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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第五十一話 円備無刀流




「余弦ちゃん無事、富士大宮基地に帰還いたしました!」

「……ちっ」

「はーい、もう舌打ちくらいじゃ傷つきませーん」


 犯罪者予備軍が戻ってきた。

 黒墨余弦は元気溌剌(はつらつ)な声を上げると、十中八九良からぬことを企んでいるであろう視線で精太たちを舐め回す。


「居ないの気になって沢ちゃんに聞いたけど、偉い人に目をつけられて尋問されてたんだって?

 まぁあの素行じゃ当然ていうか遅いくらいだけどさ」

「心配してくれてたんだ、嬉しいなぁ!」

「物陰に潜んでると思ったら怖いじゃん」

「ガッツ発動!

 鋼の心で耐え凌いだわ!」


 奏の言葉に両腕を広げて歓喜を示したと思ったら、精太のきつい一言に自分の身体を抱くようにして縮こまる。

 仰々しくも芝居がかった態度だが、終始機嫌の良さが隠せていない。

 惜しい、もう一週間ほど勾留されてくれたなら。

 そう思う哲人を察してか勝ち誇るように、今度は胸を張って言う。


「明日だもんね、文化祭!

 私は初日に行くから歓迎してね!」


 漏れた溜息は誰のものか。

 残念なことに、一人浮かれる余弦には届かない。


「話が通じないやつは放っておこうか。

 しかしお前らの希望でここに集まったが、文化祭の準備とか忙しくないのか?」

「今日の内に終わったぞ。

 オレのクラスは喫茶店やるけど、出来合いの物しか出さないし。

 でも兄ちゃんは早めの昼食とか取らずに腹減らして来いよ!」

「あいよ」


 中学生に泊まり込みまではやらせないと思うが、学校の文化祭は準備からして忙しいという認識も古いものなのだろうか。

 などと思う哲人は、実際に文化祭といったイベントを経験していない。

 全て漫画等を通して得た勝手なイメージだ。

 哲人は二日目に顔を見せると約束している。

 つまり今回、彼は生まれて初めて文化祭というものを体験する。

 それが少し楽しみな気持ちを、彼は否定しきれなかった。


「そこまで念を押すんだから、精々サービスしてくれよな」

「精太くんっ、私も私もっ」

「水飲み場なら誰でも飲み放題だぞ」

「せめてお店に入れて下さい……」


 不審者を門前払いは当然の措置なのだが。

 今日のメインは余弦弄りではない。

 最近様子のおかしい須崎碧のご機嫌取りである。


「んじゃ碧、そろそろいいか」

「はい」

「そう緊張するな。

 あくまで分かり易く説明する為のアシスタント役ってだけだ」


 衛守哲人の修める戦闘技術を知りたい。

 そんな碧の希望を、哲人は二つ返事で承諾した。

 遠からず、彼らにも触れて貰おうと思っていたものだ。

 チームハガネ号の前に出た二人は、動き易い服装で相対する。


「まず今回は、具体的な技を修得して貰うのが目的じゃない。

 とりあえず見て貰いつつ、俺なりに簡単な説明を加える。

 あくまでこういうやり方もある、ぐらいに思って欲しい」

「見稽古ってやつだな!」

「いいや、俺の動きは重要じゃない。

 だけど術理を理解できれば、割とすぐに応用できるだろう。

 ――――碧、黒墨某は耳にどんなピアスをつけている?」

「え……パールのイヤカフと――」


 聞かれて余弦を注視する碧。

 その肩を哲人はとんとんと、指で二回叩いた。

 感触を受けて振り向くと、碧の頬に置かれた指が刺さり沈み込む。


「俺の剣は、つまりこれだ」


 見ていた一同は、その言葉にどう反応したらいいのか分からない。

 ただこれを受けた碧だけが、なにか思うところのある顔をする。


円備無刀流(えんびむとうりゅう)ってのが俺の剣術の名前なんだが、

 興りからこっち、名前も碌に定めず近世の世を流離って、明治後半に漸く腰を落ち着けた流派でな。

 その歴史には撃剣興行ってのが深く関わっている」

「げっけんこうぎょう?」

「早い話が剣士の試合を見世物にした催しで、明治の一時期に流行ったんだよ。

 剣術の衰退を憂いた苦肉の策とか、これ自体にも賛否両論あるんだが、うちは逆に千載一遇の機と見て乗っかった。

 西洋文化から輸入されたサーカスを横浜で見て感銘を受けていてな、この形態を積極的に取り入れて全国を回りながら、職にあぶれた当時の剣術家や力士を呑み込んで、最終的に一本の武術体系に纏めたのさ」

