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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
36/82

第三十四話 黄桜奏の才能




「……今日も精太くんは余弦さんの所ですか?」

「ああ。雄二も一緒だってよ」


 富士大宮基地の、元第二会議室。

 今はチームハガネ号と衛守哲人の教室として機能しているそこに入ると、須崎碧は姿のない二人の欠席を教官に確認した。

 共に訪れた黄桜奏はそれを聞いて愉快そうに吹き出す。


「ぷぷっ、完璧に振られてやんの」

「お前だって同じ立場だろうに」

「ああん!?」

「反論できないと取り敢えず凄むか怒鳴るの止めろって。ほら」


 甲高い怒声は受け流されて。

 教官から女子二人に携行型の念波動測定器が手渡される。

 握力計に似た形のそれは、簡易的な機能しか持たないものの今回の授業内容には十分な代物だ。


「念波動の測定なら別室に備え付けられた物がありますけど」

「そこまで細かく見たい訳じゃないし、トレーニング方法の伝授も兼ねている」

「トレーニング?」

「まず接触面測定に設定してくれ。モード3ってやつな」


 哲人は自分の測定器を、人差し指だけで掴む。

 その状態で念波動を指に込めて、これを二人に手順として見せた。


「とまぁ、念波動を人差し指に集めた状態で計測して欲しい」

「……こうですか?」

「そうそう。奏は指を嵌める位置が違う。そこは中指を通す窪みだ」

「指一本計測するだけならどこだっていいでしょ……はい」


 文句を垂れる少女をスルーして測定結果を確認すると、哲人はホワイトボードにそれを書き記した。

 4.9と5.2。奏と碧の数値である。


「極一部の接触面測定なのに、一般平均の総念波動量を超えてるとは」

「いや、指に集中しているし、ある程度は高くなるでしょ」

「それと教官、今年度の一般平均値は5.4ですよ」

「今の平均値そんなに高いのか! どんどん置いていかれるじゃん、俺」


 戦後はそういった情報の更新もおざなりだった為、元々弱念奏者だった自分のポジションが更に落ち込んでいる事実に、哲人は顔を(しか)める。

 とはいえ今は教え子の教育が本題だ。気持ちを切り替えて切り出した。


「二人とも、今日の課題はこの数値の上昇だ。1以上は増やすぞ」

「念波動の操作能力を強化する、という事でしょうか」

「指標に数まで用意して、分かり易く少年漫画的なのが来たじゃん」


 聞き分けの良い碧はともかく、意外と奏も乗り気である。

 とても助かる反応だ。

 教える哲人としても、話が早い事に文句はない。


「具体的に何をして鍛えるかというと、とにかく指弾を撃って貰うだけだ」

「分かった。沢ちゃん見つけてセクハラされたって訴えとくね」

「その指弾は一発で致命傷なんだよなぁ」


 ここで挙げた指弾とは、人を非難するという意味ではない。

 物理的な影響力の有る念弾を、指の延長線上に飛ばす念動力を指す。

 まず的を設置して、二人を適当な位置に立たせる。

 今回重要なのは狙撃能力でも射程距離でもないが、ゲーム要素は若い時分に取っ付き易いだろうという目論見だ。


「碧は射的荒らしの要領でいいが、奏もやり方は大丈夫か?」

「こんなん指先から念波動放つだけでしょ、ほら」

「男子がよくする遊びですよ。先生に見つかって怒られていますけど」

「それは銃口(ゆびさき)を人に向けたからだな」


 少女たちは人差し指を的に向けると、次々に念弾を撃ち放つ。

 これに晒される的は、抗念波動加工が施されたいい値のする備品なのだが、威力の加減が上手いのか、無数の弾を受けながら傷らしい傷も無い。

 これが男だと破壊力の追求とか始めるんだよなぁ。

 以前に精太が同型の的を撃った時は十発と保たず、報告を聞いた白沢司令は精太を褒めつつも、哲人にだけちくりと嫌味を言った件が記憶に甦る。

 今回は同じ轍を踏まずに済みそうだ。


「どりみんと一緒に撃っているから、どっちのが狙い良いのか分からないなぁ」

「中央の黒点への命中率なら私のほうが上だよ」

「勝負事になると正直なの、直さないと他の子に怖がられるよ」

「そんな今更。カナちゃんが嫌じゃないなら構わないし」

「アタシ?

