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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第四十一話 褒めて




「だから、魔法(ガンド)を使う妖精(アルヴ)で、ガンドアルヴだ」

「魔法……妖精?」

「ガンダールヴとかガンダルフって名前なら、聞いた覚えもあるだろう?」

「あ、映画だったかな、覚えがあるぞ!」


 取っ掛かりを得て顔を明るくする精太に、雄二は溜息をつく。

 呆れ半分、安堵が半分のそれであったが、ファンタジー作品をも抑える雄二とこれまで興味を持たなかった精太では前提となる知識量が違う。

 そもそも一兵器の名前の由来など、特に知らずとも問題はない。

 精太は別におかしくないのだが、雄二はさも知って当然のように豆知識の披露を続けた。


「開発当初の時期は『月の涙』の発生前で念奏者は居ない。

 テストパイロットには古今東西から希少な超能力者が集められたんだ。

 あえて言うが、当時は眉唾もの、ワイドショーのネタ扱いだった超能力。

 これをウォーキャリア本来の用途である念波動増幅機能で強化してみると、

 超能力の変化は劇的だった。

 大衆にも伝わる形で視覚化され、見て分かる手軽な奇跡が次々と生まれる。

 さながら『魔法』でも使ったように――

 見た目は全身を覆うアクティブ型強化外骨格(パワーアシストスーツ)を巨大にしたような二足歩行のロボットガンドアルヴは、しかし魔法を使う人ではない存在として、世間の人々の目に焼き付いたのさ」

「……スーツのデザインしてるから人型なんだけど、ロボットだから人じゃない。

 人に似た何かだから妖精って名前を付けた、ってこと?」

「元ネタは北欧神話だけどね」


 熱の籠もった解説は、無事精太に受け止められたらしい。

 そんな少年二人のやり取りを尻目に、政宗が哲人に話し掛けた。

 近付いて来たのは彼一人。

 メイドの武蔵は距離を置いて佇んでいる。


「始君には、須崎重工も随分と助けられました。

 敵性存在(インベーダー)侵攻の際、戦火から逃れる道すがら、導かれるようにこの機体の元へ辿り着いたと聞いています。

 若干十五歳で類稀な才覚を発揮し、永らく人類守護に貢献してくれた。

 特に戦争初期は富士の山近辺で活動し、御殿場の青龍伝承は今でも語り草です」

「傀機獣の大攻勢を打ち破った光景が、青い稲妻の迸りに見えたという話ですね。

 敵の目的である富士山麓のデミウルゴスを守り、抗戦の資源を確保したという」

「須崎重工の開発資源、生命線でもありました。

 僕が今の立場に居られるのも、彼の活躍あってこそですよ」


 小角始との関わりが、二人の会話を昔馴染みのように弾ませる。。

 両者が思いを馳せる過去において、小角始は強い印象を放っていた。


「軍隊もほぼ壊滅した惨状で、少年ながら銃を取り我々の前に出て。

 あの若さには重過ぎる責任を、彼は最後まで果たしてくれた。

 戦争末期には三十手前だったか……その頃にもなると話せる機会もめっきりと少なくなりましたが……。

 僕はこの通り、『硝子の星屑』が富士大宮基地に駐在していたのにも気付かない程の間抜け、テレビも碌に見ない仕事人間でね。

 最後の一年、始君は元気にしていましたか?」

「はい。

 壮健で堂々と皆を率いて、周囲からは老若問わず慕われて。

 俺も七○八(ナナマルハチ)号の一随伴兵として助けになろうと意気込んでいましたが、あの人には最後まで助けられて、教えられてばかりだった気がします」


 何も無くとも、まずは生きる事から。

 生きている限り、人は人から欠片を貰い、人の形を作り続けるものだから、と。

 戦後、哲人が曲がりなりに一人の人間として社会に溶け込めているのも、かつてその教訓を行動で遺してくれた戦友、そして今も(・・)戦っているであろう彼の言葉があってこそである。


