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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第二十九話 挑戦状




「……どりみんからの相談?」

「そう。前に持ち掛けられていたんだよ、それで祭りに誘ったんだが」


 黄桜奏に衛守哲人自ら会いに来るのは珍しいことだ。

 少女は嫌そうな態度を隠さずに、それでも用件は確認しておこうと話を聞いてみたところ、彼女の親友の件である。

 須崎碧の誕生日の午後に、二人が浅間大社に遊びに行ったのは奏も知る話だった。


「誕生日を祝う方に重点を置いて、向こうから持ち掛けられていた相談事を話題にしていなかったことに今更気付いてな」

「どうでもいいでしょ」

「そう邪険にしないでくれ、一番仲の良いお前が頼りなんだよ」


 間抜けな男である。

 邪険もなにも、相談を持ち掛けたのが時間共有の口実だったと気付いていない。

 デートができた時点で、碧の思惑は果たされたというのに。


「あーはいはい、心当たりならあるけどとっくにアタシが解決したわよ」


 とはいえそれを一から教えるつもりもない。

 出任せで話を終わらせようとすると、哲人はじっと奏を見た。

 それが真意を探る視線に感じられて、居心地の悪さから冷淡さに拍車が掛かる。


「なに。話を信じないのなら最初から聞いてこないでよ」

「お前って嘘みたいに分かりやすいよな」

「……ああ゛!?」

「威勢が良いねぇ。子どもはそれくらいでいなくっちゃあな」


 自身の怒りを肯定する哲人の反応が挑発に見えて、奏は一層立腹した。

 話を聞くんじゃなかった。

 黄桜奏と衛守哲人は合わない。奏は改めてそう理解する。

 もうこの男が息をするだけでも苛立つ自信があった。


「なんでアンタみたいないい加減でよく分からない奴が教官してんのよ……!」

「俺の性格とかどうでもいい癖に」

「はぁ……?」

「いきなり現れた俺が、友達や好きな人(・・・・・・・)と仲良くなってんのが気に入らないんだろう?」

「…………」

「ま、お前にとっては敵性存在(インベーダー)よりも俺のがよっぽど侵略者だろうよ」


 なのに、奏はこんなにも腹を立てているというのに。

 哲人は世間話でもするように、平然と自らを敵だと語る。


「想像してみ、上目遣いにもみ手ですり寄って、平身低頭に機嫌を窺う俺を。或いは見下して頭ごなしに叱りつけて、後ろに倒れそうなほどふんぞり返る俺を」


 燃え盛る感情に翻弄される少女に、片や男はなんてこともなく。

 その熱量の違いで、風邪でも引いて体調を崩しそうな奏を、ばっさりと。


「どうでもいいし、何も変わらんだろ。俺が何をしたって、一挙手一投足が鼻についてムカついてしょうがない、ずっとそんな顔をしてるぜ」


 否定のしようがない事実で追い詰める。

 全くその通りで、なのにその言葉さえ否定したくて粗を探そうとして、それが哲人の発言を肯定しているというのに、気付かない振りをして目を逸らす。

 そうして、奏は自身の内に渦巻く鬱憤を言語化した。

 こいつの示す白や黒、はいやいいえの意思表示に、最早意味はない。

 アタシはこの敵を自身のプライベートから排除しなければならない。

 親しい人間を攫いに来た侵略者を、自分の持ち得る全ての力で。


「……そうよ、あんたは邪魔者。邪険にするなって、馬鹿じゃないの? 最初から話しかけてくるな!」

「そういう訳にもいかんって、教官だし」

「近寄られると鳥肌が立つ! うだつの上がらないろくでなしが、中学生に色目を使って気持ち悪いったらありゃしない!」

「誤解させて悪いが、お前にそんな感情は一ミリもないぞ」

「精太とどりみんに対してだ! アタシの見てない所でどう取り入ったのか知らないけど、こそこそと立ち回ってんのほんっとキモいからっ、えほっ」

「頭に血が上り過ぎてるな、高血圧で血管切れるかもしれん」

「だっ、誰の所為でっ……けほっ」

「冷湿布があるから額に当てるぞ。腹式呼吸でリラックスだ、鼻から息を吸って、ゆっくりと吐け。副交感神経を働かせるんだ」

「すぅぅ、はぁぁぁぁ…………って寄るな! 何これ、臭い!」

「――凄い大きな声が聞こえたけど、二人で何を話しているのん?」


 湿布の漢方臭にしかめっ面をする奏と、それを外さないように額を抑える哲人。

 その手を除こうと爪を立てていた少女は、ふと掛けられた声に相手を確認する。


「余弦、さん?」

「いえーす、白ちゃんからご紹介に与りました黒墨余弦っす。宜しくねん」


 黒墨余弦。彼女が富士大宮基地に赴任した話は、奏も今日聞いたばかりである。

 曰く、ウォーキャリアのパイロットだと。

 教官に就くまで手持ち無沙汰だった哲人と同じ役割の人が、どうして仕事のないだろうこの基地に配属されたのかは甚だ疑問であるが。


「喧嘩してたみたいだけど、仲良くしなきゃ駄目だよぉ。今の時代にキツイ言葉が飛び交う軍隊とか御法度なんだから。マンパワーは大事にしないとねっ」


 ウインクをされても、二人に返す言葉はない。

 しかしそれを気にした様子もなく、余弦は一人芝居を続けた。


「あれ、知らない? 何処かの大学の准教授でコンサルタントもしてる凄い人の研究で、暴言の横行は受けた人物のみならず周囲の業務処理能力も下がるって話。つまりは礼節って大事だねってことなんだけどさ」

