第五十六話 精太と哲人とネックスライスド
「どうして……精太くん、どうして?
昨日は女装なんてしてくれなかったのにぃ」
「…………」
「こんなおっさんの何が良いっていうの!
加齢臭!?
私にない異臭に心惹かれてしまうっていうの!?」
「いい加減、黙って貰えませんかねぇ」
テーブル中央にカードを放りながらの一言に、仁と鳳雅が目を見合わせる。
大富豪の三試合目だというのに、ずっと続く愚痴に我慢の限界がきた。
ただ精太は察しがついたようで、次のカードを出しつつ確認してくる。
「さてはよっちゃんと通信してるんだろ。
ズルい手使って勝つのはナシだぞ」
「しないけど、さっきから五月蝿くてな……。
昨日ここに来た時、店に迷惑掛けなかったか?」
「兄ちゃん監視してなかったのかよ」
「お前ら四人に重点を置いていたけど、変態は管轄外だったからな。
画面外でやらかしていても分からんよ」
そういう意味では、余弦はさっきから哲人ばかりを監視しているが。
嫉妬に狂っての判断とはいえ、精太は自分が見ているのだから、他に注視して欲しい。
そんな哲人の気持ちは、当然ながら余弦には届かなかった。
「よっちゃんって、昨日来た、あの黒墨余弦さんの話か?」
「そうそう」
「テーブルの涎拭くの大変だったよなぁ……」
しみじみと語る友人二人。
何をしたんだあの馬鹿は。
そう思いながらも、事実を知るのが怖くて掘り返せない。
「精太、これは俺も謝るべき案件か?」
「ちょっと困らされただけだって。
先生を呼ぼうかって話をみんなが始めた段階で何とか帰ってくれたし」
「正直すまんかった」
次いで余弦を問い質そうとしたが、それまで繋がっていた通信は切られていた。
都合が悪くなった途端にだんまり。
子どもの成長に悪影響を与える典型的なダメ人間である。
「監視してるよっちゃんはこの会話まで聞こえないのか?」
「今は切られてるけど、出張側と通信してる間はその周囲の声も拾えるぞ。
とはいえ昨日はわざわざ話すこともなかったし、ほぼ繋げてなかったがな」
「そっか、聞こえていたらきっと兄ちゃん飛んできてたもんな」
駄目だ。
既に昨日、済んだ話だ。
せっかくの自由時間に、血圧の上がりそうな話を聞きたくない。
哲人は心の中でそう唱えて、全力でこの話題を避けようと決めた。
「そろそろ仕掛けるぜ、革命!」
「革命返し」
「はえぇよ!
少しは天下を満喫させろよ!」
仁の嘆きも鳳雅には届かない。
手札とにらめっこしている様子を見るに、今回は彼の敗北になりそうだ。
「今の革命が続いていたら負けていたな、あがりだ」
「兄ちゃん案外強いなぁ」
「経験積んでるからな」
実際、大富豪も運の要素が強いゲームだが。
細かいところで有効な手を打てるのは、過去の試合の積み重ねだろう。
子どもを相手に大富豪は、昔を思い出して懐かしい気持ちになる。
それと一緒に襲い来る悲しみにも、かつての胸を裂く鋭さはない。
全てが良い思い出とは成らなくても、苦痛の鈍化には助けられている。
彼女もこうして、誰かと遊べているだろうか。
「俺もあがりだ。
精太と仁の一騎打ちだな」
「よし、6だな!
8で切って、7のダブルだ!」
「あ、重ね数字は持ってないのに」
ついつい漏れた精太の状況に仁が笑う。
そのまま重ね数字を続けて出して、なんとか三位に滑り込んだ。
「革命返された時はどうなるかと思ったけど、危なかった!」
「ありゃ、じゃあ精太は二度目の四位か。
普段は運が良いのに、こんなに負けるのは珍しくないか」
「うーん、今日は調子が悪いかも」
子どもたちが勝敗を語り合うのを見ながら。
何度でも遊べる大富豪だが、このままだと記憶がこれで埋まってしまいそうだ。
元々が客の立場の哲人から持ち掛けたゲームだ。
もてなす店員側の彼らからは、終わりを切り出し辛いだろう。
「付き合ってくれてありがとうよ。
大富豪はこれで終わりにしようか」
「え、終わりなの?」
精太が困った顔をする。
負けが込んでる身としては、気持ちの良い終わり方ではないだろう。
「もう一戦するか?