「絶望するのは容易くても、絶望し続けるのは逆に難しい。

 怒りや遣る瀬無さ、一過性の感情を燃料に戦場に飛び込んだ俺ですが、あの人の考え方や生き様は、行き場も帰る家も見失った俺の大きな指針になってくれました」


 二十年前。

 戦火に家族を、友人を、住処を、自らたらしめるものを焼き尽くされて。

 挙げ句残ったのが空っぽな抜け殻でも。

 身に備えた武技しか持たない、機械仕掛けの兵器でも。

 人を真似た歪な人形、ヒトモドキであろうとも。

 息を吸い、目を開けば、あらゆる経験が何度でも己の中に積み重なる。

 人と接すれば接するほど、人の在り方に染まっていくものだと、哲人は自分の半生から痛感している。

 『硝子の星屑』の名を売り飛ばして得た最後の一年は、その集大成かつ最後の授業の時間であり、今の哲人を形成する大事な記憶だ。


「大きくなった彼を、僕も近くで見たかった。

 しかし当時にできた事といえば、七○八号に彼の意見を少しでも反映させるべく動く事くらいだった」


 懐古に緩んでいた口元が、苦々しげに歪む。

 かつての開発陣営の苦悩も蘇り、政宗は数年越しの愚痴を(こぼ)した。


「ヤマト級の開発は国を挙げての一大事業と、勘違いをした連中がこぞって口を出し甘い汁を吸おうとし、機体に描く企業ロゴのスペースなんて馬鹿馬鹿しい議題で一日中会議をする有様でね。

 ヤマト級の華々しい戦果に気を大きくし、既に勝ったつもりだったのさ。

 しかし始君は他の二機のパイロットと違い、元々ウォーキャリア乗りだ。

 操作感覚から違うというのに、四番機と五番機を真似た類似品を作る程度の頭しかない愚かな連中に、どれほど苛立ちを覚えたものか」


 それを聞いて、逆に哲人の頬が緩む。

 政宗の語る愚か者を嗤ったのではない。


「七○八号が届いた時、あの人は感心していましたよ。

 『これは確かに注文したウォーキャリア(・・・・・・・)だ』と」


 彼の努力の結実を知ったからこその、報われた苦悩への祝福の笑みだった。


「ああ、それは良かった――おっとお恥ずかしい。

 代表面をして憤りましたが、勿論僕だけの力ではありません。

 紆余曲折はあっても、同じ気持ちの同志はずっと多かった。

 始君の理解者が集まり力を合わせて、七○八号は完成したのですから」


 その言葉を聞いて、哲人は確信した。

 視線を碧たちに移して手招きする。

 二人は少し離れた場所で、父と教官の接触を窺っていた最中だった。

 そこに突然のお呼ばれである。

 困惑する碧に、険しい表情を浮かべる奏。

 それを受けて尚、哲人は笑った。

 不安に竦むところを堪えて、信じてくれと、揺るがぬ眼差しを二人に向けた。

 少女たちの間にも混乱はあったが。

 碧は見守る奏を背中に、哲人たちへと歩み寄る。


「……どうしましたか?」

「俺もプレゼンしたくなってな」


 尋ねた内容に、分からない返答。

 碧が二の句を告げる前に、哲人は彼女に近寄ると、その背中に回った。


「……?

