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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
33/82

第三十一話 拡張専用武装『襲の最目』




「碧、開始の合図を頼めるか?」


 話を振られて、須崎碧はフェイスプット上の他の三人を見た。

 赤城精太は食い入るように、青海雄二はメモを片手に、黄桜奏は欠伸(あくび)をする。

 いずれも異論を挟まない。では僭越ながらと、咳払いを一つして。


「……始め!」


 少し強めに、哲人と余弦にはっきりと伝わるように。

 言葉と同時に、余弦のメルトレイヴが真上に飛んだ。

 動かない哲人のナイツライズと距離を置くと、その頭上で旋回を始める。

 斬り合わず、肩透かしを食らった精太であるが、余弦の動きに雄二が呟いた。


「……あれは、一ヶ月前の傀機獣たちの動きでは」


 それを聞いて余弦が満足そうに頷いた。


「大正解! それにしても精太くんは熱視線を向けてくれるね」


 このフェイスプットは、頭に直接情報が入る思念通信とは違う。

 あくまでHMDに映る疑似フェイスプットである為に、戦闘の推移と合わせて彼女の表情を読み取るのも一苦労の筈だが、精太はそれらを余さず視覚情報として取り入れる。

 自分が強くなれるのなら、操縦者の表情、感情さえも逃さない。

 そんな心構えが、少年の姿勢からは窺い知れた。


「フェイスプット切れなくなっちゃったな。精太くん、そのまま注目ヨロ! それで雄二くん、私の目的は分かるかな?」

「いえ、そこまでは……」

「君たちの戦闘詳報は確認しているんだよ。あの日の続きを見せたくてね」


 メルトレイヴの背部ウイングユニット、二基の大型スラスタから放たれる鳥の翼の如き光翼ミストルティンが、粒子状の光から、突如明確な輪郭を有する。

 光の棒を束ねて翼の形にしたような、無数のラインが走った鋭利な四辺形。

 否。それはラインではなく、正しく棒――大量の槍が連なり生まれた翼だった。


「傀機獣は接近戦で四肢に爪を生やす。そして遠距離攻撃には投擲槍(ジャベリン)を使うの」


 ――翼の穂先が、一斉に眼下の哲人へと向く。

 両翼の端から細い槍が一本ずつ、羽が抜けるように翼から剥がれ落ちて。

 そして――ばちんと。

 電子の空に、何かを弾く音が響き渡り――ほぼ同時に地面へと着弾。

 それを視認出来たのは一瞬、砂埃が舞い、一帯の木々が吹き飛んだからだ。

 超機獣の殴打を受ける際に、コクピットからよく見る光景である。

 ……今のが、ウォーキャリアの攻撃?

 その事実を呑み込む前に、砂に覆われた視界が晴れた。

 そうして現れたのは、クレーターの中心に深々と刺さった二本の光の槍である。


「これで傀機獣はこの国の都市を好き勝手に攻撃、場所の割れた地下シェルターも群れで集られて空から掘り起こされたってわけ」


 光槍の弾道の狭間で、ナイツライズは健在だった。

 もし恐れをなして回避運動を取っていたのなら、どちらかの槍に地面へ縫い付けられていただろう。

 意地の悪い度胸試しを乗り越えて、しかし哲人はつまらなそうに口を開く。


「……見た目こそ派手だが、それでもヤマト級には傷一つつかんよ」

「そうかなぁ。だったら後学の為に、一ヶ月前にも一発くらいハガネマルに受けて貰えば良かったのに」

「変な邪推をしているようだが事実だ。十五年戦争での第一世代の進軍が、どれだけ圧倒的だったのかを知らないのか」

「ああ。君って最終決戦でヤマト級六番機の随伴機兵をしていたんだっけ」

「懐かしい話をしやがる」

「それなら私よりもずっと詳しいよね、ごめん無知でさぁ!」


 硝子の星屑の経歴を持ち出して謝罪するが、勿論形だけの空虚なものである。

 実際哲人の言う通り、念波動を纏わない物体に対する破壊力こそ戦略兵器さながらだが、念波動への貫通効果は見た目ほどではなく、デミウルゴスの加護を受けた特定地域には有効打と成り得なかった。


