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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第三十七話 過去の遺産




 ――とある居酒屋の一室で。

 それまでだる絡みや難癖をつけてくるばかりだった白沢が、唐突に真剣な面持ちで呟いた。


「余弦のバック、分かったでしょ」


 ここまで飲酒した量が量である。

 相変わらずの赤面であったが、へべれけに酔い呂律の回らない様子だったのが、今は落ち着いて哲人に語り掛けていた。


「ひっく」

「いややっぱり酔ってるな」

「酔ってませーん、真面目に答えなさーい」


 素面なら絶対に聞けない発言、今日はずっとこんな感じだ。

 哲人は周りを見回す。

 小中宗玄と暮石大和、今日の合コンで本来主役になる筈だった二人は、遠野リナと部屋の端で口にするのも憚られる遊びに興じ続けている。

 次いで自分の膝に頭を乗せている四法印茉莉花を見るが、相変わらずすやすやと眠ったままだ。

 これまでもこれからも、自分が相手をするしかない。

 大山裕子が寄越した代打の彼女だが、羽目を外し過ぎるのも考えものである。


「……あぐらの男の膝枕がいいなんて、何が琴線に触れたのかしらね」

「久し振りにはしゃげたもんだから、枕を選ばずに眠れたんじゃないですか」

「確か同い年でしょ。付き合っちゃえばー」

「なぜか懐かれたみたいですけど、そういうのは無いですよ、お互いに」


 茉莉花の気持ちなど哲人には分からない。

 分からない筈なのに、どうしてか断言してしまう、できてしまう。

 この妙に近い距離感は、異性への緊張感が皆無だからこそだ。

 一ヶ月以上前の戦闘で、少し話したきりの間柄。

 それが二度目の今日でここまで仲良くなれるのは、逆に異性として意識してしまうような相手には不可能だろう。

 ……そういうらしい理由(・・・・・)なら後から付け加えられるが、こうまで言い切れるのは、それが哲人の本質が心から訴える回答だからだ。

 その本質とやらが何なのか、今は言葉にして説明できないのだが。

 或いは酔いが覚めれば口にできるものなのか。

 しかし白沢の興味なさげな顔を見るに、彼女も軽口に過ぎなかったようだ。


「ま、どーでもいいけどね…………んで、分かったんでしょ」


 再度尋ねられて、哲人は頷いた。

 彼女に隠す必要のある話でもない。


「あの首輪、見覚えがありました」


 黒墨余弦に取り付けられた首輪。

 哲人は以前の職場でも、あれが使われているのを見た事があった。

 そして――余弦の背景についても、思い至る事ができたのだ。


「『硝子の星屑』の二代目だそうよ、あいつ」

「うわ、『星辰の尾』の関係者ぐらいだと思ってたのに。

 それでショタコンの癖して俺にもちょっかい掛けてきてたのか」


 個人的にあの変態と縁が深くなりそうな話を聞いて気落ちする。

 メンバーも大体抜けたと思しき『星辰の尾』も、案外しぶといものだ。

 前職の上司の顔を頭に浮かべて悪態をつく。

 後付であんな変態と繋がりを持たされて、どう第二の人生を楽しめと言うのか。


「問題は多いけど、貴方以上の逸材だって評価も上々らしいわ」

「後進が育っているのなら、俺も気兼ねなく振る舞えるので気が楽です」

「私に首輪を渡してきた、直属の上司以外からはね」


 それを聞いて哲人は溜息を吐いた。

 哲人の剣(はがね)は生躰変を得た人間の制圧に非常に効果的な武器だ。

 そしてそれは、衛守哲人という面妖な過去のある人間に現れた個性でもある。

 後任者とはいえ、別の人間に同じ使い勝手を求めるのは筋違いというもの。

 使われる余弦のフラストレーションも溜まる一方だろう。

 余弦も気の毒に。

 あの上司の辞書に褒め言葉はない。

 部下の承認欲求をくすぐるやり方を知らない、そもそもが上司役に向いていない男なのだ。


「せー君たちに手を出したのは許せないけれど、今回の件で余弦の不透明な部分にメスは入れられたわ。

 それでもここを離れないのは、私たちの監査が仕事なのかしらね」

「余弦の上司は無駄を嫌います。

