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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
55/82

ゴミ噺 とあるペテンの種明かし 起




「いやーお兄さん、順調に外堀が埋まっていくねぇ」


 ケラケラと笑う余弦。

 哲人の陥った状況が面白可笑しくて堪らない様子だ。

 陸奥との遭遇から通信は開きっぱなしだが、哲人にそれを指摘する気力はない。

 ただ愉快愉快と響く声が、陰湿さから程遠いことだけが救いか。


「黒墨某、一つ意見を伺いたい」


 だから、何の気の迷いか。

 つい――――聞いてしまった。


「どうぞ」

「家族愛は大変結構なんだが、あの一家は子どもの行道を舗装し過ぎて、本来多様に広がる若人の未来を狭めてしまっているのではなかろうか」

「その心は?」

「才能も展望もある子なのに、こちとらうだつが上がらん職場のおっさんだぞ。

 碧ならもっと男選り好みしても良いだろうに」


 犯罪者スレスレの要注意人物相手に、人生相談なんて血迷ってしまった。

 だが、哲人が政宗に語った碧の魅力は本心からのものだ。

 だからこそ勿体ないと感じる。

 彼女のプライベートな部分に割り込み、時間を奪っている自分という存在が。

 不安になってしまう。

 公私の私において、哲人は碧が躓きかねない石になっているのではないかと。


「うーん、それさ」

「おう」

「お相手がお兄さんじゃなくて、例えば整備班の人とかでも同じこと思う?」


 碧が、宗玄や大和と?

 想像して、哲人はいいや、と否定した。


「思わんな。

 寧ろ感心、応援する……かも?

 流石は碧だ、中々気付かれないが、あいつらは面食いなのに目を瞑れば推せる物件なんだよあれでも――」

「妄想が行き過ぎてるよぉ」


 放っておいたらいつまでも続きそうで、余弦はため息混じりに制止した。

 流石に我に返った哲人も、一つ咳払いをして仕切り直す。


「ぶっちゃけると、恋でも友情でもいいんだ。

 もっと色々な人と出会って話して付き合って、見る目養っても良いんじゃないかって思うんだよ」


 宗玄や大和だけではない。

 この世界には、星の数だけ男がいる。

 残念ながら、その全員が良い男とは言明できない。

 良い男が皆、太鼓判の押された看板を分かり易く掲げてくれてもいやしない。

 しかし、そういったものを自分の目で見て学んでいくのも、少女の人生の糧になると思うのだ。


「取っ替え引っ替えしろなんて言わんけどさ。

 相手への敬意を忘れず誠実に努めれば、過去の男に恨みを買うこともないだろ。

 碧はそれができる気遣いと内観、自制心を備えた立派な人間だと思ってる」


 正直な気持ちを話しながら、芽生える新たな気持もある。

 哲人が碧に得て欲しいもの。

 問題はそれだけではないのだと、哲人の欲望が答える。

 それはとても身勝手な気持ち。

 さながら大事が宝物が正しい評価を受けていないことを正したい。

 それがどれだけ美しいのかを、世の中に自慢したくなる幼稚な感情。


「だからさ、もっと、もっと――あいつの良いところを沢山の人に知って欲しい。

 その人たちに好かれて、ずっと囲まれて、余生まで楽しく過ごして欲しいよ」

「碧ちゃんの魅力を世俗の共通認識みたいに語るじゃん」

「正直、あいつなら逆ハーレム作っても許されて然るべきだと思ってる」

「えー、これ親バカの類なのぉ?

