第六十一話 見つける者と見えない者
文化祭で、謎の集団による在校生の誘拐が発生した。
この非常事態の只中で、二人の軍人が現場に居る。
黒墨余弦はメルトレイヴのコクピットから直接降りて、衛守哲人の傍に寄った。
「学校側には白ちゃんが直接来て説明してくれるって。
ていうか余計なことは喋らないように到着するまで口閉じてろだってさ」
話の内容は勿論、青海雄二が連れ去られた件だが。
余弦は至って冷静で、普段色目を使う相手の危機における態度とは思えない。
それは職業軍人としての矜持か、他の理由があるのか。
淡々と基地側の対応を報告するのみである。
「事の一部始終は撮った監視情報も渡したし、私たちで補足する情報もない。
ここの後始末は白ちゃんに丸投げして大丈夫でしょ」
哲人は反応せず、結果余弦の独り言に見える富士大宮基地の方針説明。
その間通信デバイスを触りながら、空をずっと見つめていた。
澄み渡る空の東の方角、薄く浮かぶ上弦の月を、哲人は捉えて離さない。
「……お兄さん?」
「――――兄ちゃん!」
そこに塔屋から教え子が乗り込んできた。
「トイレでっ、雄二がどうとかいう声聞こえて!
雄二っ、あいつどうしたんだ、ここにいるんじゃないのか!?」
「落ち着いて精太くん、雄二くんは」
「いないって、本当に攫われたのか!?」
仲間の喪失に気付くと、より一層取り乱す。
どうすんのと同僚に助けを求めるが、哲人は何も言わない。
「兄ちゃんっ!」
「見つけた」
ぼそりと。
精太の呼び掛けとは関係のない一言。
月の方に掲げていた通信デバイスを下ろして、そこで初めて二人を見る。
「余弦、司令が来るまでここを任せてもいいか」
「別にいいけど、何の用事?」
「雄二を連れ戻しに行く」
何を言っているんだこいつと、余弦は渋い顔になる。
傍らの精太は理解が追いつかず、二人を交互に見て次の言葉を待った。
「実は発信器を取り付けてましたって?
そんな手が通用するほどお兄さんの元同僚って間抜けなの?」
転送機能機器を運用しての人攫い。
人目をはばかることのない公衆の面前での凶行だったが。
犯行内容から、逃亡先が割れる可能性はいの一番に潰すだろう。
実際に、雄二の通信デバイスは破壊されている。
マーカーの類など、取り付けた端から感知されて無効化されるに決まっている。
寧ろそれさえ見逃す低能を、余弦は『星辰の尾』の先達だとは思いたくはない。
しかし。
「精太、今の俺の念波動はどうなっている?」
「えっ、えっと……殆どないけど」
「そうだ、作った剣が俺の手元にないからな」
そう言いながら足元に置いていた機械腕を拾い上げて、哲人は続けた。
「こいつは誘拐犯の一人を斬って奪った腕な訳だが、大事なのはこっちじゃない。
その時に俺の剣をな、連中の転送に巻き込ませたのさ」
腕を斬り飛ばす。
その派手な一瞬に集まった注目の裏側こそ、手品の本領、空隙の踊り場である。
哲人はもう一度、真昼の月をちらりと見て。
「やつらは月のお尋ね者だ、軍と敵性存在の両方から身を隠している場所がある。
剣を辿った方位を元に、その延長線上に近い建造物を割り出した。
当然複数拠点を渡り歩く可能性もあるから、ここからは時間との勝負になる」
「待てよ兄ちゃん、元同僚で……月のお尋ね者?」
「ああ、今回の悪者は俺の友人で、既に指名手配されてるよ」
情報過多に精太の頭が煙を上げた。
余弦の方は哲人の話を聞きながら、自らの通信デバイスを弄ると。
「どんだけ飛ばしたんだろうね、白ちゃんもう着くってさ。
乗りなよ、足になってあげる。
そういうことなら、お兄さんも色んな人に話を通したいでしょう」
愛機メルトレイヴを見て、哲人を同乗に誘った。
もう何も言わずとも、富士大宮基地まで運んでくれるという。
有り難い申し出に頷くと、精太もこれに乗っかろうとする。
「雄二を助けに行くんだろう、オレも行くぞ!」
「ああん!
精太くんと相乗りとか胸躍る提案、こんな時じゃなければ……!」
「連れて行かないぞ」
「なんで!?」
同行拒否に食って掛かる。
だが哲人は一考の余地もないとばっさり。
「月面旅行だ。
ハガネマルを連れ出せない以上、お前は足手まといになる」
「月面、はぁ?
