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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十六話 みんなの桃姫




 富士大宮基地の前身は、富士の麓に眠るデミウルゴス鉱脈を守る名目で、十五年戦争末期に建設された防衛施設跡地である。


 戦後からの四年以上、この基地にはまともな仕事がなかった。

 死蔵どころか金食い虫も同然だったここに、富士の樹海に新たに開かれる亜空開孔起線の番人を任せる計画が立てられたのが、去年の十二月。

 四月にハガネマルの配備とパイロットの配置が完了し、直後に富士の樹海の亜空開孔起線が初めての亜空開孔を果たした。


 以来、この基地はヤマト級を有する一大軍事施設として認識され、七ヶ月を過ぎた現在まで、その防衛線を突破されていない。

 ミシマミゾクヒを退けた新型超機獣さえも見事に撃退した実績を得て、その評価は今や新進気鋭の麒麟児さながらである。


 それが何の因果か。

 現在、今にも開きそうな亜空開孔起線を前に、構えるのはハガネマルではない。

 代役はミシマミゾクヒ。

 遠く近畿地方から、二面作戦を強いられた富士大宮基地の救援に、何よりも先行して駆けつけた憂国の士である。

 そのパイロットもまた、ハガネマルと同じく年若い。

 市原雅之、真中あずき、そして宇佐美十羽の、三人の男女である。


「良い人だったねぇ、白沢さん」

「…………」

「うちの前の司令と違って若い女の人だし。

 こんな困った状況なのに、悲壮感のない生命力に漲っていて。

 余所のヤマト級パイロットからの怪しさ満点な申し出を、すぐ受け入れるどころかあんなに感謝してくれてさ」

「………………」

「鼻の下伸びてたよマッキー」

「伸びてねぇだろ!」


 必死の否定に、いやらしい含み笑いで返されて。

 痩せ細り頬骨が薄っすらと見える不健康そうな少年は、しかし血の気の目立つ真っ赤な顔でそっぽを向いた。


「なのにこっちの返事は挙動不審。

 いやぁ、まさかまさか。

 守銭奴を自称する我らが正操縦士殿は色事にまるで免疫が無かったと見える」

「あずきお前っ……作戦行動中に俺の動揺誘うとか、自殺願望持ちなのかよ」

「YOU、もう正直になっちゃいなよ。

 あの人、好みだったんだろぉ?」

「…………」

「ん~~~?」

「……ひと目見て、ビビッときました」


 認めた雅之に、あずきは無言で拍手を贈る。

 かれこれ二年の付き合いになる二人だが、あずきの前では興味のない態度を崩さなかった雅之の意地の崩壊に、見えない勝敗の決着を感じたのだ。

 どちらも内心、敗北を認めてである。

 雅之は今日、一目惚れをして撃沈した。

 あずきは今日、密かに失恋して撃沈した。


「マッキー選手ぅ、これはもう個人シェルター購入とか言ってられないんじゃないですかぁ?

 貯め込んだ銭を使って自分磨きをしないと、いつまでも子どもとしか思われないかもよ」

「えー……具体的に何すればいいんだよ。

 床屋をやめて美容院とか?」

「――って、そんなのはどうでもいいんだよ!

 遠出までして見栄張ってるのに、これで新型超機獣が来てミシマミゾクヒまで撃沈されました☆とか笑えないんだから!」

「最初に話を脱線させたのはお前だろぉ……」


 そう、真中あずきは強い女、過去の傷は振り返らない。

 そして今、最も大事にすべきは最後の一人なのである。。

 二人はここまで無言の宇佐美十羽を見た。

 フェイスプット上の少女は表情固く、一切の余裕がない。

 それもそうだろう、彼女の事情を知る二人には、その心中を察するに余りある。


「……ここには先月以来、新型は襲来していない。

 なにより今回の亜空開孔は大本営内部の人為的な不始末が原因って話だろ」


 共生派の内部工作により、富士の樹海の亜空開孔が早められた疑いがある。

 その話は既にミシマミゾクヒのパイロットにも伝えられている。


「新型の出現時に確認されている次元裂傷値の異常増加とも類似していない。

 つまり敵性存在主導の異変でないのなら、過去の前例にならって旧来の超機獣や傀機獣の出現に留まるんじゃないか」

「あー、そっか、取り越し苦労だったかな。

 いつもの超機獣なら楽勝じゃん、ね!

 だからまずは勝とうよ、とわっち。

 攫われた子の帰ってくる場所、あずきたちで用意しておこう?」


 問われた少女、十羽は。

 一度息を吐くと、気を揉む二人に対して、ただただ申し訳無さそうに謝罪した。


「いつも、ごめんね。

 二人が気を遣ってくれているのは分かってるのに。

 こうやってトラブルがある度に、私ばかりうじうじして、本当に……」

「負のスパイラルが止まらない……!」

「とわっちは悪くないってば!