 余弦先生には判断つかないんですけどぉ」

「精太や雄二、奏にも同じ気持ちだがな」

「いやショタが宝なのは世界の答えだから」


 哲人の熱の入れっぷりを半ば馬鹿にしていた余弦も、精太たちを引き合いに出されては黙っていられなかった。

 その冷たい断言は、少年の魅力をお前如きが語るなという余弦の脅しでもある。

 哲人は笑った。

 こんな会話、白沢ともしていない。

 子どもたちと仲は良くても司令としての一線を守る彼女では、仮に本心だとしても口にはできない言葉だろう。

 白沢が余弦を目の敵にするのは、自分が隠さなければいけない胸の内を、口でも体でも正直に表現する余弦に嫉妬しているからかもしれない。


「本当、あの子たちの信頼を得るのにお兄さんは目の上のたんこぶだけどさ。

 それにしても、碧ちゃんの扱いには四苦八苦しているように見えるよ」

「ああ、勝手ながら四人に対して嘘偽り無くそう思っているんだが。

 そうだな、とりわけ碧に強くこう思うのは、なんでだろうな」

「ここまで語ってくれたお兄さんの希望もさ。

 そんなに焦らなくてもいいじゃんって思う訳よ。

 付き合ってあげればいいじゃん。

 辛抱強く耐えるのも良し、欲望に負けて溶け合っても良し。

 子どもなんだし時間が経てば、勝手に視野を広げるもんでしょ」

「いや良くない、何も良くないけど」


 欲望云々の下りはとても肯定できないが。

 焦らなくてもい。

 そう言われて、哲人はどきりとした。

 そうかもしれない。

 確かに、自分は焦っているように感じる。

 未来を狭めて欲しくないと言いながら、彼女の未来に希望を押し付けている。

 他の三人には、ここまで考えないのに。

 余弦の言う通り、子どもなのだからその成長を待てば良いのに。

 どうしてこんなに、自分は碧の未来に干渉したがるのだろう。

 待てば勝手に訪れる筈の碧の幸せを、外野の立場で急かしているのだろう。


「……あれ?」


 思えば、碧にはこれまで調子を狂わされっぱなしだ。

 彼女の距離感に、ここぞとばかりに近付いて来る勢いに。

 それを見る度に――――恐ろしく、なる。

 どうしてこんなに心を乱される。

 なにがこんなに――――不安なんだ。


「……ん?

 お兄さん?」


 碧を見ていると、不安になる。

 季節の一部で咲く花の、咲き続けられない儚さを覚えてしまう。

 思い出す、これまで出会った数多くの戦友たちを。

 戦場で死に別れた戦友たちと、碧の姿が、重なるのだ。


 思考が沼に陥る。


 どうして誰にも似てない戦友の顔がちらつく。

 どうして碧に――戦友の死相が重なるんだ。


「ねぇ」


 死ぬな、お前は生きろ、幸せになれ。

 幸せになれよ、どうしてお前みたいな良いやつが、死ななければならないのか。


「ちょっと、お兄さん……!」


 あの子を助けたい?

 あの子の未来を、切り拓きたいの?

 このままでは手にできない未来を、あの子の手に握らせたいのね。

 だったら貴方は、何を捧げてくれるの――――?











