第三十六話 白沢、壊れる
最終的に烈火の怒りと不動の狂気との押し問答になった尋問。
その陰で落ち着きを取り戻した精太たちに、事案までの経緯を聞いた。
二人は黒墨余弦から電子模擬戦に誘われた後、汗を流すよう促されてシャワールームを利用していた所、乱心した怪物が侵入してきたらしい。
余弦の行動と口振りから、狙いが二人だったことは明白。
三人きりの好都合な状況に、欲望を抑えられなかったのだろう。
「本当、とんでもない奴だったが」
しかし犯行現場を割り出した哲人も、その一部始終を推測していた訳ではない。
迷いなく駆けつけられた理由は、白沢司令の行動もあってこそだ。
余弦の正体発覚を経て、彼女は真っ先に精太たちの安全確保に動く。
実際に白沢は余弦の話をする前に、まず二人の情報を哲人に求めていた。
二人の居場所と連絡がつかない状況を哲人も確認した後、彼が考えるのは二人が余弦と共に居るという事前情報から、通信デバイスを手放すシチュエーション。
その最も自然な理由が、シャワールームで裸だから、だった。
これに至る手段は簡単、指導の名目で適当に運動、発汗させれば事足りる。
そして二人が更衣室からシャワールームに入った段階で、更衣室に侵入した余弦自ら通信デバイスの電源を落とした。
これが今回の雲隠れの実態である。
白沢が私情を挟まず、迅速に哲人を頼ったからこその早期解決だったと言える。
「そう、解決、解決した筈、だったんだがな」
あれから三日後の、富士大宮基地元第二会議室。
チームハガネ号と哲人の前には、白沢と何食わぬ顔の余弦がいた。
「久し振りだねみんな!
今日も子どもらしく元気にやっていこ――うわわっ!?」
哲人の教官着任初日の再現。
今回は黄桜奏の念波動で、余弦は宙に釣り上げられた。
「アンタはっ、ここに居ちゃいけないでしょうがっ……!」
「ストップストップ!
白ちゃん早く止めてぇ!」
白沢は唇を噛み、それこそ二十歳は老け込んでいそうな皺を寄せた顔で、それでも奏を制止した。
「なんで!?
沢ちゃん、コイツが何をしたのか忘れたの!?」
裏切り者でも見るような少女の目に、耐え切れなくなったのだろうか。
一瞬血涙と見紛う悔し涙を流して、白沢はその重い口を開く。
「……この馬鹿の扱いが、相当厄介で……。
当分は、この基地で飼えって、お達しで……」
「厄介とか飼うとか、公務員失格の犯罪者じゃん!
軍の頭がおかしい事を含めて、アタシから警察に通報するよ!」
「多分全部揉み消されて、私も左遷……どっか遠くに飛ばされる」
これには哲人と碧もぎょっとした。
揉み消されるなど、公然と語る内容でないのは確実だが、その圧力が明らかに白沢以上の立場の者から出されているという状況にである。
護国の要ヤマト級、それを預かる基地の司令とは、つまり軍部の最上位である。
親の七光りで有名な彼女であるが、半ばお飾りでも手にする権力は本物。
余弦の背後に居るのは、それが通用しない相手という事になる。
床に降ろされた余弦は、アルカイックスマイルを浮かべて語る。
「んふふ、それに精太くんと雄二くんのご家族には昨晩に謝罪済みなのだ」
「は、はぁ!?」
凝視する奏に、無言の肯定を返す少年二人。
ここまで口数が少なかったのは、先日の事件ばかりが理由ではなかったらしい。
奏だけではない、哲人らにも信じられない話だ。
謝罪で取り返しのつく話じゃないだろうに、一体どんな魔法を使ったのか。
しかし本当に話は通っているようで、余弦は得意げに舌を踊らせる。
「誠心誠意謝ったら人は許してくれるのよん。
将来的には義両親の可能性もある人たちだし、変な誤解もされないようにね」
何が誤解なものか。
狂った顛末に頭がおかしくなりそうな状況であるが、そんな思考の片隅で哲人は気になっていた。
