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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第七十一話 山のバッハラン




「おらバッハラン、もう一杯いっとけよ」


 甲斐の言葉にコップを差し出すと、片手でビール瓶を傾けてなみなみと注がれた。

 素早く戸惑いのない注ぎ口の切り方は、手慣れた熟練者のそれである。

 他人に注いでやるのが上手いとは、甲斐の意外な一面を見た気がした。


「気が利くな、お前は注がせる側だと思っていた」

「オレを何だと思ってんだよ。

 ……ま、人が綺麗にやってんのを見ると、負けん気だって湧くもんだろ」

「昔の戦友でも思い出したか」


 ふんと一言、甲斐はビール瓶の残りをラッパ飲みする。

 空の瓶底でテーブルを叩くと、つまみのナッツが皿から溢れた。


「どうせオレは『星辰の尾』でも新参者だぁ。

 お前に分かるか?

 恨み辛みの溜まった研究員共を目の前でばったばったとなぎ倒されて、

 どんな怪物が乗り込んできたかと思ったら年下のガキだった時の惨めさが」

「限定的過ぎて想像できんな」

「長年蓄積されてた鬱憤のぶつけ所を無くしたんだ。

 拳を振り上げたまま復讐の機会を逃した男ってのは哀れなもんさ。

 自分の物語を見失うっていうのかな、やる事なくなった人生を直視できなくて。

 もう誰にも舐められたくねぇって、とうに粉々の矜持を後生大事に守ってんの。

 我ながら女々しいったらありゃしねぇ」


 酒の所為だろうか、口が回る。

 そんな劣等感を抱えていたとは、案外繊細な男である。

 ……いや、他人のことは言えないなと、バッハランもビールを飲み干した。


「追いつきたかったんだよ、あいつらに。

 なのにどいつも勝手に自分の道選んで消えちまって……」

「取り残される側は辛いな」

「お前に分かんのかよぉ……」

「分かるさ、その立場ならな。

 十五年戦争より昔、俺は戦車乗りだった」


 バッハランもかつて、置いていかれた側だった。

 時代にも、人にもである。


「戦車がウォーキャリアに取って代わられた理由の一つに、操作システムの簡略化が挙げられる。

 実際にはお前も知る通り、簡略化どころか身体操作の延長に過ぎず、人機間念・波動接合(アルコンユナイト)を挟めば手足を動かす要領で同様の操縦が可能になる。

 習熟に要する時間など必要無い。

 誰でも日常生活の肉体運動そのままに、機械の身体を動かせるのだからな」


 二十年以上前、バッハランは若輩ながらも勤勉な男で、戦車の搭乗員を拝してからは車長、砲手、操縦手、いずれの役割にも適性を見せ、演習でも好成績を収めた。

 彼自身、自らの技術に誇りを持っていた。

 平和な時代であったが、同僚たちと切磋琢磨を怠らなかった。

 そうして培った自信を覆したのが、敵性存在とウォーキャリアである。


「戦争初期、義勇兵が続出した理由。

 ウォーキャリアさえあれば、誰でもその場で戦士に成り得た。

 その有用性が実戦で明らかになれば、軍内でもあっという間に広まったさ。

 須崎重工を始め、供給元は利益度外視の大盤振舞だったからな。

 そして俺が半生を共にすると信じていた兵器は、ただの棺桶になった。

 ああ、こんな頭の固い人間がいなければ、人死ももっと減っただろうな」


 国軍の柔軟性の無さから末端へのウォーキャリア導入が遅れたのも、無用な戦死者が増える要因だっただろう。

 迎撃の度に死んでいく同僚を、バッハランは鉄の箱の中で見送った。

 その無力感は、兵器がウォーキャリアに移り変わってからも彼を苛み続けた。


「それでも――それでもと軍人にしがみついた。

 同じ戦車の搭乗員だった生き残りの戦友たちと、戦場を渡り歩いた。

 ウォーキャリアであっても、その辺の義勇兵より役立つ自負があった。

 戦車に携わっていたお陰か、俺たちは念波動弾の形成に適正があったからな」


 旧火器類の実物、仕組み、射撃、衝撃、それらを目で見て、音で聴き、肌で感じてきたからこそ、彼らは念波動で戦車砲を再現する能力があった。

 こればかりは長年の経験の結果、特権である。

 バッハランたちの砲撃は念波動の浸透作用により、敵性存在に限らず、念波動の防御被膜で守られたこの世界の全てにも、十分な効果を発揮するものだった。

 そしてそれが、ある悲劇への一助となった。


「ある任務でな、二つの街の仲裁に入ることなった。

 どちらもそれまで、国に頼らず自衛を成してきた地下都市だ。

 共に力をつけて、肥大化した防衛圏が重なり、遂には必然の事故(・・)が起きた。