 んもー、中学生こんなんにして、前司令(あん)のジジイは責任取れよぉ!」


 同僚の気遣いを受けながら、十羽は右手を左腕の通信デバイスに伸ばした。

 それを包むように握ると、虚空に向けて儚く願う。


(無事でいて……雄二くん)











 一方、月で囚われの身である雄二はといえば。


「治安の悪い地方に行かされたらな、まず賭場を探すんだよ」

「賭場、賭け事ですか?」


 甲斐との話が思いの外高じて、その内容は『星辰の尾』時代の体験談に至る。

 今は幾度もあった潜入捜査を、培った経験則も交えてネタにしていた。


「んで、負け続きで気が立ってる酔っ払いを数人引っ掛けて喧嘩すんの。

 すると警備担当、つまり胴元の関係者が自ら出向いてくる訳だ」

「賭け事の主催者なら、その地の有力者でもあると」

「見るからにゴロツキの下っ端だったらこれも蹴散らして、それなりの身なりをしたやつが来るまで粘る。

 そしたらオレはとんずら、こいつの顔を長雨、衛守や天羽に覚えさせる」


 脳裏によぎるかつての思い出。

 拳でのド突き合いなど内気な少年には引かれるだけだと思っていたが、話してみると意外な事に受けが良い。


「なるほど、顔を知らない余所者が活動地盤を作るには、賭場みたいな治安の悪いところから潜り込めば、似たような訳ありの人も多いから……」

「後はこいつの目が利く範囲でウケの良い働きをして、これを繰り返す。

 段々と上に渡りをつけるのさ」

「時間が掛かりそうですね」

「オレも最初はそう思ってたんだよ。

 雑魚からちまちまと殴り倒しても面白くないからな」


 お陰で調子に乗ってしまい、身振り手振りにも熱が入る。

 甲斐は気付いていなかった。

 今の雄二は知らない世界の話に新鮮味を覚えて耳を澄ます子どもの姿勢であり、これに嬉々として話す自分が親戚のおじさんの役割に落ち着いていることを。


「腕に物を言わせて、さっさとトップに殴り込みすれば話も早いだろうに。

 しかしこれがな、実際やってしまうと悪手だったんだ」

「教官や貴方の力があっても難しいとは、個人と組織の違いという話ですか?」

「勝てる勝てないじゃなくてな、収集がつかなくなるんだよ。

 戦時中の地方の権力者は、自衛で敵性存在と渡り合っているからこその立場だ。

 その自負ゆえにメンツが第一。

 実力差も二の次の泥沼抗戦を、どちらかが全滅するまでやりかねん」

「……舐められたら負けと受け取る、昔のヤクザみたいですね」


 想像したのだろう。

 ごくりと喉を鳴らす雄二に、真摯な聞き手の姿を見て尚の事気が良くなった。


「世紀末みたいな環境で国に頼らない自治体だぜ、自然とそういうもんになるさ。

 ベストなのは、ファーストコンタクトを相手側から起こさせる事だな。

 こっちから相手の手のひらに乗るのさ、実態はどうあれな」

「あくまで相手に主導権を確保していると思わせるのが大事だと」

「ちなみに、賭けには荒くれ者集めたウォーキャリアの剣闘試合もあってな。

 こういう場合は二手に分かれて、相方が野良パイロットに扮して出場できたなら、そいつに全額賭けちまうのさ。

 大金が動くと当然胴元の目にも留まる

 これを数回続けるとな、元締めの家長から厳つい兄ちゃんたちという招待状が届くのよ」

「……それは危なくないんですか?」

「向こうもそこまで馬鹿じゃねぇから、もう出場者とグルなのはバレているんだが、流石にオレ等が公安の犬とまでは思わんから先ず圧迫面接してくるのよ。

 このやり取りがもう面白くてなぁ、気分はオレツェー小説の主人公だぜ」

「…………」


 するとここで雄二の反応が鈍くなった。

 しかし甲斐は、その内心を察して雄二に顔を近付けて聞く。


「そういうの、嫌いか?」

「……時々読みます」

「中学生だろ、背伸びして誤魔化すなって!

