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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十七話 訪問




 鋼の守り人が月に立つ。

 衛守哲人が最初に行ったのは、簡潔なメッセージを差し向ける事だった。

 迎えに来たぞ、と。

 最悪、強念奏者の教え子(ゆうじ)にだけでも伝われば良い。

 月で見知らぬ連中に囲われての小旅行は、もうじき終わるのだと。


「ん」


 月面から上を見上げると。

 無数の傀機獣が投擲槍(ジャベリン)を構えていた。


 ――一斉に射出。

 ナイツライズに雨霰(あめあられ)と降り注ぎ、着弾と同時に地表を揺らす。


 ここでは大気を伝播する衝撃波は起こらない。

 代わりに確認できるのは、槍の衝突地点から立ち昇る青い光の渦だ。

 投擲槍の生成過程で含まれた流体魄気が、役割を失い消失するまでの一瞬。

 地球とは異なる月独自の環境における、念波動とそれに類似する性質が見せるある種の幻想的な光景だった。


 傀機獣は凶器を投げた直後から、新たな槍の作成、二射目の準備に入っていた。

 目標の生存確認さえ油断と排しての、果断な連続攻撃である。

 攻撃の手を休めず、先手を取り続ける事ができるウォーキャリアへの有効打だ。

 そう、相手を間違えてさえいなければ。


 傀機獣の一体、その頭を踏んだものがいた。

 地球の二割に満たない重力下では、何ら攻撃にもならない行為。

 傀機獣の群れがまとめて振り向けば。

 頭上でこれらを睥睨する鉄騎。

 右手に剣、左手に鞘を握って。

 知人も同僚も宇宙(そら)を隔てて遠く、誰の目もないからだろう。

 その中身は、気が立つ内心をまるで隠していなかった。


 これより、月の門を叩いた剣士が、門番の歓待を受ける。

 その実、前哨戦とも呼べない一方的な八つ当たりが。






 甲斐に先導されるまま、雄二は施設の通路を歩いていた。

 その間、甲斐は発言通りに、これから始まる争いの経緯を説明する。


「衛守は元々、『四如の旗』の始末をつけるように言い渡されていたのさ。

 連れ去る直前の会話から察するに、手引したのは天羽、オレたちの知り合いだが、二代目『硝子の星屑』が近くにいるのなら、そいつ経由で同じ命令をされていただろうよ」

「月の脱走兵相手に、どうして地球にいる教官が駆り出されるんですか?」

「オレが元同僚だからだよ。

 あいつもあれで結構危うい立場にいるからな」


 雄二は以前食堂で見たワイドショーと、その際の碧たちとの会話を思い出す。

 やはりあの二つ名が、教官の未来を縛ってしまっている。


「『硝子の星屑』の名前は、まだ後を引いているんですね」

「その話題は(こっち)まで聞こえたよ。

 昔を引っ張り出して、世間様はごちゃごちゃと五月蝿かったろ?

 あいつだけじゃない、以前のチームメイトたちも潔白を証明しときたいのさ」


 チームメイトたち。

 それは甲斐のかつての同僚、同じ独立戦隊に所属していた者を指して。


「『星辰の尾』――並びに『硝子の星屑』に関わる連中はな」

「つまりこれも自浄作用のアピール、内部粛清の一環だと」

「怖い言葉使うねぇ。

 しょうがねぇさ、あいつもお前らの教官続けたかっただろうしな」

「僕たちとの関係を、盾にされていたと言うんですか?