「でも決戦に出撃した三機のヤマト級には、当時最強のパイロットが割り当てられていたよね。それはこの子たちのハガネマルと同じ条件って言えるのかなぁ」

「…………」

「現に投擲槍を見たこの子たちは気後れしてるよ。思念を武器にする念奏者にこれは致命的なんじゃない?」

「びびってねぇし!」


 慌てて否定する精太は、何よりも雄弁だった。

 そう、思念の中身で世界の形を変える強力な念波動は、仮にその方向がネガティブであろうとも力を発揮する。

 生物が生来有する生体システムに根付いた『生きる力』が、そのような破滅のヴィジョンを無意識下で相殺するからこそ、心が肉体を殺す、そんな最悪の事態までは防ぐものの、影響は完全に消しきれない。

 弱気な思念は、脆弱な武具にしかならない。

 本来なら不壊の鎧を、自らの恐怖が紙屑以下の防具に貶めてしまうのだ。


(……ふうむ)


 哲人は唸る。

 子どもたちがしがらみなく自身の自由な望みを念波動に乗せれば、それこそ誰にも止められない無敵の英雄(ヒーロー)になれる、そう思っていた。

 恐れ知らずの子どもが見せる無限の可能性を、念波動が現実にすると。

 同時に模擬戦の中で、幾度となく精太のウォーキャリアの四肢をもぎ首を刎ね、力による敗北の苦渋を経験させてもきた。

 実現されない理想を前にしての挫折、恐怖を耐える不屈の根性、その片鱗も少年たちから見せて貰ってきた。

 今更投擲槍によるこの程度の破壊現象など、ハガネマルと共に場数を踏んできた彼らの心身を寒からしめるものではないと思い込んでいたが。

 自分はどうやら、この子たちの勇気に甘えていたらしい。

 今この場で教え子の弱点を暴き、成長の機会を与えたのは、間違いなく余弦の功績である。


「お前さん、案外……」


 逃すに惜しい人材ではないのか。思わずそう続けそうになった、その途中で。

 ミストルティンに行儀良く並んでいた無数の槍が空中に散らばった。

 翼の頸木(くびき)を解かれた牙の群れは、今にも噛み付かんとする様相で、獲物の四方を取り囲む。

 そして余弦は号令を出した。


「たっぷりと遊んで頂戴、私の頼れる鷹の羽よ」


 命令を受け取り、光の槍が空を疾走(はし)った。

 ナイツライズに次々と迫るそれを、腰を捻り、上体を倒して間近で見送る。

 精太の観察する哲人の表情は、自分と模擬戦をする際のそれと変わらない。


「槍が勝手に動いている!? ウイングユニットは投槍器を兼ねる筈では……!」

「本来はね、雄二くん! でも私ほどの念奏者なら――」


 回避された槍を空中で制動、鋼の騎士に向けて再び射出。

 猟犬を操る手捌きで、ナイツライズに絶え間ない攻撃を浴びせる。


「射出機なんかなくても、空中で自在に操れるのさ!」


 自慢気に叫び、飛び交う槍の中を自らも突撃した。

 本体による攻撃。槍の嵐の中心で回避に終始する騎士へと爪を立てる。

 ――衝突の間際の剣光は、哲人が攻撃を受け流したものだろう。

 鳥は同じ剣を携えたまま、軌道を僅かに逸らされて騎士の脇を抜ける。


「鍔迫り合いはしてくれないんだね」

「動きを止めたら蜂の巣だからな。よく飼い慣らしているよ」


 哲人は周囲の槍を見回して、猟犬共の睨みから穴を探る。

 余弦は素人ではない、そろそろ見切りの癖も読まれる頃合いだろう。

 積極的に脚を使う時が来た。それはつまり、攻撃に転じるという事でもある。


「よく見ておけよ精太、ここまでミストルティンを上手く使うやつは俺も初めてだ」

「兄ちゃん、楽しみ始めてるだろう!」

「分かっちまうか」


 脳筋の悪い癖であるが、哲人に染み付いた二十九年の歩き方は直らない。


師匠(じいさん)の受け売りでな、『剣士を気取るなら花鳥風月には愛を以て、剣を置けば心の趣、握ればたちまち山の頂』ってな」


 黒墨余弦、達者な口に見合った武芸者。

 前言撤回、太陽に挑む実力を併せ持つ、このイカロスは本物だ。

 美しい手練(はな)を咥えた鳥を前にしていると実感して、久し振りの興奮を覚える。


「踏み越えさせて貰うぜ」


 鞘鳴りの音さえ聞こえそうな取り回しで、その左手にも剣を構えた。

 相手の二刀を確認して、余弦は息を整える。

 数秒の沈黙の後、メルトレイヴは羽ばたいた。

 主人の合図を受けて、槍が八方より襲い来る。


「教官……!」


 思わず出た碧の呼び掛けは、次の光景に最後まで続かなかった。

 瞬きの間で獲物に届く勢いの牙達は、しかし何も貫けなかったからだ。

 擦り抜けた槍の中に数本、砕けて霧散する光の残滓が残る。

 Uターンして再度迫る度に、失せるその数は増していった。


「武器破壊、避けながら、あの一瞬で……!?」


 精太は無言で目を見開き、武に疎い雄二でさえ感嘆する。

 脚はその場に留まりつつも、最小限の動きで穂先を掻い潜る四肢の静動の妙。

 更に哲人の剣が敷く陣は、並行して侵入者の屍を重ね続ける。

 達人の技に見入る観客を他所に、ここへ異を唱えるのは余弦である。


(飛ばない……どうして?)