「力士って、相撲をしている人も?」

「その辺に触れると話が膨らむからまた今度な。

 まぁそんな具合で成り立っているもんで、理合は全国各地の剣術の融合体(キメラ)だし、(サーカス)から名前を戴いている通り、手品のように裏をかく、或いは意表を突く点に着目した兵法がある。

 それが『兵法空隙基礎之事ひょうほうくうげききそのこと』――――

 つまり今碧に刺さってる、この指を置く為の理合だ」


 ここまで聞いても、やはり精太たちの反応は鈍い。

 しかし今、これを訴えるべきはたった一人、碧にだ。

 彼女は円備無刀流の歴史、撃剣興行との関わりを知っている。

 だが、味わったことはないだろう。

 この際、武蔵の認識はどうでもいい。

 理解して貰わなければならない、哲人の剣というものを。

 それを目的に、哲人は動かないでいる彼女に呟く。


「さて。

 これが刃物だったらどうなっていたかな」


 市販の刃物では生躰変を生じている碧の肉体を貫くなど不可能であるが。

 哲人が振るう刃物の意味を、彼女が知らない筈もなく。

 ゆっくりと――その指から離れて、碧は哲人を見た。


「……もし、私が敵だとしたら、どうしていましたか?」

「勿論、本命はこの指にしないよ。

 頬が異物の感触に反応する――――

 それに合わせて、もう片方の腕で首を撫でてるさ」


 少女の視線が、空中に浮いた哲人の指先から、もう一つの腕の方に向く。

 そこに碧は確かに見た。

 刀を。

 自分の首に添えられていたであろう、彼の剣を。


「……これが」


 そこまで識れば、自分の首に触れざるをえない。

 しっかりと繋がっていることを、確かめずにはいられない。

 興奮に血流が狂い、途端に視界がぐるぐると回って――

 精太にも雄二にも、奏にも分からない。

 哲人はただ、指を当てるくらいしかしていないというのに。

 どうして受けた碧は、汗だくで呼吸を乱しているのだろうか。


「これがっ……深見先生の見た世界……!」


 独り言とともに、両膝を折って地面につけた。

 深見武蔵の愛弟子、須崎碧の武術の冴えは、誇張無く達人の域にある。

 戦場で正面からやりあえば、哲人とてただでは済まない。

 だが、不意を撃つ技巧。

 並びに殺し技を扱う伎倆において、哲人はさらりと碧に死を見せた。

 これが武蔵の言葉の意味か。

 碧が知る優しい衛守さんは、人を殺せる人化けの化生(けしょう)なのだ。


 人を罠に嵌めて、落とし穴に落として。

 訳も分からず上を見上げた人間へ、感慨も無く冷徹に止めを与える。

 黒い穴の中に、刃を突き立てられる男。

 それが分かってしまったら、少女はもうこれ以上、相手を務められなかった。











 澄み渡る秋の夜空。

 中折れ帽を被った初老の男が、星を見上げて口を緩ませる。

 僅かに紅潮した顔は、彼にしては珍しく酒を口にしたからだろう。

 一足早い祝い酒――津三原(つみはら)は、計画の成就を祈る段階でありながら、これを抑えることが出来なかった。


「共生派の未来が、もうじき開かれる……」


 思えばこれまで、長く苦汁を舐めさせられる日々が続いた。

 始まりから徹底抗戦を唱える劣悪な愚民を前に、よく戦い抜けたものだ。

 知性を置き去りに棍棒を振り回す古い人類が、己の過ちを省みる日は近い。

 そう思えば、自然と酒も進むというものである。


「ヤマト級を超える兵器の誇示。

 これを以って我々は発言力を取り戻し、和平を阻む猿の群れを抑えつける。

 共生派の理念は間違いではない。

 戦争を忌避し、会話の中でお互いの活路を見出す。

 人類の正しい在り方というものを、やっとこの世界に布教できるのだ」


 足元を見る。

 丁度真下にある共生派の新兵器『ジェロウム(エイト)

 彼には暫く人類の盾になって貰わなければならないが。

 敵性存在という忌まわしい名は改めるべきであると世論が気付いたなら、

 彼は和平の象徴として、末永く人々の間に語り継がれる存在になるだろう。


「そう、その為の第一歩なのだ。

 彼に心臓を与える。

 説得する材料も、問題なく揃う。

 二人の『硝子の星屑』の目を掻い潜り、必ず手に入れるぞ――――」


 かつての隆盛は遠く、風前の灯にある共生派の未来を背負う気概に燃えながら。


「青海岳人を継ぐ者、青海雄二」


 津三原は酔いからの独り言を締めて。

 複数の思惑が絡まった、チームハガネ号の文化祭が始まる。




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