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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十九話 二つの脅迫




「お前の部下の無体を聞くのはこれで何度目だ……」

「はぁ」

「あの戦争で燃え尽きてしまったのは分かっているがな。

 その辺の石ころを懲罰部隊の隊長には置けんのだ、分かってくれバッハラン」


 はぁ。

 そう返すと上官は小言を諦めた。

 昼食に向かう、その小さな背中の後を追う。


 廊下を歩く道中、怒声が轟いた。

 待機所の一室で、誰かが叱られているらしい。

 廊下からちらりと覗くと、不良軍人の鑑のような態度の男が居た。


「どれだけの怪我人が出たと思っている!

 正義感を暴走させて蛮勇を奮うのはさぞ気持ちよかっただろうな!」

「はい、最高っした!」

「この期に及んで私まで愚弄するのか……!

 どうしてだ、どうして貴様は月に来た、私の下でこんな問題を起こすのだ!?」

「あの女が、オレの好みだったからです!」


 今にして思えば、出会いからして印象的なやつだった。

 甲斐。

 軍人としての矜持もやる気も失った俺とは違う、バイタリティに溢れた男。

 あそこ迄ではないにしても、自分にもギラついていた頃があったなぁと感傷に浸っていると、いつの間にか目の前に立っていて。


「さっきからじろじろと、見世物じゃねぇぞ大男ぉ!」


 向こうから因縁までつけてくれた。

 悪いのに絡まれたと困っていると、話を合わせろと小声で持ち掛けてくる。

 やつは上官の叱責から逃れる為に、目についた俺を巻き込んできたのだ。

 その後、部外者と乱闘寸前までいく演技に付き合わされて。

 二人揃って懲罰房に入れられた。


 ……事態が悪化しているじゃないか。

 そう呟くと、煙草臭ぇツバ浴びるより快適だろと笑う。

 勿論この後、一緒に四方から煙草臭いツバを何重にも浴びることになった。


 それ以来、甲斐とレオルの三人でつるむようになった。

 叱責の理由を聞けば、どうもこの女が関わっているらしい。

 レオルも甲斐とは最近出会ったばかりのようだが、随分な懐きっぷりだった。

 それを指摘してみると、彼女曰く、自分も同じ穴の(むじな)だろうと。

 確かに。

 甲斐には、俺にないカリスマというものが感じられる。


「という訳で、俺の部隊を代わりに率いてくれ」

「は?