 槍の動きに応じて、派手な動きに移る――そうしようとする哲人の呼吸を、余弦は確かに見破っていた。

 子どもたちは気付かないが、似た様な回避運動を続ければ癖と調子が露呈し、照準は正確性を上げていく。

 回避の限界点を悟り、身の置き場自体を大胆に変える事で仕切り直す。その合間にこそ接近と反撃の機会があると、哲人は考えていた筈だ。

 事実、槍衾(やりぶすま)の隙間を探ろうと周囲を見回していたではないか。

 この方針転換はなんだ。

 状況の打開を図らないのなら、悪手としか言いようがない。


「そこを墓標にしたいの!?」


 ああ、折れていく槍に昂ぶっている少年たちにも教えてあげなければ。

 槍を砕いて丸裸にする狙いであれば、見当違い(・・・・)も良い所だと。

 その行動には何の意味もなく、それに興じる彼は実に道化師(ピエロ)なのだと。

 どころか無駄に重ねた太刀捌きから、この先の所作は掴めた。

 こうなれば、最後の槍が折れるまで、哲人の曲芸に付き合う義理もない。

 ナイツライズの剣が牙の一本を断ち切り、結果腕を深く振り抜くタイミングを見計らって、余弦は一つの呪文を唱えた。


「おはようミストルティン」


 瞬間、ミストルティンは一本の損失もなく、メルトレイヴの背中に現れた。

 光翼ミストルティンは、余弦の念波動から生成される。

 そして余弦の念波動の総量は、ヤマト級パイロットに次ぐ、全ウォーキャリアパイロットでも五本の指に入る最高峰である。

 仮に百本折られようとも、鳥の羽が尽きることはない。

 この新たに装填された弾は、騎士が刃を返す前に、その体躯が避け得る全ての位置へ即時発射可能である。

 飛び道具の意を見切る戦巧者を撃ち抜く技術、避けた先を捉える置きの一撃。

 これで、哲人の失策に抱いた失望を諸共に終わらせよう――


 そう叶うと信じていた未来予測が、単純な衝撃一つで瓦解する。

 斉射の二の句を止めた要因は、ナイツライズの肩がメルトレイヴの胸部に激突したからだ。

 何が起きたのか、その認識に要する間を突くように、姿勢を崩した鳥のこめかみに回し蹴りの追い打ちが入る。


「がっ――!」


 人機間念・波動接合(アルコンユナイト)領域(フィールド)越しに伝わる打撃を味わいながら、余弦は今起きた出来事を確認する。

 一撃目の体当たり。

 真正面から一直線にぶつかってきた。

 中身はたったそれだけだが、実現にこじつけるのは簡単な話ではない。

 背中に並んだ光槍の射線は、ナイツライズの辿った道も収めていたのだから。

 一旦射出されればまたたく間に串刺し、一歩遅ければ死期を早めるだけの愚行。

