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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第四十六話 『龍』との会話 後編




 『龍』と新型超機獣は程遠い。

 今日明日に龍もどきの大群が人類を襲う訳ではない。

 たったそれだけの情報を得る為に、この交渉の場に臨んだ天羽治郎。

 それだけの情報を得られる存在として信を置かれている『龍』――ゼヘラ。

 ここを訪れれば会える、そんな気安い相手ではない。

 貴重なこの機会には価値があるのだ。

 逸る気持ちを隠して、平然を装い余弦は続ける。


「ぜひ私にも、ゼヘラさんと取引させて貰いたいなぁと」


 対するゼヘラは、怪訝な目をして政宗に問う。


『私、この新顔さんとは顔合わせで終わりだと思ってたけど』

「僕も今日の所はそのつもりだったんだけどね」


 真意を問う目が集まる。

 新参者が出しゃばるな、という視線ではない。

 彼らの中では、『龍』の異形を初めて見た人間が、そんな積極的な行動を取れる筈はないと考えていたのだろう。

 確かに圧倒されて言葉を失ったのも事実だが。

 この黒墨余弦には夢がある。


「えー、お話したいことなら一杯ありますよ―。

 その為にゼヘラさんが気に入りそうな物も見繕ってきたんですから」


 ゼヘラが反応する。

 治郎とのやり取りを見ていた人間が、こうまで言うのだ。

 興味と期待の余り、機械音声が混じったような不自然な声色で尋ねる。


『さっきもとびきりのプレゼントって言ってたよね。

 それは貴方の掲げるその小さな袋だと思っていいのかな?』

「はい、どーぞ」


 治郎の贈り物を頂いた触手で、差し出された小袋を掴む。

 同時に、上半身の手元にあった枕が、胸部の中へと沈み込んだ。

 穴ができている――いや、口か。

 その内側には、人間の歯並びではない、鮫を思わせる尖ったぎざぎざの歯が、何重にも列を成している。

 それをポケットのように扱い、貴重品を保管する。

 やはり人の模造品、枕を呑んだこの穴も、『龍』の数ある口の一つなのだろう。


『さてさて、何が出るかなぁ……。

 うん、空気を抜いたポリ袋の中に、木の棒が何本か……串?』


 空いた手で袋の中身を検分するが、それが何なのかいまいち分からず、微妙な顔でしげしげと見つめる。

 しかし鼻に近付けた次の瞬間――まさかこれはと、余弦を見つめた。

 静かに頷いて返す。


「最近、衛守哲人が屋台で食べた物のゴミです」


 哲人たちと初めてあったあの日に、密かに回収していたお祭りの廃棄物だ。

 皆が少し後ずさった。

 その表情は、枕を嗅ぐゼヘラを見た余弦のそれである。


『……か、神よ……!』


 ゴミを渡し、『龍』に神と讃えられた変態に、奇異の視線が突き刺さる。

 本人はどこ吹く風と、ゼヘラの欲望を笑顔で肯定した。


「……精太くんたちの警備を強化しなくちゃ……」


 朱花の呟きも、今は無視。

 確かな手応えを感じている余弦の前で、ゼヘラは串をじっと注視する。

 多々良目弥刀を真似た人の口と、その胸部の僅かな亀裂から、唾液のような謎の液体が溢れ始めた。


「ゼヘラ、そろそろ朱花さんが泣き出すよ……」

『わ、分かってるよ。

 妹の前だもん、自重するって』


 いそいそとポリ袋に戻して、胸部の口に仕舞う。

 そこから涎が溢れ出したが、触手が胸ごとその口を殴って叱りつけていた。


「……それぞれの部位が別の意思を持っているのか」


 治郎も初めて知ったらしいが、何もこんな形で、という気持ちを多分に含んだ声色だった。


『……さてと、それじゃあ余弦さんに対価を払いたいんだけど』


 機嫌の良さそうな顔に、余弦が慌てて一つ注文をつけようとして。


『――――見せてあげる』


 余弦の見える世界が、変わった。

 『龍』を除いた全てが青に閃光に。

 閃光が自分の脇を通り過ぎると、背後で赤い光に転じる。

 彼女には何が起きたのか分からない。

 だがそれもすぐに終わり、気付けば余弦はゼヘラと二人、虹の上に居た。

 二人以外、誰もいない空に居た。


「う、うえっ……!

