第三十九話 世界のミカタ
「んじゃ、この流れで遠距離兵器の勉強もするか」
「「えー……」」
精太と奏の声がハモるが、哲人は無視して碧を見る。
彼女は波動総合研究所に来てから口数が少ない。
先程の精太への指摘も力がなく、心ここにあらずの様子である。
「碧」
「は、はい」
「ウォーキャリアの装備における、近距離、中距離兵器の定義を説明できるか?」
「……大丈夫です。
その場合の近距離兵器は、攻撃時の接触面がウォーキャリアの四肢と何らかの形で繋がっている武器を指し、中距離兵器は接触面が物理的に離れている、尚且つ使用したパイロットの視界内側に有効範囲が留まる武器を指します」
「流石、良く勉強しているな」
碧は哲人の目から逃げるように下を向く。
視線を合わせられなかったのは、これらウォーキャリアへの学習を、新型超機獣との戦闘後から本腰を入れて始めたからだ。
少女自身の認識では、優等生を演じる為の付け焼き刃なのである。
目論見通りに褒められはしたが、同時に何処でぼろが出るかも分からない不安を思うと、それ以上教官と顔を見合わせられなかった。
……それに今の彼女には、別の考え事がある。
「兄ちゃん、それって鎖鎌なんかも近距離兵器って事になるのか?」
「良い着眼点だな、その通りだ」
「あるんだ、ロボット用鎖鎌」
例外として中距離兵器に分類される有線式兵器の類もあるのだが、今回はその説明を省く。
珍しいのもあるが、あれを近距離兵器と言い張るのは無理があると哲人は思う。
「念波動弾形成銃は撃たれた弾が離れているから中距離兵器って訳か」
「その口振りだと、念波動弾形成銃を実際に見ているようだな。
黒墨某に教えて貰っていたのか」
「うん、まぁ……」
歪む顔に、あの事件の日かと察した。
つくづく可哀想だが、慰めるのは別の機会、余弦の居ない時が良いだろう。
「でも視界内って曖昧な定義ね。
射程距離とかで明確に区別した方が困らないと思うけど」
「そこは武器の機構に念波動が密接に関わるからだよ」
答えたのは雄二だった。
件のバリアはしっかり堪能したのだろう、肌に艶がある。
「念波動の有効射程は、基本視界の範囲に収まるからね。
念波動を攻撃力の基礎にしている念波動兵器も、同様の有効射程になる。
つまり規準にしたい射程距離が、使用者の能力と状況によって変わるんだ。
ウォーキャリアという念波動増幅装置で拡張された視覚。
曖昧であっても正しい以上、これを規準にするしかないのさ」
説明に基本と付け加えたのも、少年の勤勉さが窺える。
何事にも例外がある、とは言わないが、その限りではないのは事実。
ただ現在の念波動学では、視界と念波動は切っても切り離せない関係にある。
これを補足するように、ガイドが口を開いた。
「この世を形で捉える場合、視覚は非常に大きな情報源になります。
世界を自らの意のままに歪ませる念波動、ならその影響範囲が重なるのも道理。
人間が高い精度で認識できる世界こそ、この目で見る世界に他ならない」
「……なぁ兄ちゃん、つまりどういうこと?」
「えっと、まずは一旦目を瞑って」
「うん」
「自宅とか学校とか、お前の生きている世界とやらを思い浮かべてみて」
「思い浮かべたけど」
「それ、毎日自分の目で見ている景色を思い出して、頭に再現してるだろ」
少しの間をおいて、精太は頷くと目を開いた。
彼なりに得心が行ったのだろう。
「……オレたちは、『世界』ってのをこの目で見たもんで考えてる。
そういう話なのか?」
「本当は人に備わる感覚機能を全部使って『世界』を認識してるんだがな。
これに念波動で言う事を聞かせようとすると、人間ってのは大抵がまず分かり易く形から変えようとしちまうのさ」
変化、破壊や消去といった現象をイメージするのに、元となるのが視覚情報。
人間は念波動を用いるのに、大体が視覚から捉えた世界を基盤とする。
ここに自分の好きな世界を思い描いて、念波動で無理矢理押し付けるのだ。
「念波動兵器を使うのに敵を壊すイメージは必要不可欠だ。
しかし見えない敵の壊れた姿ってのは想像が難しいだろう。
転じて、それが中距離兵器の有効射程になる。
目で見える範囲こそ、人の捉え得る現実――手の届きそうな『世界』だからな」
「お兄さんには使えないけれどね」
「そりゃあ俺の念波動で弾撃ってたらすぐガス欠だよ」
念波動は身体に宿る。
その腕の延長として形成する刀剣だからこそ哲人でも維持できるのだ。
投擲剣は彼の強固な剣のイメージが成せる文字通りの離れ技だが。
その実、なけなしの念波動の大半を肉体から切り離す為、消え失せない内に剣を握り直さない事には、以降の戦闘もままならない諸刃の剣でもあった。
さて、ここで口を挟んだのが奏である。
「……中距離兵器が、使用者の視界、捉える世界によって射程が変わるってのは分かったけどさ。
なら遠距離兵器って何なの?
