第五十四話 教え子の友人とお化け屋敷
学校の敷地内は、イベントの開催中だけあって人通りが多い。
生徒の関係者と思われる大人の姿もあって、悪目立ちすることはなさそうだと考えていたところに、通信デバイスに文面で連絡が入る。
精太からだった。
哲人がそれを読んでいる間に、遠くから二人の少年が近寄って来た。
「……いたいた、あの人だろ!」
「すみませーん、衛守哲人曹長ですかぁ!」
そう声を掛けられたので、手を挙げて応じる。
「すぐに見つかって良かった。
俺は赤城精太のクラスメイトの大槻鳳雅って言います。
それでこっちが外村仁。
今日は精太に案内を頼まれて来ました」
「丁度今、精太の連絡を見たよ。
こっちに直行せずに暫く余所で時間潰してくれって」
「はい。
準備に手間取っているみたいで、足止めしてくれって言われたんすよ」
足止めって。
聞き咎めた鳳雅に脇へ肘打ちを受けているところを見るに、この仁という少年は隠し事の苦手なタイプのようだ。
しかし早い時間から来てほしいと言われていたのに、いざ来てみたら時間が欲しいとは、一体どういうことだろう。
哲人は少し心配になった。
「何かトラブルでもあったのか?」
「いや、そういうことではなくて、女子に」
「仁は少し黙ってろ。
今あいつ、クラスの連中に捕まっているので、店に来ても応対できないんです」
二人の様子を見るに、悪い事態に見舞われているのではなさそうだ。
それならと、哲人は気持ちを切り替える。
隠された秘密は気になるが、それは精太に会うまでの楽しみにしておこう。
「それじゃあ案内役を頼もうか。
あと、俺を呼ぶのに曹長とかつけなくていいぞ、文化祭には似合わないからな」
「分かりました、衛守さん」
「んじゃ鳳雅、お化け屋敷行ってみようぜ。
昨日の口コミで話題になり始めたから、これからもっと混むかもしれないし」
「それ、お前が行きたいだけだろ……。
降って湧いた自由時間だけど、あんまり羽目を外すなよ」
二人に先導されて、哲人は校舎の中に入った。
話を聞くに、客人の案内という仕事を振られたことで、二人はクラスの出し物への拘束時間を免れたらしい。
足取りの軽い仁の様子を説明するように、鳳雅は哲人にこれから向かうお化け屋敷の説明をした。
「隣のクラスが、旧校舎の空き教室を複数貸し切ってやっているんです。
金を掛けて本格的にやってるみたいで、この文化祭の目玉イベントですね。
昨日は忙しくて回れなかったので、俺たちも入るのは初めてです」
そんな話の最中も、道中見掛ける看板にはそのお化け屋敷への案内が数多く置かれている。
どうも中学生の文化祭には似つかわしくないほどに力を入れているようだ。
仁も楽しみにしている出し物。
これは一発目から凄いものを見せられそうだと、哲人の心も弾む。
旧校舎に続く渡り廊下に出ると、奥の建物の窓に暗幕が掛かっているのが見えた。
あの一帯がお化け屋敷なのだろうか
「仁、物を壊すなよ。
不逞の輩にはガードマンがすっ飛んでくるって聞いてるからな」
「しねぇよ!
初対面の人が居る前で間違ったイメージ植え付けんな!」
「だって浮かれてるし」
旧校舎に入ってすぐに、お化け屋敷の入口があった。
受付こそ中学生だが、その両隣を屈強そうな黒服の男たちが固めている。
中学校の文化祭としてこれはどうなのかと思う絵面だ。
実際に先程まで口数の多かった少年二人が黙ってしまった。
「……いや、ビビる必要はない。
今の俺たちには衛守さんがいるんだ」
「そ、そうだなっ。
背もこっちのほうが高いし、現役の軍人さんなら喧嘩しても勝てるよな!」
いや、戦わんが。
盛り上がる二人の分も受付を済ませて、案内の紙を貰う。
一方通行のコース全長二百メートル。
コース中の複数の教室を繋ぐ廊下通路に係員が待機しているので、ギブアップしたい場合はお申し付け下さい。
暗がりが長く続くのでコース中、お帰りの際も足元にお気を付け下さい。
暴力行為や設備の破壊行為には厳しく対応致します等々……。
本格的にお化け屋敷をやろうとする気概に溢れていた。
そして、実際の中身はというと。
「さっきのガラス越しの壁ドンはびっくりしたな!