 アタシは――嘘を吐かない正直者が大好きだからねぇ!」


 奏の指弾が、その弾数を一気に増した。

 数撃ちゃ当たる戦法なのか、ガトリング銃のように弾をばらまく。

 凄いもんだ、自分にはとても真似できない。

 感心する哲人を余所に、指弾の使い手は度重なる発砲で銃身が熱せられでもしたのか、段々とヒートアップしていった。


「……本人が居ないからって素直に惚気られても、その、困るんだけど」

「は、ハァ!? アイツは関係ないじゃん!」

「典型的なリアクションだなぁ――って、ああ!

 全弾黒点当てしてるのに、カナちゃんの弾が多過ぎて的が動く!」

「全弾って、そりゃ命中率を豪語する訳だわ。

 教官の前で良いところ見せようと狙い過ぎなの引くんだけど!」

「邪推は止めて。課題に真面目に取り組むのは当然でしょ――!」

「あ、ちょい、待っ」


 これは不味いと。

 哲人が制止の声を言い切る前に、的とその奥の壁紙は穴まみれになった。




「こういうのは報告連絡相談(ホウレンソウ)よ。

 素早く一報と謝罪を済ませるに限る」


 そう語りながら哲人は、虚空に浮かぶウィンドウに手を滑らせる。

 文面を送る相手は司令。内容は無残に散った備品の件である。


「文字打つ指早っ。口頭で言えば簡単なのに」

「俺の声色を聞いて司令の気が悪くなる可能性がある」

「そこまでは嫌われていないと思いますけど……」


 元々が立地にデミウルゴスの恩恵を得ている富士大宮基地である。

 傀機獣の攻撃に耐える防御力は健在だ。

 壁面の強度もさしたる物で、壁紙の向こう側は無事だった。

 とはいえ的と壁紙の損失は消えない。

 送信完了のメッセージを確認した哲人は、祈るように天を仰いだ。


「ああ、機嫌が悪い時にこれを見ませんように」

「素早いホウレンソウとは一体」

「教官、司令恐怖症が深刻ですね……」


 中学生に憐れみの目を向けられる二十九歳がそこにいた。

 しかし今日の目的は寸劇の披露ではない。

 哲人は肩を落としつつも念波動測定器を二人に手渡す。

 それを受け取ると、少女たちは何を言われずとも先程と同様に測定を始めた。


「そんなにすぐ変化が出るものなんですか?」

「指弾初心者だったんだろ?

 なのに終盤の念弾を撃てるまでになったなら、目標はもう達成したかもだな」

「アタシは5.9以上ならいいんだっけ…………。

 あっ、11.2だって」


 表示された値を報告する奏に、二人の視線が注がれる。

 無言で見てくる様子に疑いを感じたのか、ほら、と証拠を突きつけた。


「……11……」

「でしょ。それでもう帰ってもいいの?」

「ちなみに碧は……」

「6.8ですが。

 教官、私も拝見します……本当に11ですね」

「ちょっと、二人して何なの?」


 念波動の育成については哲人ほど明るくない碧であっても、これは異常事態であると察したのだろう。

 1以上の値上昇を課題にした意味を、良く噛み砕いていた結果である。

 当事者でありながら状況をよく理解していない奏とは対照的な反応だ。


(倍近く……てか、今の精太ともほぼ変わらんぞ)