自身の不自然に強力な背後関係をひけらかす余弦の態度に。
気持ちの悪い感覚だった。
ショタコンをカミングアウトした彼女であるが、このアピールには別の意図が含まれており、その矛先は自分に向いているような。
「……うん?」
ここで哲人はふと思い至る。
先日の事件の日に、白沢が教えてくれた話を。
すると話の不明瞭な部分に、一条の光が差した。
結びついたのだ。
余弦を守ろうと動く人物、相応の権力を有する立場の人間が、居た。
それは確かに、ヤマト級を預かる責任者よりも、重要で貴重な人材。
白沢さえどうにかできる発言力を持つ人物とは、つまり。
「まさかお前……ゴースラッガーのパイロットに泣きついたのか!?」
哲人の言葉に、余弦は前腕を肩の上に掲げて胸を張ったガッツポーズ。
それが全ての答えだった。
白沢が震える声で呟く。
「嘘みたいでしょ。
こいつ、自分を慕うヤマト級パイロットの去就を盾にしたのよ」
国の宝に槍を持たせて、白沢に圧力を掛けさせた、と。
皆の口元がひきつる。
これが大人のやる事なのか。
保身の為に、ここまで形振り構わない行動ができるのか。
「うん、この危機に颯爽と駆けつけてくれた愛人たち。
私とは一蓮托生、何かあれば全員パイロットを辞めるって――
あの宣言にはときめきを感じたよ」
厚顔無恥。
今、世界で最もその言葉を体現するであろう女。
うっとりと感じ入る様子の余弦を言い表すなら、酔っ払い。
道端で酒瓶抱えていびきをかく、そんなノリで自らの恥部を美談にしている。
誰も、誰だって、そんな話を聞かされても、感動なんて覚えないだろうに。
「ぜ、全員って、ゴースラッガーの、三人ともなのか」
「ええ、しかも彼らの中では、この女が誘惑された被害者だとか……。
大体私たちが悪い事になってるみたいで、謂れのない糾弾を受けるし散々よ」
「全ては愛に生きる私の功罪……!
ごめんね、国の誇る宝玉さえ狂わせてしまう私でごめんねぇ……!」
「もう誰かコイツ殺してよぉ」
奏の力無き叫び。
中学生女子が半泣きで狂人の排除を訴える、異様な光景がそこにあった。
「……ああくそ、厄の種過ぎてキツい、キツいが」
ぼやきながら哲人は、教え子の方を見た。
「結局の所、お前ら次第なんだ、精太、雄二」
教官の発言に、奏は当初意味が分からず――徐々に顔をしかめていった。
「次第? 沢ちゃんに続いてアンタも何言い出すのよ。
こんなのアタシたちの意見以前に公務員失格、人間も失格してるでしょ」
「その通りだな、耳が痛い」
「まさか宝玉に言い聞かせようって!?
私を納得させる形で追い出そうとしても無駄だよ、絶対に諦めないからね!」
「少し黙れよ、耳が腐る」
射竦められた少年二人は黙ったまま。
奏は考慮の余地なしの姿勢であるが、碧はこれを黙って見守る。
悔し涙を隠すように俯く白沢も、特に意見はないようだ。
「教える立場として失格だ、どころか倫理観も蒸発した沸騰女だ。
しかし認めるのも悔しい話だが、俺も、お前らももう分かっているな。
俺の知らない念波動の世界を、こいつは知っている」
精太たちは事案の前の、電子模擬戦を思い出す。
雄二にとっては初めての経験だったが、その中での余弦は確かに優秀だった。
ウォーキャリアという未知の身体を得たばかりの赤ん坊を、あっという間に空へ浮かせた。
精太の指導の際に、哲人が初日で会得するのは難しいだろうと判断した『重力開放』を、彼女は念波動と運動神経で劣る雄二相手に、あっさりと教えたのだ。
それを成し得たのは、強念奏者同士で通じる超感覚を、言葉などの方法で教示できる能力があったから。
念波動、センス、戦士の視点を絡めた訓育は、年若いヤマト級パイロットの多大な糧になるだろう。
その価値を哲人は理解している。
