第三十八話 世界三大ウォーキャリア『ゴルオノティガ』
波動総合研究所。
念波動学、対敵性存在の分野における指折りのシンクタンク。
その外観は、広大でこそあるものの何の変哲もない直方体のビルである。
白い外壁の無機質なエクステリアには、個性を示す特徴というものがない。
土の上にばかり目を凝らしても、ここの真価は見えやしない。
味気のない見た目は、この施設の実態を表すかのようだった。
「なんか工場見学みたいだな!」
マイクロバスの駐車場所まで出向いてくれたガイドに連れられて、我先にと進む精太に続いて、哲人たちもその内部に足を踏み入れた。
ロビーの中央には円形の受付が設けられており、他は待合椅子や観葉植物、奥にエレベーターが数基並ぶ、事業用ビルによく似た構造をしている。
ガイドの案内を受けて、受付で紐付きのプレートを渡された。
「来場者バッジってやつ?」
「こちらは当施設の設備を利用する際に必要になります、首からお下げ下さい。
お帰りの際には当受付に返還頂ますようお願い致します」
全員でエレベーターに乗る。
ガイドは一旦哲人たちに向いて注目を集めると、操作盤の前にバッジを掲げて、電子音の確認の後に改めて操作盤のボタンを押す。
そうやって年若い来訪者にも分かり易いように使い方を教えてくれた。
「なぁ奏、これってトイレで手を洗う時にも必要なのかな」
「ちょっと黙ってなさいよ」
「精太くんは不浄の手で触るのに抵抗あるのかな。
私が付き添ってあげよ――あびゃびゃびゃ!」
「引き金の軽い銃を常に四方から突きつけられてるのに逞しいな」
エレベーターが地下深くに降りていく。
そして扉が開くと、視界に広がるそこは博物館の様相をしていた。
念波動関連兵器、敵性存在に関する展示資料。
それは文書だけでなく、ホログラム、ミニチュアサイズから等身大の物まで。
それに合わせてなのか天井が高くにあり、数々の展示物が透明のドームに包まれて並んでいる。
「……なんか研究所っていうよりミュージアムみたい」
「うおお――あれ!?
奥のあれ、ウォーキャリアの下半身床に埋まってない!?」
「この床の下に両脚の設置場所がありまして、ここの高さから全身像を見易いデザインになっております」
「仮に足元から見せられても、見上げるばかりで首が痛くなりそうだしね」
進むガイドのすぐ後をついていく精太と、それに並んで歩く奏。
哲人はその後方で、しきりに周囲を見回す雄二を眺めていた。
興味津々なご様子。
それを邪魔しようとする余弦との間に立ちはだかっていると、雄二が徐に口を開いた。
「エレベーター、長かったですよね……地下シェルターよりもずっと下層の筈なのに、こんなに広い空間を確保しているなんて」
「成り立ちは地下シェルターと同じ、デミウルゴスの採掘跡を利用しているのさ。
下に潜れば潜るほど、採れるデミウルゴスの増幅媒体効果も高いらしいからな。
今も俺たちの足元で絶賛発掘中だろうぜ」
過去に哲人が世話になった地下シェルターも、元はデミウルゴスの採掘跡地に建設された物である。
それも当初からシェルターの建設計画と同時進行しており、むやみに取り尽くさず外周部位に残したデミルウゴスを用いて、傀機獣の攻撃に対する防御壁として機能させたのだ。
今でさえ入り用なデミウルゴス、当時の須要の度合いは計り知れない。
そんな宝の山を前に目先の利益を求めず、未来を見据え公共に貢献した一企業。
救われた身としての感謝も当然忘れていないが。
須崎重工、その恐るべきは先見の明か。
「……運命を感じますね。
富士の麓で発見された未知の鉱物が、人類を守るロボットに使われるとは」
「いやはや全く、この研究所の立地もな。
これで割れるバリアまで張れたなら言うことなしなんだが」
オカルトにも手を出す雄二の知識欲。
哲人の教官就任と同時期から調べ始めた、ウォーキャリアに始まる既存兵器のあれこれだが、修得は思いの外容易であった。
その理由の一つに、彼は架空の兵器が登場するメディア作品に、興味ゆえの知見という下地があった事実が挙げられる。
早い話が、ロボットとかが好きな一オタクだった。
そこからついつい漏れ出た趣味の話に乗っかった哲人。
こいつは話せるやつだと、雄二の言葉から彼を自分の同類だと理解したのだ。
何を隠そう。
特異な家庭環境に育った男の、幼少から許された数少ない趣味である。
語り合う相手の少ない趣味が合致した瞬間。
二人は自然と目を合わせてにやけていた。
「ヤマト級第一世代にも多大な影響を齎したというアレですね。
後発の作品にも多大な影響を齎した画期的な表現でしたが、実際に非実体の防御壁であれの再現は可能なんでしょうか?」
「仮に念波動で再現するとしたら、俺の刀みたいに壁状に至るまでイメージを働かせられる人材と、ヤマト級に近い念波動増幅装置が必要になるかな」
「思うに実用性は度外視しても動画映えは良さそうですよ。
あの有名な研究所のバリアをリアルで作ってみた、みたいな見出しで……」
「ああ、当施設に備わる念波断空境界面生成システムの話でしょうか。
あちらの解説装置が疑似再現で説明しておりますので宜しければどうぞ」
男二人、内輪だけで趣味の話に花を咲かせていただけなのに。
これを拾ったガイドの一言に、二人は衝撃で目を丸くする。
実在するのか、割れるバリアが。
そんな気になる振りをされてしまったら。
男二人、静かに頷き合ってそちらに向かおうとした矢先に、甲高い声が響く。
「兄ちゃん、兄ちゃん!
