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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第二十話 青海雄二の相談




「それじゃあ私もデスクワークに戻るわ。今日はお疲れ様。またね、みんな」


 チームハガネ号に手を振りながら、白沢司令もその場を離れる。

 青海雄二は二人が消えた廊下を見ながら呟いた。


「……教官と白沢司令は、仲が悪いのかと思っていました」

「俺から特に悪く思うところはないよ。あっちは……個人的に嫌いなだけじゃ仕事が進まないんだろうな」

「悪感情も、仕事なら呑み込まなければならないという話ですね」


 そう言って一人頷く雄二。これも大人の一面と感心しているのかもしれないが、そんな大層な話でもないし、子どもの時分でもそういう局面はままあるだろう。


「さて、それで三人は俺に何の用だい」

「はいはーい、オレは普段通り模擬戦の誘いだぜ。時間空いてる?」

「ああ、大丈夫だぞ」

「んじゃ二十分後にシミュレーションルームで始めようぜ。その間にトイレとか行っているから二人の用事済ませてくれよ」

「二十分ね。二人とも間に合うか?」

「大丈夫です」

「僕も問題ありません」

「それじゃまた後でな、兄ちゃん!」


 赤城精太も小走りに駆けていき、残るのは三人。

 歩きながら聞こうかと、二人を連れ立って哲人もゆっくりと歩き出した。


「人に聞かれたくない話なら、また食堂で皿洗いでもするか?」

「別に聞かれて困る話では……皿洗いですか?」

「食堂に防音室みたいなのがあるんだよ。教官、私も内密な話ではありません」

「秘密のデートスポットさ。前に碧を招いてね」

「へぇ……」


 まじまじとこちらを見てくる雄二の視線から逃れるべく、須崎碧は顔を背ける。

 彼女の心労と照れを知ってか知らずか、哲人は今度お前も招待するよと雄二に告げた。


「……話は雄二くんからでいいよ。私のはそんなに時間が掛からないし」

「だそうだ。なんでも聞けよ、お前らの教官なんだから」

「ではお言葉に甘えて。僕の相談というのは、付き合っている彼女についてなんです」


 途端、哲人は言葉に詰まった。

 予想外だった。恋バナ、恋愛相談、人生の半分を戦場で過ごした独身のおっさんには荷が重いというか、分からな過ぎて重いのか軽いのかさえ判別がつかない。

 宇宙人の言葉を翻訳しろと、異星に一人放り捨てられた気分である。

 聞く相手を間違えているのでは。そう喉元まで出掛けていた言葉を呑み下す。

 操縦士の精太や碧と違い、搭乗員の雄二とは業務上で話す内容が殆どない。

 せめてプライベートで頼られた数少ない機会は大事にしなければ。初っ端からの高難易度に哲人は内心頭を抱えつつ、それを(おくび)にも出さない。


「とはいってもペンフレンド、通信デバイス上でやり取りをしている相手なんですが、とても話が合って先月から――あ、背景はどうでもいいですね」


 哲人の葛藤を他所に、雄二は恥ずかしそうに続ける。

 逃げるべきだったか、十二歳の恋愛相談。いや、未知の相手をしなければならない場面もまた人生には付きものだ。

 戦いとは全て情報戦。その情報が足りないのなら現場で調達するのみである。


「名前を志村未唯(しむらみい)と言います。僕には勿体ないほどに素敵な女性なのですが、現在一つの問題を抱えていまして」


 一つ。そう聞いて心の中でガッツポーズ。数の問題でもないが、対処し辛い難題であろうともこれに集中して撃破すれば即ち勝ちである。心理的な負担は減った。


「彼女……僕がハガネマルに関わっていることに、難色を示しているんです」


 と、雲を掴むような心持ちでいたが、ここにきて毛色が違ってきた。

 事情をある程度知っているのだろう、隣の碧が補足してくれる。


「とは言っても頭ごなしに非難する訳ではなく、命の危険とか軍人の将来性といった面を突かれているようで、相談された私も力になれなくて」

「向こうもその辺りの知識を持っている上での話をされるのが、こちらも耳の痛いところなんです。納得を得て貰えそうな言葉が出てこなくて」

「ふぅむ」


 哲人は考える。これは恋愛相談であることを一旦忘れてもいいかもしれない。

 雄二は大事な人への説得がしたい。そういう体で進めてみよう。

 うん、これならなんとかなりそうだ。


「話を聞く限り、未唯さんには雄二の判断を尊重する意思があると思えるから、一旦はそれに甘えて、粘り強く現状への信頼を得ていくべきじゃないかな」

「彼女の反応を否定しないということは、彼女の懸念は間違っていないと教官も考えているんですか?」

「危険性はどうやっても否定できないし、将来性なんて今まさに俺が直面している問題だからな。ずばり解決できる一言なんぞ最初からないだろうさ。こういった解消されない不安を一緒に乗り越えるには、相手との信頼関係が必要だろう」


