第四十七話 預言者と使徒
「予想以上に早く終わってしまったね」
「今回はとても機嫌が良かったんですが、残念です」
龍穴から地上に帰るエレベーターの中で。
四人は面会が中断されてしまったことを残念がる。
『龍』から得られる情報には価値がある。
その貴重な機会が、話も半ばで潰されてしまったのだから。
乱入者はゼヘラを散々に痛めつけた後、黒墨余弦を攫って帰ってしまった。
「それに大丈夫でしょうか、黒墨さんは。
『精神汚染の疑いがある』と言われて、強引に連れて行かれてしまいましたが」
「彼女の言う通り、姉が実際に何かを仕掛けていたとしても、そうでなかったとしても、良い薬ですよ。
何でも好き勝手に踏み込めば、相応の痛い目に遭うのも道理というものです」
「しかし二代目は富士大宮基地の職員だろう。
あの様子ではいつ解放されるのやら。
お宅の上司にはどう説明するつもりなんだ?」
天羽治郎の問いに朱花は笑った。
彼女にしては珍しい、何かを蔑むような目をして。
「子供の尻を追い掛けて出奔したとでも言いますよ」
「……説明になってないと思うが」
「大丈夫です。
日頃の行いが祟っていますから、ああそう、くらいで済みますよ」
「本当にそれで通じるなら、娘の職場環境が心配になるんですが」
朱花は余弦に辛辣な姿勢を見せているが、実際に一発で分限免職になりそうな話は流石にしないだろう。
今日初めて会った政宗も、行動の端々から余弦は癖のある人物だと認識したが。
普段から問題を重ねている人間でも、冤罪で首を切られるのは些か酷だ。
……それともそんな扱いが相当なのだろうか。
そんな人間が働く所に娘を任せるのは、子どもの監護放棄に当たるのでは。
「不安にさせてすみません、半分は冗談です」
「申し訳なく思うなら、関係者の父親に不安を残す言い方をするかね」
「それに黒墨さん、すぐ戻ってくると思いますし」
政宗は、朱花のその言葉に理由を求める視線を送る。
すると彼女は足元、姉の居る地下の方を向いて呟いた。
「弥刀お姉ちゃんは、あれでもしっかり者なんですよ。
本当に何かをやらかしたのなら、暴かれるような手抜かりはしないでしょう」
「でしたら尚更、解明に彼女も躍起になるのでは」
「彼女の『龍』への理解は、姉妹の繋がりがある私以上です。
調査自体が無駄な時間だと分かっているなら、さっさと手放しますよ」
「だとしたら、どうしてあの場で無理に連行したんでしょう?」
「仕掛けた姉に舐められたくないのか、嫌がらせかと。
常にお前の邪魔をしてやる、という圧力にはなりますからね」
「発想が幼稚な不良というか、年相応というべきなのか……」
治郎は連れて行かれる余弦を思い出す。
巨大な手に掴まれて、べそをかきながらこちらに助けを求める姿を。
「タスケテー」「ワタシガナニヲー」「ベンゴシヲヨベー」等々と。
あの様は、本当に何も分かっていない様子だったが……。
あれで何もなかったとしたら、余弦は貴重な機会を、触りたくもないだろうゴミを分別収集してゼヘラまで運んだだけで終わらせたことになる。
余りに悲惨というものだ、成果も何もあったものではない。
「そうして二代目の身柄は彼女預かり。
事情はどうあれ、全ては彼女の気分が決めるという訳か」
「ですね。
彼女に逆らえる人は、この国にいませんから」
言い切られた言葉に反論はない。
そしてその立場にある権威と責任ゆえに、彼女は多忙だ。
それら仕事を後回しに溜め続けてまで、余弦に構いはすまい。
余弦の帰還は、天上人の秤次第である。
エレベーターが止まった。
龍穴と繋がる関係者用エレベーターはここまで。
ここからは波動総合研究所の地上フロアに繋がる共有エレベーターに乗り継ぐ。
「……須崎会長に、聞きたいことがある」
その途中で治郎が口を開いた。