 互いの住民感情は悪化し、都市間の緊張を緩和する目的で派遣されたんだ」


 語りながら、自嘲の笑みが漏れる。

 緊張を正す目的で戦力の投入など本末転倒、事態は三つ巴に変わっただけだ。

 国もまた、自らの手を離れていた地域に影響力を得たかったのだろう。

 誰も彼もが焦った結果。

 三つの勢力を拗らせたのは、欲望というよりもメンツの問題だった。


「当然歓迎されなかった。

 しかし人道支援の名目で関わる内に、数人の子どもたちに懐かれた。

 俺たちの展開する土地は安全が確保されていたからな。

 二つの地下都市から、外に遊び場を求めるように寄って来たのさ」


 針のむしろのような状況で、彼らとの触れ合いは一時の癒しになった。

 軍人が職務先で受け入れられる環境は、そうそう得難いものだ。

 幼い笑顔は値千金、釣られるように戦友たちも笑う機会が増えていった。


「都市同士のいがみ合いも関係なく一緒に遊ぶ新世代。

 希望のある未来を夢見ていられる楽しい時間だったよ。

 だがな、そんな美味い話がある筈はないんだ。

 ある日、俺たちの管轄地区で、子どもたちは遺体で発見された」


 犠牲者は六人。

 皆、何かに踏み潰されたように圧死していた。


「迷い込んだ傀機獣か、或いは俺たちのウォーキャリアの不注意か。

 どちらにせよ責任はこちらにあると。

 両都市からはこれでもかと非難を受けたよ。

 終いには共同声明でこれ以上居座れば両都市で挟撃するとまでな」


 失われた命に思いを馳せる暇さえ与えられず。

 少なくともバッハランには、悲しむ時間もなかった。

 呆然と動きを止めてしまった戦友たちに代わって、この緊急事態を打開しなければいけなかったからだ。


「都市と本営を行ったり来たり、どちらからも罵声の嵐。

 もう何が悲しいのかも分からんでな、涙目で一人走り回ったさ。

 だから気付かなかった。

 本当はとっくに限界だったんだ、みんな」


 忘れることのできない過去の、結末。

 本営に出向いていた時に、齎された凶報を。


「戦友たちは両都市の議事堂を砲撃、在中の議員たちを殺した後に全員自決した。

 俺が居ない間にな、あいつら犯人を調べていたんだよ。

 蓋を開ければ子どもたちの死は口実作り、生贄だったという訳だ」


 両都市にとって漁夫の利を狙う第三者、共通の敵を追い払う為の。

 後から全てを知ったバッハランは、その事実を見つめ返して、はっきりと。

 自分の芯が折れる音を聞いた。


「ウォーキャリアに移っても失われなかった、俺たちの誇りだった砲撃は、

 最後の最後に人に向けられた、殺人に終結する技術だった。

 戦車を失い、子どもを守れず、戦友に置いていかれて、最後にこれだ。

 俺も――俺ももう、これ以上は無理だった」


 生き残りとして、責任を取るという体で。

 教化対象になりバッハランの名を与えられて、流れるように生きてきた。

 事情を知る軍関係者からは、それまでの功績もあって気遣いや期待が失われることはなかった。

 それが息苦しかった。

 やる気も湧かなかった。

 人生は悉く失敗だらけで、何をしても上手くいく気がしない。

 これが本物だと手を伸ばせば、掴む間もなく指の間をすり抜けていく。

 もうどうでもいい。

 どうせ大事なものから消えていくこの世に、責任を取る価値はない。


「俺はもう、自分の為に生きられない」


 追憶から戻り、甲斐を見れば。


「ぐーすー」

「何時から寝ていた、時間を返せ」

「いやぁ冗談だって、八割くらいは起きてたから」


 何を以って八割という答えを叩き出したのか。

 甲斐はおちょくる視線を向けつつも、つまみを大雑把に掴んで口に放り込んだ。

 その様子を見ながら、バッハランは空のコップに自分を映して語る。


「昔日の記憶で、お前は馬鹿になれと言ったがな。

 俺はお前と出会った時にはとっくに馬鹿だ、もう何も考えていないからな。

 この先も頭を使う気はない、つくづく億劫というものだ」

「だからオレに隊長職もぶん投げたのかよ、迷惑なやつだ」

「要職について回る責任というやつは、生きていないと取れないものだ」


 甲斐の怪訝そうな視線を受け止めながら。

 動くことを止めた大男は言った。


「取り残される側は辛いと言ったろう。

 俺はこれ以上、残る側になるのは真っ平(ま ぴら)なんだよ」


 諦めて、人生を放棄して。

 他人に責任を委ねて逃げるということは。

 バッハランにとって、命を譲るという意味を含めたものだった。




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