 そんな槍が撃たれる前に届いた一撃は、装填を見てからでは絶対に間に合う筈のない攻撃だ。

 ならばそれが覆ったのは――装填直前の、槍を砕いたあの時点で既に、綺麗なショルダータックルに繋がる急加速の準備を始めていたという事で。

 同時にこれは、余弦の呪文、装填する意を予め読んでいたという証になる。


(装填、だけじゃない、何処から読まれていたの?)


 実際にぶつかって来た時の姿勢は、剣を振り抜いた姿勢のままで――ああ、余弦はやっと気付く。

 虚だ。虚に付け込まれた。

 装填も虚なら、あの距離を挟んで尚、哲人の返し刃がこちらを向かないあの時、自分を脅かすものは何もないという確信が、安心から虚を、心に隙を生んだのだ。

 ――否、理解がまだ足りない。

 そもそも、哲人の槍砕きの立ち回り、誘い込まれた大振りの剣筋からして、作為的な動作ではなかっただろうか。

 そこから手のひらの上だったのなら、術中に嵌まり虚は生まされた事になる。

 余弦が注意を払っていた、受けたなら一太刀で沈む剣への用心さえ見破られて、そちらに目を向けている隙に直線的なぶちかましを叩き込まれて。

 追撃の蹴りに至るまで、相手の土俵で踊らされたというのか。


(認められない――認めては、いけない……!)


 心で負ける。それは念奏者にとって死活問題である。

 どれだけの念波動を蓄えていようとも、勝てないと思えば働かない、どころか相手の勝利を導く一助にさえ転ずる。

 心を世界に投影する力とはそういうものだ。


 危機的状況に頭を巡る血流、ここまでの長考も、刹那の間の事に過ぎない。

 姿勢を崩し、空に四肢を放るメルトレイヴの中で。

 負けん気に歯を食いしばって睨み上げる余弦を、哲人はただ見下ろしていた。

 熱くも冷ややかでもない目で、これで終わりかと、それ以上何もしなかった。

 先程の僅かな虚を打ち抜いた体当たりから一変、隙だらけで落ちていこうとする鳥に、追撃する素振りもない。

 勝負は決したと言わんばかりに――舐められている。


「まだ――負けてない!」


 絞り出された叫びは、自身への叱責の如く。

 空中で棒立ちのナイツライズに、ミストルティンが牙を剥いた。

 数十を数える光の槍が、余弦の照準に合わせて一斉に飛び掛かる――


 哲人は余弦に向かって、その全てを前進しつつ回避した(・・・・・・・・・)


「――は?」


 間の抜けた声が漏れる。

 それは子どもたちのものか、それとも余弦だったのか。

 もう剣で迎え撃ちさえせずに、前に、余弦に近付きながら、体を多少捻るのみで穂先の網目を潜り抜けたのだ。

 ほぼ進む脚だけで、ミストルティンの雨をやり過ごした。


(ああ)


