第四十話 『ガンドアルヴ』
「へー、これがゴルオノティガの武器なのか。
大砲の形してるのは分かるけど、あっちの山みたいなのは?」
「どちらも同じ機能の兵器、正式名称は『ロングレンジ・スタンプ』だよ。
前者は背面装備の肩部接続型、台形状なのは胸部装着型だ。
それぞれをカノン、マウントと名の後に付け加えて区別している」
「マウントって、あれが胸にくっつくの!?」
「胸部とは言ったが、あの大きさだから腹部まですっぽり覆うんだ。
現場では装備状態をファットマンって呼んでたな」
目を輝かせて積極的な精太は、興味の赴くままに展示物を巡る。
雄二はナイツライズの豊富な武装の前で、足を止めてメモをしていた。
「熱心だな雄二。
富士大宮基地じゃ見れない物ばっかだろ。
まぁ俺には使えないから置いていないんだが」
「やはり汎用性を謳うだけあって武装の種類は随一ですね。
……ああ、あのバズーカみたいなのが視覚外効果制御兵器なのか」
「一応は。
とはいえ機体そのものが補助装置になっているゴルオノティガのと比べるとな。
あくまでナイツライズ用の急拵えだ、使用感の評判は悪いぞ」
「僕、架空兵器の模型はそれなりに作っているんですけど。
実在する兵器に関しては最近手を出したばかりで……でも確かあの武器、プラモデル販売されていないんですよ」
「認知度が低いからな、玩具にしても採算が取れないんだろう」
「……パテで挑戦してみようかな」
モデラーだったのか。
ここに来てまた新たな発見である。
ロボットアニメの知識はあっても模型製作は門外漢の哲人、しかし見る側からの興味は持ち合わせていた。
塗装等の細かい作業をできる気はしないが、見て楽しむ分には許されるだろう。
パテで挑戦というのも、確かエポキシ樹脂の塊で一から形作る、というやり方があると、漫画やネットサーフィンで知識として得ている。
しかし素人が安易に手を出せる作業ではなかった筈だが。
「結構詳しそうだな。
今度俺にも教えてくれよ」
その言葉に雄二は、少し考える素振りをしてから。
「……今度の文化祭でジオラマを出展する予定なんですが、見に来ますか?」
「ジオラマって、背景を含めて作ったやつを、って事?」
「はい、美術部の活動内容で認められているんです。
……下手の横好きの延長ですが」
「ほー、今の学校ってそういうのもOKなんだな」
とは言うが、哲人が学校に通ったのは小学三年生の途中まで。
部活動を経験としては知らない、知ったかぶりの発言である。
それでも、興味があるのは本当だ。
「面白そうだ、顔を出させて貰うよ。
文化祭までに展示してる場所知らせてくれ、頼むぜ青海先生」
「先生って、僕がですか?」
「教えてくれって言っただろ。
文化祭も勉強会も楽しみにしてるからな」
哲人の言葉に、考え込み始める雄二。
耳を澄ませてみると、何から入るべきか――とぶつぶつ呟いていた。
「調子の悪いエアブラシを買い換えなくては、いや、初心者には必要ない。
何よりまずは実物に触れて貰おう、素組みだ。
リアルとデフォルメのキットをそれぞれ幾つか見繕っておこう。
しかし墨入れくらいなら……溝にマジックを突っ込まれるより前に良いやり方を伝えておいた方が悲劇は生まれない。
洗浄も必要ないだろう、取っ掛かりが面倒では続かなくなる。
でも後でこれを塗装したいと言われたら……やはりこれも先に」
おーいと声を掛けるものの、没頭する雄二には届かない。
これはもうどうしようもない。
哲人は碧たちの方を見た。
親子は距離を置いており、女子組の落ち着かない挙動を見ても、このミュージアムを楽しんでいるとは思えない。
彼女らに一体何があったのか、それは推し量る事はできないが、貴重な時間をこのまま過ごすのも勿体ない。
自分が気を引けば、或いは――哲人は政宗に近付いた。
それに気付いた政宗は、声を掛けられるよりも前に柔和な顔で口を開く。
「これはこれは、衛守先生。
先程は失礼致しました。
聞けばチームハガネ号への授業中だったとか」
「どうも政宗さん。
その話に関しては大丈夫です、取り敢えず伝えたい内容はもう話したので」
政宗の自己紹介を受けて、哲人たちも名乗りはしたのだが、どうもその前の発言を思い返すに、彼は哲人を既に知っている、ようだった。
断言できないのは、発言の内容が曖昧というか、他人に伝える意図を持たない、自己完結したものだったからか。
須崎政宗、しっかり者の碧とは違い、少し掴みづらい人物のようだ。
「波動総合研究所を訪れたのは初めてだと聞いていますが、どうでしょう、楽しめていらっしゃいますでしょうか?」
「それはもう、童心に帰った気分ですよ。
浅学でお恥ずかしいのですが、ここにはよくいらっしゃるのでしょうか?」
「はい、僕にとっては庭のようなものですね。
そんなに緊張なさらず、もっと態度を崩して頂いても結構ですよ」
「では、お言葉に甘えまして」
庭か。
まぁメイドをガイドに扮させるくらいだしな。
碧はここにあまり関わりがないようだったが、こんなサプライズを企画できるのだから、彼の言葉に疑う点はない。
つまりだ。
「一つお願いしてもいいですか?
