第六十八話 風のカネジ
『四如の旗』のメンバーで、カネジは最も新参者だ。
加入は一年前。
それ以前は、腐った毎日を過ごしていた。
彼は五歳の時に親に売られた。
その後はとある教育施設で、ウォーキャリアの操縦技術を磨く日々を送る。
与えられた個体識別記号は『K2』。
K2は同施設で優秀な成績を修め、関係者から将来を有望視された個体だった。
自身の有能を示し、承認欲求の満たされる日々は決して悪いものではなかった。
努力をした先から結実すれば、困難なカリキュラムにも意欲が続く。
次々と脱落していく同期に目もくれず、彼は実力と自信を増大させていった。
順風満帆な人生に訪れた一つ目の転機は、ヤマト級の台頭だった。
相対評価からウォーキャリアの存在価値が下がり、彼の未来に翳りが差す。
翌年の出荷を控えた身で、周囲の向ける目が変わり始めていた。
そして次の年、十五年に渡る戦争は終結した。
戦場に出ていない身でありながら拡張専用武装まで用意されて。
施設側も、彼が見せるだろう成果に多少の期待を残していたに違いない。
だが。
人類の総力を注ぐ筈の最終決戦に、彼の席は用意されなかった。
年齢が満たないという、たった一つの基準に足を引かれて。
時代の急変に生まれ育った施設は意義を失い、呆気無く解体された。
かくして放り出されたのは、拡張専用武装だけを持たされた子ども。
戦士として育成された彼は、戦後において無用の長物になってしまった。
ただの一度も、戦場に結果を残せないまま。
彼はわざと問題を起こして月に行った。
かつて目指した場所、戦時中に一度も踏むことのなかった地に。
何かが変わることを期待して。
何も変わらなかったことに失望した。
未だ月に巣食う敵性存在の排除を目的とする月領制圧派遣団。
その中身は、堕落を極めていた。
あくまで戦争は終結したと唱える人類は、
『戦後』に戦死者が出るのを極端に嫌がった。
結果、人類の勢力圏を広げる攻勢はまともに実行されず、兵士は野良の傀機獣と小突き合うだけで生活は保証される。
同じ教化対象の人間が、昼間から酒に溺れて管を巻く。
これまで汚れのない部屋で育てられた男は、その純粋さを失った。
同時に悟った。
これが自分の未来の姿だと。
そして四年間、彼はその環境に同化し腐った。
思惑通りに。
今の時代におけるウォーキャリアのパイロットへの失望。
それしか在り方を教えられなかった自分の、未来への絶望もあっただろう。
だから適応することにした。
飼い殺しを受け入れようと思ったのだ。
これが世界の求める、自分のあるべき形なのだろうと。
平和に似合わない、戦うしか能のない、時代の不適合者どもよ。
骨の芯まで腐って、月の土に還ってしまえと。
そんな幻聴に耳を傾けながら、無為に無為に毎日を消費していた。
時代と環境に捨てられた糞がこれだけ集まったのだ。
皆で糞尿を流し続ければ、いつか灰色の地平も黒々とした土に変わるだろうと。
月にいる筈もないミミズや微生物を思い描いては、自分の顔を貼り付けた。
暇潰しに因縁をつけた相手。
甲斐という男に敗北するまでは。
「K2ぅ?
