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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十二話 青海雄二と四如の旗




「……凄いもの見た気がする」


 月の隠れ家に戻って落ち着いた頃、ソリストがふと呟いた。

 何の事は敢えて語るまでもない。

 兄のショッドもこくこくと頷いて同意を示す。


「転送中に攻撃できるなんて初めて知った……!

 純粋な念波動の力場を武器にしていたからかな」

「ショッドにぃはどうして嬉しそうなの……。

 これから戦う相手だよ?」

「『硝子の星屑』は十五年戦争前からの剣士だと聞いている」


 バッハランが未だ気ぐるみと格闘しつつも話に参加してくる。

 彼も思うところがあったのだろう、その巨体を不器用に揺らしながら。


念波動発振剣(アルコンソード)が出力する単純な念波動とは質が違う。

 斬る用途に在る得物(かたな)を具現化したからこそ可能な理外の一撃か。

 もしくは……『青江の極意』を修めているのかものかもしれんな」

「あおえのごくい?」

「十五年戦争中に聞いた、まことしやかな噂話だ。

 使い手が破壊可能と認識したものを破壊する、対象の性質を問わずにだ。

 防御側の念波動抵抗を無視する技、これを或る妖怪に(なぞら)えてそう呼んだと」

「あ、ネットで見たことあるかも……。

 普通なら壊れなさそうな厚みの僵尸装甲(きょうしそうこう)が割れてる写真とか」


 敵性存在の侵略兵器は活動停止と共に形を失う性質を持つ。

 割れた僵尸装甲(・・・・・・・)とは、つまり活動中にそうなるだけの攻撃を受けたという事だ。


「念波動抵抗も転送中も関係ない。

 あの男は斬れると踏んで剣を振るい、事実が想像(イメージ)に追いついた。

 弱念奏者と侮れない、やはり甲斐の同僚に相応しい男と見るべきだ……っと」

「『元』同僚だろ、旦那。

 そもそもレオル姉さんはあの身体だ。

 転送中の状態も生身の肉体とは勝手が違うだろう、幾ら機械を斬っても自慢になんねぇよ」


 不機嫌そうにカネジが指摘する。

 着ぐるみが中々脱げないバッハランを見かねて、ショッドも脱衣に手を貸した。

 その様子を見て、しょうがない俺が相手をしてやるかと、ソリストはカネジの方を向く。


「問題は転送中に干渉してきたって点だろうに。

 やっぱり危ないんじゃないの。

 あの人お前の天敵かもよ、『風のカネジ』くん?」

「今更前言撤回はしねぇし、そっちこそ約束を違えるなよ」


 ぎらりとソリストたち三人を睨みつけて。

 拳を手の平に叩きつけると、やる気を漲らせた声で宣言する。


「『硝子の星屑』――衛守哲人のお出迎え、最初は俺様一人で、だ。

 おっさんの昔馴染みか知らねぇが、(せんじょう)から逃げた中古のロートルが。

 所詮は地球でぬくぬくと模擬戦に興じてた遊び人だって分からせてやるよ」


 反対にソリストは、うーんこいつ、と呆れ顔だ。

 バッハランは言った、相手は十五年戦争前からの剣士だと。

 それに彼らが先生と慕う甲斐よりも年下であるとも聞いている。

 この二つの情報が合わさると。

 衛守は十歳以下の時点で剣術を修得していたことになる。

 明らかにおかしい。

 嘘くさいのではない、これが本当であるのなら経歴からして常軌を逸している。

 レオルの腕を斬った出来事といい、脳内は嫌な予感に警鐘を鳴らしていた。

 ……が。


「じゃあまー頑張れよ。

