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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第六十話 捨て台詞




「アイツを倒す方法?」


 聞き間違いではなかった。

 持ち掛けた天羽治郎が頷くのを見て、甲斐は怪訝な顔をする。


「暇潰しに思考実験かよ。

 にしては題材の趣味が悪くね?」

「長雨が『龍』に取り込まれた事件を覚えているだろう」

「忘れられる訳ねぇだろあんなの」


 治郎の目に冗談の気配はない。

 どうしてこんな話題を挙げたのかを、抑揚のない声で語り始める。


「多々良目機甲隊の顛末を見るに、『龍』は本来人類と敵対している。

 それに見初められた長雨も、同様の存在に転じるかもしれん」

「お前こそ忘れたのかよ。

 あいつなら『(デカブツ)』にカウンター決めて追い返しただろうが」

「可能性の話だ」


 それで同僚の弱点探るってのか。

 天羽治郎、普段から感情の起伏に乏しい男であるが、こういった冷淡な面を隠そうともしないのは如何なものか。

 『星辰の尾』の外でやっていけるのか、こいつ。

 などと老婆心が湧くが、それを指摘してもぞんざいに流すのがこの男である。


「ほんと、つまんない話だな」

「気を悪くするな、後々のリスク管理に必要な話だ」

「気分の問題じゃなくて、簡単なクイズだからだっての」


 危険視される同僚を慮って、ではなくて。

 長雨太助の攻略方法。

 そんな考えるまでもない問題に、頭を悩ませるのさえ馬鹿馬鹿しいからだ。


「オレたちなら楽勝だよ」


 甲斐は笑う。

 語りながら、その状況が目に浮かんで。

 そんな事もわからない治郎を、馬鹿にする笑顔で答えた。


「あいつは敵に容赦しないが、それ以外には甘ちゃんだからな。

 笑顔で近付いて、背中をブスリでお終いさ」






「――――てめぇっ!」


 油断した。

 そんな己の不甲斐なさを叱責する暇さえない。

 身体を捻り、体勢を立て直して両手足で着地。

 屈み睨んだ先で、乱入者(かい)は雄二の口に何かの道具を噛ませていた。


「おお、怖いねぇ。

 まるで飛び掛かる前の虎だ」


 揶揄(やゆ)を滲ませる甲斐の発言。

 声の発せられない雄二にも、この混沌とした状況が伝わる。

 よう。

 その一言に込められた親しみに、彼もまた気付いていたからだ。

 今、新たに自分を捕まえたこの人物は、教官の知人なのではないかと。

 それが、何故。


「どうしてここにいやがる、お尋ね者がよ」

「お尋ね者呼ばわりとは、教えたのは天羽あたりか?

 なら尚の事すっとぼけんなよ、予想できる材料は揃っているだろうに」

「……そこまで見境なしだとはな。

 がっかりだ、甲斐」

「平和ボケか長雨、いや衛守さんよぉ。

 オレの恨みは末代まで晴れんのさ」


 言うや、間髪入れずに甲斐は――――雄二を伴って背後に跳んだ。

 木々の間を縫って草を薙ぎながら、背に目でもついているかの如き軽業。

 強念奏者の精太にも真似できないだろう早さと身のこなしで。

 それは念波動を肉体の内外に用いる経験量が為せる妙技に他ならない。

 追い縋る哲人だが、雄二にも分かってしまう。

 単純な追いかけっこになった場合、念波動の強弱は残酷な差を生んでしまうと。


「ほら来いよ衛守、こっちだ!」


 遠のいた追跡者を挑発しながら、甲斐はあっという間に林道を抜けた。

 そのまま速度を落とさずに、どんどん人の居る方に後退する。

 衆目の目に晒されながらバックステップを繰り返し、校舎を背後にすると。


「よっ――――と」


 哲人のいる方向に顔を向けたまま、一息に屋上まで跳んでしまう。

 捕まったままの雄二にも、にわかに信じられない体験だった。

 哲人の機体操縦と似た身体操作だが、それに念波動まで合わされば、人間の身一つでこんなことまでできるのか。

 ショックを受けている雄二を余所に。

 甲斐は屋上の中央まで後退し、そんな二人の傍らに人の気配が近寄る。


「すみません甲斐先生!

 結局奴らの企みを阻止できず……!」

「カネジ、カネジの馬鹿のせいです!