 精太にも同様の訓練を課している。一ヶ月以上前に。

 それに今日一日、指弾を適当に撃っただけで追い付いたというのか。

 ハガネマルのパイロットたちの中で、念波動の総量が最も多い個人は精太だ。

 それは定期的な身体検査でもはっきりしている。

 しかしこの変化、奏は念波動の操作能力に関して秀でた才能があるのか。

 それとも、他に理由でもあるのだろうか。


「……まぁ、この念弾なら的もあっさり壊れるわな」


 以前に精太が壊した時を遥かに上回る火力だ。

 製造の際に想定されている耐用範囲を超えている。


「ちょっと、アタシのことゴリラみたいな評価してない?」

「驚きはしたよ。お前、飛び道具に適性があるのかもな」


 これは当て勘のある碧の仕事だと思っていたのだが。

 自らの念波動を切り離し、強固な弾丸へ加工して飛ばす。

 生身でここまでできるのなら、ハガネマルという念波動増幅装置を通せば、その威力はどれほどのものになるのだろうか。


「飛び道具なんて、ハガネマルにそんな武器ないじゃないの」

「いや、以前に精太が出した強化プランで杉さんと揉めてな……。

 結局お流れになったが、今後も素手のままとは限らないぞ」

「えぇ。仕事が増えるの普通に嫌なんだけど」


 奏がメインパイロットをすれば、精太や碧と同じ要領でハガネマルの四肢を通した念弾を撃てるだろうが、そういった計画は今のところ聞いていない。

 現状、彼女が戦闘で念弾を使うには、ハガネマルに依らない増幅装置が必要だ。

 黄桜奏専用の器械が。


「まぁ、すぐの話じゃないさ。

 碧も目標は超えたけど、一緒に帰るとか言い出さないでくれよ」

「どりみんが? まさか」

「どうしてカナちゃんが答えるの……」


 奏は友人をからかうように笑う。

 先程の口喧嘩が嘘みたいな、いや。

 あの程度、二人の間では喧嘩とは見做さないのだろう。

 そう考えれば哲人にも、普段からの仲の良さが窺えた。


「色々言いながらも全弾黒点に当てていたしな。

 流石の当て勘だ、動かない的とはまるで当て方が違っただろうに」

「当て方が違うって、単純に難易度が上がったって話じゃないの?」

「偏差射撃は考慮する要素が増えるんだよ。

 的の動きを見越して狙いの補正を……」

「あーあー、難しい話は聞きたくなーい」


 カナちゃんが聞いた癖に。そんな碧の呟きも遮って。

 両手で耳を塞いだ奏は扉の前まで歩く。


「ちょっと席を外すから、二人は続きをしていてよ。

 理由を聞くなんて野暮な事はしないでよね」

「えっ、カナちゃん!?」

「本気で帰ったりしないでくれよカナ坊」

「そのあだ名を採用した経緯はともかく、次に呼んだら精太流空の旅だから。

 あ、そうだ。

 呼び方だけどどりみん、そいつは教官呼びより名前の方がいいんじゃない」


 教官初日の出来事を思い出す哲人を尻目に、奏は部屋を出て行った。

 とはいえあの調子なら、ちゃんと戻って来てくれるだろう。

 隣の碧に視線を移すと、少女の肩がびくりと震えた。


「あ、あれ、トイレでしょうかね」

「いや、理由を尋ねるつもりはないんで、今の発言はお互い無かった事に」

「…………あの」

「別に統一する必要もないぞ。

 教官でも衛守でも、好きな時に呼び易い方で」


 碧としては、少なくとも仕事中は教官と呼ぶべきかと考えていた。

 公私を迂闊に混ぜるのは、自分の為にならないと思ったからだ。

 しかし彼女個人として、普段からどちらで呼びたいかと聞かれたら、それは。


「……では、衛守さんと」

「あいよ。衛守さんだぞ」


 こういう時に下の名前で呼べないのは、純粋に少女の勇気の問題である。

 でも今はこれでいい。

 勝負に出るのなら、それはもっと何年も後の話になる、きっと。


