第二十八話 調査方針
「お嬢様」
翌日の富士大宮基地で、深見陸奥は珍しく自分から主人に声を掛けた。
「なんでしょう、深見さん」
「そろそろ御指示頂けますでしょうか」
陸奥は優秀である。
碧の様子を常に注意深く見守り、彼女の望まない行動は見せない。
主人の思惑を見通して、下知を受ける前から下調べをしているのも珍しくない。
そんな彼女をして、今回に関しては碧の考えを聞くべきだと考えたのだ。
「三者の内、誰を優先なさいますか?」
陸奥の言う三者とは、余弦と哲人の知人と思しき天羽治郎なる人物、そして念波動を発さなかった怪人物のことである。
「……先ず、深見さんが現在得ている情報を聞きたいですね」
「はい。では黒墨余弦ですが、公開情報によれば優秀な一軍人とのこと。最も素性が明確であるものの、所々に隠蔽の跡が見受けられます」
「隠蔽ですか?」
「例を挙げるなら、直近の一ヶ月間、活動内容が分かりません。それ以前の同僚に聞き込みもしましたが、長期の休みを取っていたようだ、と」
「新型超機獣の出現と前後して、ですか」
怪しい点を説明されるが、陸奥の口振りから碧は察する。
この優秀な付き人は、暗に余弦に重きを置いていないと。
三者と語ったのは彼女であるが、選択肢は残りの二人に絞っているようだ。
「次に天羽治郎と呼ばれた人物ですが、教官殿が硝子の星屑時代に同僚だった、『星辰の尾』の一員であると思われます」
哲人の知己であるならばと、前に過去を洗ったルートから再調査したところ、それらしい人物が浮かんできた。
硝子の星屑を抱えていた独立戦隊『星辰の尾』――公表されてない情報であるが、このメンバーに名前があったのだ。
当然当時の偽名である為、今は別の名を用いているのだろう。
星辰の尾自体も今はどうなったのか。ワイドショーでも言われているように解体されたのか、それとこちらも名前を変えて戦後を暗躍しているのか。
「十五年戦争末期に名乗りを上げた為に、硝子の星屑の名前こそ有名ですが、それ以外の人員については依然として不明瞭です」
「時代に助けられていますね。戦時中はメディアの機能も不全でしたが、末期となれば最終決戦も迫り、硝子の星屑を掘り下げる余力も無かったでしょうから」
「かくして本隊は機密を維持したまま姿を消しましたが……結局のところ、この件は当事者である教官殿が最も詳しいでしょう」
そもそも、こそこそと嗅ぎ回るのが遠回りなのでは。
そう含ませる陸奥の言葉に、碧は僅かに眉を顰める。
「お嬢様から直接尋ねてみれば、案外天羽治郎の素性も含めて思い出話と語られるかもしれませんね。勿論これは何年も昔の話で、昨日接触を図ってきた天羽の思惑に迫るものではありませんが」
「……天羽治郎さんに関しては一旦保留で。最後に無念奏者についてを」
「一切の情報を掴めませんでした」
成果なしと、表情を変えずに報告する付き人に、碧は確信する。
なるほど、深見さんが欲しかったのは私の判断ではなく許可だったのだと。
ここで三者からの選択、陸奥の仰ぐ指示の内容は決まったのだが、碧は敢えて口にせず陸奥に続きを促した。
「お嬢様が感知した無念奏者は、わたしも隠形を解き捜索したのですが、姿形どころか、痕跡も足取りも追えず……」
「該当者候補もいらっしゃいませんか」
「はい。私が調査を始めた時点で、あの場所を離れていたのでしょう」
陸奥の調査開始は、余弦の接触後、碧の安全が確保された後である。
余弦と治郎の登場を見て退散を決めたのだろうか。
何にせよ調査力を自負する陸奥には悔しい話である。
「陸奥さんにお話しておきます。事の発端、衛守さんが感じた殺気の主ですが、これは無念奏者と同一人物だろうと考えています」
「その理由をお聞かせ願えますか?」
「今になって思えば、あれでどちらの目的も同じで、且つ達成されていたのではと思えるからです」
怪人物は余弦達を確認して、本格的な行動を起こす前に逃げたのではないのか。
陸奥は胸の内で首を捻る。
殺気を放ち念波動を消して、達成した目的とやらに思い当たらなかったからだ。
「お嬢様、それは一体」
「私たちのデートの邪魔です」
碧と付き合いの長い陸奥にも、一瞬理解が及ばなかった。
とはいえうっすらと怒気さえ孕んだ雰囲気から悟らざるを得ない。
「……確かに、お嬢様は水を差された立場ですが」
「そうです、タイミングが狙われていた。あの時の私、燃え上がって素面じゃ言えないことまで口にしていたのに、衛守さんの反応を見れなかったし」
「あの、少し冷静になって」
「冷静ですよ」
それは冷静ではない人間の常套句である。
爪を噛むような仕草で虚空を睨む碧に、陸奥はこれ以上の献言を諦めた。
触らぬ神に祟りなしと心で唱える間も、少女は架空の敵に牙を剥いている。
「念波動を消して無念奏者を装うなんて、こちらを見ろと言わんばかりに。あの時は何をしてくるのかと気が気じゃなかったですが、私ぐらいの念奏者でないと分からない嫌がらせこそ相手の狙いだったんでしょう」
「……そうですね」
「――探って下さい。この人物を放置しておきたくありません」
陸奥はその言葉を受けてまじまじと碧を見る。
数秒、瞼を閉じた少女は、見開いた目を陸奥に向けると、にこりと笑った。
「不服でしょうか?」
「いえっ……意を汲んで頂きありがとうございます」
「ただ、挽回を図って焦るのは禁物です。深見さんに足跡を見せない相手なら、余程の技術を持った手練れか、魔法使いさながらの念奏者でしょうから」
蓋を開けてみれば。
陸奥の期待に沿った、怪人物への調査依頼で話は纏まって。
しかし従者は戸惑いから抜けられないまま、恐る恐る主に問い掛ける。
「……お嬢様」
「どうしました?」
「どこまでが演技でしたか?」
真剣な眼差しを受けて、これには碧も笑う。
「もう。最初から、全てですよ。あんな恋愛脳を拗らせた末の被害妄想じみた話を本気でする訳ないじゃないですか」
しかし陸奥は笑わなかった。
その温度差に、碧の背筋が寒くなる。
攻守交代、主の冗談に慌てていた従者が、今は逆に真剣な態度で主へと訴える。
「確かにわたしは、逃げ果せた無念奏者の再調査を望んでいましたが」
「はい」
「雪辱だけが目的ではありませんでした。この人物を放っておくのは、お嬢様の先に影を落とす予感がしたのです」
「…………」
「先程の演技、驚きこそしましたが、腑に落ちる答えを得た気持ちもありました」
神妙な顔でそう言われてしまうと、さしもの少女もたじろいでしまう。
「この勘、外れていると良いのですが」
「……怖がらせないでくださいよ」




