第六十五話 背中
文明とは知的生命体の創造物である。
長い戦争の後、デミウルゴスの加護により残った都市跡を再建した物もあれば。
戦後の荒れ地に拓かれた新たな都市も存在している。
文明の新たな息吹を体現する、新都市圏の中を。
今、五十メートル級の人型兵器が闊歩していた。
有名なヤマト級のどれにも当て嵌まらない、未確認の存在。
その異様を住民に見せつけるように。
ゆったりとした足取りで、南に向かって進む。
人類の、文明の守護者として産声を上げた、戦士としての可能性の姿を。
道行く先の誰の目にも留まるように。
人の作った兵器が、街を横切り進んでいく――その映像を前にして。
「ドローンからのリアルタイム情報になるわ。
道中でのあらゆる呼び掛けを無視しながら、とんでもない牛歩で南下中。
その目的は依然として不明、ファッションショー気取りのイカれロボよ」
白沢司令が現状を説明する。
言い終えて、荒く息継ぎ。
無理もない、未確認兵器の一報を受けて、学校から即Uターンしてきたのだ。
その短い合間に簡潔な説明を行い、学校側から必要最低限の理解を得たというのだから、彼女が責任者として果たした業務には誰もが頭の下がる思いである。
白沢たちは現在、発令所からコクピットの精太たちに情報を発信していた。
白沢が戻る一足先に、雄二を欠いたハガネマルの動作確認をした延長である。
つまり、何時でも出撃できる状態であった。
「嘘か真か、足元の人を避けているって話も出ているけど、
暫定人類製の兵器の暴走に、近隣住民の不安が高まっています。
よって我々は、迅速な解決に当たらなければなりません。
動向の解析を並行しつつも、これの足止め、確保もしくは破壊します」
「それではこちらをご覧下さい」
続きを浦原朱花が引き継いで、映像を切り替える。
そこには今回の作戦の概要が映っていた。
併せて地図上に未確認兵器の予測進路、及び各節目の予想通過時間が載っている。
「接触には、未確認兵器が都市圏から十分に離れるのを待つ必要があります。
ハガネマルは富士の樹海北部で迎撃。
接敵予定地の地形情報は後ほど送りますので目を通しておいて下さい」
「……?
ちょっと失礼」
話の途中で、白沢が自らの通信デバイスを弄る。
すると――――発令所の空中に巨大な疑似フェイスプットが現れた。
それは発令所と通信していた各パイロットたちにも驚きと共に伝わる。
映っていたのは、子どもたちの見知らぬ女性だった。
「白沢ァ!
やっぱり今回の件、共生派が一枚も二枚も噛みやがってた!」
迫力ある剣幕で少将を呼び捨てる。
襟の略章を見るに、階級は同じ少将であるようだ。
それにしては、若い。
白沢と同年代の見た目で、同じ異例の階級。
彼女もまた白沢と同様、一般的な士官の出世道を辿ったのではないのだろう。
「おたくの亜空開孔起線異常も、制御管理システム部署のネズミの仕業よ!
どころか波動総合研究所の緊急予算編成も発案に関わってる可能性アリ!
どっちも被疑者は拘束済みだから、洗えば十中八九息の根止められるわ!」
一方的に捲し立てて、息を荒げて――
そこで謎の少将はようやく我に返ったようだ。
熱くなった自分とは温度差のある視線を向けられて、ここまでの振る舞いを省みて、自身が如何に浮いていたか、どころか名乗るのさえ忘れていたのを思い出す。
「あ、どうも。
新東京第二基地の司令やってる思兼です、はじめまして」
同僚でありライバルな思兼の、お粗末なファーストインプレッション。
白沢は呆れた風に溜息を吐く。
とはいえ現在の状況に限って言えば、白沢は思兼を待ち望んでいた。
話を進める為に思兼のフォローに入る。
「見ての通り軍議中なんだけど、丁度いいわ。
こっちももう動き出すつもりなの。
今の内に掴んだ情報、全部吐いていって頂戴」
そう、貴重な情報源として。
上から目線が気に入らずむっとする思兼ではあったが。
「主導権がそっちなのは気に入らないけど、矢面に立つのならしょうがないわね。
とりあえず現時点で一番重要な話よ。
南下中の巨大ロボット、無人兵器らしいわ」
無人兵器、つまり人が搭乗していないという話に。
それは確かに大事な話で、白沢にとって朗報だ。
つまりその兵器の相手を務めるチームハガネ号に、同じ人間と戦わせずに済むということなのだから。
だというのに、白沢の表情は浮かない。
「無人兵器って、あのサイズで?
