第二十七話 黒墨余弦という女
「――不審者に遭遇の連絡聞いて急いで飛んで来たら、職質受けてる部下の弁明とか受けるぅ! ん? 警官って不審者なん?」
「……お手数をお掛けしました、白沢司令」
「同じ公僕相手にどうしてこうなるのよ、幾らでも身分証明できるでしょう?」
「通報者も公務員だったのと、件の別名が知られた途端、何故か反社との関係を疑われたようで……念の為に、俺たちの事を良く知る第三者にも話を聞きたいと」
「公僕と反社が両立するか! ……はぁ、こんな所にメディアの影響とはね」
それは戦時中の怪しい秘密部隊が、戦後に白い目で見られる類の話だろうか。
仕事を終えて去る警官の背中を見送りながら。
これみよがしに溜息を吐く白沢を相手に、衛守哲人は縮こまるしかない。
とはいえ、須崎碧の危機の可能性もあった事態に、取る物も取り敢えず駆けつけた司令に悪印象は抱けない。余計な後始末までさせたのだから尚更だ。
「で、その知人の通報者も見当たらないけど」
「ごたごたの内に姿を消していましたが、また接触があると思います」
「通報した本人が消えるって何をしたいのよ、まったく……しかし貴方たちには、一足早い紹介になったわね」
白沢は少し離れた所に居る黒墨余弦と碧に手招きする。
近寄ってきた余弦は飄々とした笑顔を崩さず、碧はなぜか顔が赤かった。
「……黒墨曹長、何の話してたのかしら?」
「そこの大きい恋人さんのことを聞いてたよぉ、歳の差カップルって可愛いねぇ」
「んな訳あるかぁ! どうせ事情を聞いてきた警官にもそんな話を振ってこじらせたんでしょう!」
「たははっ、見てきたように言うじゃん、大正解だよ白ちゃん!」
白沢は頭を抱えながら、こういうやつだと目配せする。
軽快なやり取りから、二人は知人以上の関係であるとも分かった。
こうなると彼女の語った富士大宮基地への配属も嘘ではないだろう。
「黒墨余弦曹長よ。辞令は明日からだけど、彼女の言う通り私達の新しい仲間になるわ。こんなんだけど迷惑掛けてごめんね碧さん」
「いえ、迷惑なんて」
「そうだよ、碧ちゃんとはもう親友だもんね!」
「……なんでうちには曰く付きばかり集まるのかしら」
余弦と哲人を交互に見てぼやくが、哲人は聞こえないふりをした。
妙に馴れ馴れしい人であるが、ウォーキャリアのパイロット、このタイミングで来た理由は何なのだろう。
内示の情報もろくになく、富士大宮基地での役割もよく分からない。
こんな個性溢れる人物が来るのだから、白沢の性格を考えれば、時間があれば事前にチームハガネ号の面々には伝えていそうなものである。
つまり内示もないほど急に寄越された理由、相応の任務がある筈なのだが。
「お兄さん、怖い顔してなぁい?」
「そんなことはないですよ、黒墨曹長」
「他人行儀ぃ、私は裏ランカーと会うの楽しみだったんだけどなぁ」
「……それは電子模擬戦の話でしょうか?」
「『よっちゃん』だよ『燕落とし』くん。君の異名の名付け親」
「よっちゃん……!」
電子模擬戦には、パイロット間の対戦成績から好成績者の番付が存在しており、これに名前が載る人間をランカーと呼ぶ。
対して裏ランカーとは、電子模擬戦がデータ上のものであることを利用して、常軌を逸した怪物に設定した相手と戦う狂人の集まりである。
順位による相対評価の産物ではなく、イカれた一品ものの兵卒を指す呼称。
例えば、ヤマト級パイロット並の念波動を備えるゲテモノウォーキャリアにカスタマイズした相手を好む『よっちゃん』や、超機獣のエネミーモデルに剣を担いで単身で挑む『燕落とし』といった連中だ。
なにより狂気と言われるのは、ヤマト級に代わられて旬を過ぎたウォーキャリア乗りでありながら、今も精力的に研鑽に励むという、共感を得難い努力にある。
裏ランカーとはつまり。
時代に取り残された老兵とも、心を戦場に残した亡霊とも揶揄される、ウォーキャリアにしか居場所がない愚かな古強者の代名詞なのだ。
――哲人が詰め寄る。裏ランカーよっちゃんは、彼にとって因縁の相手になる。
「聞きたかったんだ、どうして燕落としなんて名前を付けた!? 気付いたら広まっているし、名前負けしてる感じが居た堪れなくてもう……!」
「他の候補は『†』だったんだけど、そっちのが良かった?」
「おうふ……!」
「いやぁ、君に限らず裏ランカーの名付け親はほぼ私だったんだけど、飽きがきてたかららな、適当に燕返しと決めたら誤字っちゃっててさ」
「書き損じ……!」
長年の怒りの矛先を問い質せば、牙を向けるに足らない体たらくの賜物であると知って、哲人の全身から力が抜けた。
対する余弦はというと、お茶目な過去と片付けて謝意もない。
「これから私のことはよっちゃんと呼んでいいよ。安心しなって、燕落としとは返さないから。あ、これがほんとのつばめが」
「好きに呼べよもう……」
つまらない返しを遮って、哲人はこの話を片付けた。
よくよく考えれば裏ランカー内での通称など、教官業務が充実してきた今の哲人にとってはさして重要でもない。
元々模擬戦で好きにしていたら勝手に付けられていた名前なのだ。変に刺激せずそっとしておけばなるようになるだろう。
「これが噂の『ゲテモノ食い』か……頭のおかしいベクトルが想像とは違ったな」
「あー! そう呼ばれるのが嫌だからよっちゃんを使い始めたのに!」
よっちゃんの前身を持ち出した途端にぶーたれる。
確かに女性の感性からしたらゲテモノ食いには忌避感を抱くだろう。
しかし余弦はすぐに顔色を変えると、くすりと笑って呟いた。
「ま、超機獣といちゃつくばかりが有名になった君の評価も、本質を突いていないと感じていたけどね」
「…………」
「聞きたいなぁ、決まって月曜日の午後、君がなにをしていたのかとかさ」
「……幾らでも探れよ。同僚ならこれから時間はたっぷりあるだろう」
「そうするよ。暇な時にでもね」
この一ヶ月、随分と目立った『硝子の星屑』への監査役――と決め打つには、対応が遅きに失する。
恐らく衛守哲人に興味を見せている姿勢はフェイクで、本来の目的は別にある。
根拠は天羽治郎との再会において、天羽になんら反応を示さなかったことだ。
哲人個人の調査なら、あの男は是非にでも抑えておきたい情報の塊である。
黒墨余弦、この女の本当の任務は何だ?
それがチームハガネ号にどんな影響を与えるものなのか、大事なのはそこだ。
子煩悩な白沢司令が受け入れを許可したとは言え。
彼女は油断ならないと、哲人は頭を悩ませる。
――後に哲人はこう思う。
ああ、人生を棒に振ることになろうとも。
黒墨余弦はこの時にでもぶち殺しておくべきだった、と。




