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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第四十五話 『龍』との会話 前編




「ウヴ、ヴヴヴッ……あっ、あ゛いいい」


 余程、今日の機会が嬉しかったのか。

 調子を上げた多々良目弥刀――ゼヘラは、鉄の身体を震わせて唸る。

 それは巨大施設の地下に備えられた排水管から響く音に近い、重い波。

 これを間近で受ける余弦たちも、異様な大気の震えに緊張を隠せない。


「……そんなに逢いたかったの?

 弥刀お姉ちゃんは、あの人に斬られてこんな所に縛り付けられたのに」


 多々良目茜――浦原朱花がそう呟くと。

 ゼヘラの呻き声はぴたりと止んだ。

 両目が妹に向き、表情は秩序を取り戻し、声は人のものに――作り変えられる。


『……んっ、ごめん。

 ちょっとハイになってた、怖がらないでね、茜』

「怖がらないよ、あれが今のお姉ちゃんの本当の声なんだから。

 分かってるんだ、昔のままのその声色こそ、似せられた作り物なんだって」

『そんな事を言わないで。

 私が合わせる、合わせるわ。

 もう貴方は決して、私と同じ場所には来れないんだもの』


 それは悲しそうに。

 心の底から悲しそうに、そう聞こえる声で、ゼヘラは顔を伏せて。


『貴方を食べる筈だった『龍』は、あの人を選んでしまったのだから』


 朱花は聞き逃さない。

 その言葉に、かつての彼を想起して、湧く興奮を押し隠す姉の本心を。

 姉の脳裏に浮かんでいるのは、自らを断ち斬った『龍』の姿だろうか。

 私という餌を追い掛けて、あの人に討たれた、裏切り者の、『龍』


「それが狂った『龍』――――

 黒陽龍アレイアルドラゴン『プロメウス』なのね」


 余弦の質問に、政宗が頷いた。

 八年前。

 八龍に(いざな)われた多々良目機甲隊は、為す術もなくこれに食われた。

 それが最後の一人、末妹(まつまい)の茜の番になった時、『星辰の尾』が駆けつける。

 茜を襲い、『星辰の尾』が応戦し撃退した『龍』こそ、

 最も若く、未熟だった八龍の末子(まっし)、プロメウス。

 だからだろうか、あろうことか。

 その『龍』は敗北の末に、自らを降した男を取り込むと、末子を迎えに来たゼヘラに牙を剥いたのだ。

 『龍』と『龍』の戦い。

 天変地異では言い表せない、文字通りに天が震え地が揺れる激突の果てに、ゼヘラは負けてプロメウスは姿を消した。

 それは融合した人間、長雨太助――衛守哲人も同様に、と思われていたが。

 三ヶ月後のある日、突如哲人だけが、戦闘の跡地で倒れているのを発見された。


「記録上は人類に味方をした『龍』ではあるけれど、この後の詳細は不明。

 ゼヘラ、この『龍』の行方を、君は知っているのではないかい?」

『それ、何度目の質問かしら』

「十回や二十回では収まらないね」

『勘弁してよぉ』


 ジト目で政宗を睨む、その表情はもう崩れない。

 期待する答えは帰ってこないと分かっているだろうに。

 ゼヘラは溜息と共に、これまで何度も言い聞かせてきた言葉をまた告げた。


『分からない、こっちが知りたいわ。

 憶測だって前と変わらないよ。

 あれは明らかにダーリンに執着していた。

 どこに行ったのかは知らないけれど、きっといつかあの人の所に戻って来るわ。

 ……はぁ、これで満足?』

「ああ、今回もありがとう」

『まったく。

 そういうの、私のお気に入りの一人だから許してあげてるの、肝に銘じてよ』


 笑って流す政宗に、もういいやとゼヘラは視線を変える。

 そうして余弦の方を見ると。


『そんでこいつ、食べていいのね』


 ――聞き返す暇もなかった。

 触手の一部が目にも映らない細さに変形。

 一瞬で間のアクリル板ごと、余弦の脳天を貫通した。


「」


 声が出なかった。

 頭の中を走る未知の何かに、命を握られている感覚。

 心臓の早鐘も間に合わない突然の危機。

 恐怖か別の要因か、硬直した余弦を見ながらゼヘラは一言。


『ふうん』


 触手が抜かれる。

 額からぴゅっと、血と、血ではない何かが少量、宙を舞った。

 今の、脳漿では――その事実を認識するのが怖くて、余弦は思考を停止する。


「お、お姉ちゃん、なにしてるの」

『ん、ああ、冗談だって。

 人の考えてることを見るには直に触る(・・・・)のが一番早いんだもん』


 なにが冗談なのか。

 余弦がゆっくり周囲を見回すと、みな少なからず驚愕の顔でこちらを見ていた。

 良かった。

 穿頭(せんとう)なんてとんでもイベントが、『龍』と接する上での当たり前ではなくて。


『一つ二つ穴開いた方が血流良くなるかもよ。

 黒墨余弦さんね……うん、覚えた。

 ……むむ、お持ちの趣味は理解し難いけれど、中々面白そうな人だね』


 その屈託のない笑顔に、腰を抜かさなかっただけ自分を褒めてやりたい。

 余弦は虚勢を維持してはははと愛想笑い。

 好感触を得たことは喜ばしい。

 そうだ、この縁は大事にしなければ。

 いや、逃げたい、今更ながら逃げ出したくてたまらない。

 今思えば、何に対抗意識を燃やして『龍』に会いたいと思ったのか。

 こんな人外と関わりを持とうなどと考えるべきではなかったのでは。

 などと逃げ腰になりつつも、そんな弱気を封殺する。

 ここに来た目的なら、あるのだから。


「いや、今のは肝が冷えたな。

 次にやる時は事前連絡をしっかりと頼むよ……」


 ん?