「……あ、悪い余弦――――」


 無視してしまった。

 そう続く筈だった言葉が、途中で切れた。

 足を進めていた、学校に続く道。

 天井の青い空も、街路樹から枯れ落ちた葉も、秋から冬に変わり始めた景色も。

 何もかもが消えていた。

 今、哲人の視界には。

 川のように流れていく、無数の星の海が見える。

 真っ暗な背景に、小さな光の粒が成す、天を流れる川が広がる――――


「は、はぁ!?」


 思わず出た声。

 足元を見れば、その下にもずっと星空が続いている。

 恐る恐る、足に力を込める。

 力が入る。

 何かを踏んでいる感触があった。

 しゃがんで、その見えない何かを探ろうとしたが。

 空振る。

 靴底が踏み、足の裏を通じて感じるその何かを、手で触れるのは叶わなかった。

 手は足の下まで沈み、下手に体勢を崩せば頭から何処かに落ちていきそうだ。

 手の平で、靴底を触れば。

 自分の指の感触が、足の裏に伝わった。

 いよいよありえない状況に、気持ち悪ささえ込み上げてくる。


「なんだここは……余弦、聞こえるか」


 期待していた返答はない。

 とにかく状況を把握しなくては。

 そう思って、しかし足場も定かではない場所で、安易に動くのも躊躇われて。

 首を動かした。

 目は自然と、この世界を進み続ける星の川を追った。

 その先には、良く知る光景。

 数え切れない光で埋まった、夜の星空が見えるだけ。

 だから次は、その流れを逆に辿った。

 すると。

 人がいた。

 星の川の源流に、蹲る人間がいた。


 誰だ。


 ウェーブの掛かった長い髪に隠れて、その全容は定かではない。

 辛うじてしゃがんだ姿勢が窺い知れるだけだ。

 よく見ると、驚いたことに。

 その人物は源流に居座っているのではなかった。

 源流こそ、その人だった。

 長い髪の間から、星の川を垂れ流しているのだ。


 これは、なんなのだ。


 そう思いながら、足は勝手に動いた。

 この場の唯一の他人に向けて。

 寄る辺のないこの状況で、誰かも分からないその人を頼るように。


「なぁ、あんた。

 ここはどこだか分かるか……?」


 近付くと。

 絶えず星を産み流す、髪の隙間が垣間見えた。

 目だ。

 長髪の渦の中に、瞳があった。

 人なのだから、別におかしなことでもないのに。

 おかしなことに、その瞳から星が流出して、川を形作っていた。

 人の成せる景色ではなかった。

 何故だろうか、哲人の頭には。

 人魚姫という単語が浮かんだ。


「聞こえているか?