 昔から中二病とか、似たような趣味はあったんだからな。

 好みも人それぞれってもんさ、少なくともオレは嫌いじゃないぜ」


 甲斐が笑い飛ばすと、多少安心したのだろう同じく笑って返された。


「甲斐さんはその、経歴の割にはそういうのに理解があるんですね」

「ああ、捕まってた時からな、嗜好品としての本は融通が利いたんだよ。

 他にも楽しめるものもないと、勝手に手が伸びるもんさ。

 兄貴は昔から模型作りが好きだったから、研究員によくせがんでたけど」


 当然、そういった我儘は最後まで通らなかったが。

 追憶にふける甲斐の前で、雄二は模型という単語に反応した。


「……僕も、模型は好きです」

「そうかよ、オレは子供の頃、付き合って少し触ったくらいだけなんだが。

 案外兄貴と趣味が合いそうだなぁ」


 そこで雄二は思い出す。

 少し前の玩具屋で、プラモデルを見ていた少年、大吾を。

 そういえば彼も、甲斐の兄と同じで成長が止まったと言っていなかったか。

 とはいえ歳を十八と名乗っていたし、本人ではないのだろうが。

 ……甲斐の兄、奇しくも誘拐をしでかした男の身内。

 これまでそれらしい人物と顔を合わせていないが、現在どうしているのだろう。


「そういえば、お兄さんは――」

「そうだ、家族の話も必要だったな」


 露骨な話題の転換だったが、雄二はそうした甲斐の気持ちを察して押し黙った。

 それに甲斐の言う通り、彼の提案には親類縁者の問題を無視できない。

 お尋ね者との逃避行を、自分の気持ち一つで選べるかといえば、悩み戸惑うくらいには少年にとって重要な存在である。


「お前がもしオレの誘いに乗ったなら、当然母親も一緒だ。

 転送機能装置の性能は見ただろ、お前も協力してくれれば一瞬で済むぜ」


 協力を欲するのは、雄二の説得でなら青海楓が転送に同意すると踏んでである。


 基本、加念者側の思惑による他者の強制転送(アスポート)は不可能だ。

 というより、念波動の働きそのものに言えることだが。

 これが被念者の不本意な念波動干渉ならば、生躰変も含めての反発が起きる。

 転送、転移にはただでさえ高度な念波動操作が必要になる。

 そこに反発作用、膨大なノイズが加われば、転送処理は成功しないのだ。


 しかし母親以外の存在、例えば祖父母や懇意の親類を聞いてこないのは、雄二の身辺調査を事前に済ませているからだろうか。


「それと、彼女。

 その顔なら一人や二人はいるんだろ?

 関わる人間がどっと増えるから、全員纏めてお引っ越しとはいかんだろうが」

「……元々文通相手の、遠距離恋愛ですから」


 甲斐の言葉に、雄二の語気が弱くなる。

 志村未唯。

 会った事のないペンフレンドの存在が、思わぬところから雄二の気を重くした。


「なんだその面、上手くいってないのかよ」

「以前、教官に相談した時、とにかく話し合えと言われました。

 でもアドバイスを貰っておきながら、彼女に対して積極的に動いていなくて……」

「つまりはあんまり話し合えなくて微妙な空気になっているってか」

「はい」

「あー……」


 不調な恋仲。

 沈む雄二を見て、しかし甲斐は反対に明るく対応した。


「辛気臭い顔すんな!

 定期的に顔見せる機会は作ってやる、てかオレも同伴してやんよ!

 男の愛情表現なんてなぁ、隙を見てガバーと抱きついとけば良いんだって!」

「…………」

「その顔、さては本気にしてないな?

 こう見えてオレに持ち掛けられる恋愛相談は多いんだぞ。

 小中のボウズだって衛守や天羽じゃなく真っ先にオレに……!」

「小中……?

 それってひょっとして、小中宗玄さんですか?」

「あれ、知ってんの?

 そうか、あの二人は一緒の職場だもんな、そりゃ当たり前だわ」


 哲人以外の共通の知人の登場。

 ボウズと、その呼称に込められた親しみも相まって。

 改めて――何度も改めて、確信の域で雄二は思う。


 自分にはもう、甲斐が悪人だとはどうしても思えない。

 念波動による真偽の透過もとうに不要になっている。

 同じ茶請けを食べて会話に興じるこの時間に愛着が湧く程度には、心を許せる人物と見ている。

 だからこそ、聞かねばならない疑問が雄二にはある。


「小中、生意気にも背が高くなったんだってな。

 知り合った頃はお前よりも低いくらいだったんだぜ」

「……甲斐さん」

「おう、どうしたよ突然マジな顔で」

「どうして貴方は、僕を連れて来る時に教官を挑発したんですか?

 貴方はどうして――――教官と戦うつもりなんですか?」


 僅かな沈黙。

 雄二の視線を受けて。

 なんでもない事のように、甲斐が薄く口を開いて。


 二人の念波動は察知した。

 それは小さな、小さく異質な念波動。

 片やそれはギラつき、片やそれは手をふるように存在をアピールしている。

 受信した二人に、それぞれ違うメッセージを送る。


「……これは」

「ここから近いな。

 亜空開孔が開いた事よりも、あいつの感覚のが強い。

 こりゃあ間違いなくわざとだ、オレたちに刺す意識で暗に伝えてやがる」

「僕たちに伝える……?」

「『迎えが来たぞ』ってな」


 甲斐は椅子から立ち上がると、雄二に手招きしながら扉の前へ。

 場所を移す意味と受け取って、雄二もそれに続く。


「衛守がオレたちに辿り着く、その道中の間に話すよ」


 言って扉を開けると、通信デバイスで四如の旗に指示を出した。

 曰く、各自戦闘態勢に入れと。




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