こっちに世界三大ウォーキャリアがあるぜ!」
――そう、哲人はあくまでも仕事中であり、彼らを引率する立場にある。
それを忘れてはいない、いないのだが――
「教官……」
「……見てくるんだ雄二、俺の分までな」
「教官……!」
大袈裟に身を翻す哲人を、雄二は悲壮な顔で見送った。
精太の傍に寄ると、そのやり取りを遠目に見ていた奏から何をしているのかとばかりに怪訝な目を向けられるがスルーする。
少年が指差すドームの向こう側には、確かに三機のウォーキャリアが居た。
基本塗装まで施された各々は、それぞれの大部分を占める白、青、黄色の巨体で行儀良く並び立っている。
「よく見るナイツライズはいいとして、よっちゃんのロボットに似ている青いのが、れ……レギオンレイヴだよな!」
「そうそう同じレイヴシリーズ、私のメルトレイヴのお姉さんさ!」
「でもよっちゃんのよりがっしりしてるな、こっちの方が好みかも!」
「そう……」
悪意のない感想を受けて、余弦は露骨にテンションを下げる。
その様子を気にも留めずに、精太は見知らぬ最後の一機へと視線を移した。
実物を見るのは初めてだろう。
その形に少し喉を詰まらせて、浮かんだ疑問を哲人にぶつける。
「なんか、太くね?
ウォーキャリアは飛び回るもんっていうか、もっと細いのばっかだと思ってた」
「その反応だと本当に初見なんだな。
写真でも見たことないのか、今まで興味なくても教科書とかでさ」
「小中学校で軍事兵器を詳しくは教えませんよ」
「ナイツライズの小さな写真くらいならあったと思うけど」
碧と奏の話を聞いて、そういうものかと納得する。
この国の建前として戦争はもう終わったものなのだ。
平和な世の中に過去の一兵器を詳しく伝える必要はないという事だろう。
目の前のこれも、これから風化していくばかりの古い戦士像に過ぎない。
――人の平均体格に近いナイツライズ、細身のレギオンレイヴ。
それに対して恰幅の良い、とりわけ下半身の太い黄色の巨人。
これが世界三大ウォーキャリアにおける希少種――
「『ゴルオノティガ』
機能を十全に発揮できる状況において、三機の内で最強の機体だよ」
「最強?」
「はーい、異議あり異議あり~!
語弊がありまぁす。
最強ってのはカタログスペック比較じゃなくて、設計思想上の理想論でしょ」
「だからその設計思想を全うされたら手も足も出ないだろうに」
言い合う哲人と余弦を余所に。
最強という単語に興味をそそられたのだろう。
精太の目が輝き始めた。
「強いってのはつまり、こいつらで殴り合ったら黄色いのが勝つってことか!?」
「ほらぁ見なさいな。
精太くんの勘違い、ちゃんと訂正してあげなさいよ」
「……違うのか?」
精太には二人の会話の意味が分からなくなる。
最強、そう語った哲人は、精太たちにその説明を始めた。
「なぁ精太、今この瞬間に俺とお前で喧嘩を始めたらどうなると思う?」
「オレが念動力で吹き飛ばして終わり!」
「そう、初日の再現になってお前の勝ちだ。
じゃあ相手が俺じゃなくて浦原大尉だったならどうだ」
「え、朱花さん?