 さーて、多少時間は経ったけど、ハガネマルのパイロットは元気かな?」


 カネジの反骨心に付き合ってはいられないと、結局は強引に話を打ち切る。

 感心は別室の客人の方へ。

 カメラから見える青海雄二は、所在なげにベッドの上に座っている。


「僕も時々見ていたんだけど、さっきまで部屋の中を調べ回っていたよ。

 ただここは月だと分かってるし、逃げ出したりはしないんじゃないかな」

「潤沢な念波動があれば月面だって生身である程度動き回れるだろうが。

 初めての環境だ、十二、三のガキにそんなガッツはねぇだろうよ」


 意外な事にカネジも興味があるらしい。

 漸く着替えられたバッハランが、カメラを覗き込む三人の背後から呟いた。


「心細くはあるだろうが、レオルが話し相手になると言っていた。

 俺たちが心配するよりも彼女に任せるべきだろう」

「ショッドにぃレベルの美少年だし、レオル姉さんも気になっちゃうか」

「ソリスト、冗談でもレオルと先生の前でその発言しないでね。

 説教に僕まで巻き込まれそう……あ、丁度来たみたいだよ」

「まぁレオル姉さんなら安心だろ、音量これで最大か?」


 奇しくも出歯亀の様相になってしまったが。

 四人の男に見守られる中で、レオルは雄二の部屋に入ってきた。






「体に不調は出ていませんか?

 この建物内は地球の環境を模していますが、違和感があったら伝えて下さい」

「いえ、特には……」


 調子を尋ねながら、レオルは雄二の隣に座る。

 誘拐犯たちの真意を計りかねている雄二は、この状況に落ち着かない。

 言葉に詰まりつつも、なんとなく気になっていた事を聞く。


「その、腕は大丈夫なんですか?」

「はい、換装しましたので。

 機械の体の利点ですね」

「機械……そうは見えないんですが、貴方はロボットなんですか?」


 役に立つのかは分からないが、とにかく今は情報収集を。

 雄二の質問に、レオルは首を横に振る。


「元は人間、分類上はサイボーグになります。

 最も残っている生身の部分は二割にも満たないですが」

「…………」

「私は気にしていませんが、興味があるのなら色々と話しますよ」


 レオルとしては、良い話題が見つかったと思った。

 正直彼女の方も、無言の空間が続くのは精神的に辛いものがある。


「では、貴方は」

「レオル。

 私の事はレオルと呼んで下さい、雄二くん」

「……レオルさんは、どうしてサイボーグになったんですか?」


 こんな話を深堀りして、後に役に立つのだろうか。

 そう思いつつも、雄二は浮かぶ疑問を無視した。

 行動、とにかく行動だ。

 何気ない話からだって、事態の解決の糸口を掴めるかもしれないのだから。


「私は十五年戦争で、傀機獣の空爆に遭い肉体の大半を失いました。

 そして当時の医療と念波動学の応用により、この四肢を得るに至ったのです」

「なるほど」

「雄二くんも今は緊張しているようですが、私たちは貴方に危害を加えるつもりはありません。

 特に甲斐先生は私を含めた『四如の旗』の面々を救い出してくれた人です。

 粗暴な言動も目立つ人ですが、どうかご留意下さい」

「…………」

「とはいえ貴方の立場で信用はおいそれとできませんよね。

 ここは一つ、先生の上げた実績を聞いて頂けませんか?」


 するとレオルは、首謀者の過去を語るという。

 雄二は静かに頷くと、語り手は笑顔で話し始めた。


「ありがとうございます。

 月で先生に会う前までの私は、セクサロイドと同じ扱いを受けていました」

「……!?」

「ああ、セクサロイドの意味は分かりますか?