教化対象者に割り振られる仮名に数字は入らんだろ……本名だって?」
その日からK2はカネジと呼ばれるようになった。
何をどうしたのか、本人の承諾もなく改名までされてしまった。
甲斐を慕う連中に巻き込まれて、慌ただしく月を連れ回される毎日。
傀機獣に囲まれて死にそうになったのも一度や二度ではない。
本部の意向に従わず、気に入らなければ内にも外にも喧嘩を吹っ掛けて。
聞けばこの集団は、甲斐が月の各所を転々としながらこんな事を繰り返している内に出来上がったものだという。
気付けばカネジも、その一人に収まっていた。
馬鹿に魅入られた阿呆共――『四如の旗』で過ごす毎日は刺激的だった。
カネジは一人称を俺様にして、自尊心を取り戻すことから始めた。
長らく錆びついた腕を磨き直しながら、時折思い返す。
あの日に始まった喧嘩はまだ続いている。
甲斐に勝ちたい。
カネジの人生に、新たな目標ができた。
あのおっさんに強いと認められれば。
施設で得た称賛も忘れられる感動が、胸に生まれる確信があった。
甲斐と肩を並べたという元同僚、衛守哲人。
カネジにとっては仮想敵として悪くない。
地球でコクピットに引き篭もり、演習ばかりの武人気取り。
強さは比較するまでもないだろう、実際に見下してもいるが。
これを打倒すれば、甲斐も多少は自分を認めるだろう。
レギオンレイヴに念波動を満たせば。
胴体に不釣り合いな巨腕は、その爪先を煌々と光らせた。
拡張専用武装――『熊の鈴』
雄々しくも丸みを帯びた両腕は、フォルムだけなら動物のそれに近しい。
レイヴシリーズ共通の象徴でもある両翼が霞む存在感。
腕とそれ以外のサイズ比を見れば、人の形から遠ざかっているが、
それが操縦に何ら障害とならない程度には、カネジも長い付き合いである。
「精々見せてくれよ、青江の極意ってやつをよぉ」
勿体振ることもなく開戦。
両腕を前に着けて、ゴリラの四足歩行の姿勢から跳び出した。
愚直な直進は、遠目に巨大な弾丸と見紛うものだ。
ナイツライズは左足を逆時計回りにずらして体軸移動、半身で射線を抜ける。
「早々闘牛士に転職かぁ!?」
だがレギオンレイヴは突き抜けずに急停止。
バランスを崩さず左腕を思い切り良く振り抜いた。
幾ら巨大とはいえ、腕だけの丈なら届かない距離である、しかし。
衝撃がナイツライズの剣を通して、その鎧躯までを弾き飛ばした。
二機は再び離れ、仕切り直し――ではなく、これはカネジの調査である。
熊の鈴の先端を見れば。
爪を象るように伸びた五本の念波動発振剣は健在だった。
(何が青江だ、俺様の爪の一本も切れやしねぇ鈍らじゃんか)
ソリストに天敵と言われたのを思い出して、一笑に付す。
リオルを斬ったからと過大評価のし過ぎなのだ。
この分では奥の手にも通じるか怪しいところだろう。
だが――相手の刀身にも、構成する念波動の崩れは見られない。
あんな細身の剣であっても、盾代わりにはなるという事か。
今度は、背中のウイングユニットを用いての接近機動。
ここでカネジは決めの手に出た。
横蹴りからの裏拳打ちで敵を粉砕する『惑転甲』。
その中身は、神速の足技を見切り寸で避けた相手に『熊の鈴』で追撃する。
動きこそ蹴り足の勢いを乗せた裏拳打ちと同様だが、足よりも腕のリーチが長い事を利用した騙し打ちの側面を有し、至近距離ではなく遠間から始動するリーチの駆け引きが主眼の連続攻撃である。
最もこの仕組みは受ける側の技量があってこその決め打ちとなる。
どうも怪しいこの男、先の蹴り技さえ流せないのならそれまでだが……。
しかしカネジは、次の瞬間にその考えを改めた。
哲人は確かに回避したのだ。
それもスウェーバックで。
横蹴りの時点から裏拳の射程外にである。
手を読まれていた。
カネジはそれに気付いた瞬間、裏拳打ちを中断し、直ちにその場を離れた。
相手の技を見切り、未来の体躯の位置まで把握しているという事は、その進路上に回避不可能な凶器を置けるという事実に他ならないからだ。
果たして、危惧した攻撃はなかった。