 嫌だが?」

「申請は既に通っている。

 この内示が俺の隊長としての最後の勤めだ。

 近々正式に辞令が下りるだろう」

「なんなのお前!?」

「偉そうな態度ですねバッハラン、処しますか先生?」

「お前はお前でオレの何気取りなんだよ……?」


 出会いからここまでを顧みるに、信じられない話だが。

 甲斐は教化対象者ではなく、隊長委任の申請はあっさりと通った。

 思えば最初に見かけた時も、こいつを叱る上官はどこかやり難そうにしていた。

 本人の気質に反して、複雑な背景があるらしい。

 見た目に反して不真面目と言われる俺は、それを利用させて貰った。


 そもそも自分に隊長役など合わなかったのだ。

 肩の荷が下りたのも束の間。

 今回の人事が気に入らなかったのだろうか。

 元部下たちは、最後に挨拶もなく出奔して傀機獣に轢殺された。


 甲斐を隊長に再建された新部隊は、日を置かずして三人になった。

 軍の規律よりも世論を気にする上の計らいで彼らは事故死の扱いになり、

 なけなしの責任を取る形で、新部隊は余所に放逐された。

 最初の仕事が引っ越しになった。


 それから二回ほど、問題を起こしては新天地に飛んでを繰り返して。

 それなりに大きな基地で、補充要員という名目で問題児が送られてきた。

 新たにうちに寄越されたのは、顔の良い中性的な男が二人。

 前部隊での売春行為が発覚し、今まで引き取り手が見つからなかったとのこと。

 教化対象者に振られる仮名で、ショッドとソリストという兄弟。

 ヒヨコもヒヨコ、今回その件で教化対象になったばかりだった。


「子どもの頃、日常的に父の暴力を受けていたんですが、ある日僕が念波暴走を起こして、受けた父は動かなくなりまして」

「怖くなって兄さんと一緒に逃げ出して、体を売りながら生計を立てていました」


 念波暴走(キャリィバースト)の危険性から、客層の大半が男で占める風俗業は専ら同性の仕事だ。

 戦争初期はこれで糊口(ここう)を凌ぐ孤児も多かったと聞く。

 それは新たな生活基盤が整い、孤児も減少した戦争後期であっても、彼らのような社会的弱者が生活する為の手段として選択するのも珍しい話ではない。

 しかし決して潰しがきく仕事ではない。

 長く携わっても、未来に将来性が築かれない。

 ただ若い時間を切り売りする生き方に、彼らも危機感はあったのだろう。


「このままではいけないと一念発起して、浮浪者向けのパイロット適性試験を受けたら成績良くて、以降は軍に所属して融通を利かせて貰いました」

「出征から二年で戦争も終わって、食い扶持を求めて月に来たんですが。

 月の人たちを見ていたら上昇志向もくだらなく思えてきて、ずるずると……」

「結局変われませんでした」


 二人の語る半生は、後半になるにつれてどんどん声が小さくなった。

 今更ながら、自らの愚かさを恥じるように。

 俺に掛けられる言葉はない。

 そんな器用な人間でないのは、残念ながら見た目通りだ。

 レオルも思うところがあったのか、何も言えずに下を向いている。

 そして甲斐は――――

 兄弟の内罰的な態度、そして俺たちの不甲斐なさに嫌気が差したのだろう。

 俺の方を叩くと、皆の注目の中で叫んだ。


「どいつもこいつもいっちょ前に深刻そうな面しやがって!

 欲求も目的も、もっと単純(シンプル)に考えろ!

 お前らには馬鹿さ加減が足りない、これからはオレを見習って馬鹿になれ!」


 何を言っているんだこいつは、と思った。

 正直今になっても、その時の言葉を思い出すと首を捻るばかりである。











「……あそこにカネジが現れるって分かってたのか?

 だよな、でないと……刺さらない、よな」


 ソリストは、目の前で起きた現象を受け入れようと必至だ。

 バッハランから見ても、フェイスプット上の彼の顔に余裕の色はない。


 当然だが、虎の子の瞬間移動には、膨大な念波動が必要になる。

 あのアクションの時、転移と攻撃にリソースを割り振り、念波動が枯渇した瞬間を突かれたのだ。

 仮にカネジが正面から相対し悠然と構えていたのなら、その反応速度と念波動の防御効果で以ってああまで易々と討たれる結果にはなるまい。

 あの決着は『硝子の星屑』の掌上の展開だったという事になる。


「ああ、つまりだ。

 あの男はカネジの能力を、恐らく『四如の旗』である俺たちの情報も全て得た上で、それに対応した戦い方を既に構築している」

「後ろ盾の弱い脱走兵の辛いところですね」


 『硝子の星屑』が『四如の旗』の討伐を課せられて月に来たのなら、軍が保有するこちらの情報を開示されているのは当然だ。

 しかし、手慣れ過ぎている。

 どうやらこの刺客に依頼した人物は、随分と手が早いようだ。

 『四如の旗』は相当前から、『硝子の星屑』に仮想敵認定されていたらしい。


「俺たちも『硝子の星屑』についてはそれなりに勉強したつもりだったが。

 情報を含めた事前準備においてはあちらの圧勝だろうな」

「ぜ、全員戦闘態勢できてるよね?