 それを見て、余弦は漸く先程の行動に合点がいく。

 哲人の、猟犬の牙(ミストルティン)の包囲網から穴を探っていた行為について。

 穴を見つけるのは、あくまで途中経過に過ぎなかった。

 真に見抜いたのは、そもそも穴の開く理由、

 槍の布陣から垣間見える、余弦の癖だったのだと。


「もう当たらんよ」


 彼女の思考を肯定するような宣言。

 余弦の手癖を見切ったというのなら、その通り、最早脅威ではないのだろう。

 ミストルティンを完全に踏破して、哲人は落ちる鳥に追い付くと、その胸に剣を突き立てた。

 そのまま地面に向かって、一直線に落下(かそく)する。

 直後、電子空間に一粒一粒計算された砂埃が巻き上がった。


「……!」


 碧は黙る。

 余弦の隙を突く体当たりに、駄目押しと言わんばかりのミストルティン回避。

 最後に腕の差を見せつけた。勝負ありだ。


「……やっと終わった?」


 何処までも興味無さ気な奏の声。

 碧は言葉を発さずに首肯する、が。


「終わってねぇ」


 否定する精太の声と共に、砂が段々と晴れる。

 果たして現れた二機の様子に、碧と雄二の目が開く。

 ――ナイツライズの切っ先は、黒い帯に止められていた。


「なんだあれは……知らない武器だぞ」


 雄二が呟く。

 帯は仰向けに倒れたメルトレイヴの胸の上でとぐろを巻くと、渦の動きで空に向かって一気に屹立、剣ごとナイツライズを弾き飛ばした。

 予感があったのだろう。哲人の意思も交えたその後退は、体勢を崩す事なくメルトレイヴから距離を置いて止まる。


「それが拡張専用武装(スミスウェポン)か」


 哲人が見据える中で、メルトレイヴがゆっくりと起き上がった。

 力の入りを感じさせない、幽鬼を思わせる起立。

 先端を尖らせた螺旋状の帯を左腕に纏わせて、ミストルティンも再展開する。


「ドリル……い、良い……!」


 興奮した精太の発言に漏れる奏の溜息。

 対して雄二と碧は冷静に努め、余弦の手にある新兵器を吟味する。


「拡張専用武装、教官の『意気地の鞘』と同じ、外付けの装備なのか」

「整備班の人たちはウォーキャリア本体のスペック強化を選ばなかった人は珍しいって言っていたけれど、余弦さんも教官と同じタイプだったんだね」

「……いや、教官の刀を止めた装甲板から、穿孔器の形に変えて吹き飛ばしたんだ。現状で分類を決め付けるのは早計かもしれないけど」

「――『襲の最目(かさね いろめ)』」


 子どもたちの言葉に応えるように、余弦はその名を名乗る。

 それ以上は語らなかったが、聞いた皆、それが拡張専用武装の名前と理解した。


「これを出したからには、恥の上塗りをする気はないよ」


 ドリル――襲の最目が回転を始める。

 けたたましい音を上げるそれをナイツライズに向けると、ミストルティンは翼のように一度大きく羽ばたいた。

 その躍動に少し遅れて、周囲の木々が薙ぎ倒される。

 風圧の波。

 辺りに残っていた砂埃も纏めて、遥か彼方に流された。

 それがただ(いたず)らに風を掻き乱したものでないのは、新たな砂塵も立たない不気味な凪を一帯に齎した事から明白である。

 まるで舞台を整える様に、余弦の息を掛けられて即席の決闘場が造られた。


「これは見易い。念波動が潤沢だと何でも出来て羨ましいな」


 さして羨ましくもなさそうに、哲人は余弦の仕事を評価すると。

 右足を後ろに引き半身を切り、二刀を前にハの字を描く様に構えて余弦を待つ。


「お前がくれた燕落とし、此方(こちら)もその名に恥じない仕事をしたいもんだ」


 何かが起きる。子どもたちの目に囲まれた中で。

 メルトレイヴの背が花開く。ミストルティンの開花は、夥しい光を蓄えて。

 それは爆発の時を待つ、念波推進スラスタの唸りである。

 光翼の真価は飛び道具に非ず。

 そう教示する機会を、背中の翼もまた今か今かと待ち望む。

 そうして余弦は口ずさむ。鳥籠を開ける呪文を。