棺桶の中の吸血鬼とか、メイク凄くて誰がやってるのか分かんなかったし」
「俺はずっと鳴ってる壊れたエアコンみたいな低い音が気になって……」
「ああいう不快音がプロジェクションマッピングと合わさると相乗効果でくるな」
総じて質の高い出し物だった。
常に恐怖を煽るのでもなく、所々に中学生の味を見せつつも、これを緩急として次に構える恐怖演出の効果を高める。
通路も狭く区切らずに、各教室に大きめの仕掛けを一つ二つ用意して、これを印象深い見せ場にしている。
仁の話していたガラス越しに、教室の奥から通路に向かって突っ込んでくるゾンビには驚かされたし、その前の部屋では、音と映像を駆使した不気味な雰囲気を終始垂れ流し、心理的に不安感を煽ってきた。
ここまでのものを用意されると、確かに目玉というか、他の出し物が可哀想になってくる出来だ。
その辺りを語りながら出口に辿り着くと。
「お疲れ様でした。
こちらが出口にな……」
「お、碧じゃんか」
「え、えっ!?」
昔の漫画にありそうな、片目の瞼を大きく腫らした女幽霊。
受付と連携して入室者と退出者の確認をする役なのだろう。
見知った少女の登場である。
とはいえ碧の方は予想外のエンカウントに慌てふためき顔を隠す。
「あれ、衛守さん、午前中は精太くんの所に行くって……!?」
「どこかで時間潰してこいって言われてな」
「待って、見ないでっ」
「おいおい、俺も一応客だぜ、奏みたいなこと言わないでくれよ」
「おっ、お帰りはあちらです!」
さっさと追い出されてしまった。
あまり見られたくないようだったが、哲人としては悪いものには見えなかった。
しかし同級生が近くにいる時に余所から来た大人が褒めてしまったら悪い噂の的になってしまうかもしれない。
後で通信デバイスからフォローをしておこう。
そう考えながら、傍らの二人を見る。
「そんで、そろそろ精太の教室に行っても大丈夫か?」
「お待ちしておりましたぁ!
御予約頂いていた衛守様ですね、ささ、奥のテーブルにどうぞ。
すぐに精太くんを引き渡しますので、暫くお待ち下さいませ」
予約をした覚えはないのだが。
まぁ精太との約束を予約と言い表すのも間違ってはいないだろう。
しかし引き渡すって、犯罪者じゃないんだから……。
哲人が案内された席に座ると、遠巻きにウェイトレス姿の女子が複数人で固まり、ひそひそと何かを話す。
「……あの人が?」
「前に写真も見せて貰ったけど、やっぱり大きいね」
「赤城くんと身長差どれくらいあるの……?」
聞き耳を立てているつもりはないが、他に客もいないので聞こえてしまう。
精太本人に覚えがあるのかは怪しいが、実は仁と鳳雅については、彼が学校生活を教えてくれる中で何度が登場していたので、一方的な親近感がある。
精太も彼らに哲人のことを説明していてもおかしな話ではない。
しかし女子の間にまで職場のおっさんの情報を広めても、誰も得をしないと思うのだが。
精太のやつ、まさか想像以上の不特定多数に、俺の話をしているのではあるまいか。
「お待たせしました」
と、ここで聞き覚えのある声がした。
よく知る少年の登場である、
本当にお待たせしたのだから、その理由も含めて話を聞こうか。
そう思いながら振り向くと。
メイドがいた。
「…………」
「……兄ちゃん?」
他の女子組のウェイトレスの衣装とは構造からして違う。
というか、波動総合研究所で深見武蔵の着ていた服とそっくりだった。
縛りを解いてもいいところ肩口に掛かる程度だった髪も、背中を隠す程度にまで量が盛られている。
極めつけには、顔。
肌の色が普段と違うし、唇もあんなに紅くないし、眉毛まで整えられていた。
そう、化粧を施されている。
これはもう疑いようもない。
「……なんで女装してるの?」
「へへっ、似合うか?」
その場で哲人に全身を見せるべく一回転。
表情だけは普段のままに。
遠くの女子が黄色い声を上げて、二人の友人は露骨に目を逸らしていた。




