第六十三話 問題提起
「少年、すまなかったな」
青海雄二は今、バッハランと名乗る大男に建物内を案内されていた。
トイレと食料保管庫を経由して、今は甲斐の部屋に向かっている。
自分を誘拐した集団の首謀者との対面を控えて、緊張に手は震えていた。
それも仕方ない。
十三歳の少年には全く未知の状況であるのだから。
「月に住んでいると、どうしても子どもと接する機会が少なくなる。
レオルの経歴を考えれば、その辺りの常識が欠如していても仕方ないのだが。
普段から彼女に頼る癖がついていて、まるで察してやれなかった」
「……レオルさんは、皆さんにも発言力のある人なんですね」
「過去の経験からか、物事を俯瞰的に見るやつだからな。
合理的な意見には普段から助けられている」
バッハランの足が止まる。
目の前の扉、この向こう側に目的の人物は居るのだろう。
甲斐。
衛守哲人の知人が、どうしてこんな事をしでかしたのか。
その目的を少しでも探ると、雄二は密かに決意する。
「もっとも、こいつに関係すると途端に冷静さを失ってしまうのだが……。
甲斐、少年を連れて来た。
入るぞ」
部屋の中には一人の男。
中央のテーブルに菓子を置いて、二人の方に向き直る。
特徴的なリーゼントヘアー。
確かに雄二を攫った男、甲斐その人だった。
「よう、歓迎するぜ青海雄二。
今回の主犯格、甲斐改め澄原清丸だ」
「澄原……?」
「オレの本名さ、好きに呼びな」
バッハランが少し驚いた顔をする。
甲斐はテーブルを回ると、扉側の椅子の背もたれを叩いた。
「ほら、立ち話もなんだ、座れよ。
案内は一通り済んだんだろ、バッハランはさっさと席を外しな」
「……万が一、身の危険を感じたら大声で叫べ」
「この期に及んでオメーはオレをなんだと思ってるんだよ」
「我らが『四如の旗』の隊長だ」
それだけ言うと、戸惑う雄二を一瞥して部屋を出ていった。
誘拐犯の中でも理性的に見受けられたバッハランの退場。
あっという間に二人きりである。
取り残された雄二は決意も揺らぎ、及び腰になりつつも椅子に腰を落ち着ける。
「んな怯えた目をするなって。
オレと話したかったんだろ?
願ったり叶ったりの状況じゃねぇか」
それはその通りだった。
目論見通りの展開なのだ。
これも情報収集と、雄二は気後れしないよう甲斐を睨みつけた。
「で、何を聞きたい?
なんだっていいぜ、答えてやるよ」
「……どうして僕をここに連れてきたんですか?」
「お前と話したかったから」
聞きたいのは、この部屋に案内された理由ではない。
この状況でとんちを返されても腹立たしいだけだ。
しかし甲斐は、そんな雄二の苛立ちも見抜いた上で。
「本当だよ。
月まで攫ったのも、オレの部屋に呼んだのも。
お前と話したかったんだよ、青海岳人の息子、青海雄二とな」
目を逸らさずに答える。
その態度に教官との共通点を見出して、しかし雄二は首を振った。
そう簡単に気を許していい相手ではないからだ。
「屋上で、共生派の陰謀を晒すと言っていましたね。
僕の父が共生派だったから、息子も取引材料になると考えたんですか?」
「あー、そりゃそういう推測になるわな。
ならねぇよ。
だって親と違ってお前自身は、縁もゆかりも無いだろう?
お前の身柄と引き換えに、共生派がなにをしてくれるってんだ?」
甲斐の言葉はおかしくない。
血縁者に関係者がいる時点で全く無関係とは言えないものの。
雄二自身には、これまで共生派と思しき人物と関わった覚えもない。
仮にヤマト級パイロットの立場を利用しようと近付かれたとしても。
そういった政治目的の輩とは距離を取ろうと、雄二は心に決めている。
「いや、それなら……」
「最近、母親に共生派が接近していたのは知っているか?」
青海楓の話に及んで息を呑む。
この反応が答えだ。
誤魔化すには、もう遅い。
雄二は黙ったまま頷いた。
「お前を使ってやらかそうとしていたのは共生派の方だよ。
つまりオレたちは、連中の邪魔をしたかったのさ」
「それが、僕を連れ去った理由……!」
「ま、共生派が大人しくしててもここに連れてきたがな」
「???」
「言ったろう、お前と話したかったって。
嘘じゃねぇよ」
これは話術の一種なのだろうか。
納得のいく理由をちらつかせて、取り上げる。
雄二はそういった駆け引きに明るくないものの、冷静さは失われつつあった。
甲斐の発言から情報が欲しいのに、真剣に聞くと馬鹿を見させられる。
「話なんて、話なんてどこでだってできるだろう!