 恐らくうちの基地が抱える厄介事に、当たりをつけた上での派遣でしょう」


 哲人の目が白沢を捉える。

 見方を変えれば、それは問い掛けるように、刑事が自白を促すように。


「何か心当たりはありますか?」


 これを受け止めた白沢は、逡巡の後にビールジョッキを仰ぎ、飲み干してから。


「……貴方に言っても、好転しない」


 黙秘の姿勢を取ったのだった。






「……あ、起きましたか」


 哲人は車体の揺れで目を覚ました。

 隣には青海雄二の顔がある。

 ここはマイクロバスの中、今日は皆で遠出しているのだ。


「うぅむ、睡眠は十分に取っているんだが、居眠りしてたのか」

「どりみんがお菓子あげ過ぎて血糖値上がったんじゃない?」

「チョコ二粒くらいしか渡してないけど……」

「目的地はまだだぜ。兄ちゃんが寝たのも五分くらいだったし」

「私酔っちゃったー、雄二くんこっち見て―」


 先日の合コンでの一幕を思い出す。

 前の座席からは余弦が唇を尖らせながら雄二に両手を伸ばしていた。


「こんな感じで、ずっと意味不明な発言をしながら構ってくるんです」


 これが二代目。

 ……二代目かぁ……。

 いや、見方を変えれば星辰の尾も傷有り訳有り連中の離脱を機に、アットホームな職場を目指すようになったのかもしれない。

 ……この発情猫のなにがアットホームなのか。駄目だ、自分さえ騙せない。


「こんな車使わなくても、もっと早い移動手段あったんじゃないの?」

「でも遠足みたいで楽しいよカナちゃん」

「それに奏、亜空間転移使ったら絶対に酔うじゃん」


 時間を確認すると、出発から一時間以上経過している。

 もうそろそろの筈だ。

 すると雄二が、あっと呟いて窓の向こうを見た。


「見えました、波動総合研究所です!」


 珍しく興奮気味に、今回の目的地の名前を言う。

 広がった富士の樹海から少し離れた、富士山の麓、傾斜のゆるやかな野原。

 そこに念波動やデミウルゴス等の現代に出現した未知を探求する施設がある。

 波動総合研究所。

 今回は須崎碧の家のつてで、後学の為にお邪魔させて貰える事になったのだ。


「ほらどりみん、お菓子しまってしまって」

「言うほど広げてないよぉ」

「雄二く~ん、あんな無機物より目の前の女体だよ~、触ると柔らかいよ~」


 前方の座席で片付けを始める女子組。

 一緒にこの妖怪猥談女もゴミ袋に突っ込みたいところだが。

 当の雄二は眼中にないらしく、窓の方に釘付けである。


「国内最大規模の研究施設だからな。

 中がどうなっているのか、俺も興味があるよ」

「教官も初めてなんですか。

 僕の好きな専門雑誌でもよく取り沙汰されているんですが、取材の許可も簡単に出ない秘匿性から、地球規模での危険物質を保管しているとか、人類誕生の秘密に迫るオーパーツを秘密裏に調べているとか数々の噂が……!」

「オカルト雑誌も読むんだなぁ」


 そういう話題は一笑に付されると思っていたのに、意外な一面である。


「勿論碧さん――須崎重工と懇意にしている所なのは知っていますから、ウォーキャリアやその歴史、最先端の念波動兵器についても沢山勉強するつもりです」

「なにが勉強よ! 私の身体なら今すぐにでも雄二くんのべん――」


 俺も無能曹長電撃スイッチ欲しいなぁ。

 背もたれから乗り出した上半身でセクシーポーズを決める余弦の顔面を掴んで、向こう側に押し返す。


「この馬鹿を肯定するのは癪だが、今日は羽目を外してもいいぜ。

 滅多にない機会だし、少なくとも俺は勝手に楽しむつもりだよ」

「……ここになにか思うところがあるんですか?」

「最新技術の見学も勿論だが、懐かしい再会がありそうでな」


 研究所が近付いてくる。

 再会と語る哲人の心は、その通りに古い記憶を思い返していた。

 果たしてお目通りは叶うだろうか。

 ここに保管されているという始まりのウォーキャリアが一機。

 自分の人生を変えた、あの人の駆った機体。

 本物の『魔法使いの妖精』に。




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