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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第五十七話 不審者




「青海くん、交代だ」


 美術部部長は部室に入ると、たった一人の留守番に告げる。


「昼食の時間だよ。

 どこかで食べてくると良い」


 美術部の部室は、昨日から訪問客が少なく閑古鳥が鳴いていた。

 それもその筈。

 文化祭の鑑賞に相応しい力作の類は、生徒たちが授業で制作した美術作品と一緒に体育館に飾られて、来場客の視線を一手に集めている。

 比べて、ここには部員の個人的な趣味の一品を展示していた。

 パンフレットの紹介でも、河原で拾った珍しい石百選や、密着朝の校門三百六十五日アルバム集など、癖の強そうな展示物が説明されている。

 製作者の個性が窺える一文だが、これが一見さんの足を遠のかせていた。


「と、一応聞いておこうか。

 お客さんの調子はどうだい?」

「廊下からチラ見する人なら何度か。

 一番来たのは見回りの先生ですかね」

「昨日と同じか。

 この石とかユニークな形をしていると思うんだがね、あはは」


 部長は目の前の少年、青海雄二が苦手だった(・・・)

 半年前に入部した中学一年生。

 ヤマト級ハガネマルのパイロットの一人で、常に目に映るものに不満を抱いていそうな愛想のない表情、目立ったトラブルこそ起こさなかったが、話の流れから他の部員と衝突しそうになった場面も一度や二度ではなかった。

 その度に肝を冷やしながら仲介する、彼の仕事量は過去の部長の比ではない。

 明確に悪いことをしているのではない、だからこそ解消できない問題児。

 そんな困った部分が、一ヶ月ほど前から鳴りを潜めてきた。


「知人と約束した時間はまだ先なんだろう?

 食事を済ませておけば残りの時間は十全に遊び倒せるよ」

「しかし部長、ここは暇ですよ?」

「部長だよ、そりゃ知ってるさ」


 棘のある一言、卑屈で攻撃的な一面が失せて、孤立する前に他人とコミュニケーションを取るようになったのだ。

 だから、苦手だったのは過去形。

 険が消えた彼はただの美少年で、部長は綺麗なものが好きだった。


「…………」

「知人が来た時、私に居座られていると邪魔かい?」

「そういうことではないんですが」

「知人との時間の間は席を外すよ。

 留守番役はあくまで、展示物に手を出す狼藉者に睨みを利かせる為だからね」


 少し考えた後、雄二は部長の言葉に甘える形で部室を後にした。

 その後姿を見送って、部長は一人展示物を見回る。

 そして雄二の作品の前で足を止めると。


「……もし貴方のお陰なら、私も礼を言うべきなのかな」


 平和な時間を噛み締めて、独り言を呟くのだった。






 黄桜奏は、二人の男に囲まれていた。


「なぁ奏、そろそろ口利いてくれよぉ」

「…………」


 精太の言葉を露骨に無視して。


「ありゃ不幸な事故だったんだ、関わった人間全員で忘れた方が」

「シャーッ!」

「取り付く島もない」


 哲人は威嚇で近付けない。

 こうして二人は少女の機嫌取りに、かれこれ十分以上は尽力しているが。

 成果の出ない状況に、哲人は助けを求めるように周りを見た。

 しかし精太のクラスメイトは、遠くからこちらを見ているだけ。

 今は仁も鳳雅も、こちらに近寄ろうとしない。

 哲人は拒絶されている自分よりはまだマシな扱いの精太に奏を任せて、彼らの傍に移動した。


「……どうしたんだ?