「駆、け、ろ――――ッ」


 急進。

 放たれた鏃の先は、騎士ではなく天空、真上に向かって飛び去った。


「お、お、おぉ!?」


 精太は動向を見極めようと、瞼で噛み付かんばかりに見入る。

 その視線の先で、メルトレイヴは旋回、大きく、大きく弧を描いた。

 遠くの空で黒い槍を構え、翼を広げて飛ぶ姿は、正に鳥の似姿。

 鳥は距離を稼ぎながら大気を裂く勢いを上げていく。

 青空を我が物顔で席巻する様を見て、雄二は余弦の採る攻撃手段を把握した。


突撃槍(ランスチャージ)か……!」


 槍を担いでの突貫攻撃。

 シンプル故に技の読み合いが介在する余地は無い。

 十分な速力を得た後、あの(くちばし)はナイツライズに向けられる。

 その愚直な一刺しを、哲人が捌けるのかに勝負は掛かってくるだろう。


「いたっ……?」


 三人から一歩引いていた奏の額が、針で刺されたように痛んだ。

 小さな感触だったが何事かと探ると、その発生源は余弦の入ったコクピットからだった。

 気付けば、そこから発せられる念波動が異常な高まりを見せている。

 余弦の昂りと攻撃性を反映したのだろうか。

 これから繰り出される一撃は、投擲槍の比ではない。

 門外漢の少女であっても、それは容易に予想がついた。

 余弦の念波動を燃やして加速する鳥を目で追いながら、ふと哲人は呟く。


「そろそろお触れ合い(コンタクト)かい」


 スラスタの閃光に彩られた光の矢が太陽に還る。

 逆光によるシルエットも相俟って、騎士から見える鳥は日輪に浮く黒点である。

 鳥はそこで日差しを背負うと、遂に騎士を槍の先に据えて――吼える。


大吶喊(だいとっかん)、『絶影衝(デッドリービーク)』ッ!」


 その一瞬、全て(・・)が浮いた。

 映像で見るだけの子どもたちまで、重力とは違う、見えない力に捕らえられて。

 騎士も、四つの視点も、悲鳴を上げる描画処理の只中で。

 流星の如き力の通過が、何もかもを吹き飛ばした。

 騎士が彼方に轢き飛ばされる。

 遅れて――鳥の軌道に沿ってフィールドが衝撃波で崩壊、耳の奥まで殴りつけるソニックブームが子どもたちを襲った。


「……ぐぅっ……!」


 勿論これらは電子模擬戦での話である。

 絶影衝の引き起こす諸々の現象を仮想空間で再現した、その音量も対人フィルタを通して人間に聞かせられる範囲に抑えて伝えられているが、その中でも最大級の爆音なのは間違いない。

 意味はなくとも咄嗟にHMDの上から耳を塞ぐ仕草に走るのも仕方ないだろう。

 そうやって雄二が音に気を取られている間にも、精太と碧は苦しい顔のまま、視点を誰も居ない被爆痕から哲人の近くに再配置する。

 果たして映った彼らの教官は――五体満足の体でいた。

 派手に飛んだ面影も無く、既に先程の体勢に構え直している。

 勝負は決着していない。それを認めた二人は、余弦もまた空を旋回している事に今更ながら気付く。

 つまりはこれからある二射目への、当然の対応だ。


「とんでもねぇ、超機獣にも効くんじゃねぇかこれ」


 哲人のぼやきに、答える相手はいなかった。

 今は遠い、恐ろしい体当たりの跡地を見遣る。

 空間を捩じ切り地表を抉る、名乗った通りの吶喊の路には、痕に残る物も無い。

 受けては駄目な技だと当たりをつけてはいたものの、よく助かったものだ。

 直撃こそ避けたが、纏う念の端に触れただけで、ここまで()ねられてしまった。


(意気地の鞘があっても喰らいたくない攻撃だ。剣を触角に見立てての全力回避、一度目は通じたが……)


 剣は攻めの実態を掴む為の感覚器には成り得ても、盾の役割は不可能だ。

 哲人が回避に徹したのは余弦にも知られていると見ていい。

 次は当然それを踏まえた攻撃になる、同じ動きでは(しの)げないだろう。


(弾丸以上の速さの癖に、撥ねる寸前まで軌道修正していやがった。あれは放たれた瞬間に事が決まる銃弾じゃねぇ、駆け引き上等の立派な近接攻撃だ)


