第四十四話 世界ヲ食ベタモノ
哲人たちの去った波動総合研究所。
その地下、人が防護服なく立ち入れる範囲での最下層フロア。
かつて機動兵器の素材になるデミウルゴスを発掘していた薄暗い空間で。
黒墨余弦は通信デバイスを弄り、集めたショタたちの写真を眺めていた。
「あああ……!
暇潰しだったのに、久しぶりにみんなに会いたくなってきたぁ。
こっくん、そろそろ部活後のシャワーだよね。
頼めば自撮り写真送ってくれるかな……」
などと不穏な独り言を呟いていた、その目がゆっくりとエレベーターに向く。
程なくして、同フロアに四人の人物が来訪した。
政宗と武蔵。
そしてその背後には、男女が一人ずつ。
男は中背中肉、のっぺり顔のまるで特徴がない男。
そして女は、富士大宮基地に勤務する浦原朱花だった。
「待ってましたぁ。
須崎重工の須崎政宗さんに従者の深見武蔵さんですね。
私は新たに富士大宮基地配属になりました、黒墨余弦曹長と言います。
今日は父からの言いつけで、ここに行けと言われました」
「はい、聞き及んでおります。
僕たちが上で挨拶をしていた時にも、遠くで窺っていましたね。
随分と早くからここに来ていたようですが、何もなくつまらなかったでしょう」
「あ、ばれてました?」
悪びれもせずに語る。
哲人たちの元に政宗たちが来た時、それに合わせて余弦は行動を開始した。
つまり、政宗が居ないのを見計らってここに来たのだ。
「父の言いつけでと話しましたが、噂のアレ、凄く気になっていましてぇ。
うちの基地の白沢も知らない超国家機密――――
件の『龍』を拝めるというので、つい気持ちが先走っちゃいました」
結果は空振りだったが。
余弦はフロアの奥、明かりの差さない先を見やる。
足場の終わりに張り巡らされている、特殊加工を施された強化アクリル板。
その向こう側には、底の見えない深い穴。
そして穴を形作る赤く染まった地肌が、延々と下まで続いていた。
「あの先に居るんですよね。
地質学には詳しくないんですが、この辺りはどう考えてもまだ地殻。
あの一面の赤色が、私には自然形成されたものとは思えない」
「ええ、下層に眠る『龍』の侵蝕ですよ」
「やっぱりぃ。
全然顔を見せないから少し疑っていたけど、ちゃんと会えるんだ。
白ちゃんに自慢できるなぁ!」
これに朱花が睨みつけるも、余弦はへらへらと笑う。
「うそうそ、じょーだん!
先回りしてたのは朱ちゃんの驚き顔を激写するのも目的だったのにさ。
私を見ても無視するんだもん、ちょっと意地悪したくなって」
「白沢司令から貴方の正体を聞いて、色々と腑に落ちましたから。
当代の『硝子の星屑』なら、上司である『星辰の尾』の創設者――
いいえ、貴方の父親から、八年前の事も聞いているでしょう」
「そうそう、あの堅物オヤジから、貴方の話もね。
多々良目一子博士傑作のデザイナーベイビー。
多々良目機甲隊最後の生き残り、多々良目茜大尉殿」
古い名に、しかし朱花は反応しない。
それを尻目に、余弦は政宗ではないもう一人の男へ向き直る。
「貴方に会うのは二度目だね。
元『星辰の尾』所属の天羽治郎さん。
今も父と繋がって色々してるらしいけど、貴方も『龍』に用があるの?」
「…………」
衛守哲人の戦友、天羽治郎。
彼も余弦に応答する気がないらしく、明後日を見て何も言わない。
空気が凍り、仕方なく政宗がフォローに入る。
「彼も朱花さんと同じ重要人物。
ゼヘラ――『龍』と交渉できる希少な人材なんですよ」
「……ま、八年前に『星辰の尾』に居たなら関係者なんでしょうね」
頭がおかしくなったあの人以外は――
その言葉は飲み込んだ。
彼を友人、恩人と思う二人を前に、それを言うのは憚られる。
そして――政宗が手を叩いた。
仕切り直し、貴重な邂逅を始める為に。
