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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第二十二話 七年前 その一




 ――薄暗い森の奥に、身を縮めて隠れる子どもたちがいた。

 小学生が中学生か、まだ幼い少女の隣に、輪をかけて小さい幼女の二人。

 歳の離れた姉妹なのだろう、とても似た顔立ちをしており、青紫色の豊かな髪が特徴的である。


「――っ――ひぅ――」

「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ」


 怯えると呼ぶには生温い、狂乱の一歩手前に心を置くのは、幼女ではない、少女の方だ。

 半身が血に塗れ、瞳孔は開き顎は震えて、涙を流しつつ噛み締めた口元からは泡さえ見える。

 それを傍らで慰める年下の幼女は、ハンカチで少女の顔を拭きながら、姉に言葉を与え続けている。


「だれもこないよ……ここまでにげたら……」


 ここに来るまでになにがあったのか、二人の服は土汚れや木々に当たっての破損が目立ち、どれも真新しい。少し前まで必死の逃走劇があったのだろうと窺える。

 ただそんな衣装に身を包みながら、露出した手や顔には擦り傷の一つもなく、おろしたての人形のように白く美しい。血と汗と姉の生理現象に濡れるだけのそれが、逆に異質で浮いていた。


「わたし――わたし、ひとを――」

「わるくないよ……! おねえちゃんは、わるくないよ」


 妹は足らない言葉で、言い聞かせるように姉に語り掛ける。

 姉が浴びた血は、彼女自身のものではない。

 妹を守る為に、我武者羅に念波動を叩きつけた結果、爆散した人間の中身である。

 悪質なならず者だったのか、人を見る目ではない無機質な眼差しに、今は珍しい重火器を携えて現れたそれを前にして、姉に余裕は欠片もなかった。ただ全力で迎え撃ち、物言わぬ肉片にしただけだった。

 そうして人殺しになった現実に耐え切れず、姉は今も狂気に手を引かれている。


(おかあさん……たすけて、おかあさん……!)


 一向に戻らない姉の心に、少女は頼れる母へと祈る。

 強い母。ウォーキャリア乗りとして巷に聞こえる勇名は、遠く離れていても周囲が彼女たちに便宜を図り、戦時下でありながら何不自由のない生活を保証された。

 戦火に被災し親を失い路頭に迷う子も珍しくない環境で、それがどれだけ恵まれていたのか。

 今日だって、母の主戦場に近い地下都市に引っ越すべく、破格の護衛部隊を伴っての大移動の最中だった。

 通信機越しではない母に会えるようになると、姉妹揃って喜んでいた筈だったのに。

 見計らったかの如き傀機獣の襲来に、大移動に付いてきた一キャラバンに隠れ潜んでいた犯罪者による目的不明の凶行、外側と内側の混乱に巻き込まれて放り出された二人は、初めて見る土地を走り抜けて、命からがらここまで逃げてきたのだ。

 この地上は、未だに何処を傀機獣が徘徊しているか分からないのに。


「――えっ……く、来る……!」


 我を失っていた姉が、突然樹冠の隙間にある空を見上げた。

 遅れて妹もその視線を追う。

 ――木々の隙間に無理矢理分け入って、傀機獣が降りてきた。

 殺し切れていない風圧が葉や土を散らし、念波動で耐える二人にも降り掛かる。

 人類を殺す暴力の象徴が、その存在感を見せつける。


「あっ……ああ」


 妹は、恐怖の余り声が出ない。

 姉妹はお互いを抱き合い、睥睨からこちらを見つけてしまった怪物を見上げる。


”――シ、シンカノ――”


 そんな声が聞こえた気がした。

 怪物は腕を振り上げる。標的は自分たちなのだと、姉妹が理解できる動きで。


 ――びりりと、稲妻のような、何かが裂ける音が聞こえた。

 傀機獣の胸を貫いて、大きな光の刀身が飛び出していた。


「捜索中の姉妹を発見、地上の傀機獣を引き剥がす」

「いきなり降りて怪しいと思ったんだ。的を絞って正解だったな長雨(ながあめ)

「敵を前に無駄口を叩くなよ甲斐(かい)! 上はこっちに任せろ」


 幼女の耳に、聞き慣れない男たちの声が届いた。

 堰を切ったように大気を裂く轟音が次々と鳴り響く。

 上空で本格的な戦闘が開始されたのだ。

 対して姉妹の目の前では、刺された傀機獣がそれでも尚、二人の少女を睨んでいた。

 どうしてこんなに執着されるのか。そんな疑問も束の間、剣が横に振り払われると怪物は遠く投げ出され、遅れて地面が揺れた。

 怪物の背中から現れたのは、護衛の中にもいた見覚えのあるロボット。

 姉妹を一瞥すると、反転し背中を向けて剣を構え直す。


「悪い長雨、一体そっちに向かう……!」

「なにしてんだ天羽(あもう)、しくじるなよ長雨!」

「ひっ……!?」


 傀機獣の降下攻撃を、すれ違いながらやり過ごす――否、その接触の刹那に、敵の巨体は真っ二つとなってしまった。

 直後に、先程放られた傀機獣も襲い掛かったが、やはりあっさりと剣閃に頭部を砕かれて崩れ落ちる。


「……つよい」


 相手になっていない。怯える姉を支えながら、幼女は自然と呟いた。


(このながあめとよばれたひとは、ううん、そらのうえのひとたちも、おなじくらいにつよい。もしかしたらおかあさんとおなじくらいに)