 音速を超える機動、その刹那の最中に於いて、尚も意図して狙いを変えられるというのなら、黒墨余弦は人間を辞めている。

 そんな怪物を前にすればこの予感も必然だ、次はないと。


「……来やがれ、人食い燕」


 自らを奮い立たせるように。

 虚勢に通じる威勢を以って、勝負の瞬間に挑む。

 それに応じて鳥も――再び逆光の位置から、日差しの枝先を蹴り飛び立った。


「大――吶――喊ッ!」


 瞬く間にも、世界が豹変する一撃。

 地を削る彗星と化した鳥と交差して、ナイツライズの左腕が消失した。

 合わせて鳥の纏う不可視の念が、手負いの騎士をもう一度襲う。

 追い打ちと言わんばかりのそれに弾かれて、人型がまたも無様に宙を舞った。

 天災に果てる弱者。嘴に刺されて尚、翼で叩かれた虫の亡骸を思わせて。


 手傷を負った上で、あたかも一撃目を再現するように撥ねられた騎士。

 だが――二度目の鳥は、これで終わらなかった。


 ミストルティンの片翼が、巨大な光槍を形成し、地面に突き刺したのだ。

 その柄を背中に貼り付けたままに――従って、軌道が変わる。

 対物ライフルの銃口初速を優に超える速度の物体が、減速せずに急旋回。

 いや、雲を切り描かれる軌跡が優雅でさえあったこれまでの大旋回と比べても、それはもう強引で荒々しい、独楽に近い回転だった。

 鳥の尾に続く衝撃波が、槍を中心に地表を抉り、半円状の更地に変える。


 相手に整う間を与えない神速の追撃、これぞ秘奥、絶影衝の真骨頂である。


 代償の加速度は、最早語るまでもない。

 パイロットが月の涙以前の人類ならば、挽肉どころか機体諸共粉々だ。

 強力な念波動を、更にウォーキャリアのデミウルゴスで増幅して漸く成立する、金剛さながらの生躰変と機体強度を両立しなければ、人機共に自壊は必死。

 極まった念奏者の黒墨余弦だからこそ可能な妙技である。

 その上で成した方向転換。

 槍を抜けば枷は解かれて、鳥は三度彗星になる。

 狙いは勿論、姿勢を崩して空を転がるナイツライズ。

 観客の子どもたちが息を漏らす間もなく、騎士の喉元へ鳥が食い付き――


 二撃目の開始から三撃目の終わりまで、一秒にも満たない間の出来事。

 差し合った二体が離れるのと共に、ナイツライズの上半身は吹き飛んだ。

 勢いそのままに空へ飛んでいくメルトレイヴとは対照的に、上半分が剥き出しになった黒い球体のコクピットが、へばり付いた下半身と一緒に地面へ落ちる。

 そしてもう動かない。

 誰がどう見ても、戦闘不能だった。


「……教官が負けた」


 雄二はそう口にして、すぐに精太の様子を見る。

 教官との訓練、その強さをよく話す少年からすれば、敗北は相応の衝撃になる。

 そう思っていたのだが、予想に反してフェイスプットから見える彼の顔は、はっきりと目を輝かせていて――


「あれ、余弦さん……?」


 そこに碧が空を見上げて呟く。

 視線を追うと、空に向かっていた鳥は、放物線を描く形で落ちていく。

 パイロットは勝鬨(かちどき)の一つも上げない。

 勝利の余韻に浸っているのか、そう考えた矢先に、精太と碧は余弦の元へとフェイスプットを飛ばした。

 何事かと、少し遅れて雄二も二人の後を追う。

 果たして移動した少年たちの目の前で、鳥は森の中へと墜落した。


 近付くと、乱れた襲の最目の上でメルトレイヴは(うずくま)り、

 頭部にはナイツライズの剣が刺さっていた。




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