「貴方は今日、富士大宮基地からの訪問者に『硝子の星屑』が居ることは知っていた筈だが」
「ええ、それがどうかしましたか?」
「『硝子の星屑』が貴方の娘さんの教官であるとは知らなかった。
というのは本当なのか?」
「はい」
え、と朱花も思わず首を傾げる。
「あの、最近まで『硝子の星屑』はメディアでよく取り上げられていましたが。
その中で『ハガネマルの教官である』とも、幾度となく報道されていたかと」
一企業の重役は、案外そういう情報に疎いのだろうか。
寧ろ広いアンテナを張り知見の拡大に余念がない、というイメージがあったが。
政宗は苦笑いを浮かべた。
「そうですね、今思えば、その通りなんですが」
そんな不思議な言い方をする。
頬を掻いて、自らの鈍さを呆れつつも振り返り。
「結びつきませんでした。
まさか碧の教官、『富士大宮基地に現れるナイツライズのパイロット』が、ゼヘラを倒した『硝子の星屑』と同一人物だなんて。
そう、改めて考えてみれば、結びつけて当たり前なのに。
今日の今日までそんな偶然は、流石に出来過ぎだと除外していたんです。
僕は何を聞いていたんでしょうね。
ハガネマルの教官なら、それは碧の教官に決まっているのに、はは」
政宗は、『硝子の星屑』と無関係ではない。
ゼヘラとの戦いの時にはニアミスしているし、長雨太助として意識障害に陥っている間に行われた実験にも参加している。
コミュニケーションこそ取れていない為、一方的ではあるが哲人を知っている。
だから、『硝子の星屑』が重要人物だと認識している筈だ。
なのに。
朱花はその違和感を口にしてしまう。
「……先程からとても強調していますけれど。
『富士大宮基地のナイツライズのパイロット』って、そんなに重要ですか?」
政宗はどうして、ゼヘラを倒した『硝子の星屑』さえ捨て置くほどに、『ナイツライズのパイロット』を重視しているのだろうか、と。
だが。
「――――重要ですよ!」
張り上げた声に驚く二人。
ずっと黙っている従者も目に入れず、政宗は力説した。
「村雨さん――妻がかつて言ったんです。
『富士大宮基地に現れるナイツライズのパイロット』
その絵図を未来に実現させる為に、私の半生はあった、と」
「…………」
「彼女がそこまで語る予言の人物なら、きっと只者ではない。
朱花さん、富士大宮基地の上役は、『硝子の星屑』としての実績を見込んで彼を教官に推薦したのではないですか?」
政宗の指摘は正しかった。
勢いに押されつつも、朱花はこれを肯定する。
「そう、ですね」
「ですが僕には、僕なりの期待があった。
碧と予言の人は、きっと引き合ってくれると。
『硝子の星屑』という人物とは関係ないところで。
最後まで人類の未来を案じていた村雨さんの予言する人ならば、彼女にとっての特異点――娘だって守ってくれる、そう信じて」
妻を殺した自分に代わって。
そう聞こえてきそうな声だった。
狂的とも言える一面に、二人は察する。
竜殺しの『硝子の星屑』という肩書も見えなくなるほどに。
政宗は『ナイツライズのパイロット』に、希望を見出していたのだ。
「……ハガネマルが鎧として、彼が騎士として娘を外敵から守ってくるのなら。
後顧の憂いは無い、僕も親としての責任を果たすまで。
かつて村雨さんを蝕み、今もあの子に巣食う内なる『悪』を排除する。
死に至らしめる病を晴らす――たとえ何を犠牲にしても」
そう言って自分の胸の上に手を、心臓を掴むように握り締める。
「今の僕は、その為だけに生きています」
娘の頭を撫でた手で、その命を潰さんとばかりに。
たった一つの対価を捧げると、死に向かう生贄の形相で。
「平和な世界に、娘が生き長らえる。
その夢が見られるのなら、相手が『龍』でも悪魔でも、全てを捧げる覚悟です」