「碧や精太はこんなに素直なのになぁ。

 奏とは長い戦いになりそうだ」

「……口で言うほど、衛守さんを嫌ってはいないと思いますよ」

「まぁ俺としても話していて手応えがない訳じゃないからな。

 距離を詰めれば良いって単純な話でもないし、気長に付き合っていくさ」


 哲人の言葉に碧は思う。

 彼は知らない。

 彼女が自分と哲人の仲を応援している――少なくとも否定的ではないと。

 それだけで、碧には奏が哲人に抱く感情は、決して悪いものばかりではないという根拠になる。

 だってそうだろう。


(私なら、カナちゃんが嫌いな人との親交を深めるのを、協力なんてしないから)


 個人の意志を尊重するとしても。

 きっと一生のものになるだろうと思っている友達の、その交友関係をどうでもいいものだと捨て置くことなどできやしない。

 碧の感性からすれば、奏がこうして二人きりになるような采配をしてくれる事が、哲人をちゃんと認めている証拠だった。


「……今までの衛守さんは、精太くんと居る時間が多かったですからね」

「変な形でライバル認定されてるよなぁ、あれは」

「こうやって私たちとの時間を増やすのも良い手だと思いますよ。

 少なくともその間は、精太くんに手を出されないと確信できますから」

「手を出すって、碧までそう言い出すのか……」


 首の後に手を当てて、困ったふうの仕草から。


「良い手と言うが、精太と関係なくお前らとも仲良くなりたいからな。

 そっちに嫌がられるまで、今日みたいな共有する時間を作っていくつもりだよ」


 哲人にこういう事を言われると。

 碧は彼に、ぴたりとくっつきたくなってしまう。

 自分も、自分もそうなのだと、意思表示をしたくてたまらなくなる。


(衛守さん、私も……ううん、私のほうが、ずっと)


 ああ、あの誕生日、毎日がお祭りだったらいいのに。

 教官と教え子の関係でなくなっても、私生活であれだけ繋がれる間柄なら。

 面倒な立場をかなぐり捨てて、近寄りたいだけ近寄る事ができたなら。

 いっそ何も考えずに済む、小さなひっつき虫にでもなればいいのに。

 だけど実際には。

 余計な考えに頭が埋め尽くされて、たった一歩を踏み出すのもままならない。

 馬鹿みたいな逡巡の堂々巡りで、哲人を前に手も足も出ないまま。

 まるで甘い棘にでも四肢を絡め取られたように――


「――衛守曹長ぉっ!!」


 突然の、花が咲く碧の思考を引き裂いた白沢司令の大声。

 怒声、よりは悲鳴に近いそれに、碧は驚きの余り哲人に抱きついた。

 声の方を見れば、扉の縁に手を掛けて白沢が息を切らしていた。

 直後、それまでの(ポエム)に染まった脳内と現状を顧みて、羞恥が閾値(しきいち)をあっさりと振り切る。

 どうして司令がここに。

 まさか私たちの関係を邪推して。

 早く離れて誤解を解かなくては。

 そう考えながらも固まって動けない碧。

 だが乱入者の剣幕に感じるものがあったのか。

 傍らの哲人は、呼吸を整える司令の次の句を待っていた。


「……ふ、ふたり、せー君と、雄二君は……」

「ねぇ、沢ちゃんがダッシュでこっちに向かってきたんだけど、どうしたの」


 そう遠くには行かなかったのだろう、白沢の背後から奏も合流する。

 何事かと説明を欲しがる少女たちだが、哲人は手首の通信デバイスを弄る。

 そして――何かを察したのか、白沢を脇に抱えて部屋を飛び出した。


「衛守さん!?」

「は!? は!?」


 混乱しつつも、生躰変での超身体能力で背中に続く。

 白沢はこの状況に文句を言うでもなく、青い顔で呟いた。


「黒墨余弦の、正体が分かった」


 ――この後、四人は地獄を見る。




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