 衛守先生、うちの碧がどうかしましたか?」


 娘の招集に、政宗からも飛ぶ疑問。

 父を前にして居心地悪そうに哲人の言葉を待つ碧だったが、その頭に手のひらを置かれると、いよいよ教官が分からなくなった。


「あの、衛守さん」

「先程の話、聞けて良かったです。

 七○八号完成の陰に、政宗さんを始めとした目に見えない多くの人の尽力があったのだと、改めて認識する事ができました。

 これは話を合わせてのいい加減な感想じゃありません。

 俺も整備担当者とは仲良くさせて貰っているので、裏方の苦労というものを多少なりとも知っているつもりです」

「はぁ」

「だから政宗さんにも知って欲しい。

 碧、貴方の娘さんもね、凄いんですよ」


 何を言い出すのか、と、そんな制止の言葉さえ碧が躊躇している間に。


「俺が教官に就いてから、チームハガネ号の働きには何時も驚かされています。

 その中でもこの子の特筆すべきは、『行動』を間違えない点です。

 我武者羅に走らない、効率的な動きを心掛けて、とても器用に立ち回る。

 要領の良さは時に妬まれ悪し様に言われる事もありますが、俺ははっきりと美点、取り柄だと考えています」


 哲人が始めたのは、言葉通りのプレゼンテーション。

 三者面談の教師を思わせる、今まで見てきた碧の評価だった。


「それは努力の仕方にも表れている。

 できる限り無駄のないよう考えて計画的に習熟していく。

 そう、常に思考しているんです。

 肉体と頭のどちらも置き去りにせず、須崎碧の全てを用いて修練に励む。

 教官就任以前から修得していたであろう武術にも胡座をかかず、新型超機獣との戦いから思案して自らの欠点を突き止め、解消改善に努めています

 その辺の十二、三の子ができる事ではないでしょう。

 少なくともその頃の俺は、思考停止して剣を振り回すだけの戦餓鬼でした」


 まるで美点に酔うかのように、高らかに謳い上げる、

 好きなものを熱く語るマニアの解説、高揚した声が、しかしここから重く真剣味を帯びていく。


「その上で真面目で、高潔な向上心を持っています。

 時間というリソースを費やす過程をポーズとするのはなく、成果を以って示そうとする。

 この子は言い訳を語らない。

 言葉は勿論、日々の所作でもです。

 これに前述の要領の良さが加わるものだから、内心の苦悩にも気付かれ難い。

 泣き言さえ漏らさないのはともすればいじらしさを感じるほどに、その生き方は強く在ろうとしていて、時に孤独にさえ見える」


 何時からだろうか、頭上の手が、褒めるように撫でていたのは。

 ここまで言葉で褒めて、肉体言語(ボディランゲージ)で褒めて、散々褒めそやしたその先で――哲人は不意に手を止めた。


「おっと碧、もう頑張るなって話じゃないぞ。

 頑張り過ぎて駄目になるやつってのは、努力を不安からの逃避に利用しているのが多いんだ、昔の俺がそうだったように。

 自分を見失わなければ、いい具合に疲れてぐーすか寝ちまうもんだよ。

 人間なんて、元から永遠と走れるようにはできてないんだからな」


 碧には、哲人が何を言いたいのかが見えてこない。

 長く褒めてくれたが、父を前にしてのそれは、別の意図がある筈なのだ。


「頭を使っているお前は、自己管理だって文句なしだよ。

 足りないのは、もっと別のもんだ」


 そう、別のものだと、背後の哲人は政宗と視線を合わせた。


「だから貴方も褒めてあげてください」

「え……」

「まさかこれまで、一度もした事がない訳じゃないですよね。

 勿論口でだけじゃなくて、今やっていたように、頭を撫でながら」


 再び頭を撫でて実演しながら、同時にその目で政宗を射抜き、定める。

 彼が現れてからの、親子の距離感。

 問題はその遠さよりも、二人がそれに慣れた様子である事なのだ。

 突然父が現れて、気恥ずかしさから取る距離ではない。

 娘にわざわざ姿を見せておきながら、当然のように置く距離ではない。

 見たままの通り、これが日常での二人の関係なのなら。

 碧はきっと、ちっとも褒められ足りていない。


「疲れて立ち止まった時、傍に人が居ると伝えて欲しい。

 ちゃんと見ていた事を、認めてあげて欲しい。

 一人ではないのだと、誰よりも長く一緒に居る、家族の貴方から」