 あれが目の前に来てから人機間念・波動接合(アルコンユナイト)始めるとかナシだよ?」

「……ねぇ、それよりもさ」


 レオルも含めた三人で話していたところに、ショッドが初めて口を挟んだ。


「カネジ、大丈夫だよね……?」


 こちらの声は『硝子の星屑』に聞かせていない。

 だからそれは偶然だったのだが、まるでショッドの声に応えるように。

 ナイツライズはレギオンレイヴの刺さった剣を、逆手のまま乱暴に振り払った。

 念波動の通らない機械人形は、剣が抜けると無様に床を転がる。

 そして残った剣の先には、カネジの居るだろうコクピットが残っていた。


「……え?」


 ソリストの震える呟き。

 これを見たバッハランもまた、嫌な予感がした。


「――『四如の旗』よ、これが見えるか」


 ――――『硝子の星屑』の声がした。


「仲間の一人は預かった。

 今から十秒以内に、青海雄二を俺の前に連れてこい」


 逆手を順手に持ち替えると、

 刺さったコクピットの位置を、ナイツライズの視線に合わせる。


「遅れたら、分かるな?」


 言葉少なに、抑揚のない声。

 ソリストの視線が泳ぐ。

 フェイスプットに浮かぶ『四如の旗』の面々に、この状況の打開を求めるように。

 しかしバッハランたちにはどうしようもない。

 いきなり押し付けられた選択に、回答権を持つのは甲斐だけだ。

 交換材料の雄二の身柄は、甲斐の下にあるのだから。


「――五」


 カウントダウンが始まった。

 冷静に考えれば、十秒で雄二を連れてこいというのは大分無茶な話だ。

 要求を突き付けた向こうも、こちらが乗るか乗らないか以前に、状況に依ってはそもそも不可能な難題だと分かっている筈。

 だからこの要求が、最初から通るとは『硝子の星屑』も思っていない。

 つまり威勢の良い言葉も、圧の強い交渉の一部に過ぎない。


「四、三」


 そうだろう、が。

 剣を掲げるナイツライズは、機械のように冷たく感じて、これから本当に。

 ウォーキャリアの一等堅牢なコクピットを、その中身ごと真っ二つに。

 今にも『青江の極意』とやらで、ずんばらりんと断ち割りそうで――――


「二――」

「――――雄二が見ているぞ」


 そこでようやく、甲斐が割って入った。


「雄二には今、オレのウォーキャリアの後ろの部屋で『四如の旗』の戦いを見て貰っている。

 すぐさまオレの所まですっ飛んできてもいいぜ。

 しかしその場合、人機間念・波動接合(アルコンユナイト)を解いて雄二をコクピットに招き入れた状態で、残っている『四如の旗』全員を相手にする事になる」

「…………」

「それは現実的じゃねぇよな。

 だから大人しく、こっちの企画した催しに付き合えや。

 二戦目はオレの残りの部下、最後にオレを倒せば、背中を撃たれる心配もなく大手を振って帰れるんだからな」


 安心したようにソリストが息を吐く。

 そうだ、この場合、戦力比で勝りホームに陣取る『四如の旗』が言うことを聞かせられる立場なのだ。

 そもそも確実な討伐を図るのなら、一人で来ること自体がおかしい。

 交渉のできる立場ではない、初手から不利なのは『硝子の星屑』の方である。

 ああ、その通りだ。

 まさかそんな、本当に一人で『四如の旗』全員を相手取る覚悟を、その上で勝ち得る気概を持っていない限り、そんなまさか――――


「……雄二に感謝しろよ」


 言って剣の刃を下に、カネジのコクピットを床に落とす。

 『硝子の星屑』は甲斐の提案に乗った。

 この様子なら大人しく、バッハランたちの前に来るだろう。


「隔壁の開いている所を辿れ。

 二つ先の部屋だ」


 甲斐に言われるまでもなく、ナイツライズは次の部屋に向かっていく。

 『硝子の星屑』―――

 甲斐が青海雄二の名前を出した途端に、剣呑な雰囲気を仕舞い込んだ。

 ソリストは甲斐の声に心強さを得たのか、緊張を失っているが。

 バッハランはまだ、生じた怖じ気を拭えないでいた。


(やつは恐らく、『四如の旗』の捕縛を命じられているのだろう。

 だが、甲斐の声を聞くまで、やつは――――

 青海雄二の奪還とカネジの命を、秤にかけてこちらに問いていた)


 そして雄二の目があるからと、一旦剣を収めただけだ。

 『四如の旗』の討伐は、今の『硝子の星屑』にとって些事なのかもしれない。

 その行動原理を推測するに、中心にいるのは雄二である。

 それはつまり。

 校舎の上でこちらに吐かれた言葉も、全て本音だったという事で。


 『硝子の星屑』を誘い込んでのこの勝負について。

 甲斐の課した試験なのではと皆で話していたのが、今となっては片腹痛い。

 いや、ちっとも笑えない。

 危うくカネジが殺されるところだったのだ。

 竜の逆鱗か虎の尾か。

 自分たちはとんでもない爆弾を抱え込んだと、ただ恐ろしくなるのだった。 




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