「…………」

「……えー、なんか無意味に警戒されてなーい?」


 とはいえ独り言を延々と続けるつもりもなかったのだろう。

 相変わらず押し黙る奏たちに口を尖らせて抗議する。


「親切心で仲介してあげようと思ったのにさ―、特にお兄さん、関係の改善が図れないと思われたら能力的に切られるのはそっちだよ。教官職に未練ないの?」

「ふん、俺には最終手段(なきおとし)があるからな。形振り構わず職にしがみつく三十路前の執念を見せてやるよ」

「胸張って言う台詞じゃないよそれ。ねぇ奏ちゃん」

「……なんですか」

「これから親睦を兼ねて付き合わない?」


 笑顔で寄って来る余弦に、思わず後退る。

 意識しての動きではないのだろうが、哲人の影に隠れる形になった奏に、余弦はおろーと呟いてから一人勝手に頷く。


「これは是が非でもはっきりしとかないとなぁ」

「何の話だ?」

「私がお兄さんよりも優秀だってこと」


 その言葉に――哲人は肩の力を抜いた。

 いまいち掴めない余弦から、分かり易い言葉が出てきたからだ。

 探る目を解き笑顔さえ浮かべて、挑発とも取れる余弦の言葉に乗る。


「いいぜ、やろう。シミュレーションルームの場所は分かるか?」

「話が早いのはいいけど、本当に脳筋なんだねぇ。奏ちゃんは電子模擬戦とか遊んだことあるの?」

「……?」

「きょとんとしてる、かぁわいー」


 余弦と哲人のやり取りを見ていた奏には、ここで自分に話を振られる理由が分からなかった。

 電子模擬戦だろうが腕相撲だろうが、勝手に勝負していればいい。

 そう思っていたのだが。


「他の三人はもう集まっているよ、私の勇姿を見せてあげるね」


 計画通りと言わんばかりに。

 驚く二人を他所に、新参者である筈の余弦は率先して決闘の場へと歩き出した。






「奏は来ないと思ってたぜ。ほい、このメット被って」


 余弦の言葉通り、シミュレーションルームでは精太たちが待っていた。

 奏は色々と聞きたいこともあったが、幼馴染の少年はさっさと準備を進める。

 手渡されたそれを被ると、視界に森の映像が映し出された。

 見知った富士の樹海だ、今回の試合でも会場になるのだろう。


「ハガネマルの中でいつも見ているのに……教官たちの準備が終わるまで着けなくてもいいでしょう」

「そんなのすぐだろう。オレたちも着けとくよ」

「……なんで三人はHMDヘッドマントディスプレイなのよ。こんな息苦しいヘルメットよりそっちの方がいい」

「それは念波動の波長を観測して体調管理もしてくれるこの部屋の子機だよ。カナちゃんは酔いやすいから安いHMDは止めとこう」

「HMDも安い備品ではないと思うよ、碧さん」

「あーあ、オレもコクピットの中でがっつり観戦してぇ。二人で入るか、奏」

「……ヘルメットでいい」


 チームハガネ号との会話の末に、奏は大人しくヘルメットを被り直す。

 ちなみに清太が普段使っているコクピットから追い出されたのは、試合内容に興奮して乱入する可能性を雄二に指摘されたからだ。

 奏とは違い、他の三人は今回の勝負に興味を抱いてここに来ている。


「よっちゃん、本当に兄ちゃんより強いのかなぁ」

「それを証明すると言って呼ばれたんだ。試合を見て判断しよう」

「……お、やっと入って来たな」


 四人の装着した器具が電子模擬戦を映し、六人のフェイスプットが並ぶ。

 主役の二人――二機は、空中で睨み合っていた。

 シミュレーションルームに入るなり一言二言でコクピットに入った彼らである。

 もしやとっくに戦い始めているのでは。その懸念が払拭されて碧は安心した。

 哲人たちの思惑を多少は察しているからこそ、この戦いに自分たちの目は必須であるという自負がある。

 勝手に火蓋を切られては堪らない。


「初めて見るロボットがいるな。そっちがよっちゃんか?」

「そうだよ、スマートでしょ」

「……『メルトレイヴ』」

「すっごい珍しいのに知ってるの? 物知りだね雄二くん!」


 美人におだてられて雄二は顔を赤くした。

