蜘蛛と喩えられる所以である。
「三人とも、良くやった」
バッハランのそれは、惜しみのない賛辞だった。
ナイツライズの着地地点に向けられていた砲口。
ゴルオノティガの装甲が青白く瞬いて、
肩のロングレンジ・スタンプカノンから一直線に。
――――大熱量の荷電粒子が照射された。
荷電したデミウルゴス粒子を亜光速まで加速した後に射出。
世界三大ウォーキャリアの内、最も高純度のデミウルゴスを内包するゴルオノティガそのものを加速器として稼働させた荷電粒子砲だ。
『咆哮口』――
ロングレンジ・スタンプカノンの先端に装着されたマズルブレーキ状のそれと、ゴルオノティガ頭部に積まれた内蔵装置の一対から成る拡張専用武装。
そしてバッハランが揃い実現する念波動の真髄。
超電力の確保と減衰を解決する夢想の機構が、黄金の獅子に一騎当千の力を与える。
その攻撃力は無比、放たれた一撃は正に戦術兵器。
熱と粒子の運動エネルギーは進路上の物質という物質を原子崩壊に導く。
ともすれば、それは。
人類が造り得る中で最も堅牢と言われる、人機間念・波動接合領域を展開したコクピット部位さえ破壊しうる程の。
直撃すれば、哲人の乗るウォーキャリアでは破片の一欠片さえ残せまい。
念波動を含むがゆえの青い光を伴う奔流。
月に来た哲人を出迎えた傀機獣の投擲槍と似た、しかし比べ物にならない火力の粒子波が、ナイツライズを奥の基地隔壁ごと呑み込んで――――
投射された粒子の直進が収まれば。
その跡地には、円筒状の虚無が広がっていた。