ちっこいハウンド飛ばしてるんじゃないのよ、ありえないでしょう」
あまりにこちらに都合が良く、前例のない話だったからだ。
ヤマト級サイズの人型兵器と、一体化するでもなく遠隔操作する新技術など、試験段階を含めても聞いたことがない。
だがその疑いを、思兼ははっきりと否定した。
「これは実際戦う子どもたちに贈る『大人の優しい嘘』じゃない。
兵器の名称は『ジェロウム8』
無人で超機獣と渡り合うコンセプトの、共生派の再興を賭けた虎の子だってさ」
明らかになった未確認兵器の名前。
思案しつつ白沢は会話を続ける。
「遠隔操作で超機獣を追い返せるなら、そりゃ第二の軍事革命モノだけど……。
共生派の連中、ヤマト級廃止論とか本気で言っていたっての?」
「とっ捕まえたやつの一部が豪語してんのよ。
なんだけど肝心のスペックが分からないの。
どうも例のクレーター跡で、開発者がデータごとさようならしたみたいで」
「起動実験段階で失敗したのかしら。
やっぱり青海楓さん以外に生存者は見つかっていないの?」
いないわ、と思兼は首を横に振った。
「開発者の名前は枢義八。
トンデモ兵器の親に相応しい天才との評価で、ジェロウム8の設計から試作までほぼ一人で取り仕切っていたんだって。
同じ共生派の癖に、捕まった身で偉ぶるなら奥の手の性能くらい把握しとけっての」
「ヤマト級サイズの無人機……もし可能だとしても、よ?
念波動の性質上、辛うじて動くだけのでくの坊にしかならないと思うけど」
「共生派が命運を賭けてる以上、希望的観測はしない方がいいわ。
次元裂傷値も一度上昇してしまったものは取り返しがつかない。
二面作戦になるのは避けられないでしょうね」
二面作戦。
北から迫るジェロウム8と、共生派の暗躍で今にも開きそうな富士の樹海の孔。
このどちらにも対応しなければならない。
いや。
正確には青海雄二誘拐も含めて、三面作戦になるのだが。
「……ディヴァステラは」
それは思わず口を突いて出てしまった弱気な言葉。
思兼の抱える最強のヤマト級、ディヴァステラへの救援依頼に等しい。
しかしこれはけんもほろろに断られる。
「知ってるでしょ、英国主導の欧州特異点縮小作戦の真っ最中。
ちょっとでも席を外したら国際問題よ。
それでも富士大宮基地が壊滅したら飛んでくるでしょうけど」
「……あんた、初対面だらけのアウェーでよく軽口叩けるわね」
「残酷だろうと事実を言ったまでよ、そう……」
さてここで、何故か思兼は哲人を見て宣言した。
「衛守哲人曹長、この提案は貴方の為じゃない、そこを勘違いしないように」
急に矛先を変えてきた同僚に、白沢は言葉の意味を問い質す。
「提案って?
てかどうしてそこで衛守曹長が出てくるのよ、あんたら知り合いなの?」
「んな訳ない、どころか一生顔合わせもしたくなかったわよ」
再び哲人を見て、ふんと鼻を鳴らすと。
「……ここで一つ、良い報せがあるわ。
今回の事態に、ヤマト級ミシマミゾクヒが手助けを申し出ているのよ。
任せて貰えるなら二面作戦の片側、おたくの亜空開孔起線の番人を代わるって」
提案の内容を聞いて、いよいよ白沢も混乱してきた。
ミシマミゾクヒ。
少なくとも白沢からすると、まるで関わりのないヤマト級だ。
……正しくはそうでもないのだが。
それは悪い意味で、である。
前任の司令は、親の七光りに甘える白沢を目の敵にする苦手な人物だった。
しかしそれもパワハラだかで更迭されて以降、本当に白沢と関係するものはない筈だ。
だというのに。
「ミシマミゾクヒの基地って、和歌山と奈良の県境でしょ。
こっちは助かるけれど、うちと縁のない所からどうして」
「理由は知らないけれど、パイロット側からの提案なのよ。
私がその子たちと顔見知りだから間を取り次ぐけど、どうする?」
理由、と言った時に、思兼は自分の髪を触った。
その仕草の意味を白沢は知っていた。
こいつ、隠し事をしている。
追求したい、しかし現在の優先度としては決して高くない。
他のヤマト級が助けてくれるという、大事なのはそこだ。
「……お願いできるかしら」
「了解。
富士の樹海側の亜空間転移ゲートを使うから、向こうが来る前にそっちの出撃を済ませておいて」
「出撃……そうね」
白沢の呟きに、今度は思兼が首を傾げる。
すると唐突に、整備班の主任である杉本始がフェイスプットで割り込んできた。
「白沢司令、哲坊、そろそろ時間だ」
「ああ、待ってたよ」
哲人が返事をして、白沢の口元が歪んで。
問題多発の一日に疲労が見え隠れするその目が、思兼を射竦めた。
「思兼、あんたは空気を読んでるわ」
「白沢……?」
「共犯になって頂戴」
薄暗い笑みを浮かべた白沢に、思兼の血の気が引く。
防衛本能が働いたのだろう。
手早く通信回線の切断を試みる、が、どうなっているのか切れない。
「このっ、くのっ……!