わざわざ僕の学校に乗り込んで、力ずくで誘拐した理由を聞きたいんだ!」
「オレと話をした上で。
これから起きる事を見た上で。
お前に選択して欲しいからだ」
声を張る雄二に、甲斐は真剣な目で答えた。
そして天井を仰いで、あー、と次の言葉を言い難そうにしながらも。
「……オレも言葉の駆け引きは上手くねぇ。
結論を先に言っちまうよ。
青海雄二、オレたち『四如の旗』と一緒に来ないか?」
「――――着いたよ奏ちゃん、酔わせてごめんね」
「うぅ……」
「大丈夫カナちゃん、背中さすってあげるから」
富士大宮基地のウォーキャリア用カタパルトレールを逆走して、格納庫に戻ったメルトレイヴ。
そのコクピットからハンガーに降りたチームハガネ号と衛守哲人を、整備班の面々が出迎えた。
「哲人、送られてきた情報から潜伏候補を割り出した」
「流石一徹、話が早い」
「ウォーキャリアって人機間念・波動接合しなくても動かせるんだ。
ハガネマルとは違う点だな、兄ちゃん」
「ああ、本来は一人乗りだからな、複数人を積む時はああいう形になる。
当然戦闘行動はできないから、雄二を連れ帰る時もそうなるな」
「分かった。
危なくないよう帰還までには片付ける」
意気込む精太の拳に自身の拳を軽く打ち付けて、哲人は杉本始の元へ行く。
「杉さん」
「一番近い出口な、開けるぜ。
三時間後だ、辞表の用意をしておきな」
「杉さんたちもな。
出発までに仕上げたいから、もうナイツライズに乗るぜ」
軽口を叩きあって今度は愛機へ。
その途中で小中宗玄が隣に並んだ。
顔には脂汗が浮かんでいる。
あの野郎と、哲人は月の元同僚に心中で悪態をついた。
「なぁ兄さん、甲斐さんを相手にするって嘘だよな……?」
「あいつは軍を抜けて雄二を攫った。
それがどういう意味を持つのかくらいは分かっているだろうよ」
「いやでも、よくテンションに身を任せる人だし、今回だって」
「そうだな。
そういう馬鹿をやらかす度に、喧嘩も数え切れないほどしてきた相手だ。
今回もその範囲で収まるのなら越したことはないが」
ナイツライズのコクピットの前で、宗玄の顔をじっと見て。
「俺はあいつの話を聞きに行くんじゃない。
雄二を連れて帰る為に月に行くんだ」
「…………」
「どっちつかずな態度で、雄二にも機会にも振られたくはないからな」
コクピットが閉じられる間際。
見えた顔は出会った頃の、泣きそうな少年を思い出させた。
「……宗玄には上手く誤魔化せって天羽に言われてたのにな。
こりゃ二人揃って大目玉確定か、恨むぜ甲斐」
小さく呟いて、人機間念・波動接合を起動する。
そのままシミュレーションモードへ。
この数日に相手をしていた仮想敵、『四如の旗』のデータを再現する。
並行してフェイスプットで黒墨余弦につなげると。
「余弦、お前まだコクピットの中に居るのか」
「そうだけど。
どうしたの、内緒話?」
「雄二が狙われているのを知ってたな?」
半ば確信を抱いての質問に。
余弦の返答は、何ら悪びれることもなく。
「青海楓と共生派の接触は諜報部も掴んでいてね。
人的資源の観点から重要度の高い雄二くんに当たりは付けられてたわ」
「青海楓ね、そっちからか」
「……白ちゃんから教えられていなかったの?」
いつかの酒の席を思い出す。
二代目『硝子の星屑』を招く厄ネタ、白沢司令が濁した『見当』だ。
憤りはない。
あの日の白沢の言う通り、哲人に打ち明けたところで無駄だっただろう。
「お前がここに来た理由、ここで得たもの。
それらをひっくるめて、聞いておきたいんだ」
「何よあらたまって」
「精太たちを助けてくれるか」
くれぐれも嘘を語るな。
哲人の詰問、この返答を以って余弦の処遇を決めるつもりだった。
別に何かの責任を取らせたい訳ではない。
ただ哲人が、余弦をどの立ち位置に据えるか、それを決める為の。
「それは、お兄さんが月に行ってる間の話?」
「別に期間を限定しなくてもいい」
「言われなくたって助けるに決まっているでしょ」
対する余弦はきっぱりと。
「今からこっちの心配する暇があるなら、
雄二くんを絶っっっ対に連れ戻してよねっ」
「……ああ」
――――そこに、新たな人物が顔を出す。
フェイスプットでのやり取りに割って入ってきたのは、浦原朱花だった。
「遅くなりましたが、山梨で観測された異常の新たな情報が入りました。
未確認の人型兵器が南下、富士の樹海の亜空開孔起線に向かっているそうです。
合わせて次元裂傷値が急激に上昇、今日中に超機獣が現れるとの推測です」
その言葉を聞きながら。
哲人は躊躇わずに、『四如の旗』攻略プログラムを並行して開始する。
聞けば誰も偶然とは信じないだろうタイミング。
富士大宮基地に降り掛かる問題の数々が、ゆっくりと姿を見せつつあった。




