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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十四話 恩人の息子




「無理やり攫っといて何言ってんだコイツ。

 そう思っているだろ?」


 甲斐の提案に、雄二は顔を顰めていた。

 当然だ。

 その発言は、自らの所業を顧みれば到底似つかわしくないものであるのだから。

 それを自覚しているがゆえの次の言葉に、少年は首肯で返した。


「……思っています」


 これも当然の、最早確認でしかない返事に。

 甲斐はこの素っ頓狂な誘いの背景を語り始めた。


「自由意思への問い掛けだよ。

 この事について、お前の未来を強制したい訳じゃねぇんだ」

「貴方の意図が読めません」

「助けてやりたい」


 また訳の分からないことを。

 そう思いながら、同時に雄二は考える。

 ここまで話を重ねれば、流石に分かった。

 甲斐、この人物は、自分に悪意を懐いていない。

 だがその事実が引っ掛かって、また居心地が悪くなる。

 何故なのか。

 何故彼は自分と話したいと、こんな誘いまでかけてくるのだろうか、と。


「どうして貴方が、そんな事を考えるんですか?」

「恩があるんだよ、親父さんにな。

 澄原清丸は昔、青海岳人に助けられた。

 この義理を通さない人生なんて、オレには考えられない」


 すると理由は、雄二の父の話に及んだ。

 甲斐は、自分の頭を両手で抑える。

 そして、リーゼント型のかつらを取り外した。

 下から出てきたのはソフトモヒカン。

 驚く雄二を余所に、自身の頭を少年に向けて。


「額の上らへん、触ってみ」


 どこを指しているのか、触る前から雄二にも見当がついた。

 その手で触れると、見えた通りの盛り上がりがある。

 骨とは違う、異様な念波動の集まる膨らみが。


「『触角』だよ。

 オレは共生派の人体実験で、これを植え付けられたんだ」

「これは、念波動の感覚受容器なんですか?」

「そうだ。

 傀機獣に備わる機能を人体で模倣した結果、らしい。

 詳しい話は分からんがな。

 これに関わった研究者はもう誰も生きちゃいねぇし」


 そう話す甲斐の、一瞬の冷たい目を雄二は見落とした。

 関心は触角にある。

 指と共に、自らの念波動でも触れながら、自分なりの把握に努める。


「……現在も、受容器として機能しているんですね」

「もう長い付き合いさ。

 一個上の兄貴はもっとエグい実験されてな、肉体の成長が止まっちまった。

 とはいえ飯と屋根の引き換えだ、戦災孤児には文句も言えなかった」


 そこまで言われると、流石に興味を憐憫が上回る。

 手を離すと、甲斐はかつらを付け直して雄二と目を合わせた。

 感情の伝わらない、どこかが擦り切れた顔だった。


「こ、孤児に対する国の保障は」

「今から二十年前、十五年戦争最初期の話になる。

 つまり日本が存亡の危機に晒されていた、最も余裕のない時期だよ」

「最も死者の多かった地獄の一年……」


 敵性存在の先制攻撃から暫くは、目を瞑りたくなる暗黒期だった。

 危機的状況にありながら法整備もままならない程の大打撃を受けた行政府。

 自衛機関は後手に回り、或いは独自に前線に立って猛攻に晒される。

 効果的な反攻作戦もとれず、国民には地下生活を強いるしかない。

 地上では流民が流離い狩られていくばかりの時間だったと習っている。


「歴史の勉強好きなのか。

 社会秩序も崩壊していたからな、衛守も身分詐称で義勇軍に参加できる状況さ。

 親を失って途方に暮れてるガキなんて、その辺に掃いて捨てるほどいた。

 拾われる先だって悠長に選べやしない。

 自治組織からも宗教団体からも漏れた、運のないやつらの掃き溜めだったね」


 そんな秩序の穴を突いて、実験の為に人を集めていたという。

 共生派の黒い噂は聞いていたが、いざ当事者を目の前にすると実感が伴った。

 指に残る角の感触が、雄二に逃避を許さない。


「当時の共生派は政府や軍にも多くのシンパがいたと聞いています。

 公務に就く人も抱える集団が、裏でそんな環境を作っていたなんて」

「ま、オレらを弄っていた連中は相当イカれた極一部だったみたいだがな。

 だって研究内容が敵性存在との合成人間だぜ。

 お前ら特撮の悪役組織かってんだ」


 この国の闇、新人類進化計画。

 そんな文句はオカルト雑誌の領分である筈なのに。

 甲斐の発する言葉に見える、僅かな念波動の透き通る色が、嘘も誇張もないのだと雄二に語る。


「それでも我慢していたってのによ。

 十五年戦争の七年目、喋る敵性存在が現れてからが酷かった。

 コミュニケーションの希望が見えて、連中のやる気にも火がついてよ。

 隣人が日に日に消えていった。

 毎夜襲われる死の恐怖を実験の疲労で無理矢理押し殺して眠る毎日。

