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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第四十九話 文化祭前




「あー駄目だ、どりみんったら、ほんとーに駄目な子だ」

「…………」

「勝負事には前のめりというか、負けず嫌いなの直さないと人生に悪影響だよ」


 チームハガネ号の四人は今、街の玩具屋に来ていた。

 目的がある雄二に、三人が暇潰しがてらに付いてきた形である。

 彼らの教官は用事があってこの場に居ない。

 そこで黄桜奏は、ここぞとばかりに須崎碧を批評した。


「武蔵さん、だっけ。

 あのメイドさんがどれだけ強いのか分からないけどさ。

 突っ掛かる理由としては意味不明だよ。

 教官の顔見てた?

 ずっと鳩が豆鉄砲を食ったようだったんだけど」

「うむむ」

「なんなの、俺より強いやつに会いに行く精神なの、最強に憧れる格闘家なの?

 いきなり対抗意識燃やしちゃって。

 教官の中でどりみんの位置付け、○麗からサ○ットになっちゃったよアレ」

「待って、話を聞いて」


 捲し立てる奏の目の前を、手の平で遮り制止して。

 碧は暫し、脳内でで説明文を組み立てる。


「……あのね、まず深見先生は凄い人なの」

「うん」

「もし私がね、人類で一番強いと思う人を挙げなさいと言われたら、迷わず推すくらいには」

「う、うん」


 そんなばあや――深見武蔵は、基本的には碧に甘い。

 実の娘である陸奥には厳しく律する一面も、碧に対しては棘も幾らか丸くなる。

 勿論それは、叱る必要もないと思う程度に、碧の向上心を認めているからだが。

 しかし、である。


「私も深見さんもまるで歯が立たないし、私生活でも一切隙を見せない。

 常在戦場を体現したような人で、一人の武術家としては、弟子の私も深見さんも、あの人に一度も褒められたことがないんだよ」


 波動総合研究所から帰った夜の事を思い出す。

 武蔵は珍しく興奮した様子で、別れ際に力量を見極めるべく手を出したこと、そして垣間見えた衛守哲人の奇態を長々と語ったのだ。


 当たれば死ぬ一撃を避けたことは、特段取り上げる必要のない些事である。

 そんなのは念波動知覚と反射神経の結果で、今となってはどうでもいい。

 あの男は確かに、死を間近にして怯えていたのに。

 人を殺せる凶器を頬の横に置きながら、これを振るった女に目で常識を問う。

 恐怖と理性を、息を吸うような自然さで同居させていた。

 状況に置いていかれて呆けるでもなく、狂いもせずに何故かと思考する。

 異常事態の只中で、そんな平時の精神を全うする方が異常だろうに。

 彼は荒事に慣れている。

 死を含んだ大荒事に慣れ切っている。

 もう戻れないほどに、慣れ過ぎている。

 戦争から五年、これまで多くの戦場帰りを見てきたが。

 傷痍軍人も精神障害者も、体の傷も心の傷も山の如く溢れていたが。

 戦争を知らない一般人のように笑い、おひいさまを労り、死に怯える。

 あんなに人真似を上手くやる兵法家は初めてだ。


 曰く、自分が碧の関係者でなければ、あの駆け引きで自分は殺されていた。

 此方の行動の如何を問う氷の思考を、迎撃に使われていたとしたら。

 もし敵対者だったなら――蹴りに返す刃で、首は落ちていただろう、と。


「褒められたんだよ。

 衛守さんはばあやに、自分より上だって、はっきりと」


 碧も興奮しているのだろうか、武蔵の呼び方が安定しないままに語る。

 その顔は、矜持を傷つけられた屈辱に滲んでいた。

 そして説明を聞かされた奏はといえば――――眉間を抑えていた。


「……あいつ、死ぬかと思って気が気じゃなかったって振り返っていたけど」

「でも褒められたんだよ」

「バスに穴が空く念波動の蹴りだぞ、殺される所だったって訴えていたけど」

「私は褒められたことないのに」

「ああもう、武蔵さんに褒められるのが一種のステータスなのは分かったから!

 一番弟子の座を争う勢いであいつに食って掛かっても困らせるだけだって!」

「深見先生の一番弟子なら何時も深見さんと争ってるよ、ですよね」

「その通りですお嬢様」

「陸奥さん隣に居たんだね、ややこしくなるから出てくんな!」


 一瞬だけ姿を現して消えた陸奥を見送り。

 奏は頭を抱えて、ちらりと玩具屋の奥を見た。


「……そんな調子だから、文化祭であっちに持っていかれるんじゃん」

「ううっ」

「好きなのか殴りたいのか、こんなタイミングで迷わないでよほんと……」


 奏が視線を送る先には、商品を見る雄二と付き纏う精太がいた。

 模型コーナーは精太には馴染みが薄く、その興味はもっぱら雄二の目的にある。


「なーなー、それプラモじゃないよな。

 ピクニックシート?