そして精太たちにも、その事実から目を逸らすなと言っている。
「不快なのは分かる。
見るのも耐えられないのなら、二度と傍には近寄らせない」
哲人の手が腰の近くをなぞった。
まるで見えない剣をそこに佩いているかのように。
「でもな、それを踏まえて、こいつが餌になるというのなら。
毒より栄養が勝ると思うなら、食う気があるのなら、食事の邪魔はしない」
その言い方が思いのほか冷たくて、反抗的だった奏も口を噤んでしまった。
「どうだ、食うか、食わないかだぜ」
どうするよと、問い掛けられた二人は、お互いに顔を合わせる。
そして深呼吸から、不安で曖昧になっていた顔を、自らの感情を整理した。
答えは、するりと出た。
「……食う」
「食べると言うか、必要です、必要になると思います」
「よし。なら話は終わりだな」
間を置いて三人で少し笑い、全員で余弦へと向き直る。
「一ヶ月、少なくとも一週間はこいつらの前に出てこれないと思ってた。
しかも反省のない顔を見せやがって、これはないだろと何度も思ったが。
こいつらに感謝しとけよ。これから宜しくな」
「正直まだ近寄りたくねぇけど、頼むぜよっちゃん!」
「……教育は真面目にやって下さい、黒墨さん」
「アタシは嫌だけど……ああもう」
男三人の判断に、納得せずとも諦めた様子の奏。
碧は困惑こそあれど、最後まで口を開かなかった。
指導の要請、これを受けて余弦は。
「ええっと、よ、よし!
つまり私は許されて、みんなの心情的にもこの基地に居ていいって事だよね!」
「許されてはいないけれどね」
「白ちゃんったら水を差してぇ。
一時はどうなる事かと思ったけれど、今回の件はこれで手打ちって事だね――」
かしゃんと音が鳴り。
余弦の首に輪っかが嵌まった。
「……?
白ちゃん、なにこれ」
余弦は、これを嵌めた隣の白沢に問い掛ける。
白沢は落ち込み俯いたまま――くっ、と喉を鳴らした。
「貴方の上司から、貰った首輪」
「上司、首輪?」
困惑する余弦を余所に、チームハガネ号の面々の通信デバイスから通知が入る。
曰く、とあるアプリをインストールしたとの事。
いずれも覚えのない報告だったが、そのアプリの名前を精太が読み上げる。
「……無能曹長電撃スイッチ?」
特に考えずに表示されたアイコンに指を置く。
すると。
「ぎょぎょぎょ~!」
漫画みたいな悲鳴と共に、余弦の身体が漫画のように発光した。
それがきっちり三秒間、そして全身から煙を出して、静かにその場に崩折れた。
「な、なにしたの精太!?」
「なにもしてない、アプリを開いてもいない、アイコン触っただけだって!」
「みんなに配ったそれは、言わば防犯アラームよ」
白沢は下を向いていた顔を上げる。
彼女に似つかわしくない、陰鬱な笑み。
思わず後ずさる子どもたちにも気付かず、倒れた余弦を見てまた喉を鳴らす。
「通信デバイスのウインドウ上のアイコンに触れると、触った人の念波動が首輪を通してこいつに伝わるわ。
受信時に電気パルスに変換されてね……!」
「え、つまり……」
「これに触っただけで、よっちゃん痺れるのか」
「……アイコン整理できないじゃん」
雄二が生唾を飲み込み、奏は的外れな意見を述べる。
首周りの筋肉麻痺は不味いのではと不安がる碧の視線の先で、余弦の身体がびくびくと小刻みに震えていた。
「こいつの上司の許可は貰っているからねぇ!
みんなも身の危険を感じたらばんばん触っていいからねぇ!
だからせー君も雄二君も、こいつの近くで通信デバイス外しちゃ駄目だよぉ!」
「は、はい」
気圧されて反射的に返事をする雄二。
ここまで余弦の後始末で疲弊した腹いせなのか。
無様な状態の余弦を見て、テンションを上げた白沢はきゃっきゃと笑っていた。
束の間の童心に帰った責任者の、子ども特有の無邪気な笑顔だった。




