第五十話 懲罰部隊『四如の旗』
「……うわ、あいつら知らない人に絡んでるよ」
「精太くんは物怖じしないね」
友人たちの様子を離れた所から見守る少女たち。
とはいえ無理に止める理由もない。
ここから会話に入るのも躊躇われたので、精太が変なことをしないか気が気でないでいる奏を横に、碧は視線を他所に移す。
と。
「……あれ?」
店の入口の方から、三人に近付く人影。
それは肌と骨しか残っていないのではと不安になる痩身、衣服に隠れていない肌からは深い皺が垣間見える、ミイラと見紛う男だった。
なのにその足取りはしっかりと、若人の姿勢で少年たちの前に立つ。
それから一言二言何かを話した様子の後、知らない少年はその老人に連れられて店を去った。
見るからに年老いた身体に見合わぬ体捌き。
その違和感に、共に彼を目撃した奏が呟いた。
「失礼だけど、ミイラみたいなお爺ちゃん、だったよね」
「あの人、知ってる」
しかし碧は、老人に見覚えがあった。
「普賢達大師……カレルレン聖堂団の重鎮だよ」
その名は、新興宗教の中でも無視できない影響力を持つ二大宗教の一つである。
カレルレン聖堂団とスラン宣教会、どちらも戦時中の疲弊した日本の中で信心により人々を纏め上げ、規模を拡大した歴史がある。
カレルレン聖堂団の教理は、御巫座と呼ばれる神の声を聞けるという触れ込みの念奏者の下で、齎されるお告げに従い苦難を乗り越える、というものだ。
その中でも達大師とは厳しい修行の果てに御巫座のお側仕えを許された人物。
三人しかいないカレルレン聖堂団の運営に携わる一人だ。
「宗教の偉い人?
まぁ見た目そくしんぶ……普段から節制に励んでそうだったもんね」
そこまで言ったら、もう言い切った方がマシな過激発言だが。
碧は疑問を抱いた。
そんな立場の人を、総本山から程遠い街の玩具屋で見掛けるとは思わなかった。
彼が付いていた少年は、ならカレルレン聖堂団の関係者なのだろうか。
少なくとも御巫座ではない。
御巫座に就いている人物は有名で、或る『奇跡』を体現したと言われる二十代後半の女性なのだから。
「さっきの子は孫だったのかな。
精太のやつも変な縁ばっかり結ぶんだから」
「……かもね」
奏の言葉通り家族の間柄なのが妥当か。
つい考え込みそうになったが、妄想を逞しくしたところで得られるものもない。
少年は既に去り、残ったのはいつものメンバーだ。
彼らの事情がどうであろうと、お互い偶然すれ違った程度の関係。
今後自分たちと強く関わることはないだろう。
「私たちも合流しよっか」
なら話はこれで終わりだと。
碧はそこで考えを打ち切った。
そうだ、こんなものは逃避に過ぎない。
自分が真に悩まなければならないのは、次に衛守哲人を前にした時、どういう態度で接するべきかである。
いっそ手合わせでもすれば、自分の中で折り合いがつくのだろうか。
「兄さん、天羽さんと会ってきたって本当か!?」
「ああ、五年もだんまりを決め込んで、いざ会ってみれば息災だったぜ」
「祭りの日に見たって言ってたの、やっぱ幽霊じゃなかったんだな!
五年振りだったか、何の話をしてきたんだ!?」
格納庫を訪れるなり、哲人は早速小中宗玄に捕まった。
知人の生存確認を得られて興奮気味に、昨日のことを根掘り葉掘り聞く勢いだ。
「ちょっとした忠告を貰ってきたよ。
お前にも会っていけって言ったんだけどな、忙しいからまた今度だと」
「ふぅん、昔が懐かしくなってくるぜ。
最後に会ってから俺も背が伸びたし、見て気付いてくれるかなぁ」
宗玄は『星辰の尾』時代からの知り合いで、哲人と甲斐を含めた三人と仲が良く、連絡の取れない治郎を哲人と同様に心配していた。
それは甲斐も同じ気持ちだった筈だが……。
「会っていないと言えば甲斐さんともだ。
教化対象じゃないんだから、たまには月から戻ってくればいいのにさ」
『甲斐のやつ、軍を裏切った』
治郎の最後の言葉を思い出すのと、宗玄の言葉は同時だった。
「それともあっちで偉い人殴っちまって、結局捕まってんのかな」
「ありえるな。
っていうかこっちに言っていないだけで、絶対一回以上はあるだろそれ。
最近まで懲罰部隊率いていたみたいだしな」
「マジかよ、初耳だ!