「ではこれから起こることは、くれぐれも部外秘にお願いします。
……深見先生」
メイドは頷き、波動総合研究所内でよく見る型の操作盤に触る。
奥に明かりがついた。
五人は前に、穴の手前まで来て、これを覗く。
強い光源は、しかしその奥まで照らせない。
ただ穴は深い、地の底まで続く事実を、よりはっきりとさせただけだ。
「居る、んだよね」
余弦はアクリル板に額をくっつけて向こう側を見る。
黒い穴が広がっていた。
相変わらずそれだけしか分からない。
ここまで重要人物が集まっておいて、担がれたなんてことはないだろうが。
「――――来たよ、弥刀お姉ちゃん」
べちゃりと。
水気を含んだ何かの蠢く音が聞こえた。
「……っ!」
余弦の背筋が凍る。
反射的にアクリル板から顔を離して。
直後に巨大な触手が、穴の底から飛び出した。
「う、うわ……っ」
「今日はまた派手に来ましたね」
伸びた触手は空中で静止。
そして――アクリル板に勢いよくぶつかる。
フロアが揺れた。
その振動を全身で感じて、余弦は想像してしまう。
この足場が今にも崩れて、みんな揃って穴に落ちる未来を。
「安心していいぞ、二代目」
天羽治郎が呟く。
「こいつがその気なら、こんな板は障子と同じだ」
アクリル板に接触した触手は、謎の液体を纏った機械の集合体だった。
金属片とパイプで敷き詰められた、鉄の色の肉腫。
金属の粘体、それは生命体特有の蠕動を、アクリル越しに見物人へと伝える。
生きている、本当に。
おどろおどろしい登場も然ることながら、ホラー映画の怪物の如き生態に、余弦は生唾を飲んだ。
「だが向こうが障子として認識している内は、心理的に破りはしない」
『――これでも元人間だから、礼節を知っているんだよ』
触手が喋った。
アクリル板に付着した触手の先端が、皮でも剥くように開かれていく。
鉄の表皮を脱ぎ捨てて、内側から現れたのは、肌色の女性の半裸体。
下半身を触手に埋めて、胸に申し訳程度の鉄片を被せた、人の似姿だった。
『ふあぁ、よく寝たぁ。
おはよう茜ちゃん、元気してた?』
「そら寝しなくてもいいよ」
『ばれちゃうかぁ。
やっぱり茜ちゃんには嘘つけないね』
半裸の女性が目を開く。
端正な顔立ちの美女だった。
美術品の像というには生々しい。
しかし言動に対して、表情の変化が乏しい、
人を真似ているが練度が追いついていない、異質な存在だと余弦に感じさせた。
「起きていたのかい。
いつも朱花さんに目を覚ましてもらうのにまたどうして」
『政宗さんったらとぼけちゃって。
でなければ今日に被せてコンタクトしようとは思わないでしょう?』
顔の形こそ変えないが、彼女の言葉はコミカルだ。
明るく、人懐っこい。
これが多々良目弥刀、朱花の姉の成れの果て。
世界の運命を握る化け物の一匹だというのか。
これが――――
「本当に哲人を呼んでくれてありがとう。
こんな近くに来てくれるなんて、眠気も吹き飛ぶくらい興奮じだ……っ!」
感情の昂りが、化け物の表情の均整を崩した。
左目の虹彩が真下に落ちて、目の下の淵をなぞるように左右に振る。
連動して顔の左側から秩序が失われて、各パーツが上に下にと暴れだして。
頬が引きつり、痙攣した口元で、先端が二又の舌がゆっくりと下唇を舐めた。
取り繕った人の皮が剥がされて。
壊れた人形の如き、奇天烈な顔を曝け出す。
現在存在の確認されている八龍が一体。
かつて『星辰の尾』との死闘の末に、地の底に封じられた超越存在。
故に八龍で唯一の、人類に管理されている瀕死の怪物。
乙種敵性存在、虹天龍ヘブンリィドラゴン『ゼヘラ』。
ヤマト級開発に関与した『龍』の身体を持つ機械生命体。
地球に堕天し、五大大陸に壊滅的な被害を与えた、星喰らいの一匹である。




