第七十話 覗く視線は
「……あれから新情報は一切無しか」
発令所で、白沢は重たい息を吐く。
思兼の連絡を待ち望む日が来るなど、昨日までは考えもしなかった。
もはや共生派の小賢しさには感心さえ抱くほどである。
「余所のヤマト級の防衛圏との境界に潜んでいたなんて。
自由に立ち回れる思兼さんの助力で調査の始動こそ早かったけれど、更地から情報を得るのはやっぱり無理があったんだろうね」
浦原朱花の言葉には、暗に追加情報を引っ張れなかった思兼を擁護する意図が含まれていたが、普段が犬猿の仲である白沢としてもそこを責めるつもりはない。
「あいつの強権には正直感謝してる。
現場で見つかった楓さんもスムーズに富士大宮基地で引き取れたし。
日向さん抜きで花子お婆ちゃんと摺合せなんて考えただけで寿命が縮むわ」
富士大宮基地と防衛圏が隣接している浅間山基地の司令、佐久間花子は白沢の父の恩師であり、彼女も幼少の頃から世話になっている。
道理の通らない理屈を良しとしない性格で、ヤマト級パイロットの行き過ぎた若年化を憂いており、軍事運用に対する安全面の確保には口五月蠅い。
今の状況で顔を合わせたら、何を言われるか想像するのも恐ろしい。
「加えて本営の共生派の炙り出しまでしてくれるんだからね」
「これで共生派は終わりだってほぼ断言していたけれど、白ちゃんも同意見?」
「まあね、ここまで好き勝手されて無罪放免とはいかないでしょうよ。
それだけ今回の共生派は気合の入れようが違った気がする。
秘密基地の立地みたいな細かい所から、亜空開孔の独断開放なんて大胆な犯罪までやらかしちゃって。
この計画に重きをおいていたがゆえ、なんでしょうけど」
鼻で笑う。
共生派とは、これでけりが付く。
問題だらけの現状で、唯一の良い話がそれだ。
「秘密兵器の暴走でおしゃかなんて、これも因果応報なのかしら」
「……白ちゃん。
私はね、この暴走にも作為的なものを感じてる」
友人の発言に、白沢は聞かせてと続きを促した。
「雄二くんを誘拐した甲斐元曹長と、私は昔に接触している。
彼が共生派に抱く憎しみは、そう簡単に消えるものじゃない」
「共生派の陰謀を暴くって、文化祭での宣言は本当だって話?」
しかし朱花は首を横に振る。
「本当だったら、彼は必ず元同僚を頼る。
『星辰の尾』の信頼関係は強いよ。
共生派撲滅の悲願を叶えるのなら、人脈から協力を得ようとするでしょう。
それを人を攫って引っ掻き回すとか、本気で動いているとは思えない」
「ねぇまって。
私には朱花が何を言いたいのかちょっと分からないんだけど」
「甲斐元曹長は、自分が何をしなくても共生派は破滅すると知っていた。
つまり『ジェロウム8』の暴走を事前に知っていたんじゃないかって」
共生派を憎む男が、共生派の一大事に強く関わってこないという謎。
それを朱花は、先を知るがゆえの泰然であると考えた。
「暴走は偶発ではなく既定事項、ってこと?
共生派を陥れたい何者かによる、計画上の」
「甲斐元曹長の暗躍って線も考えたんだけど、事件の規模が大き過ぎるんだよね。
それで彼が星間旅行に使っていた転送機能装置の提供元、気にならない?」
「裏で糸を引いている組織がいる可能性か……」
それが『四如の旗』を支援し、ジェロウム8を暴走させた。
――いや、もう暴走ではなく、乗っ取られたと言うべきだ。
観測データからのジェロウム8の動作から、何者かの意思が介在しているのはほぼ明らかである。
それは共生派の終末を決定付けた後も、奪った四肢を手放さないでいる。
甲斐も、介入者も、未だ何らかの意図を持って行動しているのだ。
「朱花も知っているかもしれないけれどさ。
調べたんだけど、『四如の旗』が出奔した理由ははっきりしていないの。
数ヶ月前に甲斐元曹長を除いたメンバーが傀機獣の奇襲を受けて危なかった。
その作戦の指示を出した上層部への意趣返しじゃないかって程度の推測だけで」
「……もしかしたら、乗ったのかもね。
共生派を潰すプランを持ち掛けた何者かに」
ならば、その何者かの今の目的はなんなのか。
発令所の面々は、ドローンから送信されるジェロウム8の姿に目を向けていた。
背中に潜む何かを見極めようとするかのように。
「……あ、やっと見えた」
「遅い!」
ハガネマルの中に、黄桜奏の怒声が響いた。
「牛歩ってレベルじゃないでしょ。