な、なに考えてるの……いやっ、やっぱり黙ってて、聞きたくないぃ!」
「シナリオは、こうよ。
衛守曹長は以前に、とある筋から『四如の旗』の対処を命じられていた。
今回の件はあくまでその任務の延長。
元々よ、元々、このタイミングで月に行く予定だったの」
四如の旗。
思兼も既に聞いていたが、青海雄二を攫った脱走部隊の名前だ。
てっきりジェロウム8の問題を先に片付けると思っていたのだが。
てか、月、これから月に行くって、つまり……。
「あんた、まさか亜空間転移ゲートの無断使用を……!」
「だからこちらの落ち度は、月ゲート側への開孔申請を忘れていたというだけの」
「いやっ、無理があるでしょう!?」
「これがベターなの!
始末書で解決できそうな範囲なの!」
たとえいけ好かない同僚でも、手助けのつもりで情報を伝えにきたというのに。
基地ぐるみの不正に巻き込まないでほしかった。
そもそも思兼は、これまで始末書など書いたことがない。
たとえどれだけ些細な内容でも、これまで清廉潔白を守ってきた経歴に汚点がつくのは嫌がるものだ。
そんな思兼と白沢の言い合いを、上書きするような声が響いた。
「兄ちゃん!」
赤城精太だった。
「今、学校の仁から取り次いで欲しいって連絡があって。
オレを中継して兄ちゃんの視界にフェイスプット出すぞ」
「仁が?
分かった、頼む」
ここにきて、パイロットの学友からの突然の申し出である。
何事かと通信を開くと、確かに哲人が今日知り合った少年の顔が出てきた。
「――衛守さんっすか!?
いきなりすみません、さっき精太から青海の救出作戦始まるって聞いたんで」
「俺に伝えたいことでもあるのか?」
「あの、青海の展示品を見に行くって話をしたじゃないですか?
今は文化祭の片付け始まってるんすけど、撤去される前に部室行って写真撮ったんで送ります!」
「お、おい――――」
哲人が守れなかった、雄二の部活動見学の約束。
文化祭が中止される状況の中で、外村仁は展示品を記録に残したのだ。
そして仁のフェイスプットに映る、その写真の内容は。
森のジオラマと、剣を握るナイツライズの後ろ姿だった。
最初は、雄二の作品を裏側から撮影したのかと思った。
だがジオラマの下のネームプレートが、これが正面であると語っていた。
作品名は、僕の視界、とあった。
「これ、多分だけど……!」
「仁」
つい説明を遮った。
哲人にも分かったからだ。
照れもあるが、単純に言葉に詰まった。
哲人は思いを馳せる。
雄二は何を考えて、この作品を作ったのだろう。
いや、幾ら考えたって分からない。
答え合わせをするのなら、製作者に聞くしかないだろう。
こんなものを作って、モデルに見せようとする人物に。
こちらも得意げに、上擦った声で尋ねるしかないだろう。
素人目にも分かる恐ろしい作り込みのプラモデルを指して。
こんなに格好いいものかと、有頂天にならざるを得ないだろう。
こんなに、こんなに、頼り甲斐のありそうな背中をしているものかと。
ああ。
俺は守れなかったのに。
お前の見る目を裏切った、自分の不甲斐なさが恨めしい。
だからもう一度、機会をくれ。
こんなものを見せられたからには。
豚もおだてりゃ木に登るってんだ、と。
仁の届けてくれたそれが、哲人の決意を固くする。
「ありがとう、気合が入った」
「……が、頑張ってください!」
激励を最後に少年は消える。
彼の伝えたかったものは、余すところなく伝わった。
哲人は先ず精太を見た。
「精太、こっちは頼むぜ」
「……オレ、覚悟は決めてたんだ。
ジェロウム8ってのが例え人を乗せてたとしても、真正面から戦うって!
地球のことは気にせず月で暴れてきてくれよ!」
続いて碧と奏を見た。
「碧、奏。
精太に寄り添ってやってくれ」
「は、はい……!」
「今更、アンタが教官になる前からこういう役割だっての」
最後に余弦を見て。
「余弦」
「はいはい、そういうのいーから。
お兄さんは雄二くんに集中!
ミシマミゾクヒに甘えられるなら、私は精太くんたちに付いていいんでしょ」
当初の作戦では、亜空開孔前にジェロウム8を止められなかった場合、彼女が亜空開孔起線で敵性存在を相手に時間を稼ぐ手筈だったが。
「ジェロウムなんて大層な名前引っ張ってきてさ。
共生派との古い因縁も、今日で全部終わらせてやるってのよ!」
心置きなく精太と組めるからだろう、テンションが高い。
そして半泣きの思兼を無視して、白沢が最後の言葉を掛ける。
「衛守曹長。
さっき話した『四如の旗』の対処なんて、行く道を開く方便に過ぎないわ。
雄二君さえ保護できれば、幾らでも言いくるめて帰り道を確保できます。
数的優位は向こうにある、それを忘れない立ち回りをして」
「了解。
善処致します」
「どっちが先に解決するか、競争だぜ兄ちゃん!」
これには哲人も苦笑い。
お互いの失敗を考慮していないとは随分と前向きな発言だ。
「それじゃ、月面旅行に行ってくらぁ!」
その勢いに背中を押されて。
ナイツライズは月へ跳ぶ。