俺は今日、あるものが見れるかもと期待してここに来たんですが――」
哲人の希望を聞いて、政宗は笑顔のままに首肯した。
エレベーターに案内されて、更に地下へと降りた先。
これまで滞在していたフロアと同じ構造の、しかし光量の少ない暗い空間。
武蔵と政宗に先導されて、哲人たちは奥へと進む。
床に躓くような凹凸こそないが、元々人の出入りも少ない場所なのだろう、無機質さが増した一帯に子どもたちの気分も多少落ち込んでいた。
「よく見えないんだけど、何があるんだ?」
「ここですよ」
精太の質問に被さるように、前の二人の足が止まる。
なんだなんだと目を凝らすが、そこには透明なドームの壁と、中に黒い塊だけ。
武蔵が近くの操作盤に触れる。
――ドームがライトアップされて、黒い塊に見えた覆いが天井のカーテンレールに沿って取り払われた。
そうして皆の目の前に、その巨人が姿を表す。
「……ウォーキャリア?
ナイツライズに似てるけど……壊れてね?」
その言葉通りに、鋼の巨人は傷だらけだ。
装甲に浮かぶ無数の損傷、胴体に空いた三つの大穴。
両腕両脚の先端は引き千切られたかのように中身を覗かせて、よく見れば機体そのものが上から吊り上げられた形で展示されている。
展示――と呼んで良いのだろうか。
これは遺体の晒し上げに等しいのでは。
不気味に吊られた戦士の残骸に、しかし一歩前に出たのは哲人だった。
「『魔法使いの妖精』――……」
漏れ出たその名前に、いち早く反応したのは雄二だった。
「もしやと思いましたが、ガンドアルヴ、最初のウォーキャリア……!
第二世代への移行に伴い、貴重なデミウルゴスを回収するべく解体されてしまったと聞いていましたが、残っていたんだ……!」
「よく勉強しているんですね。
確かに戦時中の事情でガンドアルヴはほぼ現存していません。
しかしこれには歴史的資料としての価値があったので残っているんですよ」
「あの人の乗った、機体だから」
ガンドアルヴから目を離さず、哲人は確信を込めて呟く。
政宗はその通りですと、資料の由来を口にした。
「かつてウォーキャリア乗りで、最も戦果を上げたと言われる内の一人。
後にヤマト級六番機『七○八号』のパイロットに抜擢された人物。
『小角始』が十五年戦争で使ったウォーキャリアですよ」
それを聞いて、雄二の目が一層輝く。
だがチームハガネ号の他メンバーは、どう応えていいものかが分からない。
碧でさえも、過去の一偉人の遺産という認識に留まった。
ならばどうして、哲人の目はこれに釘付けなのだろうか。
そう、彼女が調べた哲人の過去に、これは含まれていなかったからだ。
それも仕方がない。
両者の関係を知るのは、今や哲人本人しか居ないのだから。
「そのご様子ですと、衛守先生はこれと縁が深いようですが」
「ええ、命の恩人なんです」
忘れもしない過去の記憶。
忘れられる筈もないあの日の記憶。
瓦礫の中から引き摺り出した、家族の片腕。
双子の姉の死を受けて、時間を止めていた自分の前に。
襲い掛かる傀機獣を切り裂いて、この機体が現れたあの日の事を。
「始さん――――」
その名は、恩人にして。
十五年戦争最後の一年で、共に過ごし薫陶を受けた恩師でもあり。
最後までその恩を返せないまま生き別れた人で。
「――――本当に、本当にありがとうございました」
何度目かも分からない、何度でも語り尽くせない礼。
背後にいる子どもたちの視線の中で。
彼らと関わり得た温かみを胸に男は、また、生きている事を感謝した。
生きているから、今があると。
あの日、生きる事に絶望していた自分を、助けてくれた人に向けて。
眼前の残骸の向こうに、昔日の面影を浮かべながら。