大富豪に限らず、リベンジマッチなら受け付けるぞ」
「いや……うーんと」
ところが意外なことに、雪辱を果たしたいという様子でもない。
煮え切らない返事である。
「……本当にこれで、終わり?」
「だから、やりたいなら続けるけど」
「それは、フェアじゃないと思う。
でも、ええ、マジか……」
公平性を語るのなら、まずゲームの終わりを哲人が勝手に決めていることに異議を唱えるべきだというのに。
精太は腕を組んで頭を悩ませている。
らしくない態度だ。
これには仁と鳳雅も同意見のようで、困惑した顔で精太の顔を窺っている。
「なんだよ、結果が気に入らないなら俺たちももっと付き合うぜ?」
「そういうことじゃなくて……。
うう、負け、オレの負けだ、負けたんだからしょうがない」
「さっきからなにが言いたいんだよぉ」
両脇の二人から色々と言われながらも、精太は哲人を見た。
なんだ、やっぱり俺に言いたいことがあるのか。
身構えた哲人に、しかし精太は思いも寄らない言葉を発した。
「……勝者には、あげるもんがあるんだけど」
「うん?
そんなルール話してたか?」
「うちの店の特典らしい」
後方の女子組が揃って大きく頷いた。
カードゲームで遊んでくれるだけでなく、そんなプレゼントまであるという。
「へぇ、喫茶店にしては面白い試みしてるんだな」
「メイド喫茶?
っていう店の形態から学んだらしいぜ。
だけどなぁ……あげるのやだなぁ」
「あげるのが嫌ってなんだよ、生チョコでもくれるのか?」
流石に経費を圧迫しそうな高級品だったら辞退しよう。
そう思っている内に、精太は席を立つと、哲人の横に並ぶ。
そのまま少し屈んでキスをした。
教室が凍った。
「…………」
「……あれ?
やってみたらあんま気持ち悪くねぇな」
顔を上げて精太が呟く。
仁も鳳雅も哲人も、何が起きたのか理解できない。
女子組は「頬、頬に!」と青い顔でジェスチャーする者もいれば、無言で写真を撮影し続ける者まで。
精太に吹き込んだ人物たちも、これは予想外だったらしい。
「もう一度やってみるか、兄ちゃ」
「あほぉぉぉぉぉッッッ!!!」
悲鳴のような罵声と共に、哲人は精太を抱えて教室を飛び出した。
そのまま廊下の水飲み場に直行。
拷問でもするように、水の出る蛇口に精太の顔を押し付けた。
「ぼばっ、ばぼばっ」
「こんなに考えなしだったとは!
若いからって無知を振りかざした結果がなぁ、黒歴史ってのになるんだよぉ!」
「兄ちゃっ、おぼれっ、溺れる!」
「いいから口ゆすげおバカ!
今日を思い出して吐きたくなかったら、この記憶ごと洗い流せぇぇぇ!」
「わ、分かったっ、洗うから一旦離してくれよぉ!」
泣きを入れる精太を解放して、哲人はただ悔やむ。
過ぎたことは、もうどうしようもない。
しかしだ。
あんまりじゃないか。
宗玄のように、成人してからも大人の付き合いがあるというのに。
こんな思い返すだけで切腹したくなるような出来事が刻まれてしまったら。
果たして精太が、やらかした事の重大さを理解した時。
その未来の先で、自分たちの付き合いは続くのだろうか。
己のあまりの馬鹿さ加減に、関係性ごと抹消を図らないだろうか。
縁の断絶さえ危惧しなければならない、とんでもない爆弾を抱えてしまった。
混乱しつつも気落ちした哲人が、クラスメイトの女子にも一言言わなければと教室の方を見ると。
扉の近くに。
奏が居た。
目が合った。
奏はしばらく哲人たちを見つめてから。
「ぎるてぃ」と発声するように口を動かすと、親指で首を掻っ切った。