 思うに、信じる、信頼とは、不安を呑み込む力なのではないか。

 それが果たされる、或いは裏切られるといった結果とは別の、見えない障害、待ち受ける壁にこれから挑まんとする原動力。

 先の見えない荒野を前に、不運や裏切りといった潜む落とし穴への恐怖に震える自分へ蓋をして、怯えを嚥下する力。

 最初の一歩を踏み出し、または歩き続ける勇気の源泉、時にオアシスのように心身を仮初でも癒すもの、それが信頼ではないかと。

 信じる(・・・)とはなんぞや。哲人はそんな誰でも一度は抱くであろう疑問に、勝手ながらそんな持論を持っていた。二十九歳の浅い、しかし大事な経験則である。


「つまり話し合い、折り合いの上での納得が大事で、相手を説く説法を探すよりも、時間を掛けて相手に理解して貰える関係になっていくのが肝要なのでは、と俺は思うよ」

「それは……納得を得られなければ、どちらか(・・・・)を諦めなければいけない、ということですよね」

「分かるよ。雄二はそれが嫌で俺に相談したということも。でもこればかりは、恋心だけで押し通すにはお互いの人生を蔑ろにしている」


 恋を愛にするのにも、信じ合える関係になるのにも、両者の人生の時間を費やして育まなければいけないのだ。

 これを恋の勢いだけで、片側の信頼だけでさっさとすっ飛ばそうとするのは、相手を見ていないのと同じではないか。結果が独り相撲で済むのならまだいいが、相方がいる以上暴走の被害は少なからずそちらにも及ぶだろう。

 そんな人生を送って欲しくはない。俺に相談してまで解決を図る理由が、天秤に掛けている仲間たちへの申し訳無さからだとしても、結論を急いで欲しくはない。


「だからまぁ、俺から言えることはこれだけなんだわ」

「…………」

「結論ありきで進めるな、大事なこと(おまえのしょうらい)を、大事(すき)な人と話し合え。どれだけ時間を掛けてもいいし、その結果がどちらに転んでも、俺はお前の答えを尊重する」

「僕が、教官(ハガネマル)を選ばなかったとしてもですか」

「受け入れるさ。白沢司令だって説得してやる。教官じゃなくなるのは残念だけどな、教え子の一足早い卒業を笑顔で祝ってやろうじゃないか」


 青海雄二は真面目なのだ。

 話の切り出しが彼女への惚気(のろけ)を含んでいたのも、答えが出ないのなら諦める覚悟を最初からした上で、志村未唯が本当に好きだったのだと俺に知っておいて貰いたかったのだろう。