 その何ヶ月目だったか、青海岳人が実験場を訪れたのさ」

「父さんが」

「今も覚えてる。

 アクリル越しに目が合った瞬間な、あいつ案内人を殴ったんだ。

 そこからは大立ち回りでな。

 警備員にさすまたで取り押さえられるまで、そりゃあ凄まじいもんだったよ」


 共生派の不義に暴れる父。

 そんな一面は、母からも聞いたことがなかった。

 雄二からも、尋ねたことはなかった。

 記憶は、写真の顔ばかりだ。

 もしも、もっと、思い出や人となりを聞いていたなら。

 同じ顔の人造人間に騙される事もなかったのだろうか。


「それから一、二ヶ月間、岳人と毎日話をした。

 ぶっちゃけオレは信用してなかったんだが、兄貴が懐いてな。

 しゃーないからオレも付き合ってやっていたんだがよ」


 そう言いながら、父との思い出話を楽しそうに語る顔に。

 雄二は今や、この誘拐犯への敵意を忘れていた。

 教官の同僚というのも納得できる。

 彼らは大人なのに、その態度は不快な欺瞞から縁遠い。

 いや、感じさせないよう隠蔽して振る舞っているのかもしれないが。

 ならば逆に、そう行動できる一面に、自分にはない人生経験を感じた。


「その裏でオレたちの飼い主と交渉してたんだよ。

 実験の終了と、実験動物の生活保障を約束させる為に。

 そんで使節団に参加すると、前線に行って二度と帰って来なかったよ。

 青海雄二、お前の産まれる前の話だ」


 雄二はもう、甲斐との間に壁を感じていなかった。

 一人の父親の知人として認識している。


「そうでしたか。

 父さんは、貴方たちを助けようとして……」

「まぁ約束は反故にされたんだが」

「……はぁ?」


 不機嫌な呟きは、無論甲斐に向けたものではない。

 父親の犠牲に対するあんまりな顛末に漏れ出た怒りだ。

 甲斐は肩を竦める。

 しかしその顔では、気が悪いだけではおわらないオチがあると先に語っていた。


「殺処分した方が都合の悪い情報も漏れないし、どうせ殺処分するなら死ぬほど実験に使ってやろうってな。

 だが岳人もそこまで馬鹿じゃなかった。

 暗部を時限式で公表する手筈を整えていたんだ。

 それをギリギリで事前に察知した政府主導で、不祥事隠蔽も兼ねて派遣された軍にオレは保護されたんだよ」


 ――――これが、澄原清丸と青海岳人の物語だと。

 甲斐はその息子に伝えた。

 その顔は晴れやかだ。

 ずっと話したかったことを話し終えたという、ある種の解放感さえ窺えた。


「終わってみれば、誰の策略もその通りにはいかなかったがな。

 それでも澄原清丸は、青海岳人の行動に救われた。

 オレはそれを忘れていない。

 忘れるつもりもない、今までも、これからもだ」


 そして話は最初に戻る。

 岳人との義理。

 雄二に同行を誘う、その選択を促す言葉に。


「青海岳人の息子、青海雄二よ。

 オレはお前を助けたい。

 いや……手の届く傍で守りたいんだ、守らせてくれ、お前を」


 甲斐なりの、真剣味を持っての訴え。

 ここまで聞かされて、その内容に疑いはない。

 疑うつもりはない、だが。


「貴方は、貴方たちは脱走兵だ。

 軍から逃げ回る立場で、ヤマト級パイロットの僕を一体何から守るというんだ」

「ハガネマルとは縁を切って貰う」


 はっきりと言われた。

 仮に甲斐に付いて行くのなら負わなければいけないリスク。

 それには現状との決別が不可避である。

 軍の重要な人材に納まる見返りを捨ててでも、甲斐は自分につけと言う。

 そしてそうまでさせる理由。

 甲斐の恐れる『敵』の輪郭を口にした。


「今は詳しく語れないが、そう遠くない未来で爆発する火種がある。

 十五年戦争以上の秩序の崩壊さえ有り得る、誰も取り除けない災厄の種子だ。

 その時、オレの手の届く範囲に居て貰わないといけないからな」


 甲斐は腕を雄二の方に伸ばした。

 同行して貰えるなら、こうやって手を出せる。

 それを分かり易く示すように。


「ケツ持ち――後ろ盾ならいる。

 四如の旗(あいつら)は嫌がっているが、力のある組織だよ。

 行き当たりばったりで恩人の息子の命は預からない。

 描く画ならあるし、オレは本気だ」


 そんな本気の提案に。

 雄二は何も答えず沈黙を選んだ。

 分かっていた。

 そう言わんばかりに甲斐は腕を下ろすと、そのままテーブル上の茶請けを掴む。


「ゆっくり考えてくれよ、まだ時間はあるからな」

「…………」

「んじゃ、お次は『四如の旗』について話そうか。

 お前がここを逃げるにしても残るにしても、知って損はない情報だろう。

 ほら、菓子食いながらしようぜ」


 言って煎餅をばりばりと噛み砕く。

 隣に哲人を幻視しそうな、似た雰囲気を漂わせる男だった。




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