 須崎重工の取締役は天然か?

 穴が空いていないか額を触って確認しつつも、余弦は政宗の認識を改めた。


『でもこの記憶はいいね……最近ダーリンと戦り合ったんだ、羨ましい。

 はぁ、私も身体が自由だったらなぁ』


 悶えるようにくねくねと身体を捩らせる。

 上半身だけなら乙女の懊悩に見えなくもないが、触手を含めた巨大な全身でこれを行うのだから、見せられる側は反応に困る。

 そこに一歩前に出たのは、天羽治郎。


「ではそろそろ、俺の話も聞いて貰えるか」


 動きが止まり、怪物はじろりと治郎を睨んだ。

 暗黙の了解。

 治郎は懐から袋を取り出すと、アクリル板に向かって投げた。

 それは必然、衝突する筈だったが。

 アクリルの一部が消失、そこから侵入した触手がこれを捕まえる。


「天羽君、贈り物は搬入口から渡して欲しいんだが」

『まぁまぁ、後で元通りにしておくからさ。

 それより治郎作業員、今回のブツは何かね……?』

「入院中に使われていた枕だ」


 治郎の答えと同時に袋は裂かれて中身が飛び出す。

 それを両腕で受け止めると、ゼヘラは顔をうずめて深呼吸。


『……あの人の、首の後ろの匂いがする……』


 うへぇ。

 聞いて思わず嫌になる余弦だったが、これは心の声だけに留めた。


『病院シリーズに外れなし……!

 でもこれを当時に嗅げたらどれだけ喜べたんだろう……』

「七、八年前の物だがな、そこは我慢してくれ」

『……まぁいいよ、交換条件だもんね。

 何でも聞いて、治郎さん』


 哲人に関する道具の類と引き換えに、『龍』は質問に答えてくれる。

 聞いた時にはそんな馬鹿なと思ったものだが、どうやら本当の話らしい。

 未知の怪物のあられもない姿に、余弦は取り敢えず安堵した。

 苦労して入手したこれも、どうやら無駄にはならなそうだと。


「ここ最近現れ始めた新型超機獣。

 あれは敵性存在(インベーダー)側の『龍』の変化によるものだと思うか?」


 超機獣。

 十五年戦争末期から登場し、人類に再び恐怖を与えた敵の新型兵器。

 ヤマト級がそうであるように。

 超機獣の誕生にも『龍』が関わっているだろうという情報は、既にゼヘラから齎されていた。


『だと思うよ。

 今まで馬鹿の一つ覚えみたいに同じ型の兵器――超機獣を寄越していたのが、

 急にバリエーション変えてくるんだもの、何か事情が変わったんでしょうね』


 乙種敵性存在に区分される『龍』と敵性存在(インベーダー)の関係は、度重なる聴取でも不明な部分であるが、少なくとも両者は積極的な協力関係にない、というのが現在の有力な見解だった。

 この根拠は単純で、三者の戦力差を考えた時、この二種が手を組んでいるなら、同時侵攻を採るだけで人類は既に滅びている可能性が高いからだ。

 どちらも人類の敵ではあるが、目的は別にあると。

 ゼヘラの話からも、『龍』は独自の狙いで動いている可能性が高い。

 加えてゼヘラは以前、超機獣の機構に『龍』との共通点があると指摘していた。

 もしかしたら敵性存在とやらは、人類と同じように『龍』を捕獲し、何らかの方法で劣化コピー、即ち超機獣を産ませ続けているのではないかと。

 ――ここまでは、余弦も『龍』の話と共に聞いている。


『とはいえ新型はあくまで、やれることを増やした、位の変化なんだよね。

 いや、ヤマト級にダメージを与えられる程度には攻撃力も上がっているけどさ』

「『龍』そのものの増殖には程遠い、と?」

『自慢する訳じゃないけれど、あんなもんじゃないよ、私たちは』


 治郎が知りたいのは、つまり劣化コピーの精度が上昇し、最悪の事態である『龍』が増える状況になるまでの猶予なのだろう。

 大陸ごと人類を虐殺した戦績も然ることながら。

 これまでのゼヘラの研究で分かっている彼女たちの生体組織は、機能も強度も現在の人類が実現できるテクノロジーの上を行く。

 そんなものが複製されれば……この先は、もう想像するまでもない。


「そうか、ありがとう」

『え、中身なんて全然なかったけれど、こんなんでいいの?』

「新型超機獣は、ヤマト級に頼る人類からすれば破滅の使者も同然だったんだよ。

 たとえ気休めでも、そういう話を持って帰らないと安心して眠れない連中が居てね、使い走りなのさ、俺は」

『……敵の『龍』の言葉じゃないと説得力が生まれないなんて、変なの』

「耳が痛いね」


 政宗は苦笑するが、余弦は笑わなかった。

 気休め、と語っているが。

 敵側の『龍』が変化し超機獣が強化されたという事は、停滞していた事態が動き出したという事だ。

 これから先、超機獣は進化――いや、『龍』の性能に近付いていくと。

 それに気付かない人間は居ない。

 国家機密の『龍』の存在を知る地位の人間で、この問題に気付かない愚か者が居るのなら、この国の未来も長くはないだろう。

 それとも未来は暗いと分からされているから、せめて少しでも明るいニュースを聞きたいという心境なのだろうか。

 まぁ、どうでもいい。

 そんな年上どもの心の内など。


「はいはーい、それじゃあ私からも、『龍』とお近付きの印に」


 治郎のターンは終わったと見計らって。

 大手を振って注目を集めると、バッグから小さな袋を取り出して掲げた。


「とびきりのプレゼントと質問があるんですけれど」




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