あんまり詳しく知らないけど、滅茶苦茶強いんだったよな……」
「まぁ浦原大尉が勝つんだが。
これは相手が精太であろうが俺であろうが、そこの黒墨某でも変わらない」
「なにがし……」
「あ、それ良いな。私もこれからそう呼ぶね黒墨某」
「奏ちゃん!?」
「精太、俺がどうして断言できるのか分かるか?」
周囲の喧騒も気にせず、少年は首を捻って考える
考えるが、腕を組んで俯いて……悔しそうに白旗を上げた。
「……ギブ。
そうまで言うって事は、単純に強いからって話でもないんだろ?」
「良いぞ、そこに気付いて欲しかったんだ。
俺も知ったのは一ヶ月前の話だが、あの人はゴルオノティガに適性がある」
「適性?」
「パイロットを選ぶんだよ、こいつは」
選ぶ。そう、ゴルオノティガを乗りこなせるパイロットは数少ない。
人を選ばないナイツライズとはレギオンレイヴを挟み対極にある機体だ。
「遠隔透視――千里眼。
旧超能力のカテゴリではポピュラーだろうが、実際の開眼者はほんの僅かに留まる珍しい能力だ。
これに加えて強力な念波動と、その加工訓練を重ねたパイロット。
これを満たす貴重な人材を与える事で、ゴルオノティガの力は発揮される――
その正体は、標的に距離を無視して攻撃できる、百発百中の狙撃用兵器なのさ」
千里眼で敵を捉えて、射出した弾丸を誘導する。
物理的な距離を無視する千里眼なのだから、射手は当然敵の射程外――否、認識の外に居る状況から、一方的な攻撃が可能になる。
その砲撃は、念波動弾形成銃の銃撃とは訳が違う。
あの巨体だからこそ使用できる専用の大口径火器から放たれた念波動弾が、千里眼による逃れられない認識手段に沿って襲い掛かって来るのだから。
これだけでも十分な脅威であるのだが、更に。
未来予知や未来視、物体送信の類と合わされば、ゴルオノティガの運用は極まる。
理不尽極まりない未来予知による照準補正。
或いは発射直後にワープする銃弾、即ち弾道無しの確定直撃。
そんなもの、誰が回避できるというのか。
ナイツライズもレギオンレイヴも反撃を許されない、文字通りの最強だ。
「浦原大尉は、俺たちの認識外からこっちの命を正確に狙える。
ゴルオノティガもそうだ、それが恐ろしいんだ。
ナイツライズが走り回ろうが、レギオンレイヴが飛び回ろうが、その剣や銃が届く前に、必殺の弾丸が最高の命中精度で相手を射抜くだろう」
他二機と比べても、ゴルオノティガの生産数は圧倒的に少ない。
にも関わらず世界三大ウォーキャリアに数えられているのは、その理論上の性能が次元の違うところにある。
条件が揃えばほぼ無敵という、言ってしまえば浪漫の塊。
言葉で語られるだけの脅威だが、その恐ろしさを一片でも理解したのだろう、精太は黙って唾を飲んだ。
「……なんて長所ばかりを語ったが、現実問題として適性有りのパイロットはそうそう居ない。
その辺の人間を引っこ抜いても浦原大尉レベルとはいかないしな。
仮に能力面で適性を満たしたパイロットでも、こんな複数の能力を高度に同時使用するのは負担が計り知れないだろう。
それらパイロット依存の技術的な難しさは信頼性の低下に繋がる。
成功しても念波動の膨大な消費で稼働時間にも難が出る。
黒墨某の言う通り、理想論の面も否定しないよ」
理論の上で語られる性能というのは、実践に障害があるというお約束である。
射程無視の飛び道具。
実現すればそれは最強なのだが、条件も課題もそれ相応なのだった。
「開発製造の観点から見ても問題は多いですね。
戦闘に有効な長射程の念波動兵器が少ない理由には、消費する弾丸の製造に貴重なデミウルゴス資源を割けられないのも大きいのです」
「へぇ……最強って大変なんだなぁ」
ガイドの補足を聞いて出力される精太なりの感想。
背後で様子を見ていた碧は「今日は寝ないんだね……」と小さく呟いていた。