 知識こそ自分の武器と信じる雄二は、整備班と知り合って以降、彼らから近代兵器の話をよく仕入れている。

 情報を欲しがる精太の目にも気付き、説明を続けた。


「前に世界三大ウォーキャリアの話があっただろう。その内の一機に『レギオンレイヴ』という機動力に長けたウォーキャリアがいるんだが、その系譜に連なる次世代機が『メルトレイヴ』――終戦間際に生まれた不遇の機体さ」


 操縦者を強化する鎧、金属の巨人を目指したのがナイツライズであるならば。

 ウォーキャリアにとっての主戦場である、空中での機動向上こそ兵器の採るべき形であると開発されたのがレギオンレイヴである。

 人の四肢を持ちながら鳥類の体構造を参考に完成した機動兵器は、駆る操縦者が言う通りスマート――細身であり、背中の翼に目を瞑れば女性的なシルエットをしているのがレギオンレイヴの系譜(レイヴシリーズ)の特徴だ。

 その特筆すべき機構は、飛行術『重力解放』と念波推進スラスタの密接な相関関係にある。


「スラスタからの光が大きな翼みたいでしょ。基部は腕ぐらいの長さだけどね」

「おお、羽が動いた、格好いい!」

「『ミストルティン』だ。あれがメルトレイヴ最大の特徴と言ってもいいからな」


 高次元の機動性と、これを発揮しての戦闘に耐え得る運動性の(せめ)ぎ合いになった開発計画の、後継機にして最後の機体、それがメルトレイヴになる。

 開発の過程で、機動性の象徴でもあった背部ウイングユニットから生成される光翼に攻防兵器としての機能を持たせ、新たに『ミストルティン』と命名。

 従来のウォーキャリアを過去にする新兵器として日の目を見る予定であった。

 その目論見はヤマト級の登場により外れてしまったのだが。


「武器、武器はどんなのがあるんだ!?」

「この翼の他には、念波動発振剣(アルコンソード)念波動弾形成銃(アルコンライフル)だよ」

「……あの剣ってそういう名前なんだ。初めて知った」

「うう、受けが悪い。レイヴシリーズはあんまり武器を積めないんだよう」

拡張専用武装(スミスウェポン)はどうした。見たところ随分と活動的な性格をしているし、俺のように封印はしていないんだろう?」


 哲人の言葉に余弦は笑う。

 そうだろう、手の内を晒せと、暗に迫られているのだから。


「そっちこそ。『意気地の鞘』はとっくに割れてるのに、持ち出さない理由が分からない。今更隠して何の意味があるの?」

「それはお前が、観客にこいつらを連れて来たのが悪い」

「どういう意味かしら」

「格好つけたいんだよ。相手が強い方が箔が付く、分かるだろう?」


 ナイツライズが剣を取り出し、光刃を展開する。

 それを見て余弦は鼻を鳴らした。


「拡張専用武装がないなら武器はそれだけなんでしょう。そんなに身軽なら大人しくレイヴリーズに移行すればいいのに」

「制御は自分の身体で精一杯でな。羽や尻尾を貰っても動かし方が分からん」

「ロートルはこれだから。人体のまま空を飛ぼうとする時点で半端者なのよ」

「言うほどお前は鳥のつもりかね?」

「ミストルティンがハリボテの羽とでも言うつもり?」

「まさか、開発者に失礼だろ。しかしそういう特別な技術は、使う人間が弁えなければ調子に乗って高く飛ぶもんさ」


 声こそ荒らげないが、それはもう口喧嘩で。

 教官の珍しい一面に驚く三人の横で、奏は軽く考える。

 自分の挑発を受け止めた時には見えなかった、激しい感情を前に。

 先程と今と、自分と余弦と、教官にとって何が違うというのか。

 ――どうでもいいか。

 興味の無さから忍び寄る睡魔に、あっさりと押し流された思考であったが。


「俺達の喧嘩だったのに。教え子を前にしたらいよいよ負けられないだろうが。イカロスの成り損ないめ、望み通り墜としてやるってんだよ」


 そんな少女を知ってか知らずか。

 哲人は無様を晒すまいと、昂ぶる戦意を込めて自らを煽り付けた。




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