 性交渉の可能なアンドロイドで……その反応なら伝わっていますね」


 絶句する中学生を尻目に。

 レオルは懐かしむような表情で、過去の記憶に思いを馳せる。


「『月の涙』以降、人類は性犯罪から縁が遠くなりました。

 この事情の理由は人が改心したからではなく、念波動の性質に関わっています。

 雄二くん、念波暴走(キャリィバースト)はご存知ですよね」

「え、は、はい」

「未だ解明し尽くされてはいない念波動ですが、念波暴走については女性限定で必ず、何度でも発生する条件が知られています。

 強制的な性交渉、強姦です。

 この際の念波暴走による犯罪者側の致死率はほぼ百パーセント。

 人類史で初めて確認された念波暴走も、この犯罪によるものなのは有名ですね」


 ふふふと笑うレオル。

 それは死した男の愚かさを笑っているのか、歴史に残る人の醜態が面白いのか。

 学校では教えられていないが、雄二もその話はネットサーフィンで知っている。

 その時はこれも知識の一つと考えていたが、まさか女性から語られる日が来るとまでは思っていなかった。


「この事実は性風俗にも多大な影響を与えました。

 乱暴だったり不潔な客への忌避感が念波暴走の切っ掛けになりましたからね。

 どころか一般家庭においても、男性はおいそれと女性を抱けなくなった。

 結果出生率の更なる低下など様々な問題も発生しましたが、それは置いておくとして」


 ジェスチャーで脇に置く仕草をするレオルは、話の内容にさえ目を瞑れば可愛らしい仕草だった。

 何も言えないでいる雄二に、レオルは容赦なく話を続けていく。


「とある所に、性欲解消に道具を頼りたくない人たちがいました。

 そんな連中に目をつけられたのが、戦禍で両親を失いこの体になった私です。

 念波動を失っていない私ですが、どうしてか念波暴走の前提条件を失っていた。

 最初のいかれ男がそれに気付いてから数年、私はずっと道具扱いでした。

 全て機械のセクサロイドと私では、反応くらいしか差もない筈なんですけどね」


 遠くでどたばたと音が聞こえるが、雄二としてはそれどころではない。

 こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない。

 心底そんな心境で、雄二は黙って嵐が過ぎるのを待つしかない。

 早く終わってくれと願いながら。


「使えば取り替えられる部品ですので、正直嫌悪感も麻痺していましたが。

 気に入られた連中が月に行くという事で、私も罪人にされてここに来ました。

 今にして思えば、これが良かった。

 この月で私は、甲斐先生に会えたのですから」

「そっ、その甲斐さんがレオルさんを助けてくれたんですねっ!」


 軽い雰囲気に反した重い内容を抜けて。

 やっと、やっと口出しできそうなレベルの話になってきたと、雄二は久し振りに口を開いた。

 助けられた、自分もその、甲斐という誘拐犯の話題に。


「ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大乱闘でした。

 月在住の軍人の間では割と有名な血の惨劇ですが。

 それでも恥部の中の恥部、公表はされませんでしたが、私は軍部から暗黙の謝意を含めた莫大な保障を得られました。

 何より、自らの意思で先生の傍にいられるようになりました。

 その気持ちは脱走兵になった今も変わりません、先生は私の全てなのです」

「甲斐さんのお陰で、お辛い生活を抜けることができたと」

「……本当は、大して辛くもなかったんですよ」

「へぇっ?」


 重い話題に終わりが見えたと思ったら、ここにきて混乱をきたす言葉である。

 間の抜けた返事をしてしまうのも仕方ないだろう。

 一方レオルの方は、しみじみと昔を振り返り。


「家族を失った事の方がずっと辛かったし、連中は悉く軽蔑していましたから。

 ただ、そこに現れた先生は、私と同じ気持ちを抱いてくれたんです。

 人を道具扱いするやつらに、気持ち悪ぃと、くたばりやがれと。

 あの時、私は初めて、男の人と共感する事ができたんです。

 そして私が諦めた現実を変えてしまった、あの日の暴力は私の代弁だった」

「…………」


 雄二は相変わらず言葉もないが。

 レオルがここまでよく喋る理由を、なんとはなしに理解してきた。

 彼女は決して、雄二を困らせたくてこんな話をしているのではない。

 ただ、好きなものを自慢したいのだ。

 分かって欲しいのだ。

 辛いのだ。

 自分の大事なものが、嫌われて欲しくはないのだと。


「そんな私が、あの人を半身だと思うのは可笑しいでしょうか。

 あの人の一等まともで悪を悪だと断ずる一面を、好ましいと思うのは。

 だから雄二くんにも知って欲しかった。

 貴方を攫った甲斐先生は、決して悪人なだけではないのだと――」


 ――部屋のドアが、念波動を込めた蹴りで蹴破られた。

 四人の男が一斉に雪崩込む。

 唐突な登場(エントリー)に困った二人に、彼らは矢継ぎ早に言葉を掛ける。


「レオル、中学生になに話してるの……!?」

「気が狂ったの!?

 ショッドにぃの言う通りだよ本当に!」

「驚かせないでくれ、心臓に悪い……っ」

「誰だよレオル姉さんなら安心とか言ったやつは……!


 それら非難の言葉を受けて。

 レオルは雄二に向き直り。


「ちなみにそこの美少年兄弟も、可哀想に私と同じ扱いを受けていてね」

「「「ぎゃああああああっっっ!!!」」」


 ショッドとソリスト、ついでに雄二も、状況についていけず悲鳴を上げた。




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