「……おい天羽、今『つよい』ってガキの声が聞こえた気がしたけど、オレの気の所為か?」

「奇遇だな、その前には女の悲鳴も聞こえたぞ。長雨もか」

「え……?」


 男たちの会話に幼女は戸惑う。彼らが言うのは、自分と姉の声のことだろう。

 長雨の操るロボットが、今度はじっと少女を見た。


「……この子たち、念波通信に参加してる」

「はぁ? 高性能通信デバイスでも持ってたのかよ、だったらそれで助けを呼べよな」

「いや、共生過激派の攻撃でその類の道具はほぼ破壊されていると聞いていたが」

「素の念波動だけで……お嬢ちゃん、もしかしてこの会話も聞こえているのかい」


 幼女は、初めはよく分からなかったが。

 この状況でも自分たちの間で会話ができていると認識した時――我知らずに涙が溢れ出た。

 そして自制もできずに、恨みさえ込めた負の感情で、思わず声に出してしまった。


「もっとはやければ、おねえちゃんは」


 助けに来てくれたのであろう味方を、まるで親の仇でも見るように。

 その時の幼女の心は、傷ついた姉の事実だけで埋め尽くされていた。

 言い足りない。

 更に尽きぬ感情の発露を続けようとしたところで、割り込まれた男の声がこれを中断させた。


「――こいつら動きを変えたぞ、全員で姉妹に銃口を向けている!」

「どんだけ好かれてんだよそいつら、間に合わねぇ!」


 頭の上から、殺意が降り注がれる。

 年端も行かぬ少女たちには過酷な感覚に、姉は突き動かされるように幼女へと覆い被さった。

 その腕の隙間から、最後まで幼女は見ていた。

 姉よりも早く動き出して、同じように自分たちを巨体で覆うロボットを。






「――完全に大破だな、お前のナイツライズ。こりゃあ修理は無理だろ」

「両腕が残って良かったよ。破壊されたら支えを失ったコクピットで押しつぶすところだった」

「こいつらの念波動なら大丈夫だったんじゃねぇかな……」


 戦いは終わり、無事に保護される運びとなった姉妹の前には、コクピットを残して完膚なきまでに破壊されたロボットが一機と、ロボットを降りたパイロットが二人いた。

 どちらもとても大柄な男で、真っ白な白髪の男が長雨、変わった髪型をした整髪料の臭いがきつい男が甲斐というらしい。


「流石あの獅童明日香(しどうあすか)の娘ってことかねぇ。機械要らずの念波通信とかできるやつを初めてみたぜ……しかし肌白いな。地下生活のガキでもここまでにはならんだろ、どうなってんだ?」

「生躰変が強力過ぎて、光から肌が受ける影響も違うんだとさ」

「ここまでくると逆に不健康そうだ」


 まじまじと見つめてくる甲斐に、幼女は前に出て小さな体躯で姉を背中に隠す。

 それ見て甲斐は無言で頷くと、後は任せたと言って三人に背を向けた。

 一瞬呆気にとられるものの、これには長雨が食い下がる。


「なにを任せるだって? 一人にするなよ」

「オレは天羽達と周囲を警戒しているから、愛機の壊れたお前は大人しくこいつらの子守をしていな。歳も一番近いんだし」

「なにが一番近いだ。そもそも年齢が離れ過ぎて相手なんてできねぇよ。歳の差より女性の扱いに長けたやつをだな」

「オレ達男所帯で、そんな器用なやつがいると思っているのかよ」

「ナンパの成果とかよく自慢してくるじゃん」

「オレの好きな金髪ギャルと同じノリで話せと、みんなで獅童のママに首吊られるぜ。諦めろって、天羽達もそのつもりで降りてくる気配ないだろ」

「……頼むよう、こんな小さい娘とかもう異世界人だってぇ」

「情けない声出すなよ。小中のボウズにもに懐かれているんだから、性別違ってもいけるって」


 甲斐は言い包めると、姉妹の方を見ずに自分の搭乗していたロボットへと戻る。

 そのまま空に飛び立つ姿を見届けて、長雨はゆっくりと姉妹に向き直った。


「……自分は長雨太助(ながあめたすけ)と言います。獅童紫(しどうゆかり)さんと、獅童瑠璃(しどうるり)さんですよね。正式な救助隊がこちらに向かっているそうなので、しばらくおじさんと時間を潰しましょうか」


 不自然な笑顔を取り繕った口元は引き攣り、そこから溢れるのは明らかに言い慣れていない言葉。

 そんな男が一歩踏み出せば、真向かいの姉妹は露骨に後ずさる。

 これではいけないと男は慌てて懐からなにかを取り出して、姉妹に見えるように示した。


「ト、トランプで遊びませんか?」


 命の危機に遭った少女たちの気を紛らわすにはどうすれば良いか。

 考えに考え抜いた末の、これが男の精一杯だった。




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