 分かり易く距離取ってるけど」

「いやだって、狂犬黄桜だし」

「おい馬鹿……!」


 仁の言葉を遮るように鳳雅が叱る。

 それもそうだろう。

 チームハガネ号のメンバーの悪名を、その教官に言っているのだから。

 とはいえ哲人は、別に気が悪くなるでもない。

 狂犬、以前に奏が自ら口にしていた呼称だが、実際のあだ名だったのか。


「俺もあいつが半年前にやらかしたのは知ってるんだ。

 その様子だと後を引いているみたいだな。

 だとすると須崎碧も同じような扱いされてるのか」

「……須崎さんは人当たりが良いので、評判は悪くないと思います。

 聞いた話ですが、さっきのお化け屋敷の出資にも関わっているとか」


 それは碧の姿を見つけた時に、哲人も可能性の一つとして考えた。

 流石に黒服の派遣までいくと、父親の暴走の線が濃厚だと思われたが。


「半年前の事件、有名なんすよ。

 当日の午後から翌朝まで清掃業者が掃除したのに痕跡が残ったとか。

 事件現場に一番近い桜が一際赤かったのは、その時の血を吸ったからだとか」


 血を吸って赤い桜とか、そんな馬鹿なと哲人は笑った。

 喧嘩は今年の出来事で、入学式の時分には、桜などとっくに咲いていただろう。

 血を吸って花弁に色を移すまでの時間が足りないではないか。

 いっそ血が飛んで花に掛かったと言った方がまだ信憑性がある。

 気の緩んだ哲人の思考に、しかし次の二人の会話が小さな棘として刺さった。


「でも俺、瞬間沸騰の黄桜より、何考えるのか分からない須崎のが苦手だな」

「いや、機嫌損ねたら手が出る黄桜の方が近寄りたくないだろ。

 ……まぁ須崎さんも、時々滅茶苦茶怖くなるけど」

「だろ、悪いやつじゃないと思うんだけど、何か変なんだよなあいつ」

「変?」


 つい哲人は口に出してしまった。

 変。

 確かにこの二ヶ月間で、碧特有の個性は幾らか見受けられたが。

 仁が言うところの、言葉にできない漠然としたおかしさを、哲人は彼女から感じていない。

 『何か変』とは何なのか。

 教え子を侮辱された意趣返しのような思惑は一切なく。

 ただただ純粋に哲人は尋ねてしまった。


「仁たちから見て、碧にも困ったところがあるのか?」

「いいえ、そんな深刻な問題ではなくてですね」

「感情が読めない、だと語弊がある感じ。

 目の前に立つと。途端に分からなくなるっていうかさぁ。

 こっちは機嫌や思惑を汲もうとしてんのに、急に頭に靄が掛かって働かない、みたいな謎の不快感があって」

「仁、言い過ぎだぞ」


 隠そうとしない仁の本心に、ひやひやするばかりの鳳雅。

 そして仁の説明を受けた哲人もまた頭を悩ませる。

 仁自身が『何か変』と言うだけあって、まるで分からない。

 碧は相手に、目が合うと思考が鈍る催眠術でも掛けているというのだろうか

 そんな馬鹿な。


「――――なぁ兄ちゃん!」


 精太に呼ばれた。

 それまで話をしていた仁と鳳雅に断りを入れて、精太たちの所に戻る。

 少女の機嫌を取り戻してくれただろうか。


「どうしたんだいきなり」

「兄ちゃんさ、校内で大人サイズの着ぐるみの集団見た?」

「見てないけど」

「そいつらが奏を襲ったらしいんだよ」


 すぐに奏を見た。

 見える範囲に怪我はない。

 奏は全力で首を横に振っていた。


「襲われたんじゃないってば!

 廊下でぶつかったら絡まれて、勝手に仲間割れしたと思ったら逃げられたの」

「でも首掴まれたんだろ?」

「見せろ、いや保健室に行こう」

「だから大丈夫だって!

 ほら見なさい、鏡でも確認したけど痣とかもないでしょ!」


 顎を上げて患部を見せつける。

 奏の自己申告通りに傷跡は見当たらない。

 しかし見えないだけ、という可能性もある。

 大事を取るなら専門家に検診して貰うべきだが、下手に大事するのも奏自身が望むまい。

 これまでの話から、彼女の心には繊細な面があるとも察せられる。

 無駄にストレスを重ねさせるのも本意ではない。


「後から症状が出る場合もある。

 少しでも違和感があるか、なくても暇な時間があったら一応診て貰うように」

「はいはい。

 見つけてやり返したかったのに、無駄足踏んじゃった……」


 闘争心溢れる言葉に普段の奏を見て少し安心する。

 しかしどういう目的であれ、中学生の首を掴むなど尋常の沙汰ではない。

 哲人も人のことは言えないと自覚しつつも、頭のおかしな大人の話には不安を煽られて。


「……なぁ余弦、監視の方は……」

「女装……女装……」


 頭のおかしな大人の呟きに不安を煽られた。






 どこでお昼を頂こうか。

 校内を歩いていた雄二は、遠くにある男の顔を見た。

 立ち止まり。

 思考が停止した。

 それがどういうことなのか、分からなかったから。


「…………っ……!?」


 思い出を振り返る。

 間違っていないと判断する。

 信じられないが、確かにその男はいた。

 いる筈のない男を見た。

 死んだ筈の男が見えたのだ。


 死んだ男だった。

 死んでいなければいけなかった。

 生きていたら自分の人生がひっくり返る、その立場にいる男だったから。

 かつて、遺された物から何度も顔を確認した。

 否が応でも記憶している。

 その人と似ている、だけでは片付けられない男だった。


 男は足を止めずに進み、やがて人混みの中に消える。

 どうしているのか、どうしてこんな事が起きているのか。

 それを理解できず、理解できないまま。

 雄二はその後を追った。


「……とう、さん!?」




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