 にしてはサイズ小さよな、なー」

「ジオラマシートだよ。

 教官にいきなりジオラマ作りは難しいからな。

 まずはこれで背景の価値を理解して貰うんだ」

「じおらましーと?

 それで背景ってつまりどういうことだってばよぉ」


 雄二が玩具屋の一角、塗装済みのプラモデルを飾るショーケースを指差す。


「ああやってプラモデルを飾るのに、足元やバックにも絵を置くんだ。

 戦場や市街地にプラモを立たせることで、より臨場感を高めることができる」

「臨場感、んー……。

 森の絵を背景にハガネマル置けば、オレたちのよく見る戦場に近くなるってか」

「……そういうことだ」

「文化祭でお前が飾るのも、そのジオラマシートってやつ使うの?」

「いいや、展示品は既に完成している。

 これは教官とプラモデルを作る時に使う為のやつだよ」


 ふうんと呟いて、雄二の見るものを共有する。

 雄二はこれに引っ掛かりを覚えた。

 精太は興味の有無がはっきりしており、自分の欲望に忠実だ。

 こういう店に来たなら、他人を気にすることなく自分の行きたい場所に行く。

 だというのに今日は、やけに絡んでくるではないか。

 模型に興味を持った、にしてはこちらを気にし過ぎている。

 これは……。


「お前、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


 そう尋ねると、精太の反応は露骨だった。

 えーとと言い辛そうにしながらも、逡巡の後、意を決して口を開く。


「……文化祭の二日目、兄ちゃんが学校に来るだろ」

「ああ」

「午前中は、オレにくれない?」


 両手を合わせて頼み込む仕草。

 精太のクラスの出し物は知らないが、役割に当てる時間の都合というものか。

 そちらの仕事で教官と出回れない状況を避ける為の申し出だろうか。

 雄二は敢えて深くは聞かなかった。

 こちらの目的は美術部の出し物を見て貰うことだ。

 クラスの出し物にも関わっていないので仕事がなく自由も利く。

 この場合、融通を利かせるべきは自分の方だろう。


「別にいいよ、僕は後回しでも。

 だけど教官には事前に連絡しておけよ、向こうの都合も変わるかもしれないし」

「へへ、やりぃ!」


 蓋を開ければ大した話ではなかった。

 雄二は再びジオラマシートに目を向ける。

 その横で気を良くした精太が、近くに居た別の客に勢いで話し掛けていた。


「なぁなぁ、さっきから何を見てるんだ?」


 あの行動力は何なのだろうか。

 無駄に積極的だが、静かに物色したい客にとっては迷惑だろうに。

 相手の反応によっては引き剥がして離れなくては。

 やれやれとそちらを見ると、精太が絡んでいたのは自分たちと同い年くらいに見える少年だった。


「プラモデル探してんの?

 オレの友達詳しいから聞いてやろうか?」


 勝手に巻き込まれたが、まぁいい。

 そろそろうざ絡みする精太を止めようと思った所で、少年が口を開いた。


「全然ラインナップ違うなぁって感心してたんだ。

 そりゃ何年も来れなかったけれど、知ってるやつが一つもない……」


 声は見た目以上に幼かった。

 精太は玩具屋に長く来ていないという話に同情して、少年とより距離を詰める。


「雄二も来いよ!

 コイツ詳しいから何でも聞けよ、説明好きなオタクってやつだから!」

「そうなのか。

 親切な少年たちだな、お金があれば何か奢ってあげたいところだが」


 何だその紹介は。

 そう思いながらも、応じる少年の言葉も何かおかしい。

 既に肩まで組んでいた精太もこれには戸惑い顔だ。


「……ああ、この背格好だもんな。

 悪い、色々あって身体の成長止まってて、見た目年齢詐欺ってやつだ。

 俺はす――とと、大吾(だいご)っていうんだ、これでも十八歳なんだよ。

 ……あれ、もっと上なんだっけ?

 まぁいいや、知らないし」


 続く言葉も不明瞭だが、からかわれているとは感じなかった。

 どう返したものかと雄二が考えていると、精太が真剣な顔で呟く。


「すととだいご……変な名だな」

「そんな訳無いだろ。

 失礼しました、僕は青海雄二、こっちは赤城精太といいます。

 名乗るのが遅れてすみません」

「……あおみ?」


 聞き返されてしまう。

 精太のように変なことは言っていない筈だが。

 そう思いつつも沈黙に少し緊張する雄二の顔を、大吾と名乗った少年、いや青年は暫くの間見つめ続けた。

 そうする事情を読みきれないままに。

 雄二はまだ、自らを取り巻く因縁に気付かないでいるのだった。




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