第五十二話 文化祭への道すがら
「あー、ショタに囲まれて潤ったわ―。
初日は何事もなく終わったね。
やることなくてつまらなかったでしょ、お兄さん」
「兵士なんて暇なのが一番だろ」
「経済的合理性からはいの一番に排除したい無駄飯喰らいだけどね」
「明日はお前の番だからな、気を抜くなよ」
などと話したのは昨日の話。
衛守哲人は、チームハガネ号の通う中学校までの道を歩いていた。
文化祭を開催する二日間、黒墨余弦とは現地来訪と後方待機の要員として、交代でこの行事に目を光らせている。
とは言っても子どもであるヤマト級パイロットのこういったイベントに、必ずこのような警戒態勢が敷かれる訳ではない。
今回は白沢司令と哲人の判断で、独自にこのような対応を採っていた。
「もう暇だよ―、現地に行きたいなー」
耳のイヤホンから聞こえる余弦の声。
まだ何も始まっていないのに、飽きるのが早すぎる。
「昨日は楽しかったなぁ、また行きたいなぁ。
やっぱり当初の予定通りに朱ちゃんに頼めない?」
「今更何言ってんだ。
元々お前が居ないから浦原大尉に代役を頼んでいたんだぞ。
文化祭までに帰って来られたんだからちゃんと仕事しろ」
後方待機要員は、機械を用いた監視が主な仕事だ。
通信士の方が手慣れたものであるが、業務外なので彼女たちは使えない。
これに朱花を巻き込んだのは、彼女からの申し出に甘えたからだ。
ギリギリとはいえチームハガネ号と懇意にしたい余弦が帰ってきたのだから、解放するのが筋というものである。
「精太たちにも良いように言ってやるから、これを機に好感度稼いでおけよ」
「ちぇ。
言い出しっぺの癖に、白ちゃんも別件で忙しそうだしなぁ」
内容までは分からないが、白沢は昨日から仕事に追われている。
結局朱花はそちらを手伝いに行ったので、余弦にはちゃんと護衛の一役を務めて貰わなければならない。
「現地要員なんて軽く圧を掛けるだけだし、常に四人を監視するこっちの方が責任も仕事も大変なんだけど」
「昨日俺もやったし、お前はその分楽しんだだろうが」
「早くお着替えとかしないかなぁ」
「そういう踏み込んだところは中継されないから」
「はぁ!?
あんた馬鹿ぁ!?
監視の目が甘くなるでしょうが!
「監視は大変って言ってなかったっけ?」
「ああっ……私は今日、これだけを楽しみにしていたというのに!!」
「隠さなすぎてもう怖いよお前」
と、すれ違う人に好奇の目で見られていると気付く。
電話をする姿勢でもなく、歩きながら独り言を言う人間には当然だ。
奇異の目に晒されないように。
具体的には警備員に捕まらないように、哲人は今日をスーツで挑んでいる。
文化祭にそぐわない堅苦しい衣服なのは重々承知の上で、警備担当者の手を煩わせない為にだ。
これなら不審者扱いはされないだろう。
それら努力を余弦相手に無駄にしたくはない。
「そろそろ通信を切るぞ。
呼ばれたらすぐに出るから必要な時に連絡してくれ」
「はぁ……通信終了」
気落ちした声。
本気で盗撮するつもりだったとは思いたくないが。
「お話は終わりましたか」
「……はい」
まさか話し掛けられるとは思わなかった。
哲人は隣を見ると、碧の使用人、深見陸奥が並んで歩いていた。
「その様子では気付いておられたようですね。
流石です、昨日の御仁は浮かれていたのか、まるで反応されませんでしたが」
碧の話では、陸奥の隠形術は念波動知覚さえ欺くという。
なまじ強力な念波動知覚に頼る人間ほど、手玉に取られてしまうのだろう。
「深見さんなら彼女の悪評も聞き及んでいるでしょう。
碧を守らなければならない一人が信頼の置けない人物で申し訳ない」
御仁と他人行儀に語ったが、哲人の言葉通り、陸奥は余弦を知っている。
碧に調査方針を伺った時の軽い事前調査から、これまで判明している奇行にその背景まで。
確かに油断のならない人物だが、今の陸奥には余弦は眼中にない。
「これからは陸奥とお呼び下さい。
深見武蔵――母とお知り合いになられましたので」
「あ、はい」
武蔵の名前を聞いて、哲人は一昨日の碧を思い出す。
あの後、過呼吸の症状が出て、大事を取ってそのまま帰って貰った。
奏には何をしたとか近寄るなとか色々叩かれたが。
碧を連れて行ったのは陸奥で、その際にも哲人とは特に会話はなかった。
後日、つまり今、主人を害した人間として彼女からも反発か、苦言の類を呈されると覚悟していたものの。
「先日は、お嬢様の我儘を聞いて頂きありがとうございました。
門下にない人間に業を見せる――
たとえそれが一端であろうとも、急に不躾なお願いを致しました。
お嬢様も反省しておりますので、どうかお許しを頂きたく思います」
「いやいや、そんな畏まらずとも!