ハガネマルと同じ大きさの癖に、時速三十キロ以下で進行とか頭おかしい!」
「亜空開孔起線から進路を変えた時はどうなるかと思ったけど。
わざと人の居る地域を掠めたり、こっちをからかっているような動きだったね」
そう呟く須崎碧も戦う前から気疲れしていた。
ジェロウム8の歩行は、決して遅い訳ではない。
だがここまで好き勝手に立ち止まり、散々寄り道を繰り返し、まるで初めて家の外に出た子どものように興味を四方に傾けて。
秋の空の下、紅葉を楽しむ足取りで散歩をしながら、ジェロウム8はようやくチームハガネ号の視認できる距離まで来た。
途中まではその行動原理を推測しようと躍起になっていた碧も、意味の分からない行動の数々に遂に匙を投げてしまった。
「こっちが一般の人を巻き込めない事を理解しての立ち回りかもって考えもあったんだけどね……」
「あれは何も考えてないか、性格が悪いかのどちらかよ」
「とはいえ、富士の樹海まで来てくれたのならこっちのもんだぜ」
五十メートル級の人型兵器同士の捕物である。
精太は何故かこの衝突が、戦いに発展するという確信があった。
ジェロウム8の見せる邪気のない仕草とは関係なく、争わなければならないという運命を感じていたのだ。
ヤマト級を預かるパイロットとしての、存在意義を揺るがす新兵器への恐れか。
それとも念波動が警告する、眼前の脅威への油断を戒める心か。
「ここでなら遠慮なく暴れられるんだ。
これまでの超機獣と同じ、けちょんけちょんにしてやるさ」
「さぁてと、それじゃあお姉さんも仕事をしないとねぇ」
アピールするようにハガネマルの前を横切るメルトレイヴ。
最初の接触は黒墨余弦が担う。
これは発令所からの作戦で決められていた事だ。
「ジェロウム8、ここに来るまでの外部からの呼び掛けには悉く無視していたみたいだけれど、流石に相手がウォーキャリアなら反応も変わるでしょう」
それが敵対行動か、はたまたやはり意味の分からない奇行で返されるのか。
行動指針、性能機能、知りたいことは沢山だ。。
未だ謎に包まれたジェロウム8を暴くべく、多くの情報を引き出さなくては。
「ただやっぱり、見た目は強そうに見えないよねぇ。
人の動きはしているけれど、立ち姿は土偶っぽいっていうか」
「目も大きいし、愛嬌のある顔しているよね」
「そうか?
ハガネマルの方が断然格好良いだろ……」
言葉の最中、精太の念波動はそれを感知した。
見られている。
視線の主はジェロウム8だ。
お互いの距離はまだ遠い、だが未知の存在から注目を浴びている事実は、精太としても薄気味が悪い。
嫌な気分を払拭するべく、いっそこちらから出向いてしまいたかったが、いざ戦闘になったらどの範囲まで影響が及ぶのか未知数の為、十分に富士の樹海の内側へ誘い込むようにとのお達しである。
ならせめてメンチを切り続けてやろうと、真正面から見据えたところで。
『タケミカヅチ』
「……は?」
誰かの声が聞こえた。
フェイスプットに映らない、何者かの声が。
届いたのは精太だけではない、奏と碧も狼狽えている。
「……どうしたの精太くん?」
余弦には聞こえた様子がない。
フェイスプットで繋がる通信管理部、発令所にいる白沢たちにもだ。
戸惑いながら碧が説明する。
「今、ジェロウム8のものかは定かではありませんが、念話の類で言葉を受け取りました。
チームハガネ号を対象にしたものだと思われます」
「……内容の報告をお願いします」
「タケミカヅチ、と」
どういう意味だ?
揃って首を傾げる――――ただ一人を除いて。
「……司令、次の言葉を待ちますか?」
「いえ、敵性存在のそれと同じ、こちらを惑わす目的しか持たないノイズの可能性もあります。
いつ接敵してもいいように、戦闘態勢を維持していて下さい」
「了か――――」
それは突然だった。
ハガネマルの手が届く眼前に、ジェロウム8が現れたのは。
瞬間移動。
至近距離で相対する。
大きな丸い目で、ハガネマルの顔を覗き込んでいる。
「うっ」
まるで何かを探るように。
内側の少年まで見透かそうとするかのように。
精太の心に。
誰かの目が入り込んで――――
「うわああああっっ!!」
思わず手が出た。
そう表現するしかない全力の拒絶だった。
ハガネマルの腕がジェロウム8に突き刺さり――――その四肢は爆散した。