 俺は――――うわっ」


 名乗ろうとした時。

 耳にいきなりばさばさと、翼がはためく音が聞こえた。

 慌ててそちらを振り向くと、大きな黒いカラスがいた。

 カラスは明らかに哲人を見ていて、その嘴を開くと。


「お兄さん」


 聞き慣れた声で。


「私は知ってる、これは龍の宇宙だよ」


 そこまで言って、唐突に羽ばたくのを止めた。

 上下も分からない世界に、カラスが真っ逆さまに落ちていく。

 哲人が慌てて手を伸ばすが、カラスは足の下の空で、翼を広げて滑空した。

 そのまま遠くに飛んでいく。

 星の海に消えていく。


「……余弦……?」


 声はもう届かない。

 ただ呆然とその姿を見送ると。

 肩を、誰かの手が叩いた。


「――っ――」


 振り返り見返せば、目の前に長髪の人物が立っていた。

 哲人は思わず息を呑む。

 触れ合える距離で、しっかりとその姿を拝む。

 海を思わせる蒼い髪をした、大柄の美しい女性だった。

 蹲って髪に隠れた姿勢からは分からなかったが、その立ち姿は力強く生命力に満ち溢れ、星を涙のように流し続けていた先程までの姿からはかけ離れている。

 そう、見ればもう今は、泣いていなかった。


「あ、あんたは」

「あきひと――哲人」


 名前を言い当てられて、内心狼狽した。

 訳の分からない異常事態で、今更その程度と思いながらも。

 彼女から名前を呟かれて。

 哲人は文字通り、心臓を鷲掴みにされたような苦痛を覚えた。

 痛みと息苦しさに、しかし対処のしようもない。


「一体、誰だ?」


 問い質すと。

 女は哲人を見つめたまま。


「りぜ。

 世の理と書いて、理世(りぜ)だ」


 語りながら、笑う。

 いや、哂って――――凄惨な匂いのする息を吐いた。

 血の匂いがした。

 彼女の、理世の臓腑が出すものではない。

 沢山の人間の血が混じった、地獄のような匂いだった。

 気圧される。

 そんな哲人を嘲笑う顔で、理世は語る。


「衛守哲人。

 今のお前に、わたしと同じ力が掛けられているのを感じる」

「……どういう意味だ」

「カラスが言った『龍の宇宙』は、間違っていないが正しくない」

「何を言っている?」

「個人の意のままの世界、『龍の宇宙』はわたしの力の真似事に過ぎない」


 会話のキャッチボールをする気はない。

 そう言わんばかりに捲し立てる理世に、哲人は黙った。

 ただ、何かを伝えようとしているのは分かる。

 哲人は黙って、血が香る女の言葉を待つ。


「世界を創造する力、覆し干渉する誰かの力が、お前の自由意志を曲げている。

 それは『龍の宇宙』が創る幻影世界(ファンタズマゴリア)の余波ではない。

 もっとシンプルな、よりわたしに近い力によるものだ」

「俺の自由意志……?」

「お前を望み通りに変えようとする力と、その反動による揺り返しが、お前の選択を狂わせている」


 言って、理世は目を閉じた。

 それは何かを思い出すように、探るように。

 そして。


「……みどり、須崎碧」


 辿り着いたその名前を口にする。

 教え子の名前に困惑する哲人をよそに、理世は説明を続けた。


「その少女の願いが、お前の未来に干渉している。

 余程好かれているようだな。

 『お前に振られる』という当たり前の選択肢を、その力で回避し続けている。

 しかし『恋愛対象ではない』――その根本的な改変には至らないようだ。

 これは少女の最後の理性か、お前の鋼の如き我の所為なのか」

「碧が、俺の未来に干渉しているって?」

「『お前は少女を振り、距離を置く』

 そう迎える筈だった未来を、少女は改竄して今の形にした。

 だが最も望む未来にも至れていない。

 恐らくここ(・・)が、お前の心を壊し廃人としない分水嶺。

 衛守哲人が衛守哲人足り得る間の、最大に譲歩された少女の理想世界だ」


 言うやいなや、理世は鼻を鳴らした。


「神の如き力――――つまりわたしと同質の力よ。

 ふん。

 わたしに牙を剥き続けた男が、随分と腑抜けたものだな。

 新世界を創造する『宇宙の卵』――イオスフィアの影響力は、流出元と対象者の心的パーソナルエリアの距離に反比例する。

 お前は本気で、子どもに死ねと言われたら、その場で腹を捌くのではないか?」


 好き勝手に色々と言われながら、哲人は考える。

 つまりこいつは、碧が俺の未来を変えていると言っているのか。

 ……頭が、痛い。

 意味の分からない言葉を並べられて、理解が追いついていない。

 いや、ただ頭が痛くて、理世の言葉を反芻できない。


「だが人の身には過ぎた力よ。

 どのような縁で得たのかは知らないが、身も心も真っ当な人生は歩めまい。

 それにお前の様子を見るに、既に改竄の無理が出ているようだ。

 意思と選択の食い違いが、精神に深刻な自己矛盾を引き起こしているぞ。

 須崎碧には、いつか因果の報いが来る。

 肉体が力に押し潰されるのが先か、世界の反発力に吹き飛ばされるのが先か。

 今回わたしが呼ばれたように、想像できぬ困難を招く負の要因となるだろうよ」

「……あっ……ぐぁ」

「……まぁ分かってはいたが。

 このままでは何より先にわたしの力にお前が食い潰されるという訳だ」


 今度は哲人が蹲る。

 本人は気付かないが、その穴という穴から血が溢れ、今や視覚も聴覚も嗅覚も味覚も、血液に溺れてまともに機能していない。

 放置すれば、死ぬだろう。

 そんな男の瀕死の耳元に、理世は口を近付けた。


「我はヤルダバオトにしてデミウルゴス。

 かつて世界を喰い尽くした嵐暴偽神の名に於いて、お前の願いを聞いてやろう。

 衛守哲人よ、お前はわたしに何を望む?」


 その声は、届いたのだろう。

 哲人は真っ赤な目で理世を見ると。

 一度血を吐いてから、喉を震わせて呟いた。


「俺は、文化祭に、行くんだ」











「いやーお兄さん、順調に外堀が埋まっていくねぇ……。

 ん、この話、さっきもしたような」


 イヤホンの向こう側で、余弦が首を傾げる。

 哲人も同感だったが、目的地を前にして会話を広げるのは止めにした


「そんなことより着いたぞ。

 流石にもう通信は切るからな」


 そう言って、警備員の前を堂々と通り過ぎる。

 アーチをくぐれば、飾り付けられた教え子の校舎が良く見えた。




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