 言われて、促されて、政宗はしかし、動かなかった。

 触った事がなかったから。

 実の娘に触れた事がない。

 その歪さを十分に自覚しながら、これまでそう生きてきたのだ。

 政宗も碧も、お互いに触れ合った記憶はない。

 碧は、もうそういうものだと思っていた。

 諦めて、それ以上触れようとはしなかった。

 しかし今、哲人に問われた父親が、逃げられない視線を前に、口を開いた。

 ずっと聞けなかった理由が、表に出ようとしていた。


「……かつて僕は、妻に子を望みました。

 結果、僕は妻を殺して、娘から母親を奪いました。

 駄目なんです、それ以来、どうしても。

 愛するものに触ってはいけないと、妻の死に顔が頭に浮かんで。

 僕が今ある幸福以上を望めば、無理に近付けば、また壊れてしまいそうで」


 政宗の告白は、ここでするには、あまりにも重くて。

 雄二は精太の手を引いて離れ、武蔵と奏は黙って見守る。

 辛い話だ、強引に切ってここを去っても責められはしまい。

 それでも、政宗はその選択をしなかった。

 それ以降の言葉を失っても、この場でもう、何も言えなくなっても。

 娘を想う男に、娘を想う親として、明かさなければいけないと。


「娘まで失ってしまったら、僕はこれ以上、耐えられません」


 家族の消えた現実に、それを招いた自分自身に。

 これが須崎重工頂点の脆さ、残り続ける決定的な傷。

 吐露された心の内に、哲人は、それでも確かに微笑んだ。

 微笑んで、言った。


「親が触れて、壊れる子なんて居ません」


 哲人の両手が、碧の肩に乗る。


「居るとしたら、それは親が親を、人間を失格している場合だ。

 でもここまで話していれば、俺にだって分かります。

 貴方は悪人なんかじゃない、娘を想う一人の親だ」


 哲人の両親指に力が乗り、碧の肩がゆっくりと押し出される。

 前には、父親。

 須崎政宗しか居ない。


「もし失格していると思い込んでいるのなら。

 俺の言葉が信じられずに、自分が正しいとしか思えないのなら。

 どうか今の一度だけでも、それを曲げてやってはくれませんか」


 そう言って哲人は頭を下げる。

 頼み込む、哲人がどれだけ言葉を重ねようとも。

 家族の軋轢は、家族にしか解けないのだと。


「お願いします。

 教官の立場から、どうか。

 俺の教え子を親として愛しているのなら、親の勇気を、見せて下さい。

 一度だけでも、本当の事を。

 この子を愛しているのなら。

 この子に愛していると、伝えてあげて下さい」


 ――その言葉に、碧は自然と続いた。

 変わらないと思っていた。

 変わらないと思っていた父親は、幻想だった。

 その正体が分かるのなら、勇気を出すべきは、今だ。


「お父様、お願いします」

「みど、り」

「教えて下さい、私はちゃんと、頑張れていたのでしょうか」


 自然と一歩前に出る。

 肩に掛かっていた力は、とっくに感じなくなっていた。

 だからここからは一人の娘として。

 父親の前に、自分の頭を突き出した。

 ――――程なくして、父の手が、これを撫でた。


「…………頑張ったね」

「……!」

「僕の課す難題にもめげずに、人の命を守る重圧にも負けずに。

 本当に凄い、僕よりもずっと凄い――ずっとそう思っていた。

 僕の宝物だった、なのに、僕の手は汚いからと言い訳して、触れなかった。

 せめて話す機会だけでもと、冷たい食卓にみっともなく執着して。

 その実、口先も言葉も、肝心な事を伝えるのに尻込みして。

 ごめんね、この期に及んで父親のくせに、先に娘に踏み出させるなんて。

 そう、一歩踏み出せば、こんなに簡単な事だったのに」


 父親が娘に、初めて触って。

 蓋が開いて、溜まっていたものが吹き上がる。

 十年以上、碧からして得体の知れなかった怪物。

 須崎政宗が暴かれた。


「碧、君は――――村雨さんにも自慢できる、僕の娘だ」


 出てきたものは、どこにでもいる父親だった。

 碧がずっと欲しかった、父親からの言葉だった。

 誰かに泣かされたのは、哲人に次いで二人目だった。




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