月のお尋ね者ったって、そいつら雄二連れて月に戻ったのかよ!?」
「月で軍から逃げる時にウォーキャリア持ち逃げしてるんだ。
放棄する気がないのなら、置き場に帰るのは当然だろうよ」
ウォーキャリアが地球と月を秘密裏に移動するには亜空間転移が必須になるが、そうなると亜空間転移ゲート開孔に富士大宮基地クラスの設備が必要だ。
軍需品の横流しと推測できる転送機能機器とは訳が違う。
つまり揉め事の続きは月で行われるということだ。
「この件でも白沢司令に許可を……いや、浦原大尉にするべきか。
俺は俺の責任の元に動く、雄二との約束があるからな」
「でも……!」
「お前は奏たちと一緒にいろ。
こういう時は間が悪いというか、並行して碌でもないことが」
――――三人は、話の途中で一斉に一方向へ振り向いた。
音がしたのではない。
何が見えたのでもない。
だが余弦と精太は、その類稀な念波動から。
哲人は、生物が経験から天災の予兆を得るように。
その方向から、計り知れない『何か』を感じたのだ。
哲人の通信デバイスに、碧の通信が入る。
「衛守さん、今、北の方から……!」
「ああ。
碧、奏を連れて新校舎の屋上に来てくれ」
分からない。
まだ何も分からないが。
「状況が変わった。
全員で基地に戻ろう」
「なんだ、これは、なんなのだ……!」
最悪の事態に、津三原はただ叫んだ。
青海雄二確保の為に派遣した蔵狸摩シリーズは全て破壊されたばかりか、現地潜入員から目的の人物は連れ去られたと報告を受けた。
意味が分からない。
戦闘機能を備えた人造人間『蔵狸摩』を単独で破壊する『硝子の星屑』も。
月で徒党を組み暴れている現脱走兵の元実験体、甲斐――澄原清丸の乱入も。
共に昔、『星辰の尾』として共生派を苦しめた忌まわしい存在に、今回も邪魔をされたのだ。
「あと一歩、そう、成功は目前だったというのに!」
簡易デスクを引っ繰り返しても収まらない激昂。
『硝子の星屑』である衛守哲人の妨害は予想できた。
今は件の少年の教育係に就いている関係者だからだ。
しかし、どうしてここで音沙汰のなかった甲斐が出て来る?
あまつさえ、目的の少年を誘拐して行方知れずに。
青海雄二を追えなくなれば。
もうどうしようもない。
ジェロウム8の心臓確保は、計画を今一度見直さなければならなくなった。
「そうだ、誘拐などと気が狂ったのか……!
彼を母親と対面させれば、こちらの勝利だったのだ!
なのに居場所も分からないとは、我々の最も嫌がる状況を作りおって!」
誘拐計画が頓挫した男が、誘拐を成功させた男に唾を吐く。
自らの行いも省みれない程に進退窮まり、哀れに取り乱すばかり。
頭を抱えて、考えれば混乱しそうな現状の解析に努める。
(なんだ、共生派だけでは飽き足らず、同志岳人の息子にさえ逆恨みしているというのか。
馬鹿げている、そもそも彼が殉じたのには、お前たちへの憐れみも……」
そこまで考えて。
津三原は何かに気付きそうになった。
それは、時間さえあれば、彼を答えに導く切っ掛けになっただろう。
甲斐の行動を解き明かす切っ掛けに。
だが、そうはならなかった。
――――工場に偽装した共生派の施設、その一帯を大きな揺れが襲った。
「おおっ、こ、今度は何だというのだ……!」
床に這い蹲って耐える。
幸いにして、揺れはすぐに収まった。
しかし追撃を掛けるように。
いや、次に起きた以上は、追撃に留まらなかった。
施設の天井が、一気に吹き飛んだのだ。
空を舞う波板スレート、その現象の中心を、津三原も感知する。
最早理解も追いつかない、それでも。
這々の体で逃げる作業員とは逆に進む。
圧力を振り撒く念波動の塊、そこにいるだろうジェロウム8に向かって。
「……なぜ動き出したんだ……」
その積もった心労はどれ程のものか。
我先にと離れていく人の姿ももう見えていないのだろう。
初老の男は今やめっきり老け込み、それでも足を止めない。
見えた。
施設を破壊し、強引に立ち上がる人型兵器も。
その近くで、信じられないものを見る目で制御盤と格闘する枢義八も。
「……駄目だ、こちらの命令を一切受け付けない。
強力な念波動が宿っている、誰も外部心臓に搭乗していないのに……!
ありえない、ありえないことだが、これは」
「枢義八研究員」
津三原から声を掛けられて枢義八は振り向く。
「つ、津三原さん。
ジェロウム8は今、外部ハッキングを受けているようです」
「…………」
「挙動をこちらで制御できない以上、ここは危険です。
我々も楓さんを連れてここから離れましょう」
「素晴らしい」
え。
思わず漏れた声は、津三原に届かない。
それまで落ち窪んでいた双眸に、ゆっくりと生気が戻っていく。
「雄二少年は必要なかったのですね。
共生派の無念を受け止める器、我らが希望のジェロウム8。
この勇姿、心を躍らせる――――まさに救世主の出で立ちよ」
「津三原さん、落ち着いて聞いて下さい。
この状況は異常です、ボクたちはまず自身の安全を確保する為に行動を」
「異常とは何を仰るのか。
ジェロウム8が私たちを見ていますよ」
うっとりと呟く津三原の目を追えば。
確かに、ジェロウム8の顔が、二人を見ていた。
そこに、本当に視線を感じて。
枢義八の背筋が凍った。
「共生派として毅然とした態度を示さねばなりません。
ジェロウム8を導きましょう。
その先にこそ、共生派の未来があるのですから」
希望に縋り、生きる為の力として狂気を取り込んだ老人。
もう耳に入れる価値もない戯言を隣に、枢義八は自らが設計した兵器を観察する。
ジェロウム8は周囲を見回して、ある一箇所に目を留めた。
そこは、もしまだ逃げていないのなら、青海楓の居る場所だ。
そして。
『見つけた』
枢義八は誰かの声を聞いた。
両手を広げてジェロウム8に近寄る津三原。
ジェロウム8は合掌の姿勢で。
『ではこれも契約ですので。
お片付けを始めましょう』
――――眩い光が施設を包んだ。
光が収まると、共生派の建造した施設は消えて、辺りは更地になっていた。
それを見届けて、ジェロウム8は歩き出す。
兵器の去った跡地には、布に包まれて眠る女性が一人。
青海楓、彼女だけが現場に残った。