 そんな、そんなの、関係ないだろうに」


 雄二は遣る瀬無さに下唇を噛む。

 教官の立場が、そんなに危ういものだったとは思わなかった。

 新型超機獣の撃破という実績も考慮されないというのなら。

 哲人はこれからも、過去の負い目をゆすられ続けることになってしまう。

 やり場のない怒りを募らせる少年に、しかし甲斐は待ったをかけた。


「これは、アイツに言うことを聞かせたい悪い大人がいる、って話じゃない。

 ヤマト級のパイロットは、この国にとっての宝物なんだよ」

「…………」

「宝そのものである当事者のお前と、それを守りたい世間の人々とでは、そもそもの視点が違う。

 子どもを守る義務のある、大人の立場になって考えろ。

 経歴に傷のある人間なんぞ、できる限り近付かせたくないのが人情ってもんだ」


 そう言われると、腑に落ちる部分もある。

 チームハガネ号との個人的な絆を、外部の人間が知っている訳でもないのだ。

 そんな人たちが衛守哲人を量る際、分かり易い傷がれば悪目立ちもするだろう。

 その心情は分かる、だが、納得できるかは別の話だ。


「煩わしいだろう、そういうの。

 オレたちとくれば解放されるぜ、檻のような揺りかごからな」

「それは、守り手が国から貴方に変わるだけではないんですか?」

「がっつり監視されないだけ気楽になると思ってくれよ」


 通路の途中で、施設の一部を見下ろせる場所に出た。

 眼下に広がるのは、月の地下を大きく掘削して用意された一室だ。

 それはウォーキャリアさえも十分に飛び回れる、広大な空間である。

 その奥に立つ数機のウォーキャリア。

 あの中にはきっと、先程の甲斐の号令を受けた『四如の旗』がいるのだろう。


「……この部屋も凄い天井高ですね」

「戦争後期に建造された月面基地はヤマト級の利用も考えられていたからな。

 中でもここは広さだけなら一級品だ。

 だからこそ今日の為に、オレたちもここを選んだんだが」

「教官と戦う為に……」

「お前にアピールする良い機会でもある」


 さしずめここは闘技場だ。

 敵性存在の陣地の真っ只中で、人間同士が闘う為の。

 そう思うと馬鹿馬鹿しくなるものの、その原因となってしまっている雄二の心境は複雑である。

 通路の先で甲斐が止まった。

 雄二を待って扉を開けると、部屋の中はモニターが複眼のように詰まっていた。


「衛守の所から奪うなら、新たな警護役として強さの評価は必要だろう。

 ここが管制室だ。

 中央コンソールに手を置けば各フロアのカメラを見られるから、衛守が乗り込んで来たらオレたちの戦いを見物しているといい」


 入るように促されるが、雄二は横目に甲斐を非難するような視線を向ける。


「最終的に貴方が戦うつもりなら、貴方の部下はその前座なんですか?」

「オレとしても、そんなつもりはなかったんだがな」


 その指摘は不本意だと肩を竦めて。


「カネジが先ず一人でやり合うって言い出したもんだからなぁ。

 他の連中もそれを受け入れちまったし。

 『四如の旗』の強みは連携にあるってのに、内輪揉めで御破算さ」


 これも嘘ではないと雄二に伝わった。

 続けて甲斐は、彼らの教官として、残酷な確信を込めて告げる。


「悲しいかな、オレの教え子たちは全滅するよ」






 ――――根城である月面基地の、物資搬入口に衝撃が走った。

 それは二度、三度と続き、遂には大きな穴を開ける。

 暫く間を置いて、そこから放り込まれたのは傀機獣の上半身。

 直近の撃墜だったのだろう。

 床を何度もバウンドしながら転がり、静止した後に溶けて姿を失くした。

 その区画(ブロック)の主であるカネジは、遠目に穴を検分して呟く。


「……傀機獣の投擲槍を使ったのか」


 ならば外には傀機獣が集まっている可能性もあるが、カネジの感知にそれらしいものはいない。

 攻城兵器に用いた後、用の無くなった雑魚は綺麗に片付けたらしい。

 数で劣る相手としては、いっそ施設内部まで導いて乱戦状態にするのも手だろうに、囚われている少年に危害が及ぶのを憂いているのだろう。

 だがそのお陰で、こんな時代錯誤の決闘が成立するのだ。


 穴からウォーキャリアが入って来た。

 月の上で、有人機動兵器が相対する。

 それは人の間の思惑が絡み合った末の、敵性存在と関係のない対立。


「さっきから念波動全開でアピールしていて良かったぜ。

 ショートカットもせず俺様のステージに突入してくれたんだからな」


 侵入者はナイツライズ。

 待ち受けるのはレギオンレイヴの改造亜種。

 その異形を請け負ったのはカネジの拡張専用武装。

 スペック強化を目的とした素体拡張型の現れである。

 既に戦闘態勢は整っている。

 全身に有り余る念波動を滾らせて、カネジは真っ直ぐに吼えた。


「俺様の証明の為に、消えろ旧世代」




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