 なにこれ……!?」


 流石に面食らう。

 周囲は雲、頭上には晴天。

 足を着けている場所は、確かに虹で出来ていた。


『人が虹の上になんて立てる訳がないのに』


 余弦はびくりと震える。

 彼女の心情を読み取った言葉に。

 下部を虹の下に埋めた『龍』は、尚も穏やかに言い聞かせる。


『幻覚に違いないのに、自分の何かが警鐘を鳴らしている』

「貴方は」

『目を逸らしてはいけない、これは現実なのだと』

「ひ……!」


 尻餅をついた。

 尻の下には変わらず虹の外側、赤い光が大きな道を作っている。

 その奥でゼヘラは青い空を見やった。


『ここは虹天龍の腹の中。

 ヘブンリィドラゴンの住処。

 ゼヘラが暖めている宇宙の卵の中身。

 今は私たちしかいない、誰の声も聞こえず、誰にも声の届かない場所』


 空の向こうから、黒茶色の塊が近付いてくる。

 それは大きく、どんどん大きく。

 空の四分の一を埋め尽くした所で止まる。

 惑星だった。


『火星を呼んだんだけどね。

 こんな近くまで来ているのに、引力には何の異常もない。

 なぜならこれらは全て、私が画用紙に描いた絵、想像に過ぎないから』

「絵……」

『これが『龍』の権能だよ。

 世界を一枚の紙に見立てて、画板と筆を用いる力。

 拙い小娘の妄想を、この世に被せてしまえる決定権。

 目に見える光を、光の差さない陰を、形と無を、物理法則ごと上書きする力。

 封印された襤褸の身体で創造した、今は不完全な世界だけど。

 ……貴方が知りたかった一つでしょう?』


 余弦は、彼女の触手に突き刺された額を触る。

 ゼヘラは無言で首肯した。

 あの時、彼女は何処まで余弦の中身を覗いたのだろうか。


『ほら、立ち上がって。

 かつて人類を滅ぼしたからくり、『龍』の奥義を見せているんだから。

 怖気づいている場合じゃないよ、勿体ない』


 ゼヘラに促されて余弦は立ち上がった。

 気を落ち着かせる為に深呼吸をする。

 冷や汗を垂れ流しながら、それを二回繰り返した所で。


「……こんな子供の絵空事みたいな世界を」

『うん』

「本当に、私たちの世界に反映できるの?」

『できるよ』

「凄い!」


 称賛した。

 ゼヘラの言葉を一切疑わずに。

 ただただ『龍』の見せる技に、目を奪われて酔わされる。

 自分の理想を手繰り寄せる可能性に、心を躍らせる。


「これだよ、貴方たちにはこれを求めていたんだよ!

 人の手に負えない存在、『龍』の名に恥じないこの威力。

 分かる、肌で感じる……嘘を言っていない、これが世界を侵す支配者の御業!」

『…………』

「――――ねぇ、どうすれば『龍』になれるの?」


 余弦は一息に踏み込んだ。

 ぎらついた欲望を滾らせた瞳で、ゼヘラに新たな質問を投げ掛ける。


「多々良目弥刀、貴方はどうやって『龍』に選ばれたの?

 強力な念奏者だから目をつけられたの?

 多々良目一子が貴方たち子どもに何かを仕掛けたの?

 姉妹で独占するなんてずるいじゃない――――私にも頂戴よ!」


 『龍』を。

 『龍』の身体を。

 立場も弁えず一心不乱に要求する女に、しかしゼヘラは笑顔のままだ。

 滑稽な様子を笑っているのか、それとも別の感情なのか。


『私からも、聞かせて欲しい』

「え、なにを!?」

『この力で貴方は、何をしたいのかしら』


 は?

 余弦はそんな言葉を顔に浮かべる。

 今更だろうに。

 この頭の中を見た時に分かっているだろうに。

 全てを把握してはいないのか。

 読み取れた情報には限りがあるのか。

 それとも全部知っていて、ただ確認をしているのか。

 嘘を吐かないかどうかの確認を。

 この呆れた願いを臆さず唱えられるのか、試しているのだろうか。


「……外を見ると、ゴミが散乱しているの」


 笑止千万である。


「大人が残したゴミを、大人が片付けないから綺麗にならない」


 これを口にするくらい、余弦には造作も無い。


「私はただ片付けてほしいだけ。

 怠惰な老害にゴミを抱えて、綺麗に燃やして欲しいだけ……!」


 口元を歪ませながら。

 偽らざる目的を語る余弦に、なるほどとゼヘラは頷いた。


「ねぇ、ゼヘラさん。

 貴方、私があの人と戦ったのを、羨ましがっていたよねぇ」

『そうね』

「私たちきっと、仲良くなれると思うんだけど」


 余弦の申し出。

 それは暗に、ゼヘラの願いを見越してのものだ。

 ただ哲人を慕っている訳ではない。

 ゼヘラの抱く執着は、そんな可愛らしい一言で収まるものではない。

 かつて敗北したこの『龍』は。

 自らを負かした男を強いと認めて。

 その血肉を喰らい更に飛翔する願いを、その内側に秘めている――!