遠くって言うくらいなんだから、その外から攻撃できるって訳?」
「そうだぞ。
ゴルオノティガの設計思想でもあり、視覚外効果制御兵器とも呼ばれる」
「あ、まんまなんだ」
自分の肉体に備わる目、それ以外の手段で、それ以上遠くの世界を捉える力。
これを用いれば、射程は中距離兵器に収まらない。
より長い距離を飛ぶ間に受ける被念波動修正力を考慮すると、念波動弾形成銃では途中で弾が霧散して有効打にならない。
故にそれに耐え得る設計がなされた武装を遠距離兵器と呼ぶ。
こちらもゴルオノティガと同じ、使用者を選ぶ兵器なのだ。
「なんだよ、遠距離兵器の勉強なんて大袈裟な。
最初からゴルオノティガと同じって言ってくれりゃ簡単な話じゃん」
「区別されてる近、中距離兵器も知っとかないと後々困るからな。
遠距離兵器を使えるようになる。
これが数カ月後の(仮題)ヤマト級トーナメントに臨むお前らへの課題だ」
「ヤマト級トーナメントって……」
「しょうがないだろ、名称もまだ決まってないイベントなんだし」
「あの、それって波動総合研究所で話していいんでしょうか?」
「いや、もう知ってるだろ。ですよねガイドさん」
「はい」
心配そうな雄二の顔に対して表情を変えず答えるガイド。
強力な念奏者がしのぎを削るであろう一大イベントだ。
念波動の真髄に迫らんとするこの研究所が関わっていない訳がない。
哲人は同じく驚いていない、というより研究所に着いてからというもの、他に気を取られて積極的に関わってこない碧に言葉を掛ける。
「碧も、そのガイドさんに言いたいことがあるんじゃないか」
「え、あ」
「……どりみん?」
不自然な様子を暴かれて、碧は戸惑いながらも咳払い。
意を決したように、ガイドの顔を正面から見て。
「あの……深見先生ですよね?」
「普段通りばあやでいいですよ、おひいさま」
声が変わった。
制服に手を掛け、これを翻すと――現れたのはメイド服の女性。
前後で服の質量が明らかに増えており、顔も全くの別人に。
哲人が前に紹介された深見陸奥に似ている、いや、そっくりだった。
双子だろうか。
「あれ?
よく碧の傍に居る黒い姉ちゃんじゃん」
「不肖の弟子たちがお世話になっております、赤城様。
深見陸奥の母、深見武蔵と申します」
「え、母、あ、違う人だ!」
姉妹ではなかったものの、とても成人女性の子がいる歳には見えない。
碧が時折ガイドを凝視するものだから、何があるのかと思っていたが。
研究所にメイド。
不思議な組み合わせもあったものだ。
そう思う反面、哲人は緊張し始めていた。
正体を明かした途端、彼女から漂い始めた雰囲気に。
それは時間が経つ程に、哲人をある確信へと導いていく。
深見先生、そう呼んだ碧の、武術の師匠こそ彼女である。
この人物は、自分の祖父の同類だと。
「…………ん?」
そうして知らず張り詰めていた心が、ある異常により解かれた。
自分の服の裾を掴み、盾にするように隠れる奏に。
そして碧もまた、上擦った声で武蔵に問い掛けた。
「……ばあやがここに居るという事は、もしかして」
その言葉は、最後まで続かなかった。
遠くから、こちらに近付いて来る男。
それに気付き、姿を認めると、奏は一層怯えて碧は息を呑む。
何処と無く碧の面影がある彼は、歩きながらまず武蔵を労った。
「深見先生、お疲れ様でした。慣れない事をさせましたね」
「いいえ。
案外楽しかったですよ、旦那様」
主従にしては、気心の知れた気安いやり取り。
次いで視線を哲人に移すと、おおと、感嘆と共に呟いた。
「ナイツライズのパイロット――彼が、まさかあの彼なのか。
やはり運命の車輪は健在だ。
この街に流れ着いて、ここに戻って来たんだから」
奏は男の目から逃れようと身を隠し、碧の顔が曇る。
しかし男はまるで気にせず、熱に浮かされように捲し立てた。
「つまり村雨さんの言葉には、彼を含んだ意味があったんだ……!
碧に紹介して貰わなくて正解だったよ。
この感動は、ここに結実してこそのもの、ああ、ああ――――ごっ」
ごっ。
打撃音と男の呻きが奏でる二重奏。
男は頭を抱えて蹲り、武蔵は凶器の拳を仕舞った。
「……い、いや、すまないね深見先生、興奮し過ぎたんだ。
でも、この出会いに村雨さんの残り香を感じてしまったんだよ。
昔を思い出してはしゃいでしまった、許して欲しい」
「お分かり頂けていないようですが、この一撃は村雨の代弁です。
おひいさまたちを困らせてどうするのですか。
この期に及んで謝罪する相手を間違えないで下さいな」
「そうか、そうだった、視野が狭まっていたよ。
本当にすみませんでした。
奏さんに碧、他の方々にも、お見苦しい醜態を晒してしまいましたね」
一つ咳払い。
碧と同じ仕草で場を仕切り直し、男は笑顔で自己紹介をする。
「名乗るのが遅れました。
僕の名前は須崎政宗。
須崎碧の父親になります」