 信じて貰えない恋心ほど、抱えるのが心苦しいものはない。

 そうまでして諦めようとするほど、この子はハガネマルの搭乗員であることに重きを置いている。

 少年にそこまでさせたものは、世界を守る一人であるという責任感だ。

 自分を投げ捨ててまで、抱えなければいけないと思わせる重荷だ。

 ならば教官の立場として教えなければならない。その責任は本来大人たちが背負うべきもので、十二歳にして人生を諦めてまで選ばなければならないものではないと。

 好きな人と一緒にいたい。結構じゃないか。世界が滅ぶのも納得の理由だ。

 そうなれば勿論俺も抗うが、それは決して教え子の恋路を邪魔する方法でじゃない。


「お前の人生だろう。何より最初に、自分の人生に責任を持ちな」

「自分の、人生に……」

「他人とか世界とか秩序とか、その土台の上で支えるもんさ。みんなで力を合わせてな。でなきゃ重過ぎてやってらんねぇって」

「許されるんでしょうか、僕の立場でそういう自由が」

「許可なんざ要らないが、それで欲しいのなら俺が出す。好きにしろ、青海雄二」


 そう言うと雄二は困ったような、親に置いていかれた子どものような頼りなさ気な目を向けてきた。 

 こればかりは仕方ない。時に責任は重いから、自分を預ける拠り所にもなる。

 自由が過ぎればふわふわ飛んで自分を見失う。荒野で好きに振る舞えば土まみれで地面に溶け込むように。錨を下ろさない船が海に呑まれるように。

 自分の責任とはつまり自重だから、軽い人間はどこかに飛んでいってしまう。

 だからまだ軽い子どもには大人が付いているし、大事な人ができたなら手を繋ごうとして、二人分の重さになる。自分を見失わなくなる。

 ……俺の愛は一方的で、大事な人はあっさり消えてしまったけれど。


「俺がついている。チームハガネ号だってお前を心配している。そいつらが自分の背中にいるって分かっていれば、不安も結構薄れるもんさ」


 黙って話を聞いてくれていた碧もここではっきりと頷く。

 俺と碧を交互に見て、雄二もまた、腹を括ったようだった。


「ちゃんと考えてみます、彼女と、自分の人生を」

「ああ……でもやっぱ個人的には辞めてほしくはないかなぁ」

「ここにきてそれは台無しですよ衛守さん」


 教官を付けずに俺の名を呼んで、碧は優しく微笑んだ。

 十二歳とは思えない母性さえ感じさせるそれに、彼女もこれまで雄二の相談を受けて悩み、その苦悩を晴らそうと苦心してきたと、その解決に喜んでいるのだと伝わる。

 ……実際に解決はしていないのだが、とりあえずは一歩、踏み出せたと思っていいだろう。


「本当はこういう相談、もっと早く誰かにしたかったんだろう? なのに俺が信頼できる人間なのか見極められなくて……時間掛けさせちまったな」

「それは二の足を踏んでいた僕に原因があるので……だから今日は良かったです。ありがとうございました」

「しかし往来で話すには思いの外重い内容になってしまいましたね。誰ともすれ違わなかったので構いませんでしたけど」


 そういえばそうだった、場所も気付けばシミュレーションルームのすぐ近くで、足も自然と止まっていた。

 想像以上に熱が入っていたらしい。精太と示し合わせた時間もいい頃合いだ。


「私の用はまた今度で。今回の件を省みてやっぱり二人きりを希望したいですね」


 そう、碧のことを忘れていた。

 今更ながらそちらの要件を疎かにしてしまったことが悔やまれる。

 雄二の問題でも彼女は尽力していたのだ。

 なにかできることはないのだろうかと考えて、ふと思いついた。


「なぁ碧、来週浅間大社(せんげんたいしゃ)ででかい祭りがあるだろう」

「えっ、はい」


 浅間大社は、正式名称を富士山本宮浅間大社ふじさんほんぐうせんげんたいしゃという大きな神社で、ここ富士大宮基地と同じ街にある。十五年戦争を耐え抜いた数少ない地上の建造物の一つだ。

 そこでは例祭という、十一月上旬に行われるこれまた大きなお祭りがあった。

 境内に屋台が建ち並び、多くの人が集まり賑わう催事である。


「二人で出掛けようぜ。三日とか空いてない?」






「――それってデートじゃん! 今度は絶対にデートじゃん! ずりぃ!」

「ふふん、碧にたらふくいかめし食わせてやるぜ」


 その後、シミュレーションルームで精太の相手をしながらの一幕。

 碧とのお出掛けを話したところ、それはもう羨ましがられた。

 女性とのデートであるし、碧も可愛い女の子だからこうなるのも仕方がない。

 とはいえ精太も奏の気持ちに気付けば解決するのだが、道のりは遠そうである。


「昔は流行ったウイルスの影響で食べ歩きとかに色々と規制がかかったらしいが、そこは生躰変(せいたいへん)様々だな。お嬢様だしこれを機に連れ回してやろう」

「奏とかと行ったことあると思うけど。でもデート! オレもなにか食いたいぞ!」

「そういえばさっき、お前が碧にアイアンクローを受けた時だけど」

「アイアンクロー? ああ、碧そんなことやってたのか、へぇ」

「俺になんて説明しようとしていたんだ。この間こいつらが、の続きって」

「ああ、この前雄二と碧がデートしてたんだけど、デートじゃないって必死に否定されたからデートはオレの勘違いだったって伝えたかったんだ」

「……うぅむ、アイアンクローもやむなしか」


 これは止めなければ司令と一緒に邪推したであろう説明だ。

 精太の性格からわざとじゃないということは分かっているので、悪意がない分再発防止の難しい話である。この少年、ボディランゲージに頼り過ぎて会話力が疎かになっているのではないだろうか。


「へへっ。でも雄二も碧も元気になったみたいで良かったよ」

「碧の話はこれからだけどな。今度はちゃんと聞いておくよ」

「いや、えっと……オレにアイアンクローをしてきたことというか、前はだんまりで隠しごとをしてそうなやつだったけど、今の方が楽しそうだからさ。操縦士の座を争うライバルならそれくらいじゃないとな!」


 そこで精太は、そうだ! と叫んだ。声量に合わせてフェイスプットが大きく揺れる。


「兄ちゃん、学校の文化祭はオレに付き合ってくれよ! それで碧の件はチャラな!」


 なにがチャラなのかわからないが。

 兄ちゃんに衛守さんと、呼び方がころころが変わる二人に今後も振り回される予感がして、俺は今から来月が待ち遠しくなるのだった。




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