「私を『龍』にしてくれるのなら、

 衛守哲人ともう一度戦う機会を、必ず用意してあげるわ!」


 余弦の取引は、ゼヘラにとっても願ってもない事だった。

 とはいえ彼女の希望に沿えるかと言えば、それは難しい話だ。


『ごめんなさい――

 『龍』の席はもう埋まっているの、変更はないわ』

「それは、例えば誰かを蹴落とすとか」

『そういう問題ではない。

 プロメウスの心はダーリン一色で、私たちは別ち難く融け合っている。

 だから、貴方の希望を可能な限り叶えるのなら、方法は一つ。

 新しい椅子を作る。

 『龍』に限りなく近い龍もどきを、別個に誕生させるだけ』


 だからこれは、ゼヘラから余弦への妥協案。


『もし機が来れば、それを創ってあげる』

「創る?

 何処かの超機獣を産んでいる『龍』みたいに、貴方が創ってくれるというの?」

『方法は私に任せる形になるけれど。

 貴方がさっきの約束を守ってくれるのなら』


 私を信じて欲しいと、虹の名を持つ龍は虹の上で語る。

 貴方の求める宝は、必ずこの虹の下に在ると。


『私が、必ず――――』






 ずどん。






 『龍』の世界が揺れた。

 何事かと慌てる余弦に、ゼヘラは火星の方角を見た。

 ずどん。

 二度目の揺れで、火星に罅が入った。


『もう嗅ぎつけてきたのか……あのじゃりン子が!』


 怒気の溢れるゼヘラの叫び。

 余裕のない態度で余弦を見ると、早口に告げる。


『ここで会話した貴方の記憶に鍵を掛ける。

 思い出すのは、再びこの世界に訪れた時。

 それまで貴方は何も知らず、質問の一つもできなかった哀れな来訪者になるわ』

「え、ええっ!?」

『話の続きはまたの機会に、って事よ』


 ずどん。

 三度目の衝撃で火星にはっきりと亀裂が入り、その隙間から光が差した。

 『龍』が思い描く夢の世界で。

 侵入者は星を砕く勢いで暴力を振るう。

 否。

 その力は幻想世界全てに波及し、見える全てを砕いていく――――


『得物に龍狩りと名付けた小娘よ……本当に可愛くないったら!』






「――――うわっ!?」


 姿勢を崩して、余弦は尻餅をついた。

 またか――また?

 なんだろう、頭が混乱している。

 あれ、『龍』にプレゼントを贈って、それから私は――と。

 頭を抱える余弦へと、心配そうに政宗が近寄った。


「突然どうしました、何か――」


 あったのですか。

 その言葉は最後まで続かなかった。

 ゼヘラの奥の岩肌に、いきなり大穴が空いて。

 その向こうから巨大な鋼の腕が、ゼヘラの触手を貫いたからだ。


「あ、あれは……!?」


 朱花が叫びながら倒れる。

 空間全体に走る衝撃に、最早全員立ってはいられない。

 だというのに一切損傷を追わないアクリル板。

 ここに来ての不自然な強度に、治郎は人為的な力を見た。


「……つくづくとんでもない少女だな」


 ゼヘラの上半身が口と胸から血を吐いた。

 機械の触手が、人間みたいな体液を吐いた。

 腕の向こう側から、唾棄し吐き捨てるような、鈴を転がす声が響いた。


「人の真似をするな、化け物が」

『が……ばはっ……』

「利用価値から延命されている分際で、また汚い口を広げやがって。

 ばれないとでも思ったのか。

 お前らに食わすものなんて、この世界に一つもありはしないのに」


 腕を抜き、血振るいをすれば、その身に汚れは一つもない。

 怪物の処理さえ些事の如く。

 巨大な鋼の人形は『龍』以上の存在感で君臨し、冷酷に宣告した。


「お前たち『龍』は全員殺す。

 わたしが首を落とすまで、震えながら眠り続けろ」




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