甲斐さんあれで、そういう話ちっともしてくれないんだよな」
「友達甲斐の無いやつだよ、本当に」
喋りながらも歩みを止めず、その足は整備主任、杉本始の元へ。。
ナイツライズの前で仁王立ちして待ち構えていた男に、哲人はメモリーカードを投げて渡す。
「事前連絡の通りだ。
杉さん、後はナイツライズの中で進めたいんだが」
「さっさと乗れ。
まったく、一気にきな臭くなりやがった」
文句を言いながら背を向ける。
状況が分からず周囲を見回す宗玄を置いて、哲人はナイツライズのコクピットに入ると、腕の通信デバイスと情報を同期させる。
疑似フェイスプットが開いた。
田村一徹である。
「確認した、本物だ」
「実物は明日にでも届くと言っていたが、いつから使えるようになる?」
「たった今からこの武装の全権はお前のものだよ。
明日を楽しみにしておけ。
もっともこれは武器ではないが、そんなのはお前の方がよく知っているだろう」
「まぁな。
早速権利行使だ、シミュレーション上で使用感を試す。
仮想敵のデータも入力してくれたか?」
「ああ、すぐにでも反映される」
話が早い。
哲人は事前に文面上の情報を、通信デバイスを用いて改めて確認する。
そこには、甲斐の率いる部隊のデータが記載されていた。
「全員で六人。
甲斐の機体は武器も含めて決戦前に聞いたまま。
他五人の内、拡張専用武装持ちは三人。
残りの二人はハウンド使いと観測手の兄弟と来たもんだ。
連携取られたら逆立ちしても勝ち目ねぇな。
え、てか支援者なんかに知らん武器貰ってたら目も当てられないんだが?」
大きな溜息がコクピットの中に響く。
「あの野郎、拡張専用武装譲られたぐらいじゃ割に合わねぇよ」
「――掃討完了! 俺様強えええ!」
月の裏側。
地球からの観測を逃れた領域で、若い男が吼えていた。
真空の空間を語るまでもなく、それはウォーキャリアの中での事だったが、フェイスプットに映る彼の仲間たちには否が応でも届く声。
余りのうるささに皆が顔を顰めるが、声の主は気にもしない。
「キルスコアもお前ら全員合わせたって届かないじゃねぇか!
そんなんでこれからも先輩ヅラしていくつもりなんですかねぇ!」
「……実際先輩だからな、これからも」
「カネジ、少し声量抑えて……」
「なんだとショッド!」
スキンヘッドの大男が応じて、少し小柄な美少年ショッドが耳を抑える。
カネジと呼ばれた青年はその反応の薄さが面白くないようで、何も言わない他の三人に矛先を変えた。
「おいソリスト、観測手のくせに怠けてるんじゃねぇのか。
それとも兄弟揃って寝惚けてんのか。
レオル姉さん、一言ビシッと言ってやって下さいよ」
「調子に乗り過ぎよ、カネジ」
「俺ぇ!?
一番働いたの俺様じゃないっすか!」
「今更傀機獣なんて幾ら倒しても自慢にならないだろ、イキリ野郎」
カネジを諌めるのは、金髪の美しい女性レオルと、小柄な美少年の弟である口の悪い少年ソリスト。
共に呆れ顔を浮かべて、血気盛んなカネジを躱す。
「そもそもここだって一時的な拠点確保だよ。
俺たちは脱走兵なんだ。
逃げ回る限りこれから先も同じことの繰り返し、一々競争してられるもんか。
ショッドにぃ、敵の反応はもうないって先生に伝えて」
「さ、さっきから僕のハウンドで小突いているんだけど……。
ていうか、カネジの大声で流石に起きると思ってた」
「昨晩は徹夜していたようですからね」
「……んぁ」
カネジたちの視線が集まる中で、最後の一人が目を覚ます。
そのリーゼントの男は、フェイスプット越し皆を見ると、涎を吹いた。
「バッハラン、もう朝食の時間か?」
「……ここに来る前に食べましたよ、最後の飯を」
スキンヘッドの大男バッハランが表情を変えず答える。
リーゼントの男は四方をおっ、おっと見回して、遅まきながら状況を理解した。
「諸君、ご苦労。
オレたちは当面の間ここを仮住まいにする。
まずは放棄された保存食探しからだ」
「仕事サボって寝て良い御身分だな、コイツ」
「カネジ、口の聞き方がなっていませんよ」
「へいへい」
レオルの注意を受け流して、カネジもまた周りを見る。
かつての対敵性存在の前線基地の一つ。
敵側との陣取り合戦に負けて、先程まで傀機獣の住処になっていた場所だ。
軍から逃げる立場の彼らにとっては、敵性存在の領地は身を隠すに当たって決して悪い条件ではない。
「おっさんもよくこんな都合の良い場所を知ってたもんだ。
年の功ってやつか?」
「そうだよ、オレは物知りなのさ」
薄く笑いながら、リーゼントの男は自身のウォーキャリアで基地の奥に進む。
その隣に浮くのは、ハウンドと呼ばれる無線誘導飛翔兵器。
まるで犬のように、そのウォーキャリアの行く先に従う。
そうして辿り着いた先には、既に五機のウォーキャリアが並び待っていた。
「さて、探索を始める前に、だ」
「景気づけに良い台詞を頼むぜ、おっさん」
「寝起きでんなもん思いつかねーよバーカ」
バッハラン。
レオル。
ショッド。
ソリスト。
カネジ。
いずれもウォーキャリアのパイロット、教え子である五人に向けて。
リーゼントの男は短い所信表明を述べる。
「『四如の旗』に集ったバカ共、オレたちは一蓮托生だ。
これから先に何があっても、オレを信じてついてこい」
「……はいっ、甲斐先生!」
懲罰部隊『四如の旗』に発せられた号令。
レオルの感極まる返事に、並んだ四人はニヤニヤと笑っていた。