ナイツライズはただ上半身を戻すと、手のひらを上に向けて招く仕草をする。
おいで。
そう聞こえた気がした。
ここまで大胆な挑発をされて、退く選択はない。
裏拳の為に消した剣爪を再展開。
再三の高速接近から、爪撃と突き技を交えて騎士を仕留めに掛かる。
その一、二発目を打ち往なされて尚、カネジはお互いの得物が依然として無事なのを見た。
なるほどこの男、五本の爪の内、その一本としかまともに打ち合っていない。
そしてその衝突と刃の掛かりだけで、腕そのものに制動を掛けている。
熊の鈴は拡張専用武装であり、その破壊力は絶大だ。
実際、必殺と目した『惑転甲』の裏拳一撃で、ナイツライズの四肢は砕ける。
そう、当たれば。
五本の爪を同時に受ければ、哲人の剣は耐えられないし。
正面からの殴り合いになれば、腕力の差で力負けは必至だろう。
逆説的に、これだけの得物の応酬を経てナイツライズが無事ということは、
機体性能に依らない要因、操縦者の技が力の隔たりを埋めている事になる。
決してカネジに技が無い訳ではない。
ここまでの駆動、今まさに繰り出している突き一つとっても、彼の過去の積み重ねとここ一年の追い上げが結実した功が見て取れる。
それでも認めざるを得なかった。
カネジが目指す男、甲斐の元同僚、衛守哲人が備える技術を。
その事実は同時に、奥の手の解禁に繋がった。
勝利に貪欲に。
彼はまだ諦めていない。
ここで熊の鈴が標的を変える。
手を組み床に叩きつけられると、強大な念波動が放射状に広がった。
面で迫る圧力を受けて、騎士は一気に吹き飛ばされた。
だが姿勢は崩れない。
その心身も乱れない。
哲人は熊の鈴の脅威を正確に理解している。
それがウォーキャリアとしては破格の攻撃力を有する事も。
それでもやはり、超機獣やヤマト級には及ばない事も。
模擬戦で超機獣と、実際にヤマト級と付き合ってきた哲人は惑わない。
そしてカネジも、今更この程度で惑う相手だとは思っていない。
距離。
ここにきてカネジが求めたのは再びそれだ。
今まで散々通じなかった手だと、理解できていないかの様に。
馬鹿の一つ覚えの如き、四度目の吶喊に臨む。
爪を消して、腕を前に。
それは一度目の四足の姿勢に、ウイングユニットを吹かせての重ね技。
ここまでで最速の機動で、ナイツライズに突撃した。
その全てをブラフにして、彼は二つ名でもある真髄を見せる。
『風のカネジ』
其の疾きこと風の如く。
誰も並ぶことは叶わない。
瞬間移動――――
彼は自身と錯覚する範疇の存在を、視覚の内側に自在に転移できる。
早さを攻撃手段と見せ掛けての、その裏をかく一手に、更に。
哲人の行動を分析し、カネジは罠を張った。
ゆえの吶喊である。
初手の加速、神速を乗せて、またしてもの『惑転甲』を舞ったのだ。
技がこれしか無いのではない。
寧ろ一度仕掛けた末に、間合いを読まれた事実があるからこその選択だ。
そう、その腕の届く範囲を知り尽くしているからこそ。
ナイツライズが再度スウェーバックで回避した瞬間。
――転移。
その背後でレギオンレイヴは、こちらに近付く背中を見ていた。
背中側から見るスウェーバックは、断頭台に首を差し出す罪人を思わせる。
哲人が採る回避行動を見越しての、未来を狩る一撃。
これは決まる。
転移前から、ギロチンの刃は落ち始めていたのだから。
熊の鈴の裏拳打ちが。
やったぜおっさん。
勝利を祝福するかの如く、カネジの視界は輝いた。
熊の鈴がナイツライズを背後から捉えた。
だというのにその胴体は、砕けるどころか微動だにしない。
カネジの念波動なら、それは間違いなく必殺の一撃だった筈なのにだ。
観測していた『四如の旗』の面々は、その現象に呆気に取られて。
じきに、その理由に思い至った。
稼働中のウォーキャリアから念波動が失われる理由は唯一つ。
コクピットが機能を停止した時である。
静止した二機の間で、橋の様に掛かる白刃。
ナイツライズの逆手に構えた剣先が、レギオンレイヴの胸部を突いていた。