 こいつ行く先々で問題起こしてばかりで!」


 雄二から見えたのは、首から下が着ぐるみの男女五人だった。

 誘拐犯の仲間が現れたことに、雄二の危機感が募る。

 反対に甲斐は、特に気にした様子もなく。


「いいって、結果オーライだ。

 半端に首突っ込んで、ここで衛守とかち合っていた方が不味かったしな」

「もう帰るか、甲斐よ」

「いいや、じきにここまで来るから先に(・・)顔は見ておけ」

「なんだ、そのガキを盾に逃げてきたのかよ、おっさん」


 野性味のある男が犬歯を剥いて甲斐を挑発する発言をする。

 場の空気が冷たくなるのを雄二も感じ取ったが、侮辱された本人は男を隣に。


「そうだよカネジ、おっかなくて逃げてきたのさ」


 相変わらず、哲人のいた方向を見ている。

 屋上中央のこの位置からでは下の様子を観察できず、哲人が今どこにいるのかなど分からない筈だが、甲斐は最短距離でこの場所に来ると確信しているらしい。

 そんな様子で自分の方を見ないからか、それとも弱気な台詞を聞かされたからか、カネジは苛立ちを隠さない。


「……堂々と攫ってきたから、下が騒ぎになってきてる。

 先生、あまり長居は」

「散々言い聞かせたが、ここでは(・・・・)手を出すなよ」


 美少年の一人、ショッドの進言を遮って甲斐が言う。

 丁度、屋上の端から一人の男が躍り出た。

 ベランダ伝いに跳躍を繰り返して、甲斐の見ていた所から哲人が現れたのだ。


「遅かったな、応援でも呼んでたか?」

「……『四如(しじょ)の旗』」


 甲斐側の集団を見て、哲人が呟いた。

 話が早い、流石は天羽の仕事だと感心しつつ、甲斐は雄二を見せつける。


「見えてるだろ、下手な真似すんなよ」

「おいおっさん、まるっきり三下ムーブじゃねえかよ!」

「あー、あー……。

 えーっ、この学校の生徒である青海雄二の身柄はっ、

 月領制圧派遣団、教化指定懲罰部隊『四如の旗』が預かったっ!」


 そして屋上から、声高らかに叫んだ。

 立ち位置から、校舎下の人間に現状は見えていないだろうが、甲斐がここに来るまでの目撃情報から非常事態という認識は出来ているだろう。

 そこにこの犯行声明である。

 今頃下は大騒ぎになっているだろう。


「我々の目的は唯一つ!

 我が国の軍部で暗躍する共生派の陰謀を白日の下に晒す事である!」


 そこまで言って、ふーと息を吐く。

 誰に伝えたのかも定かではない声が、文化祭の参加者の耳に届いた。

 そして哲人は唇を噛み、元同僚を睨みつける。


「やってくれたな。

 こうなればもうどうなろうと文化祭は中止だ」

「今日は二日目なんだろう。

 一日半楽しんだならもういいだろ、後片付けが早まっただけさ」

「学校行事を何だと思ってやがる、戦時中じゃないんだぞ」

「戦争はまだ終わってない」


 甲斐は雄二の通信デバイスを破壊すると、手首からもいで哲人の前に投げた。


「平和ボケのフリは止めとけよ衛守、痛々しくて見てられねぇ」

「戦争を気にする前に、お前らがやるべき事は関係各所への謝罪だよ」

「おっさん、もう面倒だ、ここで試験(・・)をやっちまおうぜ」

「甲斐先生の言葉をもう忘れたの?

 『硝子の星屑』を倒す機会はこの後でと言われたでしょうに」

「いい加減にしろ、カネジ」


 甲斐と哲人の押し問答に割って入るカネジを、大男が言葉少なに止めた。

 金髪の女性、レオルも呆れ顔だ。

 有無を言わせぬ語気に威勢を削がれて、それでも負けじと食って掛かる。


「しかしバッハランの旦那ぁ、こんなつまらない会話続けられても困るだろ。

 だったら時間を少しでも有意義に使わねぇと」

「向こうが青海雄二の護衛者である以上、我々の勝ち逃げは既に確定している。

 この会話は『硝子の星屑』の時間稼ぎに、甲斐が乗ったから成り立つ」

「そう、そして気が済むまでからかったら。

 オレたちは変なもんが来る前に脱出するだけだ、これを使ってな」


 言いながら甲斐がバッハランから手渡された機械の玉。

 転送機能機器、それも小型の、個人で携帯使用できる最新モデルだ。

 哲人の目の色が変わる――それを牽制するように雄二を見せつけて。


「メルトレイヴの羽音が聞こえる。

 待ち人はこれなんだろう、衛守?」


 羽音、そんなものはまるで聞こえないものの。

 メルトレイヴの名に、余弦の到着を待っていたのかと雄二も気付く。

 自分も協力して時間を稼ぎたい、しかし。

 相手は強力な念波動を有する軍人崩れと思われる。

 それに対して自分はと言えば、口を塞がれ手足も不自由、残る手段は、リスクを覚悟しての意識的な念波暴走(キャリィバースト)に望みを――――


「雄二!」


 明らかな静止の意図で、哲人に名を呼ばれて。

 それならどうすればと、縋るように教官を見れば。


「今日が終わったら、俺に模型作り教える約束忘れんなよな」


 雄二と視線を合わせて、そう告げられる。

 次いで哲人は四如の旗の面々を睨め回すと。


「お前らの目的は、この際どうでもいい」


 吐きかけるように言って。

 甲斐の持つ転送機能機器が発光を始めても、口を閉じずに饒舌に。


「よく聞けよ、重要なのは一つだけだ。

 俺が迎えに行くまで、青海雄二を丁重に扱え。

 姫をあやすように、丁寧に慎重に。

 今日を台無しにされた(・・・・・・・・・・)

 もしこれ以上、そいつが不利益を被ったなら」


 甲斐たちの輪郭がぼやけても。

 それが見えていないかのように、哲人は上半身を前に倒すと。


「全員同じ目に遭わす――――」


 言いながら、消える前に飛び出して。

 腕を横薙ぎに振った。

 思わず甲斐の前に出たレオルの片腕が宙を舞う。

 刎ねられた機械腕、それを掲げた手で掴んで。


「足りないが、担保代わりな」


 雄二が最後に見た、そう呟く哲人の顔は。

 何故か真っ黒で、表情を知ることができなかった。




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