そこは教え子ですから。
成長の糧になるのなら、自分の拙い技術を教えるのも吝かではありませんよ」
「ご謙遜を。
母が負けを認めた人は、わたしの知る限りでは貴方が初めてです」
大きな認識の齟齬を感じる。
哲人は思わずにはいられない。
深見武蔵、駐車場でのやり取りの後、一体どんな話をしたのやら。
碧の様子がおかしかったのも、彼女が好き勝手に言い含めたのではあるまいか。
こちとら命からがらやり過ごせたというだけの、余り口にしたくない話だというのに。
というか、なんだ。
……距離、近くないか?
「あの、肩が当たるかもなんで、少し離れてはもら」
「心配は無用です、幅寄せは得意ですので」
この場合、幅寄せという言い表しは正しいのだろうか。
そんな逃避をするくらいに、陸奥の言葉には有無を言わせない迫力があった。
こうまで詰めてくる理由が、哲人には理解できない。
無言で狼狽するしかない男に、陸奥は歩みを止めないままに下を向くと。
「……これは、極個人的な希望でした」
呟いて、間を置いて、唐突に足を止めた。
話の途中である、流石に置いていくのは躊躇われた。
哲人が陸奥の方を見ると。
俯いていた彼女は、何らかの決意を込めて哲人を睨んで。
「わたしにも旦那様ができるとしたら、わたしよりも強い人が、嬉しいと」
それだけ言うと、逃げるように姿を消した。
深見陸奥、これまで中々掴ませない女性であったが。
最後に見せた顔は、耳まで赤くて。
恋する乙女と見紛いそうな――口にした内容に、目を瞑れば。
残されて一人、立ち尽くす。
犬を連れた中年女性が、にやにやしながら通り過ぎる中。
「……旦那様って、どっちの意味だろうね」
盗み聞きしていた余弦の声に。
答えが分かる筈もない哲人は、頭を抱えた。
どっちの意味でも問題だらけだが。
こんな道すがらで聞くには、破壊力を秘めた爆弾発言だ。
とりあえず、なんとなくでも見えてきたことを言う。
「須崎さんちの女性陣は、もれなく戦闘民族なんかな……」
これはもう、奏なんて目じゃないレベルである。
哲人は二十代の終わりを迎えようとしているが。
恋愛というものに理想を捨てきれていない側面は有しているし。
強くなくなった途端に失われそうな関心を、好意と捉えるのには抵抗があった。
バスを貫く殺意の一撃から始まった何かでは。
噛めば甘いどころか、鉄の味がしそうでたまらない。
始まる前から血腥いというものだろう。
――――兵士なんて暇なのが一番。
自分で吐いたその語りを、教官になる前の哲人ならどう考えただろう。
平和を憎んだことはない、そんな逆恨みをするほど堕ちてはいなくても。
有事の訪れない時代に道を見失っていた、かつての哲人なら。
それは決して、口にできない言葉だった。
精太たちと会う前の、己の過去を、所業を見つめるばかりだった頃から。
子どもたちとの触れ合いの中で、見失ってしまったものがある。
哲人の自覚は薄れていた。
故に今日、改めて思い知ることになる。
自らと荒事とは、最早切っても切り離せない関係にあるのだと。
それはもうすぐそこまで。
因縁の一つを精算する時間が、男に近付いていた。




