第三十話 二人の視線
――黒墨余弦発端の衛守哲人との試合。
その内容を密かに覗き見る人物が二人。
浦原朱花と白沢司令は、朱花の個室で決闘の開始を待っていた。
「随分と鶏冠に来ているみたいじゃないの。案外挑発に弱いのかしら」
「黒墨さんの思惑が、少し見えてきたからね」
へぇ。そう呟いて、白沢は朱花に続きを促す。
そもそもこんな事をしているのも、上から強引に彼女を押し付けられた理由を暴く為である。
黒墨余弦。初対面でこそなかったが、何かと気安い余弦側はともかくとして、白沢からすれば親しい間柄とは言えない相手だ。
白ちゃんと呼ばれるのだって、親しい朱花からの呼び方を聞かれた傍から、あの馴れ馴れしい距離感で真似をされただけなのだ。
余弦の人懐っこさから、それを咎める事こそしなかったが……。
「彼女の本命は、あの人じゃない――精太くんたちだよ」
「……嬉しくない情報ね。衛守曹長相手なら幾らでも差し出すから、口論なり殴り合いなり好きにしてくれって思っていたのに」
「でしょう白ちゃん、あの人も同じ気持ちだから、四人の盾になろうとしている」
ディスプレイに映るあの人――哲人から目を逸らさずに朱花は語る。
それを脇目に白沢は苦い顔をした。
「もしかして、黒墨曹長の本命の話も、衛守曹長の態度から逆算したの?」
「そうだよ」
はっきりと言う親友の言葉に、表情はより一層渋くなる。
つまり本命の話とは、衛守曹長の考える黒墨曹長の目的であって、衛守曹長が間違っていたなら何もかも的外れという事じゃないか。
頭を悩ませながらも、口に出して朱花を非難したりはしない。
彼女はあの男の目を信頼している。
そして腹立たしい事に、その信頼を裏切られるヴィジョンが白沢には見えない。
あの男がこの基地に来てからの数年、親友との不毛な縁を断ち切る為に裏で粗探しをし続けた白沢もまた、哲人に苛立ちまみれの信頼を置いてしまっている。
「彼の人間性を悪とは言わないけれど、あれは一歩踏み外せばドン・キホーテよ」
「ドン・キホーテは面白いね。ふふっ、いっそ本当にそうだったなら私も……」
朱花が哲人について真意の分からない発言をする時には、必ずその目も遠く、白沢には見えない何かを眺めている。
どんな未来を見ているの、朱花。
怖くて聞けない言葉を胸に秘めて、親友の執着に蓋をする。
今は、黒墨曹長についてだ。
「衛守曹長が盾になるって、つまりヘイト役を買って出てるって事よね。効果あるのかしら」
「チームハガネ号への目的が何であれ、近付くのなら邪魔者が居る。そう印象付けて貰えれば、奇襲同然に牙を剥かれても最初に噛まれるのはあの人だからね」
「面倒な厄介者と思って貰うのが、この試合での衛守曹長の目標ね」
「……でもチームハガネ号をすぐに集めて電子模擬戦に運んだ手際の良さを鑑みるに、黒墨さんなら事前情報だけで、あの人を警戒していそうなものだけど。なのに懐柔するのでもなくわざわざ挑発して、何の利が……?」
今回の余弦の行動に、朱花はまだ思うところがあるようだ。
チームハガネ号に何をしたいのか、或いは得たいのか。
この試合がそれにどう影響するのか、目論見が見えて来ないらしい。
「この勝負でけちょんけちょんにして、教官職を奪おうとしているとか」
「人事が目的なら、先ず白ちゃんに訴えるのが筋だと思うよ」
「せ―君たちへのちょっかいとは別に、取り敢えず今日は生意気な衛守曹長をしばいておこう、ってのは?」
「白ちゃん……」
多分に私情の入った白沢の意見に、白い目が向けられる。
おのれ衛守哲人、お前のせいで友に冷たくされてしまったと内心毒づく。
「冗談はさておいて、チームハガネ号を守る立場に居るあの人と波風を立ててまで、この模擬戦で何を欲しがっているんだろう」
幾ら疑いの眼差しを向けようとも。
画面越しの余弦は、フェイスプットの中で不敵な笑みを崩さない。




