第三十三話 『共生派研究員』枢義八
ある日の夜。
とある工場の建設予定地内に、一台の車が停まった。
運転席を出たのはわざとらしい笑顔の男と、後部座席からは初老の男。
二人は共に、既に出来上がっている中央の建物へと入る。
外見だけは立派な張りぼての壁を越えて進むと、片眼鏡の男が二人を迎えた。
背の低い、どこにでも居そうな小太りの中年。ただその目だけは異様に鋭い。
「お待ちしておりました、津三原さん」
津三原と呼ばれた初老の男は、中折れ帽を脱いでにこりと笑う。
「直にお会いするのは初めてですね、同志、枢義八研究員。お噂はかねがね聞いております」
「こちらへどうぞ。既に組み立てまで終わっております」
簡易なパーテーションに沿うように奥へ。
案内されるがまま三人でリフトに乗ると、小さな音を立てて上昇する。
上から見る、パーテーションの向こう側。
巨大な人型のロボットが、地面に寝かされていた。
「これが……『ジェロウム8』ですか」
「明日の念波動を用いた起動試験を以って、計画は機関を待つのみになります」
津三原は下界を見回す。
人の姿はまばらで、設備は簡素且つ安物だ。
人型兵器ジェロウム8――共生派が打つ起死回生の一手を守るには、余りにもお粗末な防備である。
しかし同時に、たったこれだけの投資、下地のみで、敵の喉元に刃を突きつける一歩手前の状況を作り上げた、目の前の研究員には恐れさえ抱く。
「パーツを分解して運び込み、ここで再び組み上げたそうですが……機動兵器用の重機も用意できない環境で、良くぞ成して下さいました」
「元々がそういう設計思想ですので、ジェロウム8が完成した日に、確約されていた未来と言えます」
「素晴らしい。救世主の産みの親として貴方の名は残るでしょうね」
枢義八。彼の才能は兵器開発だけに収まらない。
敵性存在の研究、融和を目指す尊い研究から名を挙げた、その非凡の才の数々は、今や共生派にとって欠かせないものである。
「勿論、これに満足して足を止めるつもりはありませんよ」
「つくづく頼もしいお方だ。我々が攻勢に転じるのも何年振りのことか」
「とはいえまずはこの計画の成就です。同志たちの長年の苦節が実を結び、ボクの受けた恩も多少なりとも返せると良いのですが」
そう語る枢義八は、津三原と同じ共生派の創設時から籍を置く古参メンバーだ。
何でも十代の頃から、その類稀な能力で貢献を続けていたらしい。
二人にこれまで面識がなかったのは、整形等で顔を変えつつも持ち前のコミュニケーション能力を活かして表舞台に動く津三原と違い、暗部にこそ彼の活躍の場があったからである。
しかし津三原は今回、自身の任務において彼の人脈に助けられている。
「既に報告書はお読みになっているでしょうが、私の方も順調です。枢義八さんが青海さん御夫妻と顔見知りだったとは、運命を感じずにはいられません」
「十年以上も関わりを絶っていましたが、楓さんには覚えて頂いていたようで」
「同志、岳人さんの不幸で、我々共生派から距離を取る可能性も考慮していましたが、貴方の名前のお陰で話も滞りなく進められました」
ヤマト級ハガネマルのパイロットの一人、青海雄二の両親。
青海岳人と青海楓は、枢義八の数少ない友人だった。
特に岳人とは縁深く、かつて彼を共生派に誘ったのも枢義八である。
「もし話が拗れて楓さんが怪我を負ったなら、岳人に合わせる顔がありません」
「彼女なら、きっと我々の目的に賛同してくれるでしょう。そうすれば」
津三原はもう一度、ジェロウム8をじっくりと見る。
ヤマト級と同じ、足底から頭まで、五十メートル以上はある巨人。
その戦闘力もまた同じく、超機獣を優に超えるという。
何よりこの人型兵器には、ヤマト級が実現していない新技術が搭載されている。
「『心臓』まであと一歩です」
胸に抱えた中折れ帽を潰して。
津三原の口元が、皺と共に釣り上がる。
それを脇で見ながら、枢義八は一人思う。
(岳人。お前の死はやはり、彼等を少しも変えなかったよ)
意思疎通による戦争の平和的解決を。
そんな理想に酔えたのは、何時が最後だっただろうか。
殉じた友人に思いを馳せる。
彼を死に追い遣ったのは、枢義八の秘密に触れたのもあるのだろう。
それでも尚、知的好奇心のままに研究を続ける自分に、友を偲ぶ権利はない。
(善人過ぎたんだ、お前は……ボクたちが人間の皮を被った何かだと分かれば)
共生派主導の使節団が、派遣の度に壊滅して。
共生派の狂信者でも、参加希望は自殺志願と変わらない事実に怖気付いた頃。
岳人が愛する楓を置いてまで、その役に臨んだのには理由がある。
そして共生派はそれを隠し、彼を英雄の一人として祭り上げた。
(見ろよ、この老人を……彼等は共生派の理想を正しいと信じているんじゃない。正しくないと認めれば意味を失う半生を恐れて、最早寄り縋らなければ自分を保てないんだ)
万人の幸福を成す存在が居るとしたら、それは機械以外に有り得ない。
かつて友人と語り合った中で出た、二人の間の結論である。
感情に左右される限り、人は己という我から逃れられない。
人々へと公平に幸福を与える立場に立つのなら、特定個人への贔屓は許されない。でなければ差別が生まれる。愛をより多く享受する者への嫉妬が、千年王国を杭で穿つのだ。
転じて、組織の上に立つ者もまた、人の出入りするこれを、公平な目で見て公正な指示を与えなければいけない。
だが――計画の成功を控えて、歓喜に震える津三原の裏側には、今までの無成果への焦燥、無為のまま消える事への恐怖が隠れていない。
その口で散々と理想を語っておきながら。
結局は自らの感情のまま、口八丁に寄って来た人間を利用して、己の気を晴らそうとしている。
理想も正しさも利用するものでしかない、哀しいまでに普通の人間の姿がある。
(そしてそれはボクも同じだ。岳人、利用させて貰うぞ、お前の大事なものを)
赤の他人の為に命を投げ出した、枢義八の知るただ一人の英雄。
無償の愛をその身を以って示した友人に、心の中で宣言をして。
「この蔵狸摩は引き続き身辺警護にお使い下さい」
隣の笑顔の男。
自分の造った人造人間に目を向ける。
――楓さんは、これを見て何も反応しなかったらしい。
完成した後に持ち出す話ではないが。
この笑顔も、モデルの友人にはまるで似なかった。
「そうさせて頂きます。雄二くんの勤務地にはかつての『硝子の星屑』も居るという話。計画も大詰めという段階で、物騒な連中に絡まれては堪らない」
「このまま事を荒立てずに進めれば、いざボクたちの決起を前にしても、対処は困難でしょう」
「世界が変わりますよ……我々はやっと、話し合いの舞台に立てるのです」
枢義八の冷めた視線にも気付かず。
津三原は、共生派の未来を担うロボットの、輝